◆◇ 16 花火の夜に


ある日の午後、携帯がお気に入りのラブロマンス映画の主題歌を流し、持ち主を呼んだ。忍足は嫌々ながらも携帯を手に取る。液晶画面に出ているのは大阪にいる従兄弟の名前だ。

『ちょお侑士!ちゃんと聞いてるんか?!』
「あーはいはい、そんなに耳元で叫ぶなや」

従兄弟―――謙也の怒号を聞きながら、忍足は適当に聞き流す。こうやってやり取りをするのも何度目だろうか。謙也は忍足を説得しようとする。けれども忍足の心を動かすまでには至っていない。
今度は突然無言になり、忍足は首を傾げる。

『…………』
「何や、突然黙って」
『なぁ、ちゃんと向き合おうや。侑士はそれで……それでもええんか?ずっとこのままで、後悔しないんか?なぁ?!』
「……自分には関係あらへん。ほなな」
『おい!侑士!自分―――』

謙也の喚き声を無視して通話を切った。
あんな風に返事をしたものの、忍足は胸に引っかかるものを感じてならない。














テニス部の合宿も順調に進み、ついに合宿最後の日となった。
肝試しをした夜、榊先生に内緒であったため、軽い怪我をした宍戸と私を見て監督はやっぱり怒った。それには素直に私たちは応じ、今後こういうことが無いように誓う。

「跡部、お前がついていながら……」
「本当にすみませんでした」

跡部さんが謝る姿を初めて見て、むしろ得したかもしれないと向日さんは笑っていた。そして私もそう思った。
あの夜の出来事について、宍戸さんは多くを語らずにいる。あんな思いをしたのだから、語る気にもなれないのだろう。私にだけこっそりと『サンキューな』と言ってくれた。多分、私たちだけの秘密。
今日は最後の夜ということで、花火大会が行われることになった。最初は跡部さんが財力をはたいて打ち上げ花火を打ち上げると言っていたが、さすがにそれはと全員で止めた。跡部さんらしいと言えばそうですけど、お気持ちだけで十分です。ありがとうございます。

「なら、その代わりに浴衣のサービスだ」

そう言って指を鳴らすと、メイドさんたちが私たちにと浴衣を持って来てくれた。それも10人。両手にたくさんの浴衣を持っている。

「ちょっと多すぎるんじゃないですか?」

鳳くんの顔が少し引きつっていたけど、どれもこれも綺麗な色ばかりで私はとても嬉しかった。萩之介くんの家にも、こういう和服や浴衣があって、実は少し着てみたいと思っていた。榊先生の分もあって驚いた。準備が良いなぁ……。
私たちはそれぞれ個室に分かれて着付けをしてもらうことにした。滝くんと日吉くんは1人でできるからすごい。普段着る機会が多いと言う。
赤色の帯をきゅっと締めてもらって、私は鏡の前に立った。そして髪をお団子にセットしてもらう。赤い蝶のかんざしを挿した黒の菖蒲模様の私が立っていた。

「とても良くお似合いですわ」

ニコニコしながらメイドさんにそう言われた。デパートで言われそうなセリフだったけど、今日はそんなふうには感じなかった。和服を着ると心が引き締まると萩之介くんが昔言っていたけど、まさにそんな感じだった。

ちゃん」
「忍足さん?」

襖越しに忍足さんの声がした。そして自分から襖を開けると、そこには藍色の浴衣を着た忍足が立っていた。すごくよく似合っていて、私は顔が熱くなる。恥ずかしくて少し固まった。

「外でみんな待っとるで。花火の準備できたってな」
「わかりました」
「それから」
「はい?」

ポンと大きな手が私の頭に降ってきた。忍足さんはニッと笑った。

「よう似合うとるで。可愛ええよ」

真っ赤になった私をからかうように微笑んでいる忍足さん。

(もう、この人は……!)

どうにか反撃できないかとも思ったが、忍足さんに勝てるようなことが自分にはあるはずもなく、私は彼の後をついて行った。















「遅いぞ!」
「お待たせしてごめんなさいっ」

紅色の甚平を着た向日さんがぴょんぴょん跳ねている。外はもう綺麗な星空だった。そしてその夜空の星よりも輝いている存在が地上にもあった。

「あ、跡部さん……」

跡部さんはなんと金色に輝く浴衣―――というより衣装―――を着ていた。そかもそれがなんだか似合っているから怖い。本人もまんざらではない様子だ。手に持っている扇子も金色だった。目がチカチカする。宍戸さんは私と目が合うと、諦めたように首を横に振って見せた。

「どうやらマツケンのプロモを観たようで、それから『これもありか』と思っているらしいです……」
「マツケン……、マツケンなら仕方ないかも……。鳳くん、苦労してるんだね……」
「何してる。さっさとこっちに来い」
「はぁ……。はい、すみません」

