◆◇ 21 見えない
長太郎が出て行った後、は良くわからないが気まずいと思った。この目には見えないガチガチとした空気をどうにかしたい。とは言っても、滝はそう思っていないのかもしれないが。
「あの、えっと……萩之介くんは私に何か用事……?」
滝は『?』という顔をして、それから苦笑した。
「今朝放課後に用があるから、って声をかけてきたのはキミの方だったと思うけど?」
はようやく思い出した。今朝自分から滝に話しかけ、放課後にまた会って欲しいと言ったのだ。はペコペコ謝る。
「ごごごごめんね!私から呼び出したのに!」
慌てるに、滝はそんなこと無いと軽く首を振った。サラっとした滝の癖の無い髪がその動きに合わせて揺れる。
「いや、すぐに見つかったし。ああ、そうだ」
「?」
「ここ最近たちが何してたのかは気になるけど」
「え?!」
は先ほどの長太郎のことが思い出され、再び窮地に立たされた。汗が額に流れる。滝は面白そうに笑っていたが、机にあるタロットに気がついて『これは?』と聞いた。話が反れてはホッとなる。直ぐにタロットカードを集めて滝に差し出した。
「鳳くんから貰ったの。ただ持っているだけなのはもったいないから、って……」
しげしげと滝はその細かい模様の絵を見ながら言った。
「占ったり……してるの?」
「うん、そうだよ」
とても意外であるかのように、彼はうわずった声を出した。そんな様子を見せるのは珍しい。滝は何を思ったのか、先ほどまで長太郎が座っていた席に座った。そして、に再び席に戻るようにうながす。
「萩之介くん?どうしたの?」
「オレのことも占ってよ。何か興味があるな」
「そ、そうなの?……いいよ。でも、あまり期待しないでね」
滝にそういう方面に関心があったとは知らなかった。
自分で呼び出しておきながら忘れてしまったお詫びになるかもしれない。
は承諾して、長太郎のときのようにまたタロットカードを並べ始めた。手馴れたもので、素早くカードを切る。
そして、ふ……と手が止まった。
そのまま滝を前にカードを凝視してしまう。
(あれ?)
すぐにはカードに違和感を感じた。占いが終わってカードを表にめくっても、全く意味を成さない並びになっていたのである。
カードにはそれぞれの位置や並び方で意味を持ち、未来を占うことができる。しかし、今回はバラバラだ。つじつまが合わないのである。
「ごめんね、もう1回やっても良いかな?」
滝は立てに首を振ったので、はまたバラバラのカードを手の中に収めて切る。
しかし、何回やっても1回目と同じく意味が無い。
(こういう日もあるみたい……)
はガッカリした。せっかく滝が占ってくれと頼んできたのに、自分は役に立つ事が出来なかった。
滝にお願いするのはいつもだった。まだ引越してしまう前、滝とよく遊んでいて、あの頃から彼は優しく自分の出来ない事をやってくれた。いつも甘えて頼んでしまっていた自分が恥ずかしい。
「なんだか、今日は調子が悪いみたいで……」
「そっか」
予想したとおり、滝は優しく自分を見ていた。滝は中性的な顔立ちで、男らしいといえないけれど、やっぱり綺麗で羨ましいとは思った。
「ところで、話が反れちゃったけど、オレに用事って何だったの?」
「あっうん。実はね、パスタが美味しいお店ができたんだけど、コースディナーに出てくるデザートが週に1回しか出されないらしいんだ」
「へぇ、それはとても魅力的だな」
「うん。だから……その、一緒に行ってくれませんか?」
形の良い唇が小さく弧を描いた。
「もちろん、喜んで」
ファーストフード店内はある1団が席を陣取っていた。しかも、全員が雑誌モデルに出てきそうな容姿ばかり。チラチラと彼らを見て身だしなみを整える女性たちは、運命の出会いを期待しているのかもしれない。この近くにある氷帝の征服を来た一団は、全員がスポーツバッグを席の横に置いている。特徴のある丸みの形からしてテニス部なのは明らかだった。
背の高いスラッとした彼は、その体格に似合わず背を丸めて落ち込んでいる様子だ。隣の額に傷がある少年は、コカコーラをストローで飲みながら彼の話を聞く。
「それでどうしたんだよ?!」
興味津々に前の席にいるオカッパ頭の少年は今にも立ち上がりそうなくらい興奮している。その隣のウルフヘアの丸メガネをかけた彼は見た目に合わず、子供を宥める母のようだった。
「岳人、落ち着きい。他の人の迷惑になるやんか」
「わーってるって!!」
しかし、注意されても音量は変らず。
大柄の彼は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「それでオレ、気がついたら、先輩に……っ」
「告白したんだな?!」
「わー!!向日先輩、そんな大声で言わないでくださいっ!!」
「お前も少し落ち着けよ長太郎」
『激ダサだぜ』と宍戸は付け加えた。だが内心彼も興味があるようで、目がさっきからきょろきょろと落ち着きが無い。それを見て忍足が笑った。
「それで、どないしたん?」
「(言わなくてもわかるだろうにこの人は……)こ、告白しちゃったんです」
「恥ずかC〜っ!」
こんなときばかりジローは起きていると長太郎は苦笑した。耳がまだ赤い。そして、今思い出しても長太郎は完熟したトマトになれるのだろう。だが、これ以上いじると話が先に進まなさそうだったので、忍足は黙っていることにした。長太郎は落ち着こうとして烏龍茶を手に取った。
