<見せてよ、主のランジェリー>

「あ〜〜〜……あの時は本当にどうなるかと思った……」

は机に頬を押し付けるように突っ伏した。の重たい気分とは裏腹に、私室から見える日本庭園は和なものだった。ポカポカとお日様の優しい日差しが心地良い。
の言う『あの時』というのは、髭切と膝丸に自分の下着を誤って買いに行かせてしまった事件の事である。故意では無いにせよ、パワハラやセクハラだと訴えられてしまう覚悟をしていた。そうした事態にはならなかったが、源氏兄弟に押し倒されるという予想を超えた行動に驚かされた。
は突然の事で意識を飛ばしそうになったが、咄嗟に大声で助けを求め、偶々通りかかった刀剣男士に助けられた。当然源氏兄弟はこっ酷く近侍に叱られてしまったが、が庇ったのでどうにか許されたのである。

(大事にならなくて良かった……。神様でも気の迷いみたいなのを起こすんだな)

は、源氏兄弟が好意を寄せてくれていると気づいていない。その場の雰囲気というか、気の迷いだと思っているようだ。
髭切と膝丸には『せめて買った肌着は受け取って欲しい』と言われ、はそれを受け取るしかなかった。

(受け取らないと行き場の無い下着を源氏兄弟が持つ事になるし、それってかなりヤバい絵面だし、すごく可愛い下着なのには変わりないし、まぁ良いかな……)

はこれ以上深く考えるのは止めた。彼等に悪気は無かった。ただ、人間の身体を得て、人間の理に不慣れなだけ。アレはそれ故に起きてしまった事故。セクハラ返し(?)をされただけ。そう片付ける事にしたのである。

(よーし、平常心平常心!)

は机から顔を上げて、今日の仕事に取り掛かった。















その頃、源氏兄弟は自室でくつろいでいた。いや、くつろいでいたのは髭切の方だけであったが。膝丸は部屋の隅で可哀想なくらいブルブルと震えていた。

「ねぇ、どうしたんだい?弟。そんなに震えて」
「膝丸だ!兄者!これが震えずにいられるか兄者よ!勢いとはいえ、我らは主である審神者を押し倒してしまったのだぞ?!」
「うん、そうだねぇ」
「主は嫁入り前の女子だ。そんな女子の主を押し倒すなど、暴漢の行いだ!源氏の重宝の名に傷がつく……!」
「そうかい?僕はもっと素直になった方が良いと思うけれどねぇ。弟は意地っ張りなところがあるから」
「意地っ張り、とは?」

髭切の言葉の意味を知りたくて、膝丸は顔を上げた。そこにはニコニコと微笑ましと言わんばかりの髭切がいた。

「弟は主が大好きなんだね」
「……なっ?!な、な、何を……言って……!」

一瞬何を言われたのかわからなかったが、その意味を理解して膝丸はわかりやすくカッと耳まで赤く染めた。酸素を求める金魚のように口をパクパク開閉させている。

「普段は涼しい顔をしているけれど、やっぱり弟は主が大好―――」
「あーーっ!!あーーっ!!ああああ、兄者!!」

内心を言い当てられた恥ずかしさを誤魔化す膝丸は、思わず兄を呼んだ。髭切は小首を傾げて『何だい?弟』と普段と変わらぬトーンで返事をした。

「あっ、兄者こそ、主をどう思っているのだ?兄者は主を好いているのではないのか?」
「…………うん?」
「兄者?」

膝丸は、髭切はてっきり即答出来るものだと思っていた。『そうだよ』と。しかし、予想とは違って、髭切は膝丸の質問にたっぷりと時間を置いた。しかも歯切れの悪い返事である。返事というか、相槌のようなものだが。

(弟が主をずっと目で追っているなと思った事はあるけれど……)

髭切はの事をどう思っているのか、今まで考えた事が無かった。こうして改めて問われると、即答出来なかった。
の事は好ましく思っている。好きか嫌いかなら、好きだ。だが、どうも引っかかる。

(主に肌着を届けた時、何故ああも僕は膝丸と張り合ったんだろう?主の事は、弟が好いているのに)

大切な弟は、に恋している。その恋路を髭切は兄として応援しているはずだ。

(あの場で僕は弟と張り合う必要は無かったはず……)

振り返ると、何やら矛盾しているような行動を取っている。

(弟が主の着替えを覗いてしまった話を聞いた時も、何故僕は怒ったのだろう?やっぱり付喪神は物だから、物としての、持ち主への執着心……?)

