◆◇ 15 御守り


ドクン、ドクン、ドクン。





自分はいったい誰と一緒だったんだ?






宍戸は息を止めて思いっきり後ろを振り返った。だが、そこには誰もいなかった。真っ暗な森と夜空が広がっているだけの、自分だけの世界。
目線を下に移して、宍戸はようやく気がついた。自分はこの場に1人ではない事を。

「なんだよこれ……っ?!」

草原に、白いものが存在していた。
右足と左足。
それに直ぐ気がつかなかったのは、足首までしかそれが存在しなかったから。
【長太郎】がいた場所に、真っ白でくすんだ灰色のような両足首が静止している。宍戸は何を今自分が見ているのか、全くわからなかった。現実ではありえない。斬り取られたのなら、血が出ているだろう。しかしその足の斬り口は、漆黒だった。
すると右足がぴくっと動いた。

「!」

右足が一歩、左足が一歩、確実に自分に向かって歩いてくる。意思のある人間が歩くのと同じように。ただ違うのは、その本体が無いことだ。

「うわあああああああーーーーーーー??!?!?!」

宍戸はこの足首を背にして地面を蹴る。試合で見せるテレポートダッシュよりもずっと速く。それなのに、追いかけてくる足音はちっとも離れない。一定のまま自分を追いかけてくる。心臓が身体を突き破って飛び出しそうになる。
握り締めた携帯から声がした。

『宍戸さん?!どうしたんですか!?』

の声だった。ハッとパニック状態から少しだけ解放された宍戸は、携帯を再び耳に当てる。

「何かがオレを追いかけてくるんだ!!」
『何か……っていったい―――』
「オレに聞くな!あんなやつオレも知らねぇっ!」

携帯を握る掌がじわりじわりと汗で滲む。後ろを確認する必要は無い。はっきりと足音が聞こえてくるから。離れても離れても、その足音のリズムだけが耳元で聞こえてくる。夢中で逃げいているはずなのに?
今の宍戸を現実に繋ぎとめているのは、携帯越しのの声だけだった。

「はぁ……っ!ぜぇ……っ!はぁっ……!!」

とにかく携帯を通話のままにして握り締める。

これを離してしまったら、きっと自分は帰れないだろう。
それが何であるかは彼自身にもわからない。本能がそう告げているのだ。
足音はいくら逃げても耳元について来ている。ここは森で、草だらけのはずなのに、あの足音はまるでひんやりと冷たいコンクリートの上を歩くように、ヒタヒタとついてくる。
足を生えている雑草の葉で何箇所も切った。それでも逃げ切るために走る。自分の知らない恐怖からひたすら逃げる。

「くそぉっ!!」

息がおかしくなる。心臓が痛い。肺がもはや酸欠だ。
突然足元がぐらついた。石につまづいたのだ。宍戸はそのまま派手に横転する。もしこの現場を跡部に見られていたら、『何転んでんだよバーカ』とせせら笑うだろう。肩と背中を打った。肺の機能がその衝撃で一瞬停止し、宍戸は目を見開いた。
その先は無い。なんと崖になっていた。落ちても死にはしないだろうが、それでも大怪我はすると思われる程度の高さだった。

(万事休す……か)

よろよろと立ち上がって、地面に打ち付けた左肩を庇うように押さえる。
森の向こうからそれはついに宍戸に追いついてしまった。白く、そして灰色の両足首が、宍戸の前まで迫っている。
不気味だ。これ以上に不気味なものを、宍戸は見たことが無い。
















何もいないと思っていた森。何もは感じなかった。滝も、森からその存在は感じなかったと言う。
宍戸の荒い苦しそうな息遣いを聞いて、はその現場が見えるようだった。
今宍戸が味わっている恐怖を、は知っている。

(どうすれば宍戸さんを助けられるの……?!)

