ファミレスを出た聖斗とは、聖斗のセダンで移動する。
「何処へ行くんですか?」
「これからお前を女優としてスタジオに挨拶周りをする」
「そうですか……」
ぼーっと窓の外を眺めた。大都会のビルが整然と並んでいる。
スタジオや事務所に着くと、聖斗がを淡々とスタッフに紹介していく。母を知る者は、の姿を見て驚いたり感心したりと、様々な反応を見せた。は心此処にあらずで、ただ黙っていた。
再び移動の為、セダンに乗り込む。気づくともう夜だった。ネオンの灯りが眩しい。
の手の中にあるスマホが、何度もバイブレーションで震えた。しかし、出る気になれなかった。
は友達が少ない。連絡をしてくる相手はわかっていた。だからこそ、今は出たく無かった。今の自分が言える事は、彼への別れだったから。
「出ないのか?」
「……今は出たくありません」
「出ろ。別れはきちんとしておくものだ。そうじゃないと、警察を呼ばれたり、面倒な事になる」
「誰のせいだと思っているんですか」
「五条の跡取りだろう。あの男がお前に手を出さなければ、話はもっと簡単で済んだ」
「…………」
こんな男が父親だなんて。世の中はつくづく厳しい。
スマホを操作し、鶴丸の番号へ電話を掛けた。2回コールが鳴る前に鶴丸が出た。
『もしもし?か?』
今朝その声を聞いたというのに、もう何年も聞いていないかのように感じた。の胸が震える。
「はい、です……」
『ちゃん!無事だったんだね!良かった!』
「え?店長、そこにいるんですか?」
『いるよ。伽羅ちゃんも。皆君が連絡をくれないから心配していたんだよ』
(鶴丸さんだけじゃなくて、皆が私を……)
スマホを握る手が強くなる。これまで孤独だった自分に、こんなに沢山の人が気にかけてくれる。
だが、それももう終りだ。
「連絡が遅くなってしまってごめんなさい」
『そんな事より、、今何処にいるんだ?』
「それは……言えません」
『何だって?それはどういう意味だ?』
「実は今日、お父さんに会ったんです」
聖斗を『お父さん』なんて呼びたく無かった。
耳に当てたスピーカーから、鶴丸の戸惑った声が聞こえてきた。
『父親って……、君の本当の父親かい?』
安心させる意味で、は父親の情報を伝える。
「はい。名前は、麻生聖斗。映画監督をしているそうです。名刺も貰いました」
『本当にそいつは君の父親なのか?』
鶴丸が疑うのも無理はない。だが、父である証拠もある。
「はい……。証拠写真を見せて貰いましたので、間違いないと思います。麻生聖斗が、私の本当の父親です」
だから。
言葉に詰まりそうになるのを何とか続ける。
「だから、これからはお父さんと一緒に暮らすと決めました」
チラッとは前で黙々と運転する聖斗を見た。
鶴丸の息を飲む音が聞こえた。それを振り払うように、は一気に話した。
「鶴丸さんとは今日でお別れです。私の物は、全部捨ててくれて大丈夫です。今まで、ありがとうございました……」
『…………』
何と鶴丸は言うのだろうとは思った。だが、鶴丸は黙ったままだ。次の言葉が怖い。
そう思っていると、鶴丸ではなく光忠の声が響いた。
『えっ?そんな、待ってくれ。ちゃん、お父さんが見つかったから……鶴さんとはもう暮らさないのかい?』
「はい……。鶴丸さんは……、私の本当のお父さんじゃないから」
自分で言っていて、は辛かった。ナイフを自らの胸に突き立てているかのようだった。
しかし、ここで黙れば気持ちが揺らいでしまう。は必死に捲し立てた。
「今までがおかしかったんですよ。だって、鶴丸さんは赤の他人なんですよ?いきなりパパになるだなんておかしな事言って」
の脳裏に、鶴丸と出会った頃の出来事が走馬灯のように浮かんできた。
「私……あなたと一緒に暮らしていて、辛かった」
あなたと一緒に暮らしていて、楽しかった。
「だからもう、止めたいんです。鶴丸さんと親子ごっこなんて」
だからもっと、一緒にいたいんです。
(こんな事を言う私を、お願いだから引き止めないで)
お願いだから引き止めて。
「もし私を引き止めるって言うなら、私はあなたを警察に突き出します」
ニヤッと聖斗が笑ったような気がした。
信じられないという光忠の声がした。
『そんな……!ちゃん、あんなに鶴さんの事慕っていたじゃないか』
は目頭が熱くなった。
祖母と2人だけの生活をしていく内、気づくと無意識に他人を信じられなくなっていた。そんな凍り付いたの心を温かく溶かしてくれた。それが鶴丸だった。
縋りつきたくなる。だが、車を運転している聖斗とバックミラー越しに目が合った。
は零れそうになる涙と本音をひたすらに隠す。そして、吐き捨てる様に言った。
「あんなの演技に決まってるじゃないですか。貧乏な未成年が生きていくには、こうするしかなかったんですよ。お金持ちの気まぐれに付き合ってあげただけ。だから、楽しいわけないです。見ず知らずの男と暮らすとか、私、どうかしていました」
『…………』
鶴丸は怒るかと思ったが、黙ったままだ。
『もう!鶴さん!こんな時に黙ってないで、何とか言ってよ!このままじゃ、ちゃんとこんな酷いお別れになっちゃうんだよ?!それでも良いの?!』
光忠の言葉は、の本音でもあった。
(鶴丸さんは、私とお別れしても良いの?)