だいたい長太郎は彼らに言うつもりなど毛頭無かった。むしろ、以前の彼ならば隠しておきたかったことだろう。しかし、突然自分でもわからないままに想いを告げてしまったため、かなり混乱してしまった。練習室を出て、それから学校の門を出て、道端で帰宅途中の先輩たちに出会って、そこでようやく焦りと胸の高鳴りが同時に来てしまい……。
(言っちゃったんだよなぁ……)
混乱していたとはいえ、不覚だった。こういう相談は、今ここにいる彼らよりも滝の方が向いていると思われる。だが、その滝は今と一緒にいるのだ。
長太郎が持っている情報では、滝とは幼馴染であるはずだ。少なからずは滝に好意を持っているだろうし、誰にでも優しい滝もを見ているときはやはり特別だった。
だから、本能が告げていた。あの場にいてはいけない、と。自分には不利だ、と。
気がついたら好きだったとか、そういう自分とは圧倒的に違っていた。
「で、滝がそこへ丁度やって来たんだろ?」
「いや岳人、それはわざとやな」
「わざと?!滝が?そんな意地悪いことするようには見えないけどなぁ」
「確かに、オレもそう思います。でも……」
「それにしたってタイミングが良すぎるぜ。長太郎、おまえ滝に何か怒らせるようなことでもしたのか?」
「そんな………というか、オレが先輩に近づいたからっスか?」
ぱくんと口にポテトを放りこんだジローがむぐむぐと口を動かす。塩の匂いが一帯に広がる。
「話聞く限り、滝って何だかちゃん……だっけ?に、距離置いてる感じがする」
「はぁ?」
ジローの意外な意見に岳人が過剰に反応した。長太郎はそれを聞いて黙った。
「上手く言えねぇけど、一定の距離を他のヤツにも要求してる……みたいな」
「仲良うならんようにか?」
「そうじゃねぇ。でも……うー、だからうまく言えないんだってば」
「意味わかんねぇよ」
宍戸は首を傾げてしまう。しかし、長太郎はジローを見ることも無く、ただ窓の外を眺めていた。
「ただ、滝は怒らせないようにしろよ」
「どうしてですか?」
念を押して言う岳人に長太郎はパッとこちらに向き直った。誰でも怒れば怖いだろうし、怒られる側は嫌な気分になる。忍足と宍戸は顔を見合わせて、それからここだけの話と言わんばかりにこっそりと話した。
「いないんだよ」
「え?」
主語をつけて宍戸はまた言った。
「滝が怒ったところを見たやつが、いないんだよ」
長太郎はいつもの滝を思い浮かべた。どんなときでも笑顔で、他にはちょっと困った顔をするくらいだ。確かに感情を表一面に出している人では無い。しかし、怒ったところを見た事が無いというのは……。
全員が考えてしまう。
「……滝って、もしかして家では怒ってるとか?」
「二重人格って言うんか?」
「けど、確かに怒ったりしないとストレスは溜まると思いますし…」
二重人格のように外面は良くて、家では大暴れする内弁慶な滝を想像してみた。
「いや、ありえねぇだろ……!」
宍戸が声をあげた。一同がそれに頷く。
「ありえんやろ。というか」
「ありえて欲しくないC−!!」
いつの間にか話題が反れていってしまった彼らだった。そして、長太郎は話が反れてくれて本当に良かったと心から思ったのである。胸の中で安堵のため息をついた。
「でさ、結局滝はが好きなのか?」
岳人はストローを噛みながら言った。その問いには全員が肯定も否定も出来なかった。
「どうだろうな……。滝は感情を読み難いヤツだからよ。それは皆わかってるだろ?」
宍戸の問いかけには全員が頷く。滝は彼らが知る限り、リアクションがわかりやすくも大げさでもない。むしろ、感情の波があまり無い印象だ。
「せやけど、ちゃんは親戚やし、滝と距離の近い存在ではあるやろ」
「でも決定打は無いな」
「この場に跡部がいたらな〜。そうしたら、インサイトで見抜いてもらえたのに!」
ジローは悔しそうに唇を尖らせる。
こんな時間を過ごさなくてはならないとは……。長太郎は熱心な先輩たちに囲まれ、頭を痛めた。
滝とはそれぞそれの家に戻ってから着替えて、待ち合わせになっている駅前の時計の下で再開した。2人共時間にルーズではない。むしろ10分前行動派の人間なので、同時にやって来た。
「さっきぶり」
にっこりと笑った滝は、鶯色の少し色あせたジーンズに細かいドットの模様が散りばめられたYシャツ姿だった。はというと、少々丈の短いアクアブルーに染まったボレロ、長袖のワンピースだ。手に持っている小さなポシェットには小鳥のブローチがとまっている。振り返ったの足元の白いパンプスが、コツンと軽い音を立てた。
「そうだね。さっきぶり、萩之介くん」
も同じように微笑んだ。
外はすっかり夕日が沈み、少しずつ街頭がその光りを増していった。
「さっき家で姉さんに聞いたけど、これから行く店ってすごく評判が良くて、特に今の時間は予約制らしいけど、大丈夫?」
「うん」
が意外とアッサリ返事をした。
「実はもう予約してあるんだ。今日は私の奢りのつもりだよ」
「?」
「これは、私からのプレゼントだから!」
街灯の中、の笑顔が眩しく輝いた。
滝は瞬きをして、少し間を置いてようやく思い出した。もうすぐ、自分は15歳になるということを。
との誕生日は丁度1ヶ月違いだったから、小さい頃は良く誕生日を祝い合った。
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