◆◇ 12 ダンデライオン


桜の舞い散る中、3人の少年たちがいた。今までの小学校の制服から、今度は新しい中等部の制服を身に纏い、心も新しく生まれ変わっているようだった。
真ん中を歩く少年の足がおぼつかなくなってきた。がくっと傾くその体を支える。

「おいジロー、今日くらい寝るなよな」
「激ダサだぜ!」

ジローは金髪をぐしゃぐしゃ撫でられて目を擦る。目の前には泣きぼくろの少年と少し長い黒髪の少年が呆れて見ている。ジローは2人の笑顔よりもそっちの方が好きだった。彼ららしいと、そう思うから。
宍戸がさっき先生に配られた紙を取り出す。

「またオレたち同じクラスだな」
「幼稚園、小学校とずっと同じで、また3人同じだなんて呪われてんじゃねーの?あ、岳人を入れれば4人か」
「確かに宍戸とずっと同じじゃ呪われてるかもな」
「なんだと?!」

宍戸が跡部に掴みかかろうとしたとき、後ろでバタンと派手な音がした。2人が振り返ると、廊下で堂々と眠りの世界へ入るジローがいた。2人は慌ててジローの肩を担ぐ。この2人は先生たちからジローのことを見張るように言われ、すっかりその役目が板についてきていた。

「まったく!お前が寝るとオレらまで怒られるんだよ!」
「起きろジローっ!!」

ぺしぺし叩かれてもジローは結局起きることなくぐっすり寝てしまい、跡部と宍戸は先生に怒られ、当事者のジローだけが何も知らないという事態になってしまった。


ジローは昔からすぐに眠くなってしまうという癖があった。
これはいつまで経っても治ることが無く、幼馴染の2人は年齢と共に治るだろうと思っていた。
入学式中ずっと寝ていたジローは、次に目覚めたとき保健室にいた。そして幼馴染の怒った顔を目にした。

「また寝やがってこのバカ!」
「んー、宍戸は?」
「先に帰った。お前の様子見て来いってよ」
「そう……」

ジローは寝癖のついてしまった金髪を撫で付ける。
宍戸はどう思っていたのかはわからないが、跡部には少し恐ろしかった。ジローが最近特に寝てしまうことが多くなってきていることに。

「ジロー、お前1回病院に行って診てもらえよ」
「いつもことだC、平気平気。それにここタンポポが咲いててすごく良い感じ〜」

ジローはにへらと柔らかく暖かな笑顔を見せる。これが跡部には弱い。
どうしても許してしまう。
それ以上追求することができない。
心が読めない。





危険な笑顔だ。





「ねぇ跡部、今度さ、オレの秘密の場所に行かねぇ?」
「あ?秘密の場所だと?」
「そ。最近見つけたんだけどさ、すっごく綺麗な花がたくさん咲いてるんだぜ!」

ジローは覚醒モードに入ったようでうきうきしながら言った。

「ああ、そうだな。そうしようぜ」
「楽しみだC!」

それから3ヶ月が過ぎたころ、あの花園へ行く機会も来ること無く、ジローは1人体育館裏で昼寝をしていた。
最近益々ジローは眠ることが多くなった。宍戸も跡部も口をすっぱくして寝るなと注意するが、どうしても目を開けていられない。どうしてなのか、ジローにはわからなかった。
靴音が近づいてきて、ジローは薄っすらと目を開けた。

「また寝てやがったのか」
「……跡部?」
「お前、部活に出ろよ。朝錬だって出てねぇんだから」
「だって眠い」
「はぁ……」

3人揃って今はテニス部に入っている。氷帝の指導方針とその厳しさに惹かれたのだ。
だがジローはいつも練習をサボっている。跡部が探して連れて行くのがもう部のルールのようになりつつある。

「何でいっつもお前は遠慮無しに寝るんだよ」

呆れてため息が出てしまう。





だって、跡部が必ず起こしてくれるもん





(バカかコイツ!?)

恥ずかしいことを平気で言うやつだとは思っていたが、自分に向かって言われてみるのとは格別に度合いが違う。舌打ちをして跡部は横に座り込んだ。

「?」
「寝てろ。今日だけだからな」

そのらしくない顔を見て、ジローは小さく笑った。

「サンキュ、跡部」

ジローの瞳はゆっくりと閉じられた。
そしてこれが、跡部とジローの最後の会話となってしまう……。
















「――――っと、オレが知ってるのはだいたいこのくらいだ」
「そんなことが……」
「ああ。それから……ジローはずっとあのまま目を閉じたままなんだ」
「……お医者さんは何て?」
「異常はどこにも見当たらないってよ。オレも色々医者を連れてきてはコイツを診せたが、返ってくる言葉は皆同じだった」
「そうですか……」

お医者さんでも原因がわからない……。
これはただの推測だけれど、芥川さんには私と同じような素質があったのかもしれない。そういう人が発した言葉には影響されやすい。言葉に身体が縛られてしまったのでは……。
でも、まだ私には確証が持てない。

「ジローはこの前、たった一言口を開いた」
「え?」
「今まで眠ったまま、呼びかけにも応えなかったジローが、だ。何て言ったと思う?お前の名前だ」
「私の名前を……?」

信じられない話だった。

「オレは直感した。絶対にお前のことだってな。だからお前に会わせたかったんだよ」
「そんなこと私は……知りません。何も知らないんです」
「オレにはそうは思えない!ジローは女には特に興味は無かった。なんて知り合いはいなかったはずだ」

私は苦し紛れにそう言ったが、跡部さんは引き下がらない。

「そんなのありえません。だって私は、芥川さんが眠って2年も経ってから氷帝に来たんですよ?」
「それでも!」

声を荒げた跡部さんが、私の肩を掴んだ。痛いくらい。でも、掴んだその手は僅かに震えている。
跡部さんは俯いたまま呟いた。

「オレは……、コイツにしてやれる事があれば、何も躊躇わない」















次の日、宍戸さんに2年前のことを聞こうと、 私は屋上へと宍戸さんを呼び出した。宍戸さんは少し考えた後に話してくれた。『あの跡部が話したなら話そう』と。宍戸さんは跡部さんの幼馴染という事を聞いていたから。

「本当にただ眠ってしまっただけなんですね?」
「らしいぜ。オレはそのときいなかったから、聞いたことをそのまま話すしかねぇけど。ジローは病気とか怪我はしていなかった」

私は芥川さんに会ったことがある。跡部さんに紹介される前から。でも、彼は病院でずっと、そして今も眠り続けている。

(あれは何?何だったの?夢……?)

