<ランジェリーショップの記憶>
審神者の仕事は何かと忙しい。審神者に就任したばかりの頃よりも、格段に仕事の量が増えているような気がしてならない。
仕事の量が増えたという事は、それだけ仕事を任されるだけの働きが出来るようになったというわけだが。
はとにかく目の前のディスプレイに文字を打ち込む作業に没頭した。
目の端には、行きたいと思っていた店が特集されてる雑誌。若い女性が好むファッションやスイーツの店の見出しが表紙だ。
昔は気軽に行けたショッピングも行けず、今では雑誌を読んで行った気分を味わう程度だ。買い物は内番として刀剣男士達に頼んでいる。
「あ〜!今回も誰かに頼むしかないな……」
「おや、どうしたんだい?」
「声が廊下にまで響いていたぞ」
「あっ、髭切と膝丸」
どうやら審神者部屋の襖が少し開いていたらしい。部屋の前を通りかかった髭切と膝丸が、何事かとの様子を見に来たようだ。
は2振りに背を向けたまま、提出する資料を作成する為に手を動かし続けている。
「ごめん、今手が離せないの!」
「忙しそうだな。ここ1週間ずっとこんな調子ではないか」
「部屋も散らかっているね。僕が綺麗に整理整頓してあげようか?」
「いや、髭切は大丈夫です、間に合っています」
「そうかい?」
掃除をする暇も無いせいで、所狭しと資料やら本が詰まれている。整理整頓を他の者に頼みたいくらいだ。しかし、その任は髭切には向いていない事をは知っている。髭切の背後で、膝丸が×印のジェスチャーをしながら首を横に振っているのが何よりの証拠だ。
「そうだ。髭切と膝丸に頼みたい事があるんだけれど」
「何だい?」
「何だ?」
「そこに覚書が置いてあるでしょ?そのお店に行って来て欲しいの。つまりお使いです」
膝丸は、がいつもお茶を飲んでいる机の上に、折りたたまれた紙が置いてあるのを見つける。
メモは電子化して端末に送信した方が便利なのだが、彼等は刀剣男士。アナログな物の方が分かり易い者もいるため、はお使いの時は紙にメモをする癖を付けていた。
1枚目には手書きの地図が書かれていた。店がある場所はぐるぐるとペンでなぞられている。
「この店に行けば良いのか?」
「えーっと、時代は……主がいた時代だね」
「そうそう。本当は自分で行きたかったんだけれど……、今はこんな状態だから。買う物も覚書に書いてあるよ。だからお願い!」
「承知した」
「良いよ」
2振りは快く引き受けてくれた。
「政府からの仕事は、我らには直接手伝えんからな。主の役に立てるなら、これくらいお安い御用だ」
「僕は主の時代に行った事が無いからね。お使いついでに楽しんでくるよ」
「ありがとう!宜しくお願いします」
こうして、源氏兄弟は主のためにお使いへ行く事になった。
は気づいていなかった。自分がいったい何のメモを2振りに渡してしまったのか……。
時間転移装置で主の時代に到着した源氏兄弟。さっそくメモに描かれた地図を頼りに目的の店に向かった。
今回は時間遡行軍との戦闘が目的ではないので、髭切も膝丸も現代に合わせた服装だ。元々がファッションに強い関心があるせいで、内番では絶対にお使いをさせない。髭切は黒と白のバイカラーデザインのトップスに白のスキニーパンツ、肩には薄手のチェスターコートを羽織っている。膝丸は黒のVネックのシンプルなトップスにサイドテープパンツ、ショートブルゾンを着ている。足元はお揃いのオックスシューズだ。全体的に2振り共モード系ファッションである。
戦装束よりは目立たないが、それでも見目麗しいせいで女性達が熱い視線を送ってくる。まぁ、2振りは全く気付いていないのだが。
都会の駅ビルに女性ファッション系のフロアに、その店はあった。
「なっ……?!ここが、主の示していた店なのか……?!」
「ありゃ?随分女性客が多い店だね」
店の前まで着て、髭切はともかく、膝丸はだらだらと冷や汗を流した。
