もう1人の「パパ」

気づくと鶴丸との共同生活は3ヶ月が過ぎていた。何だかんだでは充実した日々を送っていると感じるまでになった。そして今は、鶴丸と一緒に海に来ている。
潮の香りがするビーチは、海水浴客で溢れていた。天気も良く、海で遊ぶには絶好の日になった。

「君が写真の撮り方を教えて欲しいと言い出すとはなぁ」
「写真には興味がありましたから。五条さんの写真の中では、特に海が好きですし」
「おっ、照れずに好きって言えるようになったんだな」
「……私に自分が五条さんだという事を黙ってたのは、まだ許していませんからね」
「それは手厳しい。さて、では水着に着替えてくるか」
「はい」

2人は海の家に用意された脱衣所へ向かった。
先に着替え終わったのはだった。の水着はペールオレンジカラーのワンピースタイプで、背中は大きく開いている。ホルターネックの後ろには、可愛らしく水玉模様のリボンが付いている。

(鶴丸さんが選んでくれた水着、似合ってると良いけど……)

がそわそわしながらビーチで待っていると、視界に鶴丸が入ってくる。鶴丸はハワイを思わせる派手な水着に上着を羽織っている。胸ポケットにはサンブラスといういで立ちだ。
が近づこうとした時、鶴丸は20代と思われる女性2人組に声を掛けられた。
何を話しているのかは遠目なのでわからなかったが、ナンパだろうという事はわかる。

(鶴丸さん、やっぱり格好良いからな……仕方ないよね。困ってるみたいだけど……)

が迷っていると、背後から陽気な声がした。

「へい!そこの彼女。何してるの?もしかして、ナンパ待ち?そうでしょ?」
「えっ?」

振り返ると20代くらいの男が2人立っていた。ジャラジャラとしたアクセサリーで武装している。金髪と赤髪の2人組はいかにもチャラそうだ。
赤髪の男がピュウっと口笛を吹いた。

「おーっと、近くで見たら更にめちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!こりゃ当たりも大当たりだ!」

金髪の男も大袈裟なくらい頷いている。

「ねぇ彼女、俺達と一緒に遊ぼうぜ。そわそわして、どうせナンパ待ちだったんだろ?」
「違います!ナンパ待ちではありません」
「強がっちゃって〜。俺達、君がずっと立ってるのを見てたんだぜ?ほら、一緒に行こう!」
「や……!」

金髪の方がの手首を掴んできた。恐怖を感じたが背筋を凍らせた時、の待っていた人が駆け付けてきた。鶴丸である。鶴丸はナンパ男達からを引き離し、を庇う様に立つ。

「何だお前?!」
「この子の彼氏だ」
「?!」

スパッと鶴丸が答え、は衝撃を受けた。親子関係から最も遠い単語が鶴丸から飛び出したのだから。

「彼氏、だってー?そんな証拠、どこにも――」
「…………」
「うっ……。俺達、用事を思い出したから……、じゃあなー!!」
「さいなら〜〜!!」

鶴丸の凄まじい睨みに怖気好き、ナンパ男達はお呼びでないと悟って立ち去った。

「遅くなって悪かったな。俺が選んだ水着、やっぱり似合ってるぜ」
「ありがとうございます……って、鶴丸さん!今、か……彼氏って……」
「ん?ああ、俺との年齢差を考えると、『親子だ』って言うよりも『彼氏だ』って言う方が違和感無いだろ?」
「それはそうかもしれませんが……」

は改めて周りから自分と鶴丸がどう見られているのかを知り、恥ずかしそうに頬を赤らめた。その初々しい様子に、鶴丸は照れた笑みを浮かべた。

「ははは、の彼氏か。それなら、今日は1日君の恋人でいようか」
「お、親子で良いです!」
「ん?いつもはパパだって言うと嫌がるのにな」
「鶴丸さん、意地悪な言い方をしないでください!」
「あはははっ、すまんすまん。……結構本気だったんだがな」
「え?何か言いましたか?」
「いや、何でも無い。とりあえず海に入ろうぜ。カメラの使い方も教えるぞ」
「はい、宜しくお願いします」

は鶴丸に頭を下げた。
は鶴丸にカメラの使い方を教えてもらいながら、海辺の生物を撮っていく。生物を撮るコツを学び、は積極的にカメラのシャッターを切った。

「あ、ヒトデがいますね。撮ってみたい」
「この角度で取ってみろよ。そうすると、光が当たってより生き生きとした写真になる」
「わかりました。……あ!本当だ!すごいですね、鶴丸さん」
「これでもプロだからな、一応」
「光の加減が良いですね」