『…………わかった』
沈黙を破った鶴丸は、静かにそう言った。それがにとって、何倍も大きな声になって心に響いた。
これには驚いた光忠が鶴丸の名前を咎める様に呼んだ。
『鶴さん!』
『それが、君の出した答えなんだな?』
私じゃない。
私の、答えは……。
だが、それを口に出すのは許されない。
「…………はい、そうです。鶴丸さん。あなたとは、お別れです。あなたは、私のお父さんじゃない」
自分で言っていて、は寒気すら感じた。鶴丸はどんな表情でこの言葉を受け止めているのだろう?知りたくて、でも知りたくない。は複雑な心境になる。
『君は俺といて不快だったかもしれないが、俺は君との生活が毎日驚きに満ちていて、すごく楽しかった。愛しかったぜ』
愛しかった。
私も!
そう叫びたかった。
『君からのさよならは聞きたくない。だから、俺が言う。……さようなら、。ありがとう。元気でな』
「……はい」
通話を切る。これからこの番号からかかってくる事は永遠に無い。そう思うと、気が遠くなりそうになった。
脅されていたとは言え、自分から鶴丸の事を拒絶してしまった。せっかく出来た縁を切ってしまった。
「お別れは済んだか?」
この男のせいで。
「…………」
「そう睨むな。これまでの関係がそもそもおかしかったんだ。未成年の少女が、保護者の許可も無く赤の他人の男と暮らす?そんな事は、世間が許さない。あの男もお前から解放されたんだ。警察沙汰にならずに済んで良かっただろう」
確かに聖斗の言う事は正しかった。にとっては正し過ぎた。
はバックミラー越しに聖斗を睨みながら言った。
「世間が何であろうと、私は構いません。あの人は、私の恩人です。その事実だけで十分です」
「お前の父親は私だ」
「あなたとは、血が繋がっているだけです」
「ふん、言うものだな」
その後車内は無言になった。次に聖斗が口を開いたのは、車がどこかの駐車場に停止した時だった。
「着いたぞ」
「ここは?」
「俺の事務所だ」
すっかり夜になっていて、建物の全体像は良く見えないが、オフィス街のビルの一角らしい。
は聖斗の先導でビルの中へ入っていく。大都会のシャープで未来的なオフィスだ。オフィスの入り口で聖斗がカードキーを翳すと、ピッと電子音が鳴ってロックが解除された。
「入れ」
は黙って中に入った。ドアが閉まると、再びロックがかかった。
モノクロのシンプルな家具が並んでいて、デスクにはノートパソコンが1台乗っている。撮影機材もあり、まるで望遠レンズのようなカメラがいくつも置かれている。
聖斗はソファに座って足を組んだ。
「これからここでお前は女優として活動していく事になる。これが映画の台本だ」
ソファに置いてあった分厚い台本を差し出され、は黙って受け取った。
母が出演するはずだった映画。そう知れば少しは読む気にもなった。だが、それでも心は複雑だった。
「ようやくの罪を拭う時が来たな。どれだけこの日を待ち侘びていたか」
「これ以上、お母さんを悪く言うのは止めてください。不愉快です。罪って、何ですか?お母さんがいなくなったのも、何かきっと原因があるはずです」
「黙れ。この映画にどれだけの想いが込められていたかも知らずに……。が俺の気持ちをわからずいなくなるはずが無い。俺の気持ちを理解していて、それで姿を消したんだ。どうして恨まずにいられようか」
「!?」
ガシッと肩を強く掴まれ、至近距離から睨まれる。はそれでも勇気を振り絞って睨み返した。
ここでインターフォンが鳴った。聖斗はから離れ、インターフォンのカメラを見た。カメラ画面には、露出が高いドレスを着た派手な面立ちの女性が映っていた。30代半ばだろうか。真っ赤な口紅が塗られた口元を孤にしながら、カメラに向かって手をヒラヒラと振っている。女性の後ろには数名の男達が見えた。
聖斗は無言でロックを解除した。中に入って来た女性は、を真っ先に見た。まるで値踏みでもされているかのように思えて、は眉を顰める。
「待ってたぞ、マネージャー」
「この子が噂の子猫ちゃん?本当に愛らしいわね、聖斗。確かに輝きを持っているわ。あなたが拘るのも無理はないわね」
「当然だ。の娘なんだからな」
「でも、良いのかしら?こんな愛らしい子を差し出してしまって」
(差し出す……?)