店のディスプレイには、フリルやレース、リボンなどがあしらわれた極力布面積の少ない服―――ランジェリーが飾られていたのである。
そう、この店は女の花園、ランジェリーショップなのだ。
ランジェリーショップからは、ふんわりと漂ってくる女性の店特有の甘い香りがして、膝丸は眩暈を起こしそうになった。髭切はというと、物珍しそうに美しくそして可愛らしいランジェリーを眺めている。
「本当にこの店なのか?!ここは、おっ、女子の襦袢、肌着が売られている店ではないか……!」
「でも、覚書にはここだと書かれているよ。『駅ビルの5階【チェリーブロッサム】』って、この店だよね?」
「うっ、本当だ……」
見間違いかと思ったが、何度目を擦っても、ランジェリーショップの店名と同じ文字がメモに並んでいる。
膝丸はメモを握ったままブルブルと震え出した。
「これは【せくはら】というものではないか?!源氏の重宝たる我ら兄弟に、このような物を買って来いなどと……!主はいったい何を考えているのだ?!時の政府に訴えてやる!」
「咳腹?ねぇ弟、風邪でも引いたのかい?」
「そうではないぞ兄者!そして俺の名前は膝丸だ!これは重要な問題で―――」
膝丸はハッとなって周りを見た。通りを歩く女性達から、冷ややかで疑心に満ちた視線を浴びせられている。それもそうだ。大の男が2人、女の花園の前で騒いでいるのだから。しかし、2振りが絵にも描けないイケメンだと気づいて頬を赤らめる女性もいる。
髭切は困ったように言う。
「僕達、注目を集めているようだよ」
「移動した方が良さそうだな……」
とりあえず2人はランジェリーショップから離れ、改めてのメモを読み返した。
「兄者、見ろ!2枚目があるぞ!」
重なっていて気付かなかったが、メモは2枚目があった。1枚目には地図が書かれていたが、2枚目には買う物について書かれているようだ。膝丸は少し希望を持ってそのメモ書きを読んだ。
「『D65』?これはいったいどういう意味だ……?」
「何の暗号だろうね?見た事が無いよ」
これはブラジャーのサイズを表している。カップのサイズはD、アンダーのサイズが65という意味だ。女性ならば当然わかるメモなのだが、男であり刀剣男士でもある彼等には何の事か全く検討が付かない。
「これがあの店で買う物なんじゃないかな。僕達にはわからなくても、店に入って店員に聞けば良いじゃないか」
「なっ?!そんな事ダメだ兄者!あそこは女子が行くところだぞ。ましてや女子の肌着が売られている店など……。源氏の重宝である我らが行くところではない!」
「顔が真っ赤だよ、弟」
「そ、それは……!って、俺は膝丸だ!兄者には恥じらいというものが無いのか……?!何故主はこのような物を我らに買わせようとするのだ。自分で買えば良いものを……」
「肌着を買う時間も無いからだと思うよ。本当にここのところ、主は必死になって仕事をしていたからね」
「確かにそれはそうだが……。しかし、女子としてどうかと思うぞ」
「僕達が生まれた平安の世とは大分価値観が変わってきたんじゃないかな。僕達刀剣もその在り方が変わってきたようにね」
「兄者、比較対象が全く違うぞ……」
刀剣の在り方と、女性達の羞恥心を比べられるような日が来るとは。
「とにかく本丸へ戻ろう。女子の肌着を買う店に、我らが入るわけにはいかない。店にいる女子達にも迷惑を掛ける事になる」
「待って、弟。小さくまだ何か書かれているよ」
髭切はメモの隅を指差した。不細工なキャラクターが描かれているメモ用紙だったので、それに気を取られていて気付かなかった。良く見ると、端っこに『勝負下着!』と書かれている。この一文には髭切も膝丸も首を傾げた。
「『勝負下着!』とはいったい何の事だろうか、兄者?」
「わからないねぇ。勝負っていうのは、やっぱり何かと戦うという意味かな?戦う肌着とはどういう事だろう?」
