◆◇ 14 偽りの存在
合宿が始まって2日目。
レギュラーのみんなは朝食を食べ終えてからすぐに跡部さんの屋敷の隣にあるコートへ集合。私は榊先生に呼ばれてコート端のベンチへ向かう。
榊先生はレギュラーの皆にそれぞれ各自で準備運動をするように言うと、私に小さく折りたたんだ紙を渡した。
「すまないが、キミには買い出しを頼む。この辺りには良いスポーツ店があるからな」
「わかりました」
ただ私も合宿に来たわけではない。それなりに手伝えることは手伝うつもりだ。
「監督」
「何だ、鳳」
鳳くんが小走りにやって来くる。
「先輩だけで買い出しは辛いと思います。自分が荷物持ちとして同行させてください」
「いいよいいよ、鳳くんは練習をしなくちゃならないし……」
「いや、配慮が確かに足りなかった。鳳、と一緒に行って良し」
「はい!」
そういうわけで、私は鳳くんと一緒に買い出しへ出掛ける事になった。鳳くんの心遣いに感謝する。
「、出かけるのかー?」
ぴょんぴょん跳ねる向日さんに手を振り、私と鳳くんは買出しへ出かけることにした。先生から預かった地図によれば、歩いて行ける距離らしい。
街道に続く林の中を私たちは歩き出した。みるみる背後の屋敷が遠くなっていく。それでもまだ随分と見える位置に屋敷はあった。湿った木々の香りが心地良い。
地図を見ていた鳳くんが、ふとある一点を凝視している。
「どうかしたの?」
「ああ、ここに目印の神社があるんですよ」
「神社が……?」
地図を覗き込むと、そこには確かに神社と書かれている。この神社の前を通って買い出し先であるスーパーに行くのだ。
神社と言えば、私が苦手とする霊的な物が集まるところ。それが良いものであっても悪いものであっても、私にとっては関わりたくない。神社はなるべく避けて通りたかったが、それでも一本道なので通るしかなさそうだ。
蝉の声に耳を傾けながら神社の前の通りへ向かう。
真っ赤な鳥居が見えて来た。近づくと随分古いのか、土で少し汚れており、蔦が巻き付いているところもある。随分昔からここにあるんだろう。
「古い神社ですね、ここは」
「うん、そうだね」
神社の前まで来ても、何かを感じ取る事は無かった。ホッと息を吐いて、私は視界に入ってきた立て看板を読んだ。この神社の事について書いてある。
「……っ?!」
私は看板の内容を読んで思わず息を飲んだ。この瞬間だけは、真夏でも背筋が凍り付く。
「……これは、酷いですね」
鳳くんも同じ感想を持ったのか、少し青い顔になった。
立て看板には、何百年も昔に大飢饉が起き、この辺りにある村の人が大勢餓死したという。そして、口減らしのために子供を山へ捨てたり、親の手で殺したりという事があったそうだ。今の豊かな世の中では想像も出来ない。
この神社は、そのとき亡くなった子供たちの霊を慰めるために建てられたものらしい。
ふと、湖で見つけた慰霊碑を思い出す。
「昨日、湖で古い慰霊碑のような物を見つけたよ。多分、亡くなった子供たちのための……」
土で汚れて朽ちた慰霊碑。湖の岸辺の草むらの中で埋もれていたのを、宍戸さんと2人で綺麗にした。岩肌に刻まれた文字は朽ちており、読めるような状態ではなかった。
私はあの能力を持っているので、真っ先に身体が反応していたはず。それが無かったということは、つまりあの慰霊碑が魂を鎮めているのかもしれない。
それにしても……。
私はチラッと鳳くんを見上げた。今思うと、鳳くんはちょっと不思議。彼自身が、というより、彼の雰囲気が。
この前のピアノ練習室で鳳くんに救われたとき、強い思念を持った霊がそこにはいた。私はもちろん、他の普通の生徒たちだって体調不良を起こしたというのに、彼は何とも無かった。ピアノが上手な生徒の前にあの霊は現れなかったみたいだけれど、あのときは違う。私と鳳くんの前に、あの霊は確かにいた。それでも、鳳くんには何の変化も見られなかった……。霊の影響を受けない体質……?いや、それならあのとき霊が視えていてもおかしくないし……。
これはいったい何を意味しているの?
