◆◇ 06 求める腕
自分から、霊に接触しようとしている。
怖い……。それはとても怖い事。
だけど、もし私にお手伝いが出来るなら……。
この能力も救われる気がする。
学校帰り、私はテニス部のみなさんと一緒に向日さんのお宅へ行くことにした。
手掛かりが何か見つかると思う。
「警察が散々捜索した家をまた探すのか?」
宍戸さんが私をちらっと見て言った。別に睨んでいるわけじゃないんだとは思うけど、やっぱり怖い。
宍戸さんの隣を歩いていた萩之介くんが私を気遣ってか、『無駄じゃないと思うよ』と力強く言う。
「オレたちの視点から見えることもあると思うし。それに、犯人は現場に舞い戻るって言うでしょ?」
「あそこで母さんを拉致したってことか?」
萩之介くんは他の誰にもわからないけど、『しまった』という顔をした。つまり、萩之介くんも私と同じく向日さんのお母さんはすでに亡くなっていることを、やはり知っていたのだ。
大抵霊は未練のある人や場所へ戻る。そう、この向日さんの家でお母さんはなんらかの形で待っていると、私は考えている。
「それは行ってみない限りにはわからないよ。でも、可能性は低くない。そうだろう?」
「そう……だよな」
「大丈夫ですよ向日先輩、オレたちも手伝いますから」
「サンキュー鳳」
鳳くんが向日さんを励ます。
そうだ、私も頑張らなくては。
私はぐっと拳を握った。
大通りからやがて住宅地に入った。その一角に向日さんの家が見えてくる。白い壁に青い屋根の家だ。庭に花壇はあるのだが、花が1つも無い。花が植えられている様子も無い。草が生えて荒れている。
全員の言いたいことに気がついたのか、向日さんが苦笑する。
「母さんがよく父さんと一緒に花を育ててたんだけどな……。今はもうこんなになっちまった」
「岳人……。しっかりせぇよ、オレたちがおるやんか」
「ああ。わかってる」
その後ろで私は彼の背中を見つめていた。
「岳人くんじゃないか」
低い男の人の声がして、声の方を振り返るとそこには40歳くらいのスーツを着た人がいた。私たちを見ると、にこりと愛想の良い笑顔を浮かべる。私はこの人に優しそうな印象を受けた。
名前を呼ばれた向日さんは、パッと顔を明るくする。
「おじさん、お帰り。今日は仕事早く終わったんだな」
「ただいま、岳人くん。そっちは皆お友達かい?」
「ああ、そうだよ。友達っつーか、部活の仲間」
「岳人、この人は?」
宍戸さんがそう尋ねる。皆もこの人と向日さんの関係が気になっていた。
「この人は近所の人で、オレが生まれた頃からの知り合い。小さい頃は良く遊んでもらってたんだ」
「こんばんは。今日はお友達が遊びに来ていたんだね」
「遊び……というわけじゃねぇけど」
「というと?」
向日さんは眉を寄せて少し躊躇った後、再び口を開く。
「母さんの事でよ……。手掛かりを探すなら人数が多い方が良いだろ?」
「…………そうか。私もあのときの事は良く覚えているよ。お父さんも心配しているだろう。でも、岳人くんのお母さんは事件になんてきっと巻き込まれていないよ。きっとどこかで生きている。出て行ってしまった理由はわからないが……、私も手伝える事があればいつでも頼ってくれ」
「ありがとな、おじさん……」
「早く見つかると良いね」
不安に感じている向日さんを気遣って、『おじさん』と呼ばれた人は微笑み掛けた。
事件に巻き込まれたりしているのかはこの人も知らないだろう。だけど、そう向日さんに言う事で安心させようとしているんだ。
「ところで、今日はお父さん帰り遅いのかい?」
「あ、うん。今日は残業があるからって言ってた」
「だったら、後で私が様子を見に行くよ」
「え?!別に良いよ、小学生じゃあるまいし……」
向日さんは私たちを見て、その後恥ずかしそうに断る。しかしおじさんは喰い下がってきた。
「ダメだよ、まだ中学生なんだから」
「もう中学生なんだけど」
「中学生はまだ子供だ。それに独りでいるよりは良いだろう?おじさんも久しぶりに岳人くんの学校の事とか聞きたいからね」
「……わかった」
向日さんはしぶしぶ頷いた。それに満足したのか、おじさんは嬉しそうに笑う。
「それじゃ、おじさんはそろそろ行くね。キミたちも遅くならない内に帰るんだよ」
「はい、わかっています」
「おおきに」
鳳くんと忍足さんが軽く頭を下げた。私も慌ててそれに倣うと、おじさんと目が合った。
「特にお嬢さんは気を付けて帰るんだよ。女の子なんだから、遠慮せず男の子に護ってもらうと良い」
「いえ、私は……」
今度は私が赤面する番だった。護ってもらうなんて……何だか恥ずかしい。おじさんは私の様子をおかしく思ったのか、目を細めて笑いながら帰って行った。
「優しそうな人ですね」
私は誤魔化すようにそう切り出した。
「ああ、家族ぐるみで付き合いがあるんだよ。何かと気にかけてくれる良い人だぜ」
「そうなんですか―――っ?」
何かの気配を感じる。するとそのタイミングで萩之介くんが私の手を叩いた。私と同じ感じを読み取ったかのように。振り返ると、耳元で囁かれた。
「、岳人の家の2階の窓……なんだか変な気がする」
「うん、……私もそう思う」
萩之介くんの見ている2階の左側の窓にはカーテンがかかっている。その隙間に小さな子供が見えた。その子供は向日さんの面影のある顔だ。赤っぽい髪が覗く。何かをじっと見つめるような、そんな横顔。
私はすぐ萩之介くんに耳打ちした。
「萩之介くん……私、視えるの」
「え?」
「向日さんみたいな、小さい子なんだけど……」
「本当に?」
「うん。何かをじっと見ているみたい……。でもそれが何かはわからないんだ」
しばらくしてその姿はフッと消えてしまった。