「いや、戦で着る肌着という事ではないか?……まさか、主は時間遡行軍と肌着姿で戦うつもりなのか?!」
「さっきの肌着を見る限り、殆ど裸みたいじゃないか」
「はっ?!裸……?!」
「ふふっ、裸で戦うなんて、まるで相撲取りみたいだねぇ」
「…………」
一瞬の色っぽい姿を想像した膝丸だったが、髭切の一言で一気には土俵に立つむさ苦しい姿になってしまった。
髭切は『そうだなぁ』と顎に手を添え、考えを巡らせる。
「えーっと、時間遡行軍とはどう考えても主では勝ち目無さそうだよ。その他の誰かと勝負をするから、その時に身に付けるんじゃないかな?弟」
「だから、俺の名前は膝丸だと……。はぁ、もう良いか。そうだな……、つまり、己の肌着の良し悪しで勝負をするという事ではないか?」
「おー!何だかそれっぽいね。肌着を見せ合って、どちらの肌着が素晴らしいか、似合っているかを競い合うとか」
「なるほど、合点がいった!流石は兄者だ!」
「いやいや〜」
膝丸に褒め称えられて、髭切は得意げな表情を浮かべる。
勝負下着とは、彼氏との大切なデートや愛の告白、初夜などに備え、気合を入れたデザインの下着の事だ。他にも、仕事で気合を入れたい!というシーンで着る女性もいる。一概に彼氏との関係だけに着用されるものではない。女性とは、普段よりも良い下着を身に付ける事でテンションが上がる生き物だ。
かなり見当違いな答えを導き出した源氏兄弟に、ツッコミを入れる者は誰もいない。
「それならば、我らに使いを頼んだのも頷ける」
「と言うと?」
「主は己の審美眼が危ういため、客観視出来る者に頼みたかったのだろう」
もしここにがいたら、『ファッション誌の愛読者を舐めるな!』と怒り出すかもしれない。
髭切も膝丸の言葉に賛同のようで、うんうんと頷いた。
「それなら、やっぱり僕達はこのまま帰るわけにはいかないよ。主が勝負に勝てるように、肌着を頑張って選ばないと」
「……致し方あるまい。源氏の重宝たる我らの主に、決戦の場で恥をかかせるわけにはいかないからな!」
「「いざ、出陣!」」
妙な勘違いをしたままだが、源氏兄弟はランジェリーショップの前に戻って来た。ディスプレイには相変わらず煌びやかでファンシーなランジェリーが飾られており、膝丸は羞恥心で直視出来なかった。
ランジェリーショップだから当然女性客がいる。というか女性客しかいない。今ではカップル同士で下着を選ぶ場合もあるが、それでも男性は入店し難い事には変わりない。
ランジェリーショップの中に入ると、髭切も膝丸も周りの女性客達から容赦無く視線を浴びせられた。髭切はあまり気にしていないようだが、膝丸は顔を赤く染めて俯むいてしまう。
「うぅ……。こんなところに来て、摘まみ出されたりはしないだろうか……?」
「良くわからないけれど、大丈夫みたいだよ。男子禁制の張り紙も無いようだし。それに、彼女達、何故か僕達の事を見てニコニコしているから」
「いや、肩を震わせている女子もいるぞ。大丈夫か……?」
女の花園であるランジェリーショップに、突然男が入って来たので、当然彼女達は嫌悪感を示した。しかし、人間離れした源氏兄弟の美形さに一瞬で心を鷲掴みにされた。その美に触れた喜びに肩を震わせる女性もいる。イケメンの芸能人を見つけてキャーキャー騒ぐというよりは、完璧な美術品を静かに鑑賞したいという心理らしい。チラチラと見るだけで、2振りに近づいたり声を掛けてくる女性はいなかった。
「良くわからないが、騒ぎにならなくて安心したぞ。女子達を怯えさせるわけにはいかないからな」
「ふふっ、そうだね」
たまたま目が合った女性に、髭切はにこっと微笑みを浮かべた。その瞬間、笑顔を送られた女性は、合掌しながら昇天してしまった。髭切、罪な男である。
