「運命」

と鶴丸。2人の奇妙な暮らしを始めると決めた数日後、は鶴丸の住むマンションに引っ越した。
マンションは所謂タワーマンションというもので、都心の一等地に建っている。
鶴丸は1人暮らしの独り身だそうだが、部屋は4LDKタイプだった。鶴丸曰く、仕事で海外を飛び回っていたら荷物が増えてしまったそうだ。仕事への行き易さこの場所に建つマンションを選んだらしい。『本当はボロアパートでも良いんだけどな』との事。
は何となく鶴丸の身形から金持ちなのだろうと思っていたが、桁違いの金持ちだったので目が回りそうになった。は床がギシギシと鳴る家賃4万円のボロアパートに住んでいたので、鶴丸のタワーマンションには圧倒される。エントランスは大理石で、綺麗に磨かれており、コンシェルジュの姿まであった。『何かあったらコンシェルジュに声を掛けると良いぞ』と言われたが、が声を掛ける事は恐らく無いだろう。
部屋の中は白を基調としたモダンな造りをしていたが、どこかの国の守り神のような像や楽器などが鎮座している。何に使うのか良くわからない仮面や、日本的な物だと神棚がある。それも何故か3つ。が尋ねると『どれも驚きだろう!』とこれらの品々を手に入れた時の話を始めた。あまりに話が長かったのではその日直ぐにベッドに横になった。
次の日。は朝6時に目覚めた。家事をする為である。

(生活費は鶴丸さん持ちに決まったからには、私が家事全般を引き受けないと!)

生活費がかつかつのは鶴丸に頼るしかなかったが、その他の事――家事はが引き受けたいところだ。そうじゃないとタダ飯喰いのごく潰しになってしまう、そう思った。
はシャッとカーテンを開けて、キッチンの冷蔵庫を確認する為、与えられた部屋のドアを開けた。

「ああ、おはよう」

ドアの前で鶴丸に鉢合わせた。どこに売っているのか、鶴をモチーフにしたエプロンを着けている。しかもフリフリの。両手には区指定のゴミ袋を持っている。ゴミ出しだ。
は自分の仕事を取られて焦る。

「私がゴミ出しに行きますよ。私に声を掛けてくれたら良かったのに」
「いやいや、これくらいはいつも自分でやっていた事だしな。別に大した事じゃない。あ、味噌汁も出来ているぞ」
「えっ?!」

言われてみれば、鶴丸からは味噌汁の香りがした。驚いてがキッチンに行くと、IHの上には豆腐とブロッコリーという謎の組み合わせの味噌汁があった。テーブルにはアボカドと見た事の無いチーズのサラダ、厚切りのベーコンが乗ったベーコンエッグ、納豆にオクラがあった。面白好きの鶴丸らしい、和洋が織り交ざった不思議な朝ご飯だった。

(私がやろうと思っていたのに、私より早く起きて支度をしてしまうなんて……)

これはショックである。このままだとは鶴丸におんぶに抱っこだ。それは避けたい。
鶴丸がゴミ出しから帰ってきた。

「鶴丸さん、この朝ご飯は……」
が一緒に暮らすと言ってくれたのが嬉しくてな。朝から張り切ってしまった。さぁ、少し早いが喰おうぜ」
「は、はい」

鶴丸とは席に着いて手を合わせ、『頂きます』を唱えた。テーブルには箸とナイフとフォークが用意されている。は一通り料理に手を付けた。

(見た目は良いし、味も美味しい……!)

これでは本当にの出番が無い。良く周りを見れば、ごちゃごちゃと物が置かれているようで、収まるべき場所に収まっている。埃も被っていない。洗濯物も床には落ちていない。

(掃除も洗濯もしっかりされているし、本当に1人暮らしの男の人?)

彼女でもいるのではないか?芸能人以上にイケメンだし。
いや、それ以上に変わり者だ。男女は相性が結局1番大事。

?どうかしたか?」
「え?あ、ごめんなさい。ぼーっとしてました。何ですか?」
「味はどうだい?口に合えば良いが」
「美味しいです。お味噌汁が特に。お出汁がしっかり出ていますし」
「それは良かった。最近鰹節を貰ってなぁ。美味いだろ?俺のお勧めの水産加工業者があって、そこに入っている寿司屋も絶品だぞ」
「お寿司ですか。私は誕生日くらいにしか食べた事無かったですね」
「絶品だが、そこまで高くないんだぜ?回る寿司と同じくらいなんだよ。どうやって価格を抑えているのか不思議でなぁ。今度一緒に食べようぜ」
「本当ですか?私、軍艦巻きが大好きで――って、違うっ!」

思わず自分では話題を切った。鶴丸が不思議そうな顔をしている。

「どうかしたか?」
「『どうかしたか?』じゃないですよ!鶴丸さん、私をごく潰しにするつもりですか?家事なら私がやりますって、昨日言ったじゃないですか。それなのに、私の仕事を取らないでくださいよ」
「学生の仕事は勉強だろう?こういう事じゃパパである俺に任せておけば良いんだ」
「誰がパパですか。保護者でしょう?」
「まぁ、細かい事は気にするな。朝飯、美味かっただろう?」
「それは本当に美味しかったですけれど……」
「ほら、弁当もある」

