◆◇ 18 タロットカード


「実は最近、姉さんが占いに凝ってるんですよ」

鳳くんはそう言って私に占いの話をしてくれた。
放課後、私は夏休み明けに鳳くんに頼んでピアノを少し教えてもらっている。自分から何かを頼むなんて、昔の私だったら絶対にしないことだったけど、でも、私も少しずつ変わってきている。春から今にかけていろんな事があったからだろうか。
防音されたピアノ室に私と彼の声だけが響いた。

「それで、これを先輩に差し上げようと思って」

鳳くんは手入れのされている通学鞄から、長方形のものを取り出した。古い感じの星のマークが表紙の真ん中に描かれているケース。タロットカードだ。

「え?!私に……?」
「はい。オレが本当は貰ったんですけど、こういうのは女の子の方が好きかなと思ったんです。それに、オレは全然やってみても当たらなかったですから」
「でも……」

このタロットカードはアンティークのような骨董品で高そうに見えた。でも、鳳くんは私に微笑んでそれを差し出している。

「姉さんも、才能がありそうな人が持っている方がタロットも喜ぶからと言っていました」
「才能?私にそんなの……」
「例えば、未来を視る力とか」
「私……」
「あ、でもいらなかったら他の人にあげても構いませんから。気にしないでください」
「う……、うん」

私はおずおずそのタロットを受け取った。鳳くんの大きな手の中では小さかったのに、自分の手で持つとそれはけっこう大きい。





未来を視る力。





今まで沢山の不思議で怖い体験をしてきた。でも、1度だって未来を視たいと思った事は無い。

先輩?」
「ごめんね、なんでも無いですから」

私は鳳くんに微笑む。そして貰ったタロットのケースを開けてみた。
1枚1枚に細かい模様が絵が描かれている。一種のアートのようだ。
鳳くんはさらに鞄から占いの小さな本を取り出し、タロットの使い方が書いてあるページを開いた。

「ちょっとやってみませんか?」

鳳くんは興味津々だったらしく、目が小さな子供みたいに輝いていた。でも、私は半信半疑。これで、この紙が私たちの未来を導き出すとは思えない。でも、断るわけにもいかず、私はやってみる事にした。
本を見ながらだったので、ぎこちなかったけど、何とか占えた。これからの鳳くんの事である。

「この並び方は…………」

鳳くんがページをめくって調べ始めた。悪い事では無い事を祈る。当たるかもわからないけれど。
『あ!これですね』と鳳くんは歓声を上げた。

「近いうちにオレ良いことがあるみたいです。特に金銭面で」
「良かったね」

当たるかわからないけど、良い事で良かったと思う。鳳くんが満足なら、それで私も満足できるから。
それから、私たちは雑談で盛り上がり、すっかりタロットの事も、占った事も忘れてしまった。















そして2週間が過ぎたころ、私はカフェで萩之介くんと跡部さんに会った。

「跡部さん、萩之介くん、こんにちは」
「お前か」

跡部さんは今日も1番高い学食を食べていた。萩之介くんは漆塗りの重箱に入ったお弁当を広げている。私はカルボナーラとサラダとスープのBランチ。アイスレモンティーを1つ頼んだ。

も一緒に食べようよ」
「うん、ありがとう!」

4人掛けのテーブルに向き合って食べていた萩の介くんの隣に私は座った。すると、次々に見知った人たちがカフェに入ってきた。鳳くん、宍戸さん、向日さん、忍足さん、がこっちに気がついた。

「おーい!捜したぞ!」

向日さんは私を見るなり駆け寄ってきた。

「どうかしましたか?」
「教室に行ってもいねぇしよー」
「?」
「こら岳人、ちゃんと言わな。ちゃんが困っとるやろ?」

子供をあやすように忍足さんがポンと向日さんの頭に手を置く。向日さんの後ろから鳳くんと宍戸さんが笑った。

「ぜひともあなたに聞いてほしいって思ったんです」
「それから跡部にもな」

ニッと宍戸さんが跡部に笑いかけた。

「もったえぶってねぇで、さっさと言えよ」
「わりぃわりぃ。さっきな、職員室で先生たちが話してたんだけどよ、ジローのやつ、明日から学校に来れるんだってさ!!」
「ほ……っ、本当ですかー?!」

私は心から嬉しいと思った。笑みが自分の中から溢れ出てくるのを感じた。
芥川さんは2年前に突然眠りに落ち、それからずっと目覚めなかった。そのためリハビリをかねて今まで入院していたのだが、ついに退院。とてもおめでたい。幼馴染の跡部さんは目を丸くして、それから安心したように『そうか』と呟いた。今までの跡部さんの声の中で、最も優しく私の耳に響いた。
萩之介くんはとりあえずみんなを隣のテーブルに座るように指示した。このころようやくカフェは満員でピークを迎えた。

「私も詳しくは知らないです」

話をしたと言えばしたが、それでもほんの少しだけ。彼がどんな人かまでは知らなかった。ちょっと興味が出てきた私は、跡部さんに尋ねた。

「芥川さんって、どんな方ですか?」

跡部さんは面倒くさそうにしている。代わりに宍戸さんが答えてくれた。

「アイツはガキのときからいつも眠そうだったぜ。でも、目が覚めると人が変わったように大はしゃぎしてよー。見てるこっちが恥ずかしかったぜ」
「あのままデカくなるとは思わなかった」

跡部さんが呆れたように言った。確かに、私が会ったときも眠そうにしていた。

「萩之介くんは芥川さんとは一緒じゃなかったの?」
「オレはジローとクラスが離れてたし、小学校の途中で別の学校に通ってたから」
「向日さんは?」
「オレもまぁ幼稚舎からだな」
「そうなんですか」
「オレは1つ下の学年でしたけど、跡部先輩たちは結構有名でしたよ。よく先生に注意されているのを見ました」
「それはアイツのとばっちりだ!鳳、おまえ喧嘩売ってるのかよ、あーん?」

と騒いでいると、正面にある大型液晶テレビのチャンネルが変わった。ド派手な衣装を纏った男性司会者と、バニーガールのような女性たちが、うるさいくらいの音楽と一緒に登場してきた。どうやら宝クジの当選者発表の番組のようだ。丸いこれまたド派手なボードには数字が描かれており、それがいくつも並んでいる。
そのとき、鳳くんが何か思い出したように制服のポケットから1枚の紙切れを取り出した。それは、不規則な数字が並んだ宝くじだ。

「鳳、どうしたんやそれ?」
「今朝学校に来る途中で拾ったものなんですよ。オレ宝くじって初めて実物を見ました。今日当選日だってテレビでやってたから……」
「そんなたった1枚で当たるもんなのか?」
「でも宍戸さん、何も無いよりちょっとは楽しめると思いますよ?」
「オレも初めて見たな」

もの珍しそうに宝くじを見る萩之介くんは、液晶画面に出された1等賞の番号と照らし合わせる。
萩之介くんは目で数字を追っていき、最後まで見たところで、停止ボタンを押されたロボットみたいに固まって動かなくなった。

「萩之介くんどうし―――」

最後まで言葉は出なかった。私のメガネがずり落ちる。
鳳くんも他のみんなも宝くじに目を通す。
それから脳裏に忘れられていた会話が思い出された。





近いうちにオレ良いことがあるみたいです。特に金銭面で。





良かったね。






「「あああああああーーーッ?!?!?」」





サマージャンボ宝クジ。





1等は今、この手の中にある。




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