自分で自分がわからない。このような気持ちになったはのは初めてで、髭切は黙ってしまう。その様子を心配して、膝丸は困ったように呼んだ。

「兄者?どうされたのだ?何か俺は不味い事を言っただろうか?」
「いや……そういうわけじゃないよ。僕が主を好いているのか考えてしまってね。良くわからないんだ」
「わからない?それはいったいどういう―――」

膝丸が言葉を続けようとした時、廊下から軽い足音が聞こえてきた。この足音の主は勿論2振りにはわかる。だ。

「膝丸、いるー?」
「ああ、いるぞ。何用だ?」

スッと戸が開いて、が入ってきた。可愛らしいシフォンの膝丈スカートが揺れている。手には仕事用のスマホがあった。
この前の事もあってか、は少し落ち着かない様子だった。しかし、お互いに気にしていても話が進まないので、は仕事の上司として平静を保つ。

「髭切もいたんだね。膝丸を借りるよ」
「出陣か?」
「うん。部隊長をお願いします。もう他の皆には伝えてあるから」
「わかった。兄者、行って参る」
「うん。気を付けてね」

ひらりとにこやかに手を振った髭切。髭切は普段と何も変わらない。

(この間の事、私ばかりが意識しているみたいで恥ずかしい……。私も早く忘れないと!)

は部屋を出て行く膝丸の後に続こうとして、戸に手を掛けた。

「そ、それじゃ、私も行くから―――」
「主、ちょっと待ってくれないかな」
「え?」

が振り返った次の瞬間、髭切が少し屈んで、のシフォンスカートの裾を摘まんだ。そして―――

「ひっ、ひぎゃああーーっ?!」
「何だ?!敵襲か?!主!!」

膝丸がの尋常ではない悲鳴を聞き、脱兎のごとく戻ってきた。スパン!と戸が開く。膝丸の視界に飛び込んできたのは、驚きで硬直していると、『うーん』と考え事をしている顔の髭切だった。敵襲ではなく、膝丸も首を傾げた。

「主……?兄者も、どうされた?何があった?」
「なっ……何でもないっ!何でもないから……、だ、大丈夫です……!あはは……」
「うん?そうか?とてもそんな悲鳴には聞こえなかったが……」
「ほ、本当に何でもないの。ただ、髭切にちょっと驚かされただけで……。それより、出陣だから早く行ってね。皆を待たせちゃうから。ね?!」
「?」

膝丸は首を傾げたが、出陣に遅れるわけにはいかないので再び部屋を出て行った。そして、は戸を急いで占めてから髭切に感情をぶちまける。

「もうっ!髭切!スカートめくりなんて何考えているの?!」

そう、髭切はのスカートをそれはもう思い切りめくったのである。しかし、それは未遂に終わった。が刀剣男士以上の驚くべき機動力でスカートを抑え、それを阻止。火事場の馬鹿力に近い能力が発動された。
髭切はとても残念そうにしている。

この前、主の可愛い肌着姿が見られなかったからね。それがとても残念だったから、今見たいと思って
何綺麗な顔でサラッととんでもない事言ってるんだ
「ねぇ、どうしてもダメかい?僕、主の肌着姿が見たいんだ。見せてよ」

髭切はの肩を優しく抱き寄せると、耳元で囁く。するっと髭切の手がスカートの上から太ももに当てられて、は頬を真っ赤に染めた。だが、必死に抵抗して両腕を突っ張る。

「ダメに決まってる!どうしたの?髭切。まさかこの前の事で、変な性癖に目覚めたとか……?!そうだとすると、それは主である私の責任でもあるけれど……」
「変な性癖?いや、僕はただ主の肌着姿が見たいだけなんだ」
「だからダメだってば!こんな事、膝丸が聞いたら泣いちゃうでしょ!私だったから良かったものの、もし他の人に言ってたらマジで逮捕だからね!!変態紳士だからね!!
「他の人?どうして他の人に言う必要があるんだい?」
「え?」
「僕は、主のが見たいわけで、他の人のは見たくないよ」

さも当然のように言うので、には一瞬果てしない宇宙が見えた気がした。

(えっ?えっ?どういう意味?髭切、どうしたの?私をからかって―――いや、髭切の目は嘘をついているようには見えないし……。だったら、何……?!)
「主?どうしたんだい?」
「いや、今コスモを感じていて―――って違う!!」

