◆◇ 19 消えたあるはずのもの


宝クジの当選がわかった次の日の新聞の見出しは、当選者の話題だった。見出しは『中学生が3億円』。まさに、そのままの出来事が氷帝学園で起きたのだ。
当選者はの後輩の鳳長太郎。冗談半分で拾ったものが、冗談では済まなくなってしまった。
そして長太郎はどうしたかというと、全額をユニセフ募金に寄付してしまった。長太郎曰く、『このお金はオレよりもずっと必要な人がいるはずだから』らしい。その行動にもマスコミはこぞって飛びついてきた。彼の人の良さはピカイチ。赤い羽根募金でダウンジャケットが作れそうなくらい、今まで寄付していそうな勢いだ。
こうして、暫くの間は学園中で彼の良い人伝説でもちきりとなった。学校に来るなり質問漬けにあってもみくちゃにされた長太郎が、疲れたようにに挨拶をする。

「ぉ、おはようございます……先輩」
「おはよう鳳くん……」

長太郎につられても苦笑した。
ふと、長太郎の目が少し充血しているように見えた。目の周りも赤いような気がする。

「鳳くん、目が少し……」
「目……?ああ、これは何でもないんです。少し……寝不足なだけですよ」

長太郎のテンションは普段より低く、は心配したが、これ以上話を続けられる雰囲気ではなかった。
教室の生徒たちはをチラチラ見ながらわいわい話しをしている。

「本当にびっくりしました。まさか本当に当たってしまうなんて……」

話題が変わり、もその話に乗る事にした。

「そうだよね。3億円だものね」
「違いますよ!」
「え?」

長太郎は首をぶんぶん振る。

先輩のタロットですよ!」

はそう言われたとたん目の色を変えた。何かに怯えているような顔つきになると、長太郎の手を珍しく積極的に引いて廊下に出た。

「せ、先輩?」

わけがわからないと長太郎。廊下に人が少ないことを確かめてから、は口を開いた。

「それは……その、あまり大きな声で言わないで」
「……?どうしてですか?」

最もな答えだった。常人には無い能力があるかもしれないというのに。
でも、はこの事が噂になることだけは避けなくてはならない。過去の過ちを繰り返さないためにも必要だった。咄嗟にこんな言い訳を思いつく。

「ほっ、ほら!今日の鳳くんみたいに追いかけられたりしたら、へとへとで疲れちゃうし……。ねっ?」
「なるほど。わかりました。オレもその気持ちはすでに体験済みですし」
「ありがとう!!」

は本当に嬉しそうに、そして心から安堵の笑顔を浮かべた。
長太郎は頭に手をやり、がしがしと掻いた。こんなに感謝されるとは思っていなかった。それに、彼女がこんなにハッキリと笑うのは珍しい。
は自分の癖のある髪をはらうと、にこにこしながら言った。

「そういえば、あんな顔初めて見たなぁ」
「誰の……事です?」

ドキっと長太郎の胸が重く軋む。





「萩之介くんの事」





今度ははっきりと軋む、心臓。





「宝くじ当たってるのを見て、目が点になってたでしょう?あんな顔の萩之介くん、私初めて見たから」

は時計を見てハッとなる。そして、『それじゃ、私授業があるから』と言い残しては長太郎から立ち去った。自分よりもずっと小柄な背中が、移動教室で移動する生徒たちの波に消えた。

(オレ……)

長太郎は意味も無く窓に目をやった。
いつの間にか曇っている空。
まるで今の自分のようだと、長太郎は思った。
















「オーッス!久しぶり!!」

テニスコートに2年ぶりの声が響いた。金の髪を揺らしながら、ジローは元気いっぱいに挨拶をする。授業中に寝ていた分だけ放課後は体調が良いようだ。
ジローの声にみんなが振り返る。

「ようやくテニスが出来るようになったのか」

宍戸が手を上げ、ジローはその日に焼けたそれにハイタッチ。パシッ!と良い音がコートに響いた。
ジローを発見した岳人がムーンサルトで背中に飛びついた。衝撃でコートに倒れこむ。

