戸惑う娘の決断

何がいったいどうなっているのかがにはわからなかった。突然現れた男――鶴丸国永の言った事を繰り返す。自分の中で噛み砕くように。

「あなたが、私のパパになる……?どいういう事ですか?いったい何を言っているの……?」
「あのぉ、法要の途中ですので、席にお戻り頂けますか?」

鶴丸の返事を待つ前に僧侶が困りながら提案してきた。もそうだったが僧侶もどうしたら良いのかわからないのだろう。
鶴丸は『ははは』と笑い飛ばして空いている席、の隣に座った。

「とりあえず焼香だけでもさせてくれないか?詳しい話はその後からでも良いだろう」
「でも……」
「大丈夫。俺はここにいる。俺としても君とは話がしてみたいと思っていたからな」

そう言って正面の祖母の祭壇に向き合った。はそれ以上何も言えなかった。

「では、読経の続きを宜しいですか?」
「……はい、宜しくお願いします……」

再び部屋は僧侶の声で満ちた。木魚のリズミカルな音が響く。

(パパってどういう事?私の父?いや、私の父親とは顔が違うし、こんなに若いはずない。何歳……?良くわからない人……)

チラリと隣を見れば、先程のふざけた印象とは違って、とても真剣な横顔をしていた。金色の彼の目とかち合うと、彼は寂しそうにそれを細めた。ハッとしては顔を正面に向けてそれから俯く。
僧侶が『お焼香をどうぞ』と言って、促してきた。が焼香をして手を合わせ、祖母の冥福を祈る。後ろを振り返り、参列してくれた鶴丸に頭を下げると、鶴丸も同じく頭を下げた。は席に戻る。
鶴丸も立ち上がって背筋を伸ばした。祖母が微笑む祭壇の前でしっかりと手を合わせ、静かに祈りを捧げている。もしかすると、以上に冥福を祈っていたのかもしれない。それくらい熱心に見えた。席に戻ってからも、彼はじっと祭壇を見つめていた。

(良くわからない人だけれど、この人がいてくれて良かった……)

彼の正体はわからないが、葬儀の時のような寂しさは無い。は今度こそ大粒の涙を零し、ハンカチを濡らした。鶴丸はそんな少女を見て、ポンポンと肩を叩いて励ました。彼が触れた肩が温かく、は更に涙を滲ませた。
















鶴丸が乱入してきた以外では、四十九日は滞り無く済んだ。と一緒に鶴丸は家の墓の前にやって来た。これだけの墓場の中で呼吸をしているのは鶴丸とだけである。
鶴丸は伸びをして青い空を見上げた。

「先程は祖母の為にお焼香をしてくださって、ありがとうございました」
「いや、知枝さんには昔世話になってな。これくらいは当たり前だ。こんな事になって、君も辛かっただろう」

そう言いながら鶴丸は再び墓に向かって手を合わせる。そしてスーツの上着を脱ぐと、『ちょっと待っててくれよ』と言い残して寺の本堂へ歩いて行った。それから水の入った桶や箒、手拭いを持って来た。

「これで墓を掃除しても良いかい?」
「えっ?そんな、私がやりますよ」
「じゃあ2人でやろう。その方が早く終わる」
「……そうですね。わかりました」

は箒を持ち、墓の周りの埃や落ち葉を掃き清める。鶴丸はYシャツの袖を捲り上げて手拭いを桶の水に漬け、ゴシゴシと墓石を拭き始めた。水に濡れた部分から艶々と墓石本来の色に戻っていく。手拭いが汚れる分だけ墓石は綺麗になっていく。鶴丸は熱心に拭いてくれている。

「あの、スーツが汚れてしまいますよ」
「ああ、気にしなくて良い。スーツなんて汚れてもクリーニングに出せば良いだけの話だ」
気に留める様子も無く、墓石を磨いていく。
は何かを言いかけて口を開けるが、諦めたように一度口を閉じてもう一度口を開いた。

「祖母のお知り合いなんですよね?私のパパになると言っていましたが、いったいどういう事ですか?あなたはいったい何者なんですか?」
「俺の名前は鶴丸国永だ」
「それはもう聞きました」
「忘れたのかと思って」
「忘れてません」

どうやら一筋縄ではいかない相手のようだ。

「俺は君のお祖母さんの遺言で、君のパパになるように言われてるんだ。つまり、養子縁組という事だ。俺が君の父親になる。君は俺の娘になる、と」
「!」

改めて聞かされ、は驚きのあまり声が出なかった。そして、1番最初に思った事を叫んだ。

「わっ、わかりません!」
「今言った事がかい?言葉どおりなんだが」
「そうじゃなくて、もうなんて言うか、全部がわかりません!いきなり四十九日に乗り込んできて、見知らぬあなたが私の……パ、パパになるなんて……、意味がわからないです!私には確かに父親はいませんけれど、だからってあなたがいきなり私の父親なんて言われても、わけがわかりません。何なんですか、あなたは」
「俺は鶴丸――」
「名前はもう良いです」
「確かに俺と君は初めて会ったわけだが、君のお祖母さんとは見知った仲だ。遺言を遺してもらうくらいにはな」
「祖母は人付き合いの無い人でした。私が知る限り、あなたのような知り合いの話、聞いていません。遺言を遺すくらいの仲の人なら、私が知らないなんて……」
「君はお祖母さんの事を全部知っているのかい?全部教えてもらっているのか?」
「それは……」