そう言って鶴丸は紅白の包みに収まった弁当をに差し出した。

「俺が使っていた弁当箱で悪いが、自信作だからじっくり味わってくれよ」
「まさかお弁当まで作ってくれてたなんて」
「娘の弁当を作るのはパパとして当然だろう?」
(もうツッコミ入れないから)

は鶴丸からおずおずと弁当を受け取り、鶴丸に見送られながら学校へ出かけて行った。















お昼になった。が普段食べている昼食は餡パンと牛乳だったが、今日は鶴丸の特製弁当だ。素っ気ない態度を取ってしまったが、手作り弁当を食べるのは母が生きていた頃以来なので、内心ワクワクしていた。そして、弁当の蓋を取る。

「……どういう事?」

それが最初の感想だった。一段の弁当の全面を使って人物の顔が食材で描かれていた。キャラ弁のように作られたそれは、かなりの力作だった。睫も丁寧に海苔で再現されている。肌の黒いその人物には見覚えがあった。見覚えどころか、と同じカフェのバイト仲間である大倶利伽羅廣光である。一匹狼で独りでいる事が多く、群れる事を嫌う。切れ長で月のような金色の瞳に見つめられれば、多くの女子は恋に落ちるだろう。つまり、ワイルド系のイケメンなのだ。
店長である光忠とはイケメンコンビという事もあり、カフェは大倶利伽羅目当ての女性客も多い。
この似顔絵弁当には小さなメモが入っており、美し字で『君の同級生だろ?』と書かれていた。

(何であの人が大倶利伽羅君の事を知っているの?!……もしかして、あの時感じた視線は、鶴丸さんのものだったの?)

バイト先で何度も感じていた、あの絡みつくような視線。もしかするとの様子を見に来た鶴丸だったのかもしれない。そう考えれば、大倶利伽羅の事を知っていてもおかしくないだろう。

(でも、同じ高校の同級生だってわかる?それに、あの気味の悪い視線をあの人が私に向けたりする?)

更に謎が深まった。


「はっ?!」

後ろから声を掛けられた。大倶利伽羅、その人である。は口から心臓が飛び出しそうなくらい驚き、急いで弁当の蓋を閉じた。この弁当は絶対に本人には見られたくない。あらぬ誤解を生む。

「喰わないのか?」
「あー……、食欲が無くて」
「風邪でも引いたのか?」
「ううん、大丈夫。元気だよ。ただちょっと変わったお弁当だったから、びっくりしただけ」
「……ああ、俺にも経験がある。弁当は美味かったが、奇妙な弁当でな」
「そ、そうなんだ。奇遇だね。あ、何か用事?」
「この前の賄いで出したカレーの事だ」
「ああ、美味しかったやつ」
「俺が作った」
「本当に?!え、知らなかった。大倶利伽羅君、料理の才能あるね!すごいっ!あのカレー、本当にコクがあって美味しかったよ」
「……そうか。今度、カフェのメニューに加えるか光忠が考えていてな。お前の意見が聞きたかった」
「本当に美味しかったし、メニューに加えても問題無いよ」
「そうか……」

顔にはあまり出ていないが、声が優しい気がしては嬉しくなった。
は大倶利伽羅がいなくなってから弁当を隠しつつ一気に食べた。忙しい昼食になったが、久しぶりの手作り弁当の味を感じる事が出来た。
















カフェ【Date】はこの日も忙しかった。特に最近は近隣で大規模なイベントがあり、Dateに立ち寄る人が多かった。忙しさも重なったので、今日は早めに店を閉めた。
光忠がテーブルを拭いているに心配そうに声を掛けてきた。

ちゃん、大丈夫?」
「あ、店長。大丈夫ですよ。もう直ぐ片付け終わりますから」
「そうじゃないよ。お祖母さんが亡くなって、女の子1人きりじゃ暮らしが大変だろう?お節介かなとは思うけれど、無理していないかが心配でね」

光忠は本当に良い人だ。丁重に断ったが、の為に祖母の葬儀に参列しようとしてくれた。その気持ちがには有難かった。
それだけ心配してくれているならと、は鶴丸に出会った事や今一緒に暮らしている事を話した。ちなみに鶴丸の名前は出していない。もし伝えてしまったら、光忠は鶴丸を探し出して問い詰めるだろうから。

「ええ?!ちゃん、パパになるって突然現れた人と暮らしているのかい?!」
「あ……はい、そういう事になってしまって……」
「そんなの絶対に危ないよ!」
「私もそう思っています。でも、私はお金も持っていないので、お金目的とは違うかなって」
ちゃん、若い女の子を狙う男は沢山いるんだよ。ちゃんみたいに綺麗で可愛い子なら、余計に狙ってくる男はいるよ。ちゃんはしっかりしているから大丈夫だと思ってたけれど、そんな事になってるなら話は別!僕はちゃんの事を妹みたいに思ってるんだからね。その男と話をつけるよ!」