は髭切の腕から逃れると、両腕で×を作って見せた。

「とにかく、ダメです。女性に軽々しく下着を見せて欲しいなんて言うのは、絶対にダメです。源氏の重宝としても、男性としてもダメです。マナー違反です」
「まなー違反?じゃあ、どうしたら主は僕に見せてくれるんだい?」
「?!そ、そんな事、知りません!!」

はそう言い残し、部屋から逃げ出した。残された髭切は、頬を赤くして恥ずかしがるの姿を思い出し、今まで感じた事の無い胸の高鳴りを覚えた。それと同時に疑問も残る。

(主の下着姿を見られなかったから、てっきり僕はそれで主に執着しているのかと思ったのだけれど……)

髭切はに関する事で頑固な一面がある。目的を達成しそうで出来なかったという、悔しい気持ちが今の自分の気持ちに繋がっていると考えた。だが、この胸の高鳴りは、それとは違うものかもしれない。

(どうしても確かめたいなぁ……。それに、主の恥ずかしがっている顔は、すごく可愛い事に気づいちゃったし)

への気持ちに気付かない髭切は、その後もを悩ませる行動に出る。
















髭切はの下着を見ようとして、スカートをめくり続けた。それがロングカートだろうとデニムスカートだろうと、お構いなしである。
一応他の誰にも見られないように、2人きりの時や周りが気づいていない時など限定している。髭切なりに、弟に気を使っているのだろう。スカートめくりをしている兄など、見たら卒倒してしまう。
はスカートをめくられる度に叫びそうになってしまうのだが、必死に防衛していた。今のところ、一度も髭切に己の下着を見られていない。身体能力が人間よりも高い刀剣男士を相手にしているのだから、これは奇跡である。
は自室で着替えをしていた。のお気に入りのスカートを前に、思わず溜め息が洩れた。

(全く……最近の髭切はどうしてああなっちゃったわけ?!)

スカートは履きたい。パンツとスカートならスカート派だ。しかし、スカートを履くと髭切のスカートめくりの餌食になってしまう。

(きっと、刀剣男士のスカートめくりに悩む審神者は私だけだろうな……)

スカートの下に所謂見せパンを履くなり、レギンスを履くなりすれば良いのだろう。しかし、オシャレ好きなからすると、自分のスタイルとして納得が出来ない。どこか野暮ったく感じてしまう。何より、が見せパンを履いたりレギンスを履いたとしても、髭切がスカートめくりを止めなければ意味が無い。

(そういえば、小学生くらいの男の子は、好きな子に構ってほしくて色々やると聞いた事がある)

好きな女の子に、ワザと意地悪をして気を引くというものだ。だが、刀剣男士がそのような幼稚な行いをするだろうか?

(様子を見る限り、髭切は意地悪をしているつもりは無さそう。意地悪というか、試しているというか……。でも、どうして?)

は考えながらスカートを箪笥に仕舞った。そして、悩んだ末に小花の散りばめられたチュニックと、ソレを取り出して身に纏った。
廊下に出て暫く歩くと、前から源氏兄弟がやって来た。少しは心の中で身構えたが、今の自分の姿であれば大丈夫と言い聞かせた。

「あれ?今日はスカートじゃないんだね。珍しい恰好」
「そりゃああれだけされればね……!」
「?主は兄者に何かされたのか?」
「えっ?あ、何でもないの!……ふふっ、でも、これなら大丈夫でしょ!」

そう、は今スカートではなく、スキニーパンツを履いているのだ。一度買ったものの、結局履かずに箪笥の肥やしとなっていた。だが、ここで履く機会を得ようとは。これでは流石の髭切もスカートをめくれない。めくるスカートが無いのだから。ファッションとしてもは納得している。
のキュッと上がったヒップのラインが露わになり、華奢で柔らかそうな太ももが、ジーンズの生地越しにわかる。普段はスカートで覆い隠されている部分が丸見えとなり、膝丸は頬を赤らめて凝視してしまっていた。

「膝丸?どうかしたの?」
「へっ?!い、いいや、何でもないぞ主!いつもと違う装いも良いものだな」
「そう?ありがとう!箪笥から引っ張り出してきた甲斐があるね〜」
「…………」

それを横で見ていた髭切の纏う空気がヒヤッとした気がした。表情もどこか険しいような。
髭切は突然の手首を掴んだ。

「ひ、髭切……?」
「膝丸、少し主を借りるよ」
「兄者?ああ、わかった……」
「髭切?!どこへ行くの?!」

髭切は何も答えずにグイグイとを掴んだまま歩き出す。そして、の部屋の前に来ると、と部屋に入った。
は突然の展開について行けず、髭切の出方を待つ。髭切は少し不機嫌そうに見えるが、どうしてなのかはわからない。