突然出てきた単語に、は首を傾げる。
女性の後ろから数名の男達が入って来て、何やら撮影機材を広げている。
「あの、何をしているんですか?」
「これからお前のPVを撮影する。スポンサーに見せる為にな。、服を全部脱げ」
「…………………は?」
それだけ呟くのがやっとだった。今、何を言われたのか、はわからなかった。の理解が追いつく前に、は男達に羽交い絞めにされてしまった。
「な?!何をするんですか?!離してっ!!」
聖斗は冷たく言う。
「映画にはスポンサーが絶対だ。金払いの良いスポンサーがつけば、映画はより完成されたものになる。女優が身体でスポンサーを集めれば、より宣伝効果も増す」
「何を言ってるんですか……?!」
「子猫ちゃん、悪いけれど、芸能界は綺麗なだけでは生き残れないのよ。枕をすれば、映画の製作費も宣伝費も沢山貰えるし、女優としての知名度も上げられるわ。子猫ちゃんにとっても、悪い話じゃないでしょう?」
さも当然のようにマネージャーに言われて、は頭が真っ白になった。自分がこれから何をされるのかを知って、血の気が引いていく。必死に抵抗するが、羽交い絞めにしてくる力が強くなるだけだった。
「嫌です、そんな事!私はそんな事望んでいません!離してください!!」
「あの時、も抵抗していたな。枕をせずに女優として成長したい、と。だが、現実は綺麗事では伸し上がれない。いくら映画製作の技術があっても、スポンサーがいなければ話にならない。より良い映画を撮る為には、多少の我慢も必要だ。女優がスポンサーを接待をする。それだけで、良い映画が作れる。だが、それをは理解しなかった。頭の悪い女優だったな、アイツは」
この口振りからして、枕営業させられたのは1人や2人ではないようだ。
芸能界では、こうした黒い噂が絶えない。映画やメディアに出演する為に、女優が枕営業をさせられるという被害届が出された例もある。
は母が逃げた理由を理解した。
映画にばかり夢中になっていた聖斗は、善悪の区別がつかなくなったらしい。母が失望したのも無理は無かった。
「あなたは、周りが見えていない。お母さんもあなたに嫌気が差したのは当然です。好きでもない相手と寝るなんて、到底受け入れられない!お母さんは、あなたに目を覚まして欲しくて姿を消したのよ!!それなのに、あなたは……あなたは最低な男!!」
ガッと聖斗に顎を強く掴まれた。は痛みに呻き声を上げた。ギリギリと顎を掴まれて、は必死に振りほどこうともがいた。だが、聖斗の手はびくともしなかった。
怒りで満ちた目でを聖斗は睨む。
「小娘が、知ったような事を言うな!お前に俺の何がわかる?!やっと……やっとチャンスに恵まれて、撮りたいものが撮れると思ったのに、が逃げた。どれだけ失望したか、お前にわかるか?!俺は必ずこの映画を撮る。そして、世の中に俺の作品として送り出す。それが俺の生きる意味だ!!実現する為なら、俺はどんな犠牲も惜しまない!!例え実の娘だろうと、俺は売る!!」
は聖斗に胸倉を掴まれ、バリっと制服のYシャツが破かれた。ボタンが2〜3個床に飛び散り、破れた隙間から柔らかな白肌が覗く。
(この男、狂ってる……)
は映画に憑りつかれた聖斗が恐ろしく、声が出なくなった。
ドアはロックされているし、数人の男達がいるので腕を振り解く事は出来ない。絶体絶命だ。
の脳裏に浮かんだのは、鶴丸の姿だった。
優しくて温かい鶴丸の笑顔が、声が、目が、を奮い立たせた。息を大きく吸い込んで、その人の名前を呼んだ。
「鶴丸さん!!助けて!!」
すると、奇跡は起きた。
「!!!」
ロックされているはずのドアが開き、矢の様に飛んで来たのは、ここにはいないはずの人――鶴丸だった。鶴丸を見た瞬間に、の両目から堰を切ったように涙が零れ落ちた。