私の脳裏には、はっきりと芥川さんの姿が焼きついている。そしてもう1人の芥川さんも。いろんな器具に繋がれ、弱々しく息をし、眠り続ける芥川さんを。

?」

宍戸さんが呆けている私の肩を軽く叩いた。ビクッと大きく肩が震えて意識が戻る。
今回のことは向日さんのときと大きく異なる。向日さんの場合はいくらでも言い訳がきく。いっさい自分の持つ能力について触れなくても手を貸すことができた。だけど、今回の場合はそうもいかない。どの道自分のこの能力について触れなくてはならない。偶然では済まされないことが多すぎるからだ。それに、相手は自分の能力を悟っているから申し出たのかもしれない。
私は、この能力がバレたときの恐ろしさと孤独感を知っている。
私は手伝えない。手伝うのが、怖い。
屋上の柵を両手で掴み、宍戸さんは言った。空を見上げて。

、お前跡部に手を貸して欲しいって言われなかったか?」
「え?!」

まさかここでストレートが投げられると思っていなかった。私は思わず声が出してしまう。宍戸さんはかまわず続ける。

「そうか……。オレは、そんな事言われなかった。それどころか……あいつが、誰かに助けを求めるなんて想像もつかねぇ」

プライドが高くて、誰よりも強くありたいと願う。
弱さなんて、人には見せられない。

「ジローがああなっても、何1つ手伝えることが無い。何もしてやれないんだ。ジローだけじゃない。自分のせいだって自分を責めている跡部にだって、何もしてやれねぇんだ」
「跡部さんが自分を?」
「そうだ。あいつはジローに『寝ても良い』って言ったことに責任を感じている。ジローが眠るきっかけを作ったことを悔いている。そんな素振り、ちっとも見せねぇけどな」
「…………」

目を覚まさない芥川さん。自分を責める跡部さん。2人の幼馴染が苦しんでいるのをただ見ている自分。
何かしてやりたい。何でも手を貸してやりたいのに、自分では何もできることが無いと知った宍戸さん。
そして、全てを知り手を貸すことができるのに、そうしない、私……。





忌々しいと思っていた能力が、奇跡を生む可能性を秘めているかもしれない。





「宍戸さん。お願いがあります」
「あ?なんだ突然?」
「病院へ行ってください」

このとき、私に迷いは無かった。





「きっと、大丈夫ですから」





直ぐ私は跡部さんを呼びに走った。















廃ビルにこんなところがあるとは思っていなかった。跡部さんは驚きながらその光景に目を奪われる。美しい色とりどりの花が咲き乱れ、廃ビルさえもその中に溶け込んでいるような状態だった。入り口はあんなだったが、これは見る価値に値するものだった。

「ここはいったい何だ?」
「芥川さんが、あなたと一緒に行こうと約束した場所です」

この奥に彼はいる。私にしか見えない彼が。
『なんでおまえがこの場所を知っているんだ?』という質問はあえてされなかったようだ。跡部さんは黙ったまま花園を見つめていた。

「ここにあなたを連れてこられて良かった。宍戸さんからいろいろとお話を聞かせていただきました。そして思ったんです。芥川さんは、あなたをずっと待ってるって。起こしてくれるのを、ずっと待ってるんだって」

跡部さんに奥の花園を指差す。その中心には花の群生の中に他の種類とは異なる。
たった一輪だけ奇妙に、不思議に咲いている花。

「見えませんか?」





あの日のタンポポ。





「ジロー……っ!!」

叫びにも、安心にも聞こえる声だった。
私には目の前でハッキリと、名を呼ばれて微笑む芥川さんが見える。そしてその姿はスッと消えた。同時に跡部さんの携帯が花園の中に鳴り響く。すぐ跡部さんは携帯を開いて耳に当てる。相手は病院にいる宍戸さんだった。宍戸さんの声は興奮しているらしく、息が弾んでいるのが携帯越しにわかった。

『おい跡部!今すぐ病院に来いよ!!』
「なんだと?」

跡部さんにすぐ最悪の状況が目に浮かんだ。だが宍戸さんの声がそれを壊してく。

『ジローのヤツが……!ジローが目を覚ましたんだよっ!!』

跡部さんは耳を疑っただろう。。2年も眠り続けていた人間が今になって目を覚ますなど、ありえないような事だから。
だが跡部さんはそれを真実だと受け止める。まずどう反応すれば良いかわからないまま、『わかった』と言って電話を切った。喜びをどう表現したら良いかわからないみたいな顔をしている。
震える肩を、私はそっと手を置く。顔を伏せて。

「大丈夫。今は誰も見ていませんから」

跡部さんはビクッと身体を震わせた。そして、少しだけ鼻を啜る音がして、彼がほんの少し泣いているのがわかった。
タンポポの花がまるで自分の存在を主張するかのように、ゆらゆらと風の中で揺れていた。




11← BACK →13