「あの、どうかしましたか?」
「えっ?」
「さっきからずっとオレの事を見ていますけれど……?」
「え、あ、その……首に掛けているクロスが気になって!」
ずっと見ていたから鳳くんが首を傾げてしまった。慌てて話題を逸らすと、鳳くんは自分のクロスペンダントを持ち上げて見せてくれた。
「オレはクリスチャンではないんですが、祖父母が御守りにしろってくれたんです。何だかこれを着けていると落ち着くから不思議なんです。それからずっと着けているんですよ」
「へぇ……」
シンプルな銀のクロスが太陽の光でチカッと光る。大事にしているのか、目立った傷は無かった。
街に出て買い物メモを頼りにスポーツドリンクやグリップテープを買った。お店の人は私たちに丁寧に各商品について説明をしてくれた。
コートに戻ると丁度休憩時間になっていた。私は鳳くんと一緒にスポーツドリンクの準備をした。みんな集まってきて、ドリンクを手にその場に座る。
「ふーっ。岳人おまえ飛びすぎや」
「侑士こそへばってんじゃねぇよ!」
ダブルスの2人は一気にドリンクを飲み干した。宍戸さんが汗をタオルで拭きながら、合流した鳳くんとフォーメーションの打ち合わせをしている。
私は特に何もすることが無くて、ベンチに座ってコートでまた打ち合いを始めた日吉くんと萩之介くんを見ていた。ぼーっとしていると、黄色いボールがこっちへ転がってきた。拾って顔を上げると、そこには泣きぼくろの彼がラケットを持って立っていた。
「おい、暇そうだな」
「え、あ、はい……今は暇ですけど」
跡部さんはニヤリと笑った。何か企んでいるような、そんな笑顔だった。
突然持っていたラケットを私に投げて寄越す。私は慌ててそれを受け止める。白いフレームの、随分と軽いラケットだった。
「オレの相手しろよ」
「…………えっ、えええーー?!?」
「うるせぇ、黙ってこっちに来い」
「そんなっ!私テニスは全然っ……というか運動はあまり得意じゃなくて……っ!?」
「メガネは外しておけ。良いな」
「伊達だって知ってたんですか?」
「オレ様のインサイトを舐めなよ、アーン?」
跡部さんは私の腕を取ってコートへ入っていく。それを見ているみんながなぜか歓声を上げていた。
気がつくと私はネット越しに跡部さんと向き合って立っていた。
「跡部さん出来ないですよー!」
なんだか泣きたくなってきた。すると鳳くんがやって来て私の隣に立った。
「先輩、まず基本を教えますから。それからでも良いですよね、跡部さん?」
「良いだろう」
ニヤリとまた跡部さんは意地悪そうな顔で笑った。助けにやって来てくれた鳳くんに、私は必死でテニスを教わろうと頑張った。
本当は、私が退屈そうだったから……そうなんだよね?
私は教えてもらったとおりにボールを打ってみた。ボールはちゃんとネットを越えて跡部さんのコートにちゃんと落ちた。嬉しくて私は涙がじわっと出そうになる。
鳳くんとダブルスで跡部さんと対戦することになり、観客のみんなも応援してくれた。
私はあまり上手じゃなかったけど、でも楽しい時間を過ごすことが出来た。
だからだろうか。
私は楽しくて、すっかりいろいろと忘れてしまっていた。
私たちは湖の近くの森にやって来た。時刻は夜の10時を過ぎている。
彼らが手に持っているのは懐中電灯。そして彼らがいる場所が真っ暗で不気味な森の前と言えばもう決まっている。
「肝試し大会〜〜っ!!」
向日さんが興奮した様子で飛び跳ねた。日吉くんと跡部さんは特に嫌そうな顔をしていた。
そう、肝試しである。確かに跡部さんの屋敷の付近にある森は、夜になるとそれなりの雰囲気を出していた。ときどき飛び立つ鳥たちの羽ばたく音がそれに滑車をかけている。
宍戸さんが意外そうな顔をした。
「お前怖くねぇのか?」
「え?まぁ、思ったよりは……」
「先輩ってこういうの苦手だと思ってました」
確かに苦手といえばそうなのかもしれない。けれど、今私はこの森に何も違和感を感じていなかったのである。
萩之介くんの傍に寄って小声で尋ねる。
「萩之介くん平気?」
「平気だよ。も大丈夫みたいだね」
「うん。ここって何もいないみたい……」
私は森の奥をじっと見つめた。やっぱり慰霊碑が霊を慰めているのかもしれない。