興奮している光忠をは慌てて宥めた。

「店長、落ち着いてください。私そんなに可愛くないですから。それに、あの人は意外と優しいところもありますし、私の事を気にかけてお弁当も作ってくれたんです(めちゃくちゃ変なお弁当だったけれど)。確かに変な人なんですけれど、悪い人ではないと今は思っています」

妙な話だ。あれだけ怪しんでいた鶴丸の事を、今は庇っている自分がいる。だが、鶴丸にも良いところがあり、優しさを感じているのも事実だ。いつの間にかは鶴丸に絆されているのかもしれない。
光忠がいよいよ鶴丸のマンションに乗り込む算段を考え始めた時、チリンチリンとドアのベルが鳴った。入ってきたのは噂の本人である鶴丸だった。は動揺してしまう。

「やぁ、お邪魔するぜ、光坊。閉めたところ悪いな」
「鶴さん!」
「えっ?2人はお知り合いなんですか?」
「ああ、高校の時同じ学校だったんだ。光坊とはそれ以来の付き合いでな。俺はこのカフェのオーナーでもある」

はギクッとした。もし鶴丸が光忠の言う怪しい人物と知られてしまったら、きっと大変な事になるだろう。としては事を大きくしたくない。

「え、ええ、まぁ……。前に偶然バッタリ会ったというか、そんな感じです」

そう誤魔化すと、鶴丸は『なるほど』との意図を理解した様子。

「まぁそんなところだ。光坊、今日は壁に飾っている写真をそろそろ変えようと思ってな」
「写真、変えちゃうんですか?」
「ん?ああ、同じ写真家のものだが、新作が出来たからな。このカフェの雰囲気に合うものを見つけてきた。それがどうかしたのか?」

はホッと安心したように言った。

「私、この人の写真が好きなんです。確か、写真家の五条さんでしたよね?五条さんの動物の躍動する姿や、可愛らしい赤ちゃんの表情、外国の静かな港……。どれもすごく胸を打つんです。写真でこんな気持ちになるのは初めてで……」

カフェの壁には沢山の写真パネルが飾られている。テーマは特に決まっていないようで、生き生きとした動物の群れや、人間の日常を切り取ったようばもの、外国の海や山、自然の豊かさを現した見た事の無い植物など。見ていてどれも飽きが来ない。
初めて観た時から、何となく同じ写真家が撮ったものだとわかった。

「私、この人の写真が沢山観られるからここでバイトしようと思ったんです。あ、もちろん店長の作る料理やドリンクも大好きですよ」
「いやぁ、ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな。ありがとう」
「本当の事ですから」
「…………」

鶴丸が不自然に黙った。それに気付いてが声を掛けた。

「鶴丸さん?どうかしましたか?」
「あ、ああ、いや……何でもない。気にしないでくれ」
「?」

心なしか鶴丸は照れているように感じる。頬や耳が赤くなっていて、これはが初めて見る鶴丸だった。鶴丸に更に尋ねようとして口を開いたの同じタイミングで、光忠がハッとして話をし出した。

「そうそう、鶴さん聞いてよ!ちゃん、今大変な事になっているんだ」
「大変な事?」
「実はね――」

光忠はのこれまでの経緯を鶴丸に話した。当然鶴丸はの父を名乗る張本人なので、全てをわかっている。何も知らずに力説する光忠がおかしくて、思わず噴き出しそうになった。何とか我慢して最後まで聞く事が出来た。そして、意味有り気にを見た。

「――それはそれは、も大変だったな。あはははっ」
「……本当に大変ですよ」

白々しい鶴丸に対しては悪態をつく。

「そうなんだよ!ちゃんがこのままだと詐欺師の犯罪に巻き込まれちゃうよ!何とかしないと……!」
「でもなぁ、金の無い女子高生をただ保護したいだけなのかもしれないぞ?のお祖母さんの遺言を聞いてパパになったなら、問題無いんじゃないか?」
「まだパパじゃありません」
「そうだったなぁ」

キッパリと冷たく否定をしたに対し、鶴丸はどこ吹く風だ。
光忠はというと、『うーん』と悩んでいるようだった。

「だとしても、若い男がいきなり女子高生を娘にしたいとか、おかしいと思う。他に理由があるんだよ、きっと」

ここぞとばかりにが鶴丸に問い詰めた。

「鶴丸さんはどう思います?さっき言った理由以外で、あの人が私を娘にしたい理由」
「そうだな……」

鶴丸はふいに壁にある美しい写真パネルに目を向けた。外国人少女の輝くような笑顔の写真だ。





「【運命】を感じたからかもしれないな」





いつものだったら、『ふざけないでください』と言っていただろう。しかし、今の鶴丸の横顔があまりにも綺麗で、真剣で、はそれ以上追及出来なかった。

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