04 対宣言

部活をしている最中に、跡部の携帯が鳴った。それは、滝の家からだった。滝本人の携帯からならばともかく、滝の家族から連絡が来るとは思わなかった。

「はい、跡部景吾です」

電話の声は若い女性で、確か滝の3人の姉の誰かだった。そして、彼女の声は震えている。

『景吾さん?萩は……萩之介はそっちにいますか?』
「いえ、今日は用事があるからと先に帰りましたが……?」

滝家の娘たちは厳格に躾けられており、めったなことでは動じない。だが、今回ばかりはなぜか焦っているように聞こえた。プライベートには首を突っ込まない主義だったが、跡部は尋ねてみた。

「何かあったんですか?」
『私は夫と外出中で……、萩之介が女の子を庇って歩道橋の階段から落ちたって聞きましたから……』
「滝が……?!」

跡部の声がコートに響き、他の面々も集まってきた。それに視線を送りながら、跡部は状況をさらに詳しく聞き出した。

「それで、病院には?」
『今救急車で運ばれたらしくて……、私……!信じられなくて、それで……っ!』
「落ち着いてください、お姉さん」
『え、ええ……ごめんなさい。私も家族も、今直ぐには病院に駆けつけられないんです。ですから、どうか私の代わりに萩之介の容態を見てきてやってくださいませんか?』
「わかりました。後で必ず連絡します。どうかそれまでお待ちください」
『ありがとう、景吾さん。よろしくお願い致します』

電話が終わり、神妙な顔をしたメンバーが跡部を見つめる。

「何かあったんか?」
「ああ。滝が、歩道橋の階段から落ちたらしい」
「滝が?!マジかよ!?」
「けど、滝が階段から落ちるなんて珍Cー」
「詳しいことはわからないが、どうやら女を庇ったようだ」
「それなら納得ですね……、ってこんなことしている場合じゃありませんよ!」

長太郎が顔を真っ青にして叫ぶ。

「わかっている。これから病院へ向かう。お前たちも来るか?」
「「「当たり前だろ!!」」」

跡部はニヤッと笑うと、すぐに携帯でリムジンを呼び出した。そして、10分ほどで到着したリムジンに皆で乗り込んだ。















「これで処置は終了です」
「ありがとうございました」

滝は病院の処置室で手当てを受けていた。とは言っても、怪我らしい怪我は肘の絆創膏だけ。はそれ以前から腕の骨折が心配されたが、これにも異常は見られなかったらしい。看護師は救急セットを持って処置室を出て行く。それと入れ替わりに待合室で待っていたが入った。そして、滝の隣に座る。

「肘、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ところでキミ、転校生のさんだよね?」
「え、そうですけど?」

いきなり名前を呼ばれてはきょとんとする。まさかここまで自分は有名だったのかと改めて思った。

「オレは滝萩之介。同じ学年なんだから、敬語は使わないで」
「あ、うん、わかった」
「それにしても大変だったよね、お互い」

滝はしみじみとした口調で言った。
滝は歩道橋の階段の1番上からを受け止めて落ちた。しかも背中からである。それを見ていた周囲の人々が、本人たち以上にパニックを起こし、救急車を呼んで運び込まれてしまったのだ。

(こういうとき、物体浮遊の魔法が遣えたら、こんな大事にならなかったのに……)

つくづく自分の無能さに呆れてしまう。

(あ……、だけど、今魔法が世界から消えてしまっている。もし物体浮遊の魔法が遣えたとしても、そんな状態で魔法を遣ったら、それはそれで大変な事になるのかも……)

むしろ、『遣えなくて良かった』と思うべきか迷うところである。

「オレ、そんなに痛そうにしていたかな?」
「うーん、皆けっこう慌てていたからね」

『それより』と滝が笑う。

「学校ではキミの方が有名だと思うけどな」
「え?!私……?」
「そうだよ。謎の大怪我を負って、こんな変な時期に転入してくるし、帰国子女のイギリス帰りじゃないか」
「えっと……」
「おまけに、こんなに可愛いしね」
「な……?!」

は目を白黒させる。からかわれているとわかっていても、こんなことを言われるのは恥ずかしかった。

「も、もう!からかわないで!」
「あはは、ごめんごめん。けど……」
「え?」

滝の声のトーンがいきなり低くなり、はふと視線を滝に戻す。サラッとした髪の奥にあるその目が、なぜか真剣でびくりと肩を震わせた。





「キミが何者であるのかは、ちょっと興味があるな」





それはいったいどういう意味で滝が言ったのか、にはわからなかった。声をかけようとして口を開いたとき、病院全体がざわめくのが聞こえた。しかも、それは2人の方に近づいてきている。滝はここで聞き慣れた声を耳にした。

「おーい滝ー!どこだー!!」
「岳人、あまり騒ぐなや。ここは病院やで?」
「けどなぁ、こう広いとどこにいるか全然わかんねぇだろー?」
「宍戸先輩も廊下を走らないでください!」
「鳳、お前も大声出すんじゃねぇ」

まさかと思って滝は椅子から立ち上がり、そのまま処置室から廊下に出る。次に目に飛び込んできたのは、ドカドカと走り回る氷帝の一団だった。このメンバーならどんなに遠くにいても目立つ。
滝はこれ以上病院内が騒ぎにならないよう、控えめに呼び止めた。