「つ……鶴丸さん……!」
「僕達もいるよ!」
「、無事か……?!」
光忠と大倶利伽羅が足早にオフィスへ入って来た。
「何だお前達は?!いったいどうやって――」
「返してもらうぞ!」
突然の出来事に驚き、を羽交い絞めにしていた男の手が緩んだ。その隙を見逃さず、鶴丸は聖斗を押し退けての手首を掴み、自分の胸に引き寄せた。鶴丸は着ていた上着をに被せる。は鶴丸の温もりを肌に感じ、安堵感が全身に広がった。
を庇う様に光忠と大倶利伽羅が前に出る。
「どうやってここに入ったのかしら?鍵もかかっていたはずよ?」
「そんな事はどうでも良い。よくも俺の大切な娘を傷つけてくれたな、麻生聖斗」
「何が娘だ。は俺の娘だ。お前の娘じゃない」
「ドアの向こうからも聞こえていたぜ?『俺はどんな犠牲も惜しまない』だって?自分の身を切らず、娘にそれを代行させようとしておいて、何が犠牲だよ。そんな汚い事情で作られた映画なんて、誰も楽しめるわけがない!」
「他人が口出しをするな!これは俺との問題だ。同情で親子ごっこをしていた男に、口出しされる覚えは無い。大体、はお前を拒絶した。お前とのつまらない親子関係はもう終わったんだよ。そうだろう?」
「…………」
確かには鶴丸を拒絶した。もう二度と会わないつもりで電話をしたのだ。こんな事態になり、鶴丸を巻き込むわけにはいかない。は押し黙って俯いてしまう。
鶴丸は聖斗の言葉に怯まなかった。
「子供は親の宝だ。子供は愛するものだ。それなのに、お前はが苦しむような事をしようとしている。お前がの父親だとしても、お前のような父親には譲れない!に嫌われていても、俺の気持ちは変わらない。絶対に手放さない!!は、俺の娘だ!!」
「鶴丸さん……!」
は再び涙を零した。嬉しくて胸が熱くなった。
聖斗は一瞬黙ったが、この場に相応しくない余裕の笑みを浮かべていた。
「くくくっ、そんな事を言える立場なのか?五条国永。お前は五条グループの跡取り息子で、有名な写真家だ。未成年の少女を誘拐して一緒に暮らしていたとマスコミに売ってやる。お前達の関係が世間に知られれば、どうなるだろうな?それこそと一緒に死にたくなる程の激しいバッシングを受けるだろう。お前の大好きな写真の道も絶たれる。それでも構わないと言うのか?!娘の為に、全てを捨てられるか?!」
もうは黙っていられなかった。鶴丸にしがみ付き、鶴丸を見上げた。
「鶴丸さん!私に構わないでください!鶴丸さんの足枷になるくらいなら、私は――」
「」
「!」
鶴丸は名前を呼んで優しく微笑み、の手を握った。包み込まれた手が温かくて、思わずは鶴丸の手を握り返した。
「大丈夫だ、」
「鶴丸さん……」
それはどういう意味だと問いかけようとした時だった。のんびりとした男の声が響いたのは。
「はっはっはっは。ちと邪魔をするぞ」
「な、何だお前は?!」
高価そうな着物を纏い、現れた男性は扇子を片手に聖斗の前までやって来た。浮世離れした美しさが滲み出る男は、チラッとを見て目を細めた。それから再び聖斗に向き直った。
「俺の名は三条宗近だ。二度と会う事も無かろうが、名前ぐらいは教えておいても良いだろう」
「三条宗近……。あ、ああ!三条グループの……?!」
【三条】と聞いて、聖斗達の血の気が引いて行った。目の前の男が何者なのかが直ぐにわかったからだ。
「俺が電話をしたら、ここの管理人が『ご自由にどうぞ』と鍵を開けてくれてな。まぁ、このビルも、その周辺のビルも全て三条家の持ち物なのだから、当然か。はっはっはっは」
『ああ、そういえば』と、宗近は扇子をパンと閉じる。