樺地くんがクジの入った箱を持ってきて、主催者である向日さんが肝試しの説明をした。
「この森の奥にデカい切り株がある。道は途中で3本になるけど、真っ直ぐだから迷うことは無いぜ。その切り株にテニスボールがあるから、2人ペアになって1つ取ってくること。以上!ちなみに樺地はここで留守番な」
「ウス」
「昼間の休みにどこ行ったかと思ったら、そんなことしてたん?」
忍足が苦笑して相方を見た。
さっそくそれぞれがクジを引いてみた。
その結果、日吉くん・跡部さん、向日さん・鳳くん、宍戸さん・ 私、忍足さん・萩之介くんの順番になった。
「跡部と日吉かよ。下克上ペアって感じだな」
「うるせぇぞ宍戸」
「岳人、鳳に迷惑かけないようにね」
「くそくそ!子供扱いするなよな!」
(萩之介くんと忍足さんか。なんだか保護者ペアって感じだな)
私はクスッと思わず笑ってしまう。
「じゃ、最初の2人スタート!」
「下克上だ」
「そんな事ここでしてどうするんだよ?」
跡部さんと日吉くんは懐中電灯をそれぞれ持つと、森の奥へと消えていった。そして15分後、黄色のテニスボールを持って戻って来る。
「お疲れさん」
「向日先輩たちは?」
騒がしい向日さんと、それを苦笑しながら見ていた鳳くんの姿が見当たらなかった。それについては萩之介くんが説明する。
「2人はその10分後に行ったよ。すれ違わなかったのなら、3本のうちキミたちとは別のルートだったんだろう」
「アイツうるせぇからすれ違ったなら気がつくはずだからな」
跡部さんは皮肉めいた笑いを浮かべた。
時計を見る。まもなく自分たちの番だ。私は宍戸さんを呼ぶ。
「宍戸さん、そろそろです」
「おう、わかった」
「それじゃ行ってきます」
「ほな、またな」
「あ、宍戸さん待ってください!」
「何だ?」
私は宍戸さんに鳳くんがが着けていたクロスを手渡した。実はコレ、鳳くんに先ほど御守り変わりにと手渡されたのだ。どういう事なのかわからず、宍戸さんが首を傾げた。
「何だコレ?」
「御守りですよ。とてもご利益があるので、宍戸さんの事をきっと護ってくれると思いますから」
「別にいらねぇよこんなもん」
「ダメです。何かあったら困りますから」
「だったらお前が持っていれば良いだろ?」
「私よりも宍戸さんの方が心配です」
「コイツ、言うようになったな……。わかったよ……」
渋々宍戸さんは私からクロスを受け取る。そして、私は宍戸さんと共に森の奥へ向かって歩き出した。
なんだかんだで3本の道の前までやって来た。ここまでは何事も無く、安全に進めている。
「肝試しなのに、ただ暗いだけってのは味気ねぇ気がするぜ」
「そうですね。でも何も無いのが1番ですよ」
「さて、どれにする?」
「それじゃ左の道にしましょう」
1秒も迷わず私は左の道を指差した。
「なんで左なんだ?」
「人間は悩んだりすると、自然と左を選ぶそうです。でも、この場合迷っても当たりハズレはありませんけど……」
「それじゃ左で行くか」
「はい!」
宍戸さんと 私は左の道を進むことにした。真っ暗で少し砂利が多い。靴が歩く度に音を立てる。森をときおり風が通り抜けてざわわと揺れる音がした。
道の半ばまで着ただろうか。私はいきなり前のめりになって転んだ。
「おい?!」
真っ暗闇の中では、懐中電灯があってもうまく腕を掴むことは出来なかった。良く見れば私の足元には大木が倒れている。
私は悲鳴を上げる間も無く転んだあげく、そのまま緩やかな崖を転がり落ちていってしまった。宍戸さんは一瞬自分も降りようとしたが、とにかく状況を確かめるために懐中電灯で私の落ちたほうを照らし出した。
「おーい、生きてるか?!」
声をかけると、チカチカと光の返事が返ってきた。
「だ、大丈夫です〜」
目が回っているのかフラフラとした声だった。私は草の葉っぱにまみれて横倒れになっていたが、大きな怪我はしなかった。
「宍戸さんはそのまま先に進んでくださーい。私ここからでも帰れますから」
懐中電灯で先を照らすと、丁度上に登れそうな場所を見つけた。
「バカ!置いていけるかよ!」
「大丈夫です!本当に大丈夫ですから」
半ズボンという軽装だったため、足を擦り剥いてしまった。が、それ以外はたいしたこと無かった。迷惑はかけたくない……!