「皆、こっちだよ」
「おおー!滝ーー!!」

ジローがバタバタと走ってくる。そして他のメンバーも、滝が話しに聞いていたのとはうらはらに元気そうにしているのを見て目を丸くした。

「ジロー、それに跡部たちも静かにしてくれ。他の患者さんが迷惑しているよ。キミたち、悪目立ちし過ぎ」

と、一応怒ってみるものの、予想通り彼らは全然聞いていない。問答無用でごちゃごちゃと駆け寄っては喋り出す。

「滝先輩、無事で良かったです!」
「そんな涙ぐまなくても……。ところで、どうしてここがわかったのさ?絶対にお祭り騒ぎになるから言わないでおいたのに……」
「お前の姉から連絡があった。お前が歩道橋の階段から女を庇って落ちたってな」
「姉さん……?あぁ、きっと桜子姉さんだな。いつも心配性なんだから……。母さんも、大丈夫って言っておいたのに、姉さんにも連絡するなんて大げさだな」
「家族なんやから、心配だったんやろ」

一応救急外来で運ばれたという事もあり、実家に母親に連絡をしておいた。けれど、姉たちにまで連絡しているとは思わなかった。
ここでジローが『ん?』と首を傾げる。

「ところで、滝が庇ったっていう子は?」
「え?あ、そこにいるよ」

個性の強い軍団のせいで、は処置室の隅に座っていた。忍足たちと目が合うと、ぺこりと頭を下げた。

「おお?なんだ、お前か」
「あ、宍戸くん……」

今朝会った人間と再び再会するとは思わなかった。は立ち上がる。ジローはの骨折した右腕と、氷帝の基準服を見てあることに気がついた。

「転校生のちゃん?」
「え、ええ。そうだけど」
「だからどっかで見たことあると思ったんだ。オレらは滝や宍戸と同じでテニス部なんだよー」
「有名な、あのテニス部……」
「正確には、『元』テニス部だけどな」

そう話に割って入ったのは、このメンバーの誰よりも赤いバラが似合いそうな人物。

(この人が……)

目の下に泣きボクロがある端正な顔立ち。特に女性にモテそうな―――というか実際にモテる―――跡部景吾だった。
も跡部の話は聞いている。実際は勝手に耳に入ってくるのだ、この男の事は。




あれー?アンタ、テニス部に今日応援しに行かないの?




え〜?だって、跡部様もう引退したじゃない。今日跡部様がいるなら行くわよ!




本当に跡部様ってすごいよね!カリスマ的だし、イケメンだし、成績はトップだし、お金持ちだし、今でも部員全員から尊敬されてるのよ。




何でも持ってるっていうかー、あの人が手に入れられない物ってあるのかな?




あるわけないじゃん!だって、あの跡部様よ?





はメンバーに近づこうとして伸ばした足を止めた。そして、思い切り固まる。

「どうしたんだよ、あーん?」

は顔を上げず、そっぽを向いたままだ。それから、自分の荷物をさっさと片付け始めた。

「おいおい、どうしたんだよ?」

岳人もの様子に声をかけるが、はその手を止めない。そして、あっという間に帰り支度をまとめてしまった。

「私、もう帰るから……。滝くん、今日は迷惑かけちゃって本当にごめんね。助けてくれてありがとう」

そう言い残し、跡部の横を通り過ぎようとした。だが、跡部の手がの細い腕を素早く掴む。

「おい、待て」

予想外の行動に出た跡部に、は顔を顰めて振り返る。

「その腕じゃ、荷物を持つのも大変だろう?オレ様の車で送ってやるよ」

跡部は腕を骨折した女性を放っておくような教育を受けていない。跡部にとって、この気遣いはとても当たり前の行為だった。しかし、にとっては、ただ神経を逆撫でするものでしかない。一瞬で苛立ちが頂点に達する。

「離してっ!」

ぴしゃりとは拒絶の言葉を述べ、その手を力の限り振り解いた。まるで、汚らわしいものにでも触れられたかのような態度だった。跡部は今までこんな態度を取られたことは無い。そして、周りの彼らも跡部が異性に拒否される様子を目の当たりにし、言葉を失っている。がこのような態度に出るとは誰も考えていなかったからだ。
はすっかり興奮してしまっているのか、キッ!と跡部を睨みつける。

「何しやがる、てめぇ」

さすがの跡部もご立腹だ。けれども、はそれに怯むことなく跡部を睨む。




「私、キミが嫌い。キミみたいな人、大っ嫌い!」




そう言い残して、はさっさと走って処置室を後にした。

「ちょっ、おい!待てよ!」

思わずその後を宍戸が追いかける。だが、ここは人が多い病院内。廊下に出たときには、もう既にユナの背中は人並みの中に入ってしまっていた。
残されたメンバーも、の豹変振りには唖然とするしかなかった。

「……いったいどうしたんでしょう?」
「オレが知るか!」

面と向かって『大嫌い』と、しかも初対面の相手にそう言い切られた跡部は明らかに不機嫌そうだった。

ちゃんに恨みでも買うような事したんか?」
「するわけねぇだろ。大体オレ様も暇じゃねぇ」
「女の子にフラれる跡部って珍C〜」
「確かに。すっげぇ今珍しいもん見られた気分!」

ジローと岳人がそう言うと周りから笑いが零れ、益々跡部の苛立ちが募る。滝は『まぁ落ち着いてよ』と、眉間に皺を寄せる跡部を宥めた。

「跡部は悪くないよ。多分」
「多分じゃねぇよ、絶対って言え」
「可能性はゼロじゃないでしょ?」
「まぁゼロや無いな」
「だな」
「だよな」
「萩之介、忍足、宍戸、向日、……てめぇら覚えてろよ」

跡部のこめかみに青筋が浮かび上がる。
だが、本当にわからなかった。なぜがあそこまで跡部を拒絶したのか。なぜそれが跡部だったのか。
今の彼らには、まだわからないことだった。