「ジロー!久しぶりにオレと打とうぜ!」
「岳人、病み上がりにすることちゃうやん」
「あはははは!!平気平気!」

と言いながら、岳人にジローはヘッドロックしていく。首を絞められた岳人がバタバタと暴れだした。
滝がジャージに着替えて部室から出てきた。手には白いフォトアルバムを持っている。ジローの姿を見るとにっこりと微笑んだ。

「ジロー、部活復帰おめでとう」
「おお滝!会いたかったぜ〜!」

ジローは小さい子供のように飛びつき、滝は『よしよし』と柔らかな金を撫でた。この感触は本当に久しぶりである。ようやく開放された岳人は、苦しそうにコートに座り込んだ。ふと、宍戸が滝の持っているものに興味を持つ。

「おい滝、それ何だ?」
「ああ、これか」

滝はジローから少し離れると、アルバムを開いた。そこには合宿所となった跡部の豪華な屋敷が写っている。それから岳人と跡部が枕を投げ合っていたり、忍足がトスを上げていたり、宍戸と滝がからドリンクを渡されている写真が出てきた。

「跡部が写真できたからって。この前の合宿のやつだよ」
「オレも行きたかったC〜っ!」
「残念だったな。楽しかったぜ」
「くそくそ!」
「ジロー、オレのマネすんなよっ!」
「岳人落ち着きや」

ジローがアルバムを持ち、その両脇に宍戸と岳人が立ってそれを覗き込む。滝と忍足はそれを少し離れて見ていた。

「ジローと話した?」
「いんや、まだやけど……」

忍足はそう歯切れの悪い返事をして、人差し指で頬を掻いた。視線はジローに向けられている。

「ジローはすごく良い子だよ」
「そんなん見ればわかるわ」

『そうだね』と滝は目を細めた。

「ああいう明る過ぎるやつは苦手やねんて」
「最初はそう言って岳人のこと避けてたけどね、パートナーさん?でも良い子だよ、ね?それに」
「それに?」
「それに」
「あ!」

滝の声を遮って岳人が何かを見つけたように声を出す。滝と忍足も写真を覗き込む。それは、花火をする少し前に撮ったものだ。浴衣を着ているメンバーがそれぞれに写っている中の1枚。

「これって心霊写真じゃねー?!」

興奮した岳人が指す写真には花火にこれから火を着ける滝が写っていた。辺りが暗い。その滝の背中あたりにぶれたような影が見える。

「指だろこれは。激ダサだな」
「これ撮ったんは岳人やろ?」
「でもそれっぽく見えねー?」

滝はそれがただの指の影であることをわかっていた。
次の写真は全員が並んで撮ったものだ。みんな笑顔で、あの日吉や樺地でさえ薄く笑みを浮かべている。これを撮ったのは屋敷のメイドだ。さっきとは逆に綺麗に撮れている。

「お!これが1番良いんじゃね?」

ぼやけてもいないし、指も入っていない。夕日が綺麗に雰囲気を演出している。

「そのネガがあるなら欲しいな」
「オレもー!」
「なかなかええやん。オレも貰うとこかな」

滝はその写真について何もコメントをしないで、ただ静かに様子を見ていた。そしてもう1人。ジローもただじっとその写真を見ていた。





「止めておけよ、それ」





ジローは特に興味も無さそうにぽつりと忠告の言葉を呟いた。

「は?何言ってんだよジロー。これのどこが悪いってんだ?」

宍戸の頭にクエスチョンが浮かぶ。
滝が一瞬目を見開き、そして『ああ』と呟いた。

「そうだねジロー。それは止めておいた方が良い」
「滝まで何言ってんだ?」

まるでわからないと首を傾げる3人。滝はすっと長めの髪を掻き揚げて、フォトアルバムを手に取った。

「オレもついさっき気がついたんだけどね」

綺麗に撮れたはずの写真。その1点をつーっと指でなぞる。そして、その細い指は優しく微笑むの足元を指していた。





影、写ってないんだ




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