自分が動かないと宍戸さんも動かないだろうと思い、その場から立ち上がると歩き出した。
「私、先に戻ってますね」
「あっ、おい?!」
宍戸さんが何か言う前に私はさっさと立ち上がる。そしてスタート地点を目指した。
先に帰ったに宍戸が呆れていると、前方から足音が聞こえてきた。ゆっくりと近づいてくるような音で、宍戸は一瞬身体をビクつかせたが、その姿がはっきりとしてくると胸を撫で下ろした。
「あ!宍戸さん!」
「長太郎?!お前、岳人のやつはどうしたんだよ?」
長太郎のペアは岳人だったはずだ。しかし、宍戸の前に現れた長太郎の隣には、岳人の姿は見当たらない。
「実は向日先輩、はりきって走ってどこかに行ってしまったんですよ〜。一緒に捜してもらえませんか?」
「仕方ねえなぁアイツ」
宍戸は長太郎と一緒にこの先へと歩き出した。
ようやく目的の切り株の場所へ到着する。ボールが無くなっているのを見ると、どうやら岳人はこれを持って行ったようだ。
「どっちへ行ったんだ?」
「はい、こっちのほうです」
長太郎は先導してその先の森へと進んでいった。
森はますます暗くなっていった。
「遅いですね……宍戸さん」
がなんとかスタート地点かつゴールに戻ってきてもう20分が経過していた。もう戻ってきてもおかしくないはずなのに、宍戸はこの場所へ戻ってこない。
膝を擦り剥いたが滝が持ってきていた救急セットによってきちんと手当てをされ、膝には絆創膏が貼られた。最初は土で汚れたの姿に驚いた。
「おせぇな宍戸。いつまで待たせるんだよあーん?」
「せやな。確かに遅いわ」
「、携帯で連絡してみたらどう?」
滝の提案にさっそくはピンクパールの携帯を取り出した。
『か?』
「宍戸さん!」
宍戸がすぐに携帯に出て一安心した。ぎゅっと携帯を握り締める。
「もしかして怪我とかしてしまったんですか?」
『怪我したのはお前だろ?』
「それはそうですけど……。でも、だったら何をしてるんですか?遅いからみんな心配してますよ?」
宍戸は懐中電灯を指で器用に立たせながら言った。
『長太郎が岳人のやつを見失ったっていうんだよ。それで捜しているんだ。全く世話かけやがって』
は、一瞬宍戸が何を言っているのかわからなかった。
そして、振り返って今この場にいる全員を見つめた。
「ちょっと……ちょっと待ってください。宍戸さん、今鳳くんと一緒なんですか?」
『そうだぜ?』
それがどうしたと言わんばかりに、宍戸は首を傾げた。
「向日さんならここにいますよ?」
『は?!マジかよ?!なんだよ先に戻ってたのかよ』
確かにの後ろに岳人はいた。
はごくんと唾を飲み込む。
「宍戸さん……」
『なんだよ?』
は汗が出た。
「鳳くんも、こっちにいるんですけど…?」
岳人の隣には宍戸が今一緒にいるという長太郎が立っていた。
「宍戸さーん?どうかしたんですか?!」
宍戸の耳にも、長太郎の声が携帯越しに届く。
岳人も長太郎も、がここへ戻ってくる前に一緒に戻ってきていた。
「そこにいる鳳くんは……、誰ですか?」
こっちが知りたい。
硬直している宍戸の背後の【長太郎】が、
口が裂けんばかりに、
ニヤリ、と口元に笑みを浮かべた。
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