2人は海辺で何枚も写真を撮った。は初めて本格的なカメラに触れたが、鶴丸に教わる内になかなか良い写真を撮る事が出来た。
一頻り写真を撮った後は、鶴丸の提案でビーチボールで遊んだ。遊び終わってからは海の家で休憩をした。海の家で食べる焼きそばとカキ氷は、異様に美味しかった。
夕方になり、太陽が海の向こうへ殆ど沈んでしまった頃、鶴丸とはビーチで花火をする事にした。

「じゃーん!とどうしてもやりたくてな。花火セットを持ってきたぞ」
「花火なんて、お母さんが生きていた時以来です」
「……そうか。じゃあ、今日は楽しまないとな。ほら、蛇花火もあるぞ!」
「いや、それすごく気持ち悪いやつじゃないですか」

鶴丸が蛇花火に火を点けると、ドロドロと黒い燃えカスが蛇のように溢れ出てきた。『片付けるのが大変ですよ』と文句を言いながら、が片付ける。それから2人で花火を楽しんだ。カラフルな花火が手元をパッと明るく照らし出した。花火を持っている2人の顔も色とりどりの光で輝いた。
ラストは定番の線香花火で手元を彩る。パチパチと美しい菊の花が、瞬く中、鶴丸が『ああ、そうだそうだ』とカメラを取り出した。

「どうしたんですか?」
「俺と君のツーショットが無かったと思ってな」
「……そうでしたね」
「あ、照れているな?」
「違います!」
「まぁ良いから、撮ろう。今日、君と海に来たのはツーショットを撮りたかったというのもある」

鶴丸がの肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。頬がくっつきそうなくらい寄せられて、の脈が速くなる。そして視線はカメラのレンズに向けられた。

「しっかり笑えよ!はい、チーズ!」

ピピッと電子音がして、シャッターが切れる。鶴丸がカメラの画面を確認する。そこには満面の笑顔を浮かべた鶴丸と、ガチガチの笑顔を引き攣らせているがいた。

「ふはっ!おいおい、何だこの顔は?!笑っているつもりか?」
「突然だったからです!」
「あはははっ、いや、これはこれでの自然な顔なのかもしれないな」
「と、撮り直してください!」
「わかったわかった」

そして今度のツーショットは、先程より自然に笑えているが撮れた。画面を見てはほっと胸を撫で下ろした。
徐には呟いた。

「私、本当は大学に行って写真がやりたいんです」
「本当かい?」

が頷く。

「五条さん――鶴丸さんの写真を見てから、ずっと憧れていました。こんな風に世界中を巡って、写真を撮れたら……って。でも、諦めています。大学へ進学するお金も無いですし、それより早く社会で働かないと。亡くなった祖母にはずっと苦労を掛けてきました。私だけが幸せになるなんて、出来ません。願ってはいけない事です」
「君のおばあさんは、君の幸せを願っている。君のやりたいように生きる事をきっと望んでいる」
「それは……」

鶴丸はの手を握り、真っ直ぐに目を見つめた。の心臓がドキッと跳ねる。

、俺はを大学へ行かせてやる。親としての願いだ。大学へ行って、視野を広げて欲しい。世の中には夢が溢れている。だから、には夢を諦めて欲しくないんだ。俺も、五条という家に縛られていた時期があった。今もそれは変わっていない。だが、その分を娘に託したって良いだろう?」
「鶴丸さん……」
、俺の娘になってくれないか?俺をのパパにして欲しい。そして、1番の傍で応援させて欲しいんだ」

その言葉をは噛み締める。病気でずっと闘病していた鶴丸が、夢である写真家になれたように、にも夢を諦めて欲しくないのだろう。茶化した様子も無い。

「…………考えさせてください。今直ぐに答えを出すには、難し過ぎますから」
「わかった。待つ。答えを待っているからな」
「はい」

じじじっと音がして、最後の線香花火の火球が落ち、辺りが暗くなった。夜の波の音が2人を包み込んでいた。















鶴丸とが海に行った日から1週間が経った。あの日からも鶴丸はいつもどおりに振舞ってくれている。それがには有難かった。
学校の帰り道。今日はバイトの日だ。曇り空の下、は街中を歩いていた。

「!」

ふとここで視線を感じる。Dateで感じた、あの絡みつくような視線だ。嫌な汗が出た。は思い切って視線の方へ振り向いた。
そこには1人の男が立っていた。黒のジャケットに灰色のズボン。異様なまでに磨かれた革靴を履いている。長い手足に細身の身体。中年だが、眼光は鋭くギラギラとしている。顔は芸能人のように派手で端正な印象だ。

か」

男はの返事を待たず、続けてこう言った。





「俺がお前の本当の父親だ」





雨がアスファルトをザーッと打ち始めた。

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