髭切は壁一面に陳列されているランジェリーを眺めた。春を思わせるパステルカラーの下着や、女の色気を全面に押し出している黒や赤など、一通りの色が揃っている。デザインも異なる物が多く、刺繍を施した繊細な造りもあれば、Tシャツ用のつるっとした装飾の無い造りの物もある。用途に合わせて多数の品揃えをしており、人気の店であるとわかる。
「今の肌着はこんな風になっているんだね。全然知らなかったよ。ひらひらしていて、色も鮮やかで、とても愛らしいね」
「兄者!無暗に触れては……!」
「……ところで、弟」
「ひっ?!」
急に髭切の声が絶対零度に変わり、膝丸は後退りした。ギラリとした明確な殺意をぶつけられ、膝丸は青くなる。
「僕はコレが女性の肌着だとはわからなかったのに、何故お前は直ぐにわかったのかな?」
「そっ、それは……」
「お前はコレを見た事がある、という事か。
……もしかして、主の肌着姿を覗いたんじゃないかい?」
髭切の手元に桜の花弁が集まり、それは刀の形へと変化し始めた。マズい。ここで本体を振るわれたら、警察が駆けつける騒ぎになってしまう。
般若の面を背後に背負った笑顔の髭切を宥めるため、必死に膝丸は首を横に振った。
「ちっ、違うぞ!誤解だ兄者!あれは事故だったのだ!主が着替えている事を知らずに部屋を訪ねてしまい……」
あの日はたまたま私室ではなく、審神者部屋では着替えをしていた。そこへ膝丸が知らずに入室してしまい、お互いパニックになってしまった。
膝丸がわざとやったのではないと理解して、は膝丸を許した。しかし、それから暫くの間はの魅惑的な下着姿を思い出してしまって、膝丸は随分苦労した。はで気恥ずかしく思っており、2人の様子がおかしいと少し本丸で噂されていた。
「あっ、勿論主に謝罪して許しを得たぞ!」
「
やっぱり見たんだね?」
「兄者、頼むから落ち着いてくれ!ここで抜刀すれば、主にも迷惑がかかってしまうぞ……!」
「……仕方ないね。但し、2度目は無いから」
「承知した……!」
花弁がサラサラと空中に霧散し、何とか本体を召喚する事は避けられた。しかし、今後また同じ失敗をすれば、髭切は容赦無く膝丸に斬り掛かってくるだろう。
「兄者は普段たおやかな気性であるが、主の事になると鬼神のようになられる……」
「そうかい?」
「気づいておられないのか?」
「主は僕達の主だからね。付喪神の本質は物。物の所有者に執着するのは当然だと思うけれど?」
(そういう意味の執着ではない気がするぞ、兄者!)
「とにかく今は主の勝負下着とやらを選ぼうじゃないか。主にお似合いの逸品を持ち帰ろう」
「ああ、そうだな」
髭切はこの時代の女性用下着が珍しいのか、嬉々とした表情で店内を見て回る。膝丸は羞恥心と戦いながらも、何とかに似合いそうな下着を探した。
「ねぇ、弟。コレなんかどうだい?」
髭切は膝丸にブラジャーとショーツがセットになった下着を示した。
ブラジャーはリバーレースで描かれた細かい花の繊細なデザインだ。ショーツは同じ素材のソングタイプで、サイドには細いリボンがアクセントになっている。色のベースは柔い白だ。モード系でセクシーさを取り入れたタイプである。
「あっ、兄者!上はともかく、下はまるで紐のようじゃないか……!これでは何も隠せないぞ?!主にこのような大胆な肌着は……っ」
「勝負するなら、これくらいじゃないとね。この褌みたいな下履きは、服を着た時に下履きの線が出ないようになっているんだよ。機能性が高い下履きなんだ」
「なるほど、そこまで考えておられたとは流石兄者だ」
「まぁ、僕がコレを身に付けて恥じらう可愛らしい主を見たいだけなんだけれど」
「兄者ァア!?」
「それより、お前はどうなの?良い物は見つかった?」
「あ、ああ……。コレ、なのだが……」
膝丸もおずおずと恥ずかしそうに選んだ物を差し出した。