「三条グループが、確かスポンサーとしてこの映画に関わっていたなぁ。麻生とやら、そうだったな?」
「…………」
「はて?三条グループが関りを持たぬメディアなど、日本にあっただろうか?麻生よ。教えてくれないか?近頃物覚えが悪くて困っていたところだ。なぁ?麻生」
麻生は宗近に返す言葉が無かった。ただ黙って震えている。
自体を良く呑み込めていないは、鶴丸にこそっと尋ねた。
「あの、さっき三条がどうのって聞こえましたが、あの人は三条家の方なんですか?」
「そうだ。俺の実家である五条家の本家筋であり、宗近は総本家の跡取りの1人だ。日本屈指の財閥、三条グループが関わっていないメディアやマスコミは、日本には存在しない」
「それって……!」
がハッとなり、宗近が柔和な微笑みを浮かべた。聖斗だけが絶望の表情で茫然としていた。もはや何も語る事は出来なくなった。
宗近が止めとばかりに口を開く。
「黒い噂は本当であったか。三条はこの映画のスポンサーは降ろさせてもらおう。それから、国永や国永の娘にも手を出そうと思うなよ。もし手を出すのであれば、全力で三条がお前を潰す。肝に銘じておくように」
「〜〜〜〜っ!」
ガクッと聖斗はその場に膝から崩れ落ちた。そして、麻生だけではなく配下の者達やマネージャーも青い顔でその場に立っている。
全てが終わった。は力が抜けて、フラッと足元が覚束なくなった。鶴丸がしっかりとそんなを支えた。
「鶴丸さん、ありがとうございます」
「これくらい大した事は無い」
「店長も、大倶利伽羅君も、来てくれてありがとう」
「お安い御用さ。ちゃんが無事で、本当に良かった」
「、お前は早く帰って休んだ方が良い」
「うん、そうだね」
は鶴丸を見上げた。たった半日会わなかっただけで、鶴丸が懐かしい存在のように思えた。
「鶴丸さん、どうして来てくれたんですか?私、あんな酷い言い方でお別れをしたのに……」
「そんな事か。言っただろう?君に嫌われていても関係無い。俺がそうしたいと思っただけだ。……やっぱり、俺の事は嫌いか?」
あまりに真剣な表情で聞くから、は思わず破顔した。
「そんなわけありませんよ!鶴丸さんとの生活は、もう私の一部になりました。今更止めろって言われても、無理です。私は、これからも鶴丸さんの傍にいたいです」
「そうか……。それは本当に――!」
ここまで鶴丸が言いかけた時、鶴丸が何かに気が付いてを突き飛ばした。いきなりの事では尻餅をついてしまった。
「いったい何を――鶴丸さん……?」
鶴丸の後ろに立っていた光忠と大倶利伽羅が絶句して鶴丸の事を見ている。正確には鶴丸ではなく、鶴丸の直ぐ後ろにぴったりとくっつくように立つ聖斗を、だ。
聖斗の手にはいつの間にかナイフが握られていて、鶴丸の背中に凶刃を突き立てていた。
ポタポタと真っ白いオフィスの床に真っ赤な液体が――血が滴り落ちた。
「このっ……!!」
「鶴さん!?」
大倶利伽羅が聖斗を渾身の力で取り押さえ、ナイフを蹴り飛ばして手の届かないところへ落とす。光忠は崩れ落ちた鶴丸の事を支えた。
「あははははは!お前は、私のものだ!誰にも渡さない!!が出来なかった事を、お前が――」
「お前はもう寝ろ!!」
「うぐ……っ」
大倶利伽羅がより強く押さえつけると、聖斗はようやく口を閉じた。
は、何が起きたのかわからずに目を大きく見開いたまま固まっていた。鶴丸はに痛みを堪えながら手を伸ばした。の頬に触れた手は、先程とは違い冷たくなっていた。
「鶴丸、さん?」
「……良かっ…………」
「つ、鶴丸さん…?!嫌ぁ!!しっかりして!!鶴丸さんっ!!」
鶴丸は背中を真っ赤に染めながら意識を手放した。
最後に鶴丸が聞いたのは、の泣きそうに自分を呼ぶ声だった。