このままでは、宍戸の命が危ぶまれる。

(でも、今から追いかけても間に合わない!それに、宍戸さんがどこにいるのかは明確にわからない……)

時間は限られている中、は考えに考え抜いた。

「宍戸さん、何かあったんですか?」
「鳳くん……」

心配そうに眉を寄せる長太郎を見て、は昼間の出来事を思い出した。昼間に見た、長太郎のクロスペンダントだ。





オレはクリスチャンではないんですが、祖父母が御守りにしろってくれたんです。何だかこれを着けていると落ち着くから不思議なんです。それからずっと着けているんですよ。





今は長太郎の傍を離れ、宍戸の元にある。

「もしかして……!宍戸さん!」
『何だ?!』

切羽詰まった宍戸の声が耳に響く。

「宍戸さん、私の言う通りにしてください。鳳くんのペンダントはありますよね?!」
『へ?あ、ああ持ってる』
「それを投げてください!」
、さっきから何を話しているの?」

滝を含め、他のメンバーも宍戸に異変があったと感じて集まってくる。はそれを気にせずに話を続けた。

『投げるって……』
「良いから早くっ!」

の珍しく強い口調に驚きながら、無我夢中でポケットからペンダントを取り出して、その得体の知れない何かへ向かって投げた。
不思議な事に、この暗闇の中一瞬小さく輝いたペンダントは地面に落ちる。カチャッという金属の擦れる音がした。その瞬間、瞳をぎゅっと瞑って息を殺した宍戸。
風で木々が揺れる音だけが森に響いた。それ以外は何も聞こえなくなった。

「宍戸さん……!大丈夫ですか?!」
『……え?あ、何もいない……。どうなってやがる?』

宍戸が驚くのも無理は無い。先ほどまで自分を追いかけていたあの不気味な両足は、影も形も無く消えてしまっていたのだから。

『良くわからねぇけど、助かったぜ……!!』

は宍戸の声を聞いてホッと息をつく。忍足も鳳もがしたことがなんだか良くわからずにいる。

「何や、宍戸何かあったん?」
「いったいどうしたんだよ、アーン?」
「な、何でもないです。ちょっと、宍戸さんが道に迷ったみたいで……あははは」

どうにか誤魔化そうとするが、には良い言葉が何も浮かんでこない。
の様子に察した滝が助け舟を出してきた。

「宍戸が道に迷ったみたいだよ。迎えに行かないと」
「何だ、宍戸のヤツ迷っただけかよ」
「宍戸さん、怪我とかされていませんか?」

は宍戸に通じたままの携帯を長太郎に手渡した。
電話越しの宍戸は酷く疲れているようで、息が荒かったが、元気はあるらしい。

『お前の御守りが役に立ったぜ、長太郎』
「え?そうなんですか。それは良かったです」

にこやかに返事をする長太郎を横では見ていた。

(ピアノの練習室のときに感じた違和感……。長太郎くん自身じゃなくて、あのペンダントにあったんだ。あのペンダントは、強い念が籠められている御守り……。悪魔払いの力があったんだ)

強い念の籠った物には、稀にそういった作用が出る場合があると、昔本で読んだ事がある。まさかここでお目にかかれるとはも思っていなかった。
長太郎がピアノ練習室で悪霊に遭遇しても体調を崩さなかったのは、あのペンダントが長太郎を護っていたからだ。
宍戸に襲いかかっていた何者かも、ペンダントの力で消えてしまったのだろう。

「よし、仕方ねぇから宍戸のヤツを迎えに行くぞ」
「せやな。しゃーないけど、こんなに暗かったら宍戸も戻ってこれへんやろ」
「だなー!」
「そうですね」
「日吉、樺地、行くぞ」
「はい」
「ウス」

宍戸を探しに行くため、全員が動き出す。もついて行こうとすると、忍足が手を差し出してきた。大きな手に視線を落とした後、は忍足を見上げる。忍足は優しげな笑みを浮かべて立っていた。

「ほな、オレの手に捕まっとき。暗くて危ないからな」





ふんわりと香る、芳醇な白梅。





それはまるで、忍足を護るかのように思えた。




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