ブラジャーは艶やかで光沢のあるケミカルレースをふんだんに使っていて、大ぶりの花がカップに沿って咲き誇っている。ショーツはお揃いの素材で、花のケミカルアップリケが付いたボーイレングス。バックは透け感が有り、美しい花の模様が肌に浮き出るというわけだ。色は灰色に近い優しい黒。髭切の選んだ物と同じくモード系であるが、セクシーというよりエレガントなデザインだ。
「ふぅん」
「な、何だ……」
「いや、お前もなかなかやるなぁと思って」
「どういう意味だ?!俺は別に主にこの肌着を着て欲しいだとか、そんな事は……!これくらい繊細な意匠の物の方が、主も勝負に勝てるかと思っただけで……っ、決してやましい気持ちではないぞ!」
「顔をそんなに赤く染めて言っても、全然説得力無いよ」
「うぐぅ……。兄者は意地の悪い事をおっしゃる」
「でも良い意匠だね、コレ。主は肌が繭玉のように白いから、きっとこの黒は映えるだろう」
「
……兄者、今何と?」
膝丸の目が、戦場で見せる時のような鋭いものに変わる。普段兄に向ける事の無いはずのその視線に、髭切は楽しそうに笑った。
「おおっと怖い顔だねぇ。ふふっ。実はこの前、主の湯浴み中に間違って入ってしまったんだよ」
「
俺よりも酷いじゃないか?!」
本丸では審神者用の風呂場が用意されているのだが、たまたまその日はシャワーが故障してお湯が出なかった。仕方なく、は刀剣男士達が利用していない時間にこっそり大浴場を使用した。そこへ、偶然にも風呂へ入り損ねた髭切がやって来たというわけである。
普段は見られない羞恥に染まるの表情が面白く、髭切は暫くの間眺めていた。当然は怒りと恥ずかしさで一杯になり、その場から脱兎のごとく逃げ出した。その後髭切は一応謝罪したが、の反応はイマイチだった。
「恥じらう主の白い肌に滴が光っていてね、アレはなかなか素敵な光景だったよ」
「〜〜〜〜っ!!」
の一糸纏わぬ姿を想像してしまい、膝丸は顔から湯気が出てしまいそうになる。それと同時に兄に対する強い嫉妬心にも駆られた。
「おや、お前も鬼になるのかい?」
「兄者、そんなにからかわないで頂きたい……。俺はこの肌着が主には、に、似合うと思う」
「僕はこちらの方が好みだよ。きっと主も気に入ってくれると思うし」
「何っ?!しかし―――」
「2つ共買って、主に選んでもらおうよ。どちらの肌着が好きなのか、それで決着を付けようじゃないか」
「望むところだ!兄者相手でも手加減はせぬぞ」
「僕も手抜きはしないよ。必ず僕の方を主に選んでもらいたいからね」
どう手加減をしないのかというツッコミ役は、やはり誰もいない。
「そういえば、この『D65』というのはいったいどういう意味だろうか?」
「……ん?ここに同じような単語が書かれているよ」
髭切は自分の持っている下着のセットに、C75という表示が書かれているのを見つけた。そして、店の壁には女性の体の絵とサイズを示す表が張られていた。
「えっと……、どうやらこれは胸の大きさを表しているみたいだねぇ」
「むっ、胸の大きさ……?!」
「そうそう。肌着を買う時には、自分の胸に合った物を身に付けないといけないようだ。つまり、主の胸の大きさを『D65』が表しているんだよ」
「言われてみれば、どの肌着も大きさが違うな……」
髭切はFから先の巨乳と呼ばれるブラジャーを手に取り、感心したように言った。
「お〜、世の中にはこんなに大きな胸の人がいるんだね。これじゃあ日常生活も苦労しそうだね」
「兄者、肌着を持って自分に当てるのは止めてくれ……!源氏の重宝たる兄者がする事じゃないだろう」
「細かい事はどうでも良いじゃないか。あっ、コレが主の胸の大きさなんだね」
「?!」
髭切はD65と表示されている下着のセットを見つけると、膝丸の前に持って来る。
の胸と同じサイズの下着。それを見せ付けられて、想像するなというのが難しいだろう。膝丸は沸き上がる興奮を抑えるのに必死だった。平常心を保つため、腕を組んで髭切に注意をした。