「髭切、いきなり何?膝丸もびっくりしてたじゃない……」
「……どうして膝丸に見つめられたのか、主はわかっていないんだね」
「え……?だって、髭切がいつもスカートを履いているとめくってくるから……」
「…………」

何も悪い事をしていないはずなのに、は罪悪感と焦りでいっぱいだった。何とか言葉を紡ぎださなければならないと思い、必死に考える。

「こっ、これだったらめくるスカートも無いし!髭切だってこれなら―――ひゃっ!?」

髭切はの足元を素早く払った。するとはバランスを崩して畳に仰向けに倒れた。とは言っても、髭切が後頭部と腰を支えてくれたので、痛みは全く無いのだけれど。

(は?何で髭切に押し倒されてるの?!)

急すぎる展開にはもうついていくことは出来ない。は再び宇宙を目の当たりにする。

「確かにこれだとスカートじゃないからめくれないけれど、ここはどうかな?」
「んっ……?!」

髭切はチュニックの裾に手を入れた。そして、の肌をゆっくりと上っていく。の肌が粟立ち、背中に甘い痺れが走った。
変な声が出そうになって、は必死に堪えた。止めさせようと髭切の手に自分の手を伸ばしたが、ギラっとした髭切の金色の両目がそれを許さない。

「ちょ、ひ、髭切……っ。スカートじゃないからって、これは……!」

髭切の大きくて綺麗な手が、チュニックをめくり上げる。の真珠のような肌が露わになる。
の身に着けている下着は、淡い白をベースとしたリバーレースのブラジャーだ。モード系で、の形の良い胸を飾っている。

(み、見られた……!)
「これは、僕が選んだ肌着かい?」
「そ……、そうよ」

はそう返事をするだけで精一杯だった。それもそうだ。髭切がくれた下着を着ているのを、本人に見られてしまっているのだから。
は羞恥心で死んでしまうのではないかと思うくらい、全身が火照ってしまう。頭の中が焼き切れそうになるのを必死に堪えていた。真珠色の肌はみるみる血色が良くなっていく。はせめて顔を反らして羞恥心から逃れようとした。

「……だって、今日はスキニーパンツだし、下着の線が見えたらオシャレじゃないし……っ」

髭切がくれた下着は、ソングタイプのショーツだ。スキニーパンツなど身体にピッタリとフィットした服には最適である。それもあったが、髭切のくれた下着はにとって特別なものに感じていた。そうでなければ、男からの下着のプレゼントなど、身に着けないだろう。必死の言い訳も説得力が無い。
緊張からか、の胸元に汗が一筋光っている。髭切はその汗が肌を伝い落ちていく様子を見て、ドクリと心臓が跳ねた。





知りたかった感情が、溢れ出る。





「……僕は、確かめたかったんだ」
「確かめたかった……?」

髭切がそっとのブラジャーのカップをなぞる。は肌を小さく震わせた。

「主の肌着を買いに出かけた日、僕は主が僕の肌着を身に着けているところが見たかった。でも、それがどうしてなのかわからなかったから、確かめたかった。主の肌着姿を見れば、わかると思ったから。それに、僕は少し怖かった」
「な、何が怖いの……?」
「主のスカートをめくりながら、もしかすると、主が好んで選ぶのは膝丸が選んだ肌着かもしれないって」
「!」

普段『弟』と呼んでいる膝丸の名前を呼ぶ髭切は、それだけ本気のような気がした。

「それだけはきっと許せないような気がしていたから、僕の選んだ肌着を身に着けてくれて、すごく似合っていて、それがすごく嬉しくて……」

髭切が悩んでいた事は、すっかり解決された。胸の高鳴りと苦しさと、じわっと熱いもの。これが、主への恋なのだと。
髭切はの身体をそっと起こすと、自分の着ていた戦装束の上着を肩に掛けた。ぶかぶかでの身体には合っていないけれど、髭切は頬を少々赤くしてその様子を眺める。

「僕のものを身に着けてくれる姿は、愛しいものなんだね、主」
「!?髭切、それって……!」

髭切はぎゅっとを上着の上から抱きしめた。からは見えないその表情は、とても満足気である。そして、の耳元で甘く囁いた。





「その肌着の下も、近い内に見せてね」





『勿論、僕だけに』と続けて、の唇に自分のそれをゆっくりと重ねた。