◆◇ 08 秘密の花園
気がつくと案の定、私はベッドに寝かされていた。天井の染みを見つめる。
「あ、気がついた?」
私のベッドの横で本を読んでいた萩之介くんがこっちを見た。白い手に持っていた小説をぱたんと閉じた。ぼーっとしながらもぞもぞと起き上がって、枕元の伊達メガネをかける。それから髪を整えた。
そして、ようやく私はさっき何が起きたのかを思い出した。
首が無い生徒。
「はっ、萩之介くん……!私っ」
「落ち着いて。もう大丈夫だから」
恐怖で身体が震えた。心臓が騒がしい。胸の前に手を置いてぎゅっと握り締める。嫌な汗が出た。きっと私は真っ青な顔をしているのだろう。萩之介くんが立ち上がって私の背中を優しくなだめるようにさすってくれた。
「あ……ありがとう。ごめんね……」
萩之介くんはにこっと微笑んだ。
私は心配ばかりかけてしまう。
「いったいどうしたの?突然が跡部に向かって悲鳴をあげているからびっくりしたよ」
「…………」
「?」
「首が」
「首?」
「そう、首が、無かった、の。あの……跡部くんの……首」
私は細かく先ほどあったできごとを話した。萩之介くんがしばらく黙っていたが、顎に手を当てて言った。
「それは『無かった』んじゃなくて、には視えなかったんじゃないかな」
「え?」
「だってオレには跡部の首から上がちゃんと見えていたもの。だから、跡部はそういう存在じゃない」
「私に、だけ……」
怪我とか……、しないでくださいね……。
「?!」
「、どうかした?」
私は宍戸さんに自分で言った言葉を思い出す。
そう、あれは暗示だったんだ。これから怪我をする場所がぼやけたり、透けたりするのを何度か見ている。
でも今回は最も酷い。
完全にあの人の首は消えていた。
跡形も無く、綺麗に。
死への暗示。
だってあれは怪我をする程度ではないと、私の直感が告げているから。
彼はきっと、近いうちに死ぬ。
私は血の気の引く音を聞いた。
「、顔が真っ青だよ?!寮まで送ろうか?」
萩之介くんにはこの能力―――怪我の暗示は言っていない。
従兄弟でも、最低限のことしか私は言わないように努めているから。そうじゃないと、萩之介くんは優しいからきっと私を助けるだろう。守るだろう。そんなのは嫌だ。絶対に、嫌な事。
「大丈夫。なんでもないの、平気だから」
「本当に?はいつも無理ばかりするから心配だな」
「ごめんなさい」
私はその日すぐ早退という形で寮へ戻った。
1人で、重い気持ちを背負ったまま。
次の日、私は校舎からテニスをする跡部くんを見ていた。とは言っても、じっくりとは見ることができない。人間の首の無い姿はじっくりと見たく無い。窓からそっと覗くくらいが精一杯である。
テニス部は200名もいる大所帯だが、首が見えないおかげで彼がどこにいるのかすぐわかった。女子生徒たちがフェンスに集まって、彼の姿にキャーキャー騒いでいる。今の私からすればなんともおかしな様子に見えてしまう。
このままの状態がずっと続くのだろうか。いや、そう長くは無い。
彼は、近いうちに死んでしまう。おそらく何か首に関係する事で。
私は机に突っ伏した。
この能力を知られてはならない。
そもそも誰も信じてはくれないだう。わかってくれるのは、同じ能力で苦しむ人たちだけ。
けれど、跡部くんという人間のこれからの人生を、未来を知っているのは私ただ1人。私しかいない。
死を見極める能力というのは、やっかいなものだ。
私は教室を出て裏庭へ向かう。ここにいても嫌な事ばかり考えてしまうから、少し歩いて気分転換をした方が良い。
今日は天気も良くて昼寝日和だ。
「あれ?」
裏庭の木々の壁に目立たないが人が1人通れるくらいの横穴が開いていた。草の茂みでうまく隠れている。
「氷帝の隣は確か……」
廃墟になったビルの跡地で、今は草木で茂っているはず。
私は誘われるようにその横穴へ四つん這いになって入った。草木のトンネルのようになっている。私くらいの身体の大きさなら枝に引っかかることも無い。3メートルくらい進むと出口が見えた。立ち上がってスカートについた葉を丁寧に落とす。
顔を上げて、思わず声が出た。
「わぁ……綺麗……」
廃ビルは草のツタで半分緑に染まっている。どこから種が飛んで来たのか、花畑ができている。花の絨毯のようであるといってもいい。白・黄色・ピンク・赤・紫などさまざまな色のさまざまな種類の花が咲き乱れている。
その中に一際目立つ金の花の群れがあった。私はそれにそっと近づく。
「!」
それは花ではなく髪だった。木漏れ日の光でキラキラ輝いている。金髪のその人はやや小柄ですやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
一瞬天使かと思ったが、しっかりと胸に氷帝のエンブレムが付いた制服を着ている。私は天使まで見えるのかとさえ思ってしまって、その現実にほっとした。
私は膝をついて花に埋もれる彼を見つめた。金のくせのある髪に綺麗な顔立ち、花畑で眠るというシチュエーションは眠り姫の役だ。
しげしげと見つめていると、突然その目が開いた。
「んーー、ん?あれ?おめぇ誰だ?」
「あ!あのっ?!ごごごごめんなさい!」
私は驚いてバッと離れた。やはり綺麗な目をしていた。眠そうに彼は私を見つめる。慌てて口を酸欠の金魚のようにパクパクと動かした。そんな私をおかしそうに笑った。
「あははは!アンタおもしれぇな」
「はぁ……」
私は目をぱちくりとさせた。男の子は両腕を頭の下へとしくと、木漏れ日の青い空を見つめた。
「ここ、すっげぇいいとこだろ?」
「えっ、ええ……そうですね、とても素敵だと思います。こんなところがあるなんて知りませんでした」
「ここを知っているのはオレと他にもう1人しかいねぇんだぜ?」
「そうなんですか?なんだかもったいないですね、こんなに綺麗なのに誰も気がつかないなんて」
「昼寝には丁度良い」
「それもそうですね、あははっ」
彼からはとても不思議な雰囲気が漂っていた。
「あの、あなたはここによく来るんですか?」
人見知りな私が自然に話すことができる。そんな空気だ。天使は私に視線だけ向ける。
「んー……というか、オレ待ってるんだ」
「人を?」
「そ!」
彼は嬉しそうにそれだけ言うとまた目を閉じてしまった。ここだけ時間が止まってしまったかのような、そんな静かな時間が流れた。そして、なんだか元気が出てきた。さっきまでの重い気分はすっかりどこかへいってしまったのである。
不思議な人……。
こんなところで待ち合わせをしているなんて、変わっている。もしかすると、この場所はこの人と待ち合わせの人にとって隠れ家的場所なのかもしれない。
私は彼を起こさないように立ち上がって、再び横穴を抜けて氷帝の裏庭へ戻った。
「あ!あの人、なんていう名前なのかな……?」
私は立ち上がって振り返ったが、彼を起こすのは悪いと思ったので止めた。また今度会ったときに聞こう。彼は同じ氷帝の生徒なんだから。あれだけ目立つ金髪なのに、どうして今まで顔を知らずにいたんだろう?
小さな疑問を抱きながら、空を見上げと、夕日が世界を赤く染めていくところだった。
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