私はおずおずと金ぴかの跡部さんに近づいた。萩之介くんも樺地くんも同情の眼差しを向けている。

「ほらよ」
「え?」

手渡されたのは市販の子供が使う花火だった。跡部さんはつまらなさそうに言った。

「本当は打ち上げたかったのによ」
「でも、私はこっちも綺麗だと思いますし……」

私はフォローになっているんだかいないんだかよくわからないことを言った。向日さんがさっそくロウソクとマッチをジッポライターを借りてきた。

「花火にジッポ使うとは、さすがボンボンやな」
「早くやろうぜ!」
「そうでうすね」

向日さんと鳳くんがさっそく花火の先端に火をつける。すると、パチパチという音と共に煙が上がって、オレンジ色の光がザーッと出てきた。あたりには火薬の匂いが立ち込めて、近くにいた日吉くんが咽てしまった。

「ぎゃははは!日吉のやつ咽てやんの!」
「……下克上だっ!」
「うわっ!?ネズミ花火?!」

日吉くんが放ったネズミ花火が、シュンシュン音を立てて向日くんのことを追い掛け回す。

「岳人大丈夫か?」
「侑士!そんなこと言うなら見てないで助けろよー!」

向日さんはネズミ花火に追いかけられながら走っていく。私も思わず笑った。
花火をつけてみんなそれぞれ楽しんだ。跡部さんが用意してくれたビニールバッグに入った特大の花火は、あっという間に減っていった。



シックな深緑色の浴衣を着た萩之介くんが、内輪を手にやって来た。萩之介くんは、スッと私に線香花火の束を渡した。

「萩之介くん、ありがとう」
「線香花火好きだったと思ったから。忍足と話しておいでよ」
「えっ?」

微笑んで、萩之介くんは言った。

「忍足に何か聞きたいことがあるんでしょ?」

萩之介くんにこそ一生勝てないな……。
『うん』と返事をして、忍足くんが座っているベンチへ向かった。
私は、彼に聞きたいことがある。

「忍足さん」
「ん?なんや?」
「良かったら、私と線香花火をしませんか?」

忍足さんは私の差し出した線香花火を1つ受け取ると、優しく微笑んだ。
私と忍足さんは、さっそくジッポライターを借りて火をつけた。少し離れたところで向日さんが宍戸さんを追いかけている。日吉くんは花火よりもメイドさんが用意してくれたお茶を飲んでいる。跡部さんはキンキラの浴衣が気に入っているらいく、かなりご機嫌な様子だ。それに樺地くんが付き合っている。榊先生は用意された椅子に座ってのんびりと皆の様子を見ていた。スズムシの鳴く声と、線香花火のパチパチという音が響き、時間がゆったりと流れるのを感じる。
また同じ香りが……。今日は肝試しの夜よりも濃い。
肝試しをした日の夜、私は崖から転げ落ちてしまった。そのとき、1人で元の道を帰ることができたのにはある理由があった。
以前から忍足の周りで香っていた、あの白梅香である。
転校してきたばかりの頃に出合ったときも、彼からは不思議な雰囲気と白梅香が匂っていた。本人も、別につけているわけではないだろう。だって白梅香は女性がつける香りだったから。
その香りを辿って肝試しのスタート地点に私は無事に戻れたのだ。そうでなければきっとどこかで迷ってしまっていただろう。
そして今も、その白梅は浴衣を着た忍足さんの周りで一層濃い香りとなっていた。
赤い玉を見つめながら、私はぼんやりと考えていた。知りたい、と。

「ホンマは……、な」
「え……?」

忍足は3本目の線香花火に火をつけた。ジュッと音がして、赤く先端が輝き出した。

「ホンマは、花火って嫌いやねん」

パチパチと赤く光るそれを見つめた忍足さんの顔が同じ色に染まった。

「こんなに綺麗なのに……ですか?」

花火が嫌いな人を私は初めて見た。

「たった一瞬しか輝けないんやで?ガキの頃はそれが嫌やってん。だけどな……今は」
「今は?」





「今は、違う理由で嫌いなんや」





そう言って微笑んだ忍足さんは綺麗だった。優しい笑顔だった。
でも、それにはきっと辛い気持ちも含まれていると思う。
だから、私は言った。

「忍足さん」
「なん?」

知りたいから。





「あの……、白梅香って知っていますか?」
「え……?」
「ときどきですけれど……、忍足さんからとても良い香りがするんです。梅の、良い香りが」















花火のどこが嫌いなん?





花火は一瞬しか輝けん。





せやけど、それが花火やろ?





一瞬でも、ええ。





目が眩むほど輝ける人間になるんやで。





わかったな、侑……。
















「まさか……、そんな、嘘やろ!?ばあちゃん……っ!!」

忍足さんはぶるぶると震えて真っ青になり、口元を押さえる。だが直ぐに顔をガバッと勢い良く上げて、持っていた花火を地面に投げた。

「忍足!?」
「侑士?!」

口々に声をあげた。だが、忍足さんは理由も告げに走り出した。
私はただその場に立ち、彼の背中が見えなくなるまでずっと見つめていた。
どうして彼があんなに慌てていたのか、私にはわからない。でも、私の一言が切っ掛けであるのは間違いなさそうだ。
ジジッと地面に落ちた花火が火花を散らした。




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