そこまで言われると、は自信が無かった。祖母とは仲が良かった。しかし、過去の話を全部知っているかと問われれば難しい。祖母はお喋りなタイプではなかったから。

「見知った仲って、どんな仲ですか?祖母の働いていた会社の人とかですか?」
「それはまぁ秘密だな」
「え?!何でですか?!」

思わずは箒の柄を強く握って鶴丸に詰め寄ってしまった。しかし、鶴丸はどこ吹く風という具合に墓の周りの草抜きを始めた。

「ふざけないでください。あなた、大人でしょう?」
「ああ、大人だ。大人はたまにずるいんだ」
「……」

言っている事がめちゃくちゃだ。は会って間もないこの男のペースがわかってきた。この男のペースに乗せられまいと眉を釣り上げる。

(もしかして、何かの詐欺……?私の祖母がお金を持っていると勘違いして、私の父親になって、お金を取ろうとしているの……?!)

未成年の後見人になり、相続した金を使い込むという詐欺は珍しくない。

「……あの、私の家は祖母と2人だけなんです。お金も全然無くて、自分で言うのも悲しいくらい貧乏です。2人がやっと食べていけるかいけないかでしたから、お金目当てなら他を当たってください」
「君は疑い深いな。だったらコレを読んでくれ。お祖母さんからの遺言書だ」
「?!」

本日二度目。は声が出なくなった。あれだけが探して見つからなかった祖母の遺言書を、鶴丸はアッサリ取り出して見せたのだから。
は指先を震わせながらそれを受け取った。表書きは確かに祖母の字である。は遺言書を封筒から取り出して読み始めた。そこには鶴丸が言うとおり、鶴丸との養子縁組について書かれていた。

「『私の大切な友人である鶴丸国永の娘になる事を望む』……。本当だ。本当に書いてある……」
「だから言っただろう?俺の娘になるように書いてあるって。俺の娘になれば、毎日驚きに満ちた生活が出来るぞ!」

鶴丸は目をキラキラと子供のように輝かせてに言った。しかし、はうんざりした顔をしている。

「私は驚きじゃなくて平凡な生活に憧れているんです。平凡な生活にこそ、私が目指す幸せなんです。祖母だってそれはわかっているはずです。それなのに、良く知りもしないあなたの娘になる事を望むなんて、わかりません!」
「でも、間違いなく君のお祖母さんの字だ。俺は君のお祖母さんから直接遺言書を預かった。俺の娘になってくれというのは、お祖母さんの意思だ」

それはそうなのかもしれないが、腑に落ちない。

「一応言っておくが、筆跡鑑定をしても良いぜ?本物だ。それに俺は金には困っていない。まぁ、詐欺師並みに胡散臭いのは自覚あるがな。はははっ!」

確かに身形は良い。足元の革靴はピカピカで良い物だとわかるし、スーツもパリッとしていて解れも無い。着けている腕時計も素人から見て直ぐに値の張る代物だとわかる。

「で、どうする?俺は君のパパとして人生を送るのは驚きに満ちていて楽しそうだと思っているが。君はどうしたい?これからどう生きたいんだ?」

この問いかけに即答出来る少年少女は多くないだろう。は押し黙った。

(この人の言う事はともかく、遺言書は本物だ。お祖母ちゃんは、私がこの人の養子になる事を望んでいる。理由は全然わからないけれど……)

が悩んでいると、鶴丸は『こんなものか』と言って草むしりを止め、パンパンと膝の汚れを払った。高価そうなスーツが埃や土で汚れてしまっている。

(土汚れを気にしないで、この人はお祖母ちゃんとお母さんの眠るお墓を綺麗にしてくれた……)

それだけではない。思い出してみると、葬儀中は独りきりで辛さや苦しさを感じた。しかし、彼が駆け付けてくれた四十九日では独りじゃなかった。一緒に祖母の冥福を祈ってくれた。





独りじゃない。





は長い沈黙の後で、ゆっくりと口を開いた。

「……私、あなたと暮らします」
「そうかそうか、俺の娘になってくれるか」
「そうじゃありません。一緒にとりあえず暮らすだけです。暮らしてみて、あなたが祖母とどういう繋がりなのか、どういう人なのかを突き止めたいです。それであなたが父として相応しい人間なのか、この目で確かめたいです」
「なるほど。いやぁ、面白い事を言うなぁ」

鶴丸はニッと笑って頭をポンポンと撫でた。は子供扱いをされて少しムッとする。

「君の提案に乗ろう。俺の秘密を知りたければ、俺の傍にいるのが1番だからな」
「『君』じゃありません。です。あなたの事じゃなくて、祖母について知りたいだけです」
「そうか、。俺も『あなた』じゃない。鶴丸国永だ」
「それはもう何回も聞きましたよ、鶴丸さん」

こうして2人じゃ新たな生活を始める事になった。5月の風が吹き始める頃だった。

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