「兄者、はしたないぞ。そのようにはしゃいでは……」
「僕はもっと大きい方が好きかなぁ」
「ぶっ?!」
膝丸の平常心は髭切の言葉で吹き飛んでしまった。あくまでも髭切は無邪気である。
「ほら、抱き締めた時にふかふかしていた方が心地良いだろう?大体主は痩せ過ぎだと思うんだよね。ふふっ、僕が胸を大きくしてあげるのも楽しそうだ」
「あ、兄者……っ」
「弟、お前はどうだい?女性の胸は大きい方が好み?それとも、小さくても好きかい?」
「お、俺は……別に胸など無くても別に……」
「ああ、大きさよりも形の美しさに拘る方なんだね。確かに美しい形というのも大切だと思うよ」
「うっ?!」
膝丸はズバリ図星を突かれて固まってしまう。髭切には『むっつりだねぇ』とクスクス笑われてしまう始末。膝丸は耳まで赤くなり、頭から煙が出そうになっている。
「……こほんっ。とにかくだ、長居は無用。早く会計を済ませて帰ろう」
「そうだね、弟。早く帰って、主にコレを着て見せて貰わないと」
「それは絶対にダメだっ!」
「ははっ、冗談だよ」
2振りはお互いに選んだランジェリーのサイズを確認して、レジで会計を済ませた。
「ありがとうございました!」
一方、一部始終を見ていたランジェリーショップの店員は、こんな風に思っていた。
(
パリコレモデル並みの超絶イケメンを2人も侍らせて、しかも自分のランジェリーを買わせるって、いったいどんな女の人なの〜〜っ?!気になり過ぎるっ!!)
店員の中で、は歌舞伎町のホステス達も裸足で逃げ出す女帝のような姿になっていた。
その頃、は1枚のメモを前に驚愕していた。が手に取ったメモには、とても美味しいと評判のスイーツショップの地図と、買ってくるホールケーキの種類が書かれている。そう、こちらのメモを源氏兄弟に頼みたかったのだ。手が震えてメモを取り零してしまう。
実は最近練度がカンストした刀剣男士がいたので、そのお祝いにこっそりとサプライズでホールケーキをプレゼントするつもりだったのである。
ちなみに、が勝負下着を買おうとした理由は、審神者友達に『仕事の時に可愛いの着ているとやる気出て効率アップ出来るよ!』と助言されたからである。端末操作が苦手な刀剣男士達に配慮して、メモ用紙にメモする習慣が仇となり、今回の取り違いが起きた。
ようやく源氏兄弟に間違えたメモを渡してしまった事に気づいたは、絶望と恐怖で頭を抱えてしまった。
「たっ、大変だ……!審神者の下着を刀剣男士に買わせるなんて、完全にパワハラとセクハラじゃん?!美男子に自分の下着を買いに行かせて喜んでるとか言われて?!時の政府に変態性癖審神者として通報されて、さっ、左遷?!それともクビ?!このままだと、我が本丸の刀剣男士達が路頭に迷う事に……!……いや、待てよ。流石に買って来ないよね……?源氏兄弟は私の時代の下着だってサイズだって何の事かわかるはず無いし、ランジェリーショップに辿り着いた時点で引き返して―――」
「
主、ちゃんと君の肌着を買って来たよ」
「
はい!そんな事は無かった!」
「今戻ったぞ、主」
「お、おかえり……」
震えながらは後ろを振り向いた。そこにはニコニコ顔の髭切と、恥ずかしそうに視線を泳がせている膝丸がいた。2振りの手には、【チェリーブロッサム】とオシャレなフォントが印刷されたピンクの可愛いショップバッグがある。
「終わった……何もかも……」
には、時の政府に通報され、手錠を掛けられて連行される自分の姿が想像出来た。某プロボクサーのように、は真っ白に燃え尽きた。
髭切はガサゴソとショップバッグから、自分で選んだセクシーなランジェリーを取り出した。
「ほら、君に似合いそうな肌着。僕が選んだんだよ。コレできっと勝負に勝てるよ」
「えっ?勝負に勝つって……?」