「おーい滝!!早く入れよ」
いつの間にか私と萩之介くん以外は向日さんに招かれて中へ入ってしまっていた。
「今行きますっ!」
私たちはいえの中へ入った。フローリングの床に足を乗せるとひんやりとしていて冷たい。家の中は少しばかり散らかっていた。きっと向日さんがあちこち探したのだろう。
「今日おとんは?」
「今日は仕事で遅くなるらしいから、帰ってくるのは夜中だぜ」
「そか。それならいろいろ探しやすいわな」
「そうっスね。がんばりましょう!」
「母さんの部屋から探すぞ」
向日さんを先頭にして宍戸さんと鳳くんが2階へ上がっていく。私と萩之介くんもその後ろからついて行った。
向日さんのお母さんの部屋は、細かい花びらの壁紙のシンプルな部屋だった。クリーム色のカーテンがかけてある。ドレッサーの上には香水の小瓶がいくつか置かれている。そのままこの部屋を保存しているようだ。
ここじゃない。
私はすぐにそう思った。さっき子供の向日さんが見えたのは、この部屋じゃない。多分。
だけど、なかなか言い出すことができない。人見知りの激しい自分がとても憎くなった。
「岳人」
「何だ滝?」
見計らって萩之介くんが向日さんに声をかける。
「岳人の部屋に行ってみない?」
「オレの?」
「そう。だって岳人はあの部屋で何か変な音を聞いたんでしょ?」
「けど……」
「わ、私も!私も……そうした方が良いと思います」
私もようやく言うことができた。
本を見ていた忍足くんが立ち上がる。
「せやな、警察もこの部屋は調べまくったわけやし、その方がええんとちゃう?」
「わかった。それじゃみんなオレの部屋に来てくれ。散らかってるけどな」
照れたように向日さんは笑った。宍戸さんも鳳くんも立ち上がって移動する。
向日さんの部屋は確かに散らかっていたが、足の踏み場が無いわけじゃない。庭から見たのと同じカーテンだったので、さっきの子供が見えたのはこの部屋で間違い無い。
でも何も感じなかった。ここにもし霊がいるというなら、自然と線香の香りがしてくるはずだから。
「岳人、もう少し綺麗だと良いと思うよ」
「うるせー!」
「激ダサだな」
「宍戸の部屋よりはましだ!」
「なんだとっ?!」
「こんなところで喧嘩しないでくださいよ〜」
そのやり取りを見て私は笑った。
そのとき、私は空間がピリピリと張り詰めるような感じがして強張る。
皆の話している声が霞んでぼやける。スピーカーから聴こえるような、そんな音が聞こえてきた。
ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
規則正しく、でも慌てているような……金属が擦れる音。
この空間に1人だけ私が存在している。
目の前に、皆、いるのに。
「先輩、大丈夫ですか?」
「え……?」
「顔が青いですけど……。それになんだか辛そうですよ?大丈夫ですか?」
気がつくと鳳くんの掌が私の背中に添えられていた。大きな手の感触に私は慌てて離れる。顔がきっと赤いに違いない。
「ごめんなさいッ!私……、ぼーっとしちゃってて……その……」
ハッとして顔を上げる。
そんなことを言っている場合じゃない。私は音のした方を探してみる。
それは、あの子供が見ていた方向。
窓の外。丁度子供が見ていた方向だった。窓枠に手をかけ、その窓を開けてみる。外は庭の後ろの物置が見える位置だった。
茶色の地面に、白く伸びるもの。
ハッキリと、それが私には視えてしまった……。
「……?」
窓の外を覗いたまま固まる私を見て、向日さんは心配そうに名前を呼んだ。
私は俯いた。
「向日さん」
私は振り返って、面と向かって言うことが出来なかった。きっと言葉が出なくなってしまうから。
「向日さん、あなたは……見ていたはずです」
子供のあなたが教えてくれた。あなたは夜中、ここに立っていた。窓から、ここを見ていた。
「本当は、何が起きていたのか……。それを、あなたはこの窓から全部見ていた。……違いますか?」
「―――ッ!」
真夜中に変な音がして、小さな岳人は目を覚ました。
カーテンの隙間から庭を見つめると、そこには1人の人影。そしてその隣に白い布に包まれた大きな物が置かれている。それは大人1人くらいの大きさだった。
人影は穴を掘っていた。深く掘っているのに、まだ掘り続ける。
布の中から赤い物が出ている。
糸のような束。
まるでそれは人間の髪の束のようだ。
ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……ザッ……
月明かりに照らされた。白い光りが人影と荷物を浮き彫りにした。
そこには
シャベルを持った近所のおじさんと、
変わり果てた、母の姿があった。
「そんなッ…?!」
「嘘やろ…?」
忍足さんは向日さんの背中を見つめながら驚愕している。宍戸さんも萩之介くんも鳳くんも、声が出なかった。
「さっきの人が……岳人の、おかんを……?!」
殺した。
全てを思い出したようで、向日さんはブルブル震えながら両手の掌を見つめる。膝を崩し、四つん這いになって力なく首を垂れる。
それはまさに私の質問に対する肯定の意味だった。
さっき会ったあの人は、とても優しげな印象があったのに……。人は腹の底で何を考えているのかわからない、という事なのだろうか?向日さんの落胆ぶりを見ると、とても信用していた人だと良くわかる。
茶色の地面に、白く伸びるもの。
伸びる、腕。
白い腕が天を掴もうとしていた。
まるで、愛する我が子を求めているような……そんな腕だった。
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