◆◇ 02 違和感を覚える
ドキッとした。
もしかしたら噂の男子生徒かと思ったから。けど、次の瞬間私はすぐに彼が【姿の無い存在】では無いことに気付いた。あの恐ろしい感覚がやってこなかったから。
そして、今度は別の緊張のせいでガチガチに肩が固まった。人見知りは大得意。
メガネの彼の手には難しそうな本があった。そしてさっきの声のイントネーションから、関西のほうから来たことがわかる。私と同じで転校してきたのかもしれない。
「どないしてん?ぼーっとしとるようやけど?」
低音な声。何となく彼は苦手だ。
「な……何でもない、です」
怒られたわけでもないのに、なんだか焦ってしまって私は挙動不審に答えた。
私とは男の子は違い、なんだか楽しそうだった。
「あ〜……、もしかして自分この前転校してきたっていうヤツ?」
「え、はい……」
「なるほどなー。つまり学校を歩き回っているん?」
「そうです……」
答えるのが精一杯だった。私よりもずっと背が高くて、上から見下ろされているような気分になる。背が高いだけで恐怖心が沸いてきた。
男の子は『うーん』と何か考え込んでからパタンと本を閉じて近くの机に置いた。そして、私にずいっと近づいてきた。咄嗟に私は1歩下がってしまう。また彼が1歩近づくと、私もそれに従うように1歩下がった。
「ふっ……くくく……」
「っ……?」
ぴたっと動きを止めて、今度は彼が笑い出した。口元を押えて本格的に笑い出してしまう。私は何が何だかわからなくて混乱した。
「あっ、あの……?」
「ははは、そんな逃げなくてもええやん?取って食うわけやないんやで」
「ごごご、ごめんなさい……!」
気分を悪くされたのかと思って、私は必死に謝った。
「隙あり」
ト、という音がしてハッとした。後ろには壁、目の前には漆黒の目。
いつの間にか、彼は素早く私との距離を縮めて懐に入ってきた。わずか15センチ程度。
目をぱちくりとさせるしかなかった。
「ほ〜らここまで来たで?」
何……?
私は彼のその目と視線が合ったとき、一瞬だけど変な感じがした。
彼自身から?
……違う。
もっと別のところから。
だけど、とてもそれは儚くて脆い、今まで感じたことが無い感覚……。
「どないしてん?具合でも悪いんか?」
「きゃっ!」
心配そうに覗き込んだ彼の距離に、熱くなる顔を上げた。その後直ぐにガバっと俯いて床に視線をへばりつけた。彼は私のその様子に『すまんすまん』と両手を挙げて後ろへ下がる。私はここでようやくほっと一息つけた。挙動不審でさぞやおかしかっただろう。恥ずかしくなってどうしようもない……。
「驚かせてすまんなぁ。あっ、そういえば自己紹介まだやったな?オレは忍足侑士や。よろしゅうな」
【おしたり】なんて聞いたこともない苗字だった。それを察してか、おしたりさんは黒板に『忍足』と書いてくれた。綺麗な字、だった。
「こういう字を書くんやで」
「そうなんですか。珍しい名字ですね」
「それで?」
「え……?」
「そっちは何ていう名前なん?」
急に恥ずかしくなった。
突然のことで混乱していた私は名前さえ名乗っていなかったことに気がつく。
「、です」
「なんや?えらい緊張しとるん?」
「私……その、人見知りなので……」
「ぶっ……!」
また私のことを忍足さんは笑った。
「人見知りが普通『人見知り』やなんて自分から言わんで普通」
「お、忍足さんが聞いてきたんじゃないですかー!」
そこまで言って慌てて口を押えた。人前にこんなに感情を露にしてしまうなんて…。
だが、ぽんと大きな手が私の上に乗せられた。
「おもろいわアンタ。えっと、ちゃんって呼んでもええか?」
「いえ、あの、別にそれは良いですけど……」
「それじゃちゃんてこれから呼ぶで?」
「えっ?!」
『これから』?という単語に引っかかった。
これからも私と会うつもりなのかこの人は。
「あの……、こんなところで何をしていたんですか?」
「ああ、ここはいつも静かやから、電話しとってん」
「電話ですか?」
「せや。学園内で堂々と携帯弄くっとると、アカンって言う小煩い先生もおってな。ここなら見つからんやろ?例の噂もあるからこの時間は誰も近寄らへん。知っとる?自殺した男子生徒の幽霊の話」
「はい、教室で少し聞きました」
「それやそれ。まぁ、結局ただの噂やったっちゅーわけやけど」
それは本当みたい。ここにいるのは、私と忍足さんだけ。噂の真意を確かめられて肩の力が抜けるのがわかった。
「ちゃんはここへやっぱり噂の事確かめに来たんか?」
「いえ、そういうわけじゃ……ないです」
申し訳ないけれど、私は嘘で返すしかない。霊的な噂に興味があるなんて思われたら、後で何かあったときに困る。
私は話を逸らそうと思って、電話の相手が誰なのかを聞く事にした。
「電話の相手って誰ですか?」
「何?ちゃん、オレの話した相手が気になるん?」
「違います」
「随分ハッキリ言いよるなぁ自分。そこは嘘でも『気になります』って言わな」
「そこまで嘘付きたくないです」
「?」
「あっ、何でもないです……!」
忍足さんは関西人で言うところのボケなんだろうか?ついツッコミを入れたくなってしまった。
「こんな静かなところにまでわざわざ来てお話するだから、きっと仲が良い人なんだろうと思っただけです」
そう言った途端、忍足さんは苦虫を噛み潰したみたいに、それこそカッコ良い顔立ちが台無しになるほど嫌そうな顔をした。……私、何か変な事を言ってしまったんだろうか?
「それはないで、ちゃん。アイツと仲がええなんてありえへん。ただ、向こうがやたらと自慢してくるんや。言われっ放しっつーのも癪やろ?」
「はぁ……」
何だか良くわからないけれど、とりあえず仲は良くない……のかな?
「相手はオレの従兄弟や。同じ歳っちゅー事や部活も同じやから、つい張り合ってまうねん」
「従兄弟……」
「せやで。大阪のな」
従兄弟と言えば、萩之介くんだ。この学園に通っているというのは知っている。連絡をしたときは引っ越しの手伝いをすると申し出てくれた。でも、萩之介くんも色々忙しいだろうと思って断った。
ときどき電話越しにしか連絡していないし、3年くらい会っていないけれど、これからは毎日会えるんだ。まるで近所に住んでいた頃に戻ったみたい。明日の放課後に会う約束をしているから、早く荷物を片付けておこう。
物理室にある時計を見て忍足さんは突然『アカン!』と焦ったみたいに叫んだ。
「ごめんなちゃん、オレそろそろ行くわ。跡部にどやされる!」
「跡部……?」
「うちの部長のことや。鬼みたいに怖いんやで?おまけにナルシストやし」
「え、えっと?」
「それじゃちゃん、また今度デートしたってや〜」
そう言い残してさっさと忍足さんは、物理室からささっと立ち去る。彼が残した言葉の意味を今更ながら理解して、噴出してしまう。
「ででででっデート……?!」
驚きのあまり、白梅香りの事をすっかり忘れて、残された私はその日1番真っ赤になってしまった。
だから、私は忍足さんの周りで起きている事について、まだ何も知らずにいた。
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