「お、俺も買って来た。君に似合うのはこちらの肌着だと思うぞ。源氏の重宝である我らの主ならば、こちらで勝利を収めてくれ!」
膝丸も髭切に負けじとエレガントなランジェリーを差し出してくる。
は2つを受け取りながら、『ん〜?』と悩んでしまう。どうやらセクハラで通報される事は無さそうな雰囲気だとわかり、ホッと胸を撫で下ろした。
ひとまずは2振りに頭を下げ、メモを間違えて渡してしまった事を謝罪した。
「―――というわけで、本当に私が頼みたかったお使いはこっちだったの。色々勘違いさせてごめんなさい。
特に膝丸」
「全くだ。俺がどれだけ苦労したか……!」
「見える、見えるよ〜。髭切がランジェリーショップではしゃぐ姿が〜」
「でも、僕は主の時代に行けて楽しかったよ。あまり行く機会が無いからね」
(
ランジェリーショップだけどね)
「ほーるけーきとやらはどうするのだ?」
「とりあえず仕事がひと段落したから、私が後で買いに行くよ。やっぱりこういうのは、審神者である私がプレゼントするべきだと思うからね。私もお祝いしたいし!頑張ってくれた人へのプレゼントを選ぶのって、すごく楽しいでしょ?」
はにこっと微笑みを浮かべた。
審神者として、刀剣男士を束ねる者として、の振舞いは素晴らしいものだと2振りは思う。
「ところで、『勝負下着』というのはいったい何だい?」
「まさか、本当に肌着を見せ合って勝敗を決めるのか?」
「違う違う。勝負下着っていうのは、まぁ、恋人に見せる為の特別な肌着……って事かな?」
少し恥ずかしそうに言うに、髭切と膝丸はぐっと心を掴まれたような気がしてならない。
「でもね、勝負下着って他にも色々意味があって、私の場合は仕事中のテンションを上げようと思って―――」
「主はつまり、好いた男に見せるための肌着を買うつもりだったのか?」
「……えっ?」
膝丸は機嫌が悪いようで、眉を寄せている。じりじりと彼の中で嫉妬の炎が燃えているようだ。
髭切を見れば、髭切の笑顔はいつもより恐ろしく感じた。全然面白くない。そう言わんばかりの顔をしている。
髭切にぐいっと腕を引かれ、はその力に逆らえず髭切の胸に飛び込んでしまった。
「髭切?」
「僕が選んだこの肌着、君に着てもらいたいな。それで、僕に見せて欲しい」
「な、何言ってるの!?」
「せっかく君の為に選んだんだからさ。きっと似合うよ。それに、君の好いた相手より、君の事をわかっているのは僕だよ」
すると今度は膝丸に腕を掴まれ、またしてもぐいっと引っ張られた。膝丸の腕の中で、は膝丸の美しく整った顔を近づけられた。
「膝丸?!」
「俺の選んだ肌着こそ、君に相応しい。君が身に付けるその姿を、この目に焼き付けたい。俺だけに見せてくれないか?」
「ちょっ、何言ってるの?!膝丸らしくないよ……」
「俺らしくないか。しかし、俺もこればかりは、兄者にも負けられぬからな」
膝丸は好戦的な目で隣の髭切を見た。髭切はその目が気に入ったらしく、『ふぅん』と笑った。
「だったら、勝負しようよ。どちらの肌着が主に似合うのか」
「ああ、良いだろう」
「よ、良くないですっ!」
の右手を髭切に、左手を膝丸にするっと掴まれた。そのまま後ろに倒され、の手は頭の上で纏められた。背中に感じる畳の冷たさと、それとは逆に両手が熱い。
芸術品のような端正で同じ顔が2つ、に熱い眼差しを送っている。目が合って、は心臓が強く跳ねた。
「君にこの肌着を着せて、どちらが似合うかここで見比べるとしよう」
「?!」
「それは良いね。手間が省けるよ」
「何の手間?!」
がこの状況に困惑していると、髭切がそっと耳元で囁いた。
「僕はね、本当はどちらの肌着でも良いんだ。だって―――」
『脱がせば同じ事だものね』と、に妖艶で満面の笑顔を見せた。
そして膝丸は、倒された時に開けたの首元に、ゆっくりと味わう様に唇を寄せた。
果たして勝負の行方は?!
それは3人だけが知る事。