兄弟に案内され、は子供たちが住んでいる村へ辿り着いた。
村は昔話でしか見た事無いような、本当にこじんまりとした村だった。茅葺の屋根が30件あるか無いかくらいで、夕闇の中に青々とした畑が広がっている。貧しい村である事はわかったが、土壌が豊かなのだろう。村の裏手に見える山の向こうへ、太陽が沈んでいく様子が見えた。
「ねーちゃん、こっちだ!ここがオイラの家」
「ちょっと待っててくれ」
そう言って兄弟は土壁の家の中へ入って行った。1人家の前に残されたは、ふと自分に視線が集まっている事に気付いた。村人たちの視線は、あちこちから感じ取れる。と目が合えば、サッと顔を逸らして走り去って行く。まるで化け物にでも出くわしたかのようだ。
(何で……こんなに見られてるんだろ……?)
確かにの姿は、麻の服を粗末な服を纏う村人からすると奇妙なものに見えただろう。しかし、に向けられている視線は、全て興味津々というわけではない。敵意や恐れを含んだものばかりだった。村人たちの顔色は青くなり、自分から離れてしまう。
居心地の悪い時間が少し流れ、家の中から痩せた中年の女性が出て来た。兄弟の手を握っている。どうやら2人の母らしい。他の村人と同様に、を見る目は厳しいものだった。
「あの、あたし……」
「アンタがうちの子を助けてくれたっていうのは本当かい?」
「えっと……、一応そうです。木から落ちそうになっていたので、魔法で―――」
「かーちゃん!ねーちゃんの事うちに泊めてやってよ!」
「え?!」
弟はニコリと屈託の無い笑顔で母親にせがんだ。
(確かにお礼をしてくれるとは言ってたけれど、何だかこの村は雰囲気悪いし、早く立ち去った方が良いのかも……)
「ねーちゃん今夜はもう遅いんだし、うちに泊ると良いよ」
言われてみれば、は今晩の宿を確保していない。少しこの時代を見て帰ろうとしていただけだったため、何の用意もしていなかったのだ。
戸惑っているのは母親の方も同じだった。
「うちの子を、何で助けたって?」
「え?」
母親は疑いの目でに問いかけた。子供の手をしっかりと握り直し、警戒している。
兄が母親を見上げての代わりに説明を始めた。
「コイツが木から落ちそうになって、この人がパッとこう、空中でコイツの身体を止めて助けてくれたんだよ。母ちゃん、命の恩人なんだからそう睨むなよ」
「は?パッと?何だいそれ?……ま、良いわ。お入り。うちの子が世話になったみたいだからね。大したもてなしは出来ないけれど、簡便しておくれよ」
「あの、お構いなく。あたしは直ぐに帰りますから」
「良かったな!ねーちゃん!」
弟は嬉しそうにはしゃいだ。
「そういえば、アンタ名前は?」
「え?!いや、その……ごめんなさい。言えないです」
そう答えると、母親は首を傾げて中へ入って行った。兄に背中を押されて、は家の中へ入る。
はそのまま村で5日ほど過ごす事になった。特に行き先も無かった上に、この時代の暮らしぶりに興味があったのだ。それに、泊めて貰ったお礼に何か手伝いをしたいと考えたからである。
現代から来たにとって、畑仕事や井戸の水汲み、電気を使わない家事は大変なものだった。しかし、魔法を遣う事でその仕事も多少は楽になった。
村人たちも、の頑張りを見て、を疑惑の目で見る事が無くなった。
「今日も頑張ってるねー!」
「あ、ありがとうございます!」
は照れながらも村人に声を掛けられて嬉しくなった。背負っている野菜籠も、その言葉で大分軽くなった気がした。
村を歩いていると、杖を突いている老女が石に躓くのを見た。老女はバランスを崩して前のめりになってしまう。
「ひえええ!」
「!」
直ぐには魔法を遣い、老女の時間を止め、スロー巻き戻しのようにゆっくりと立たせた。老女は驚いて萎んだ目をパチパチ瞬きさせ、の方へと振り返った。
「アンタがわしを……?」
「ええ、まぁ。大丈夫でした?」
「……」
老女は複雑そうな顔をして、そのまま何も言わずにそそくさと戻って行った。
(魔法、気持ち悪いと思われたのかな……)
この村は見たところ誰も魔法を遣えそうな人間はいなかった。初めて魔法を見る者も多いだろう。
実際この老女のように、魔法を遣うと嫌そうになる村人はいる。だが、兄弟を助けた恩人である事がいつの間にか広がり、親切にしてくれる村人もいた。もそんな村人の変化に後押しされ、魔法を遣う事に躊躇いが減ってきた。
(誰かを助ける事に魔法を遣う。それに間違いはきっと無いはずよね)
そんな事を思いながら、は兄弟の待つ家へと戻った。
「お帰り」
「お帰りなさーい!」
「ただいま。最近ずっとは天気が良くて、野菜がたくさん取れたわ」
「うん。天気が良いと外でもたくさん遊べて嬉しい!」
「でも木登りはするんじゃないからな。お前下りられなくなるんだからよ」
「えー?!今度は平気だって!ねーちゃんも昼飯食べたら一緒に遊ぼうよ!」
「だけどまだお手伝いする事があるし……」
午後からは種撒きをする事になっているのだ。どうしようか迷っていると、麦飯を茶碗に盛りつけていた母親が笑って言った。
「一緒に行ってきなさいよ。あたし1人でも種撒きくらい終わるわ。旦那も狩りからもう直ぐ戻ってくると思うし、子供と遊んでやって」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「わーい!」
「こら!家の中で走るなよ!」
この日、は兄弟と2人で村の近くにある小川へ遊びに出掛けた。川で遊んだ事の無いだったが、兄弟たち以上に楽しんでしまった。小川の小さな魚を追いかけたり、綺麗な石を見つけたり、は現代ではなかなか出来ない遊びに夢中になった。
村の回りも十分見て回れた。室町時代の暮らしという貴重な体験も出来た。裏切り者の伊作を調べる事よりも、夏休みの宿題のテーマに相応しいかもしれない。
(もう明日には現代に帰っても良いかな……)
そんな事を思いながら、砂時計を握り締め、与えられた継ぎ接ぎだらけの布団で眠りについた。
耳元でちゃぷんという水音が響く。それに全身がやけに冷たい。
(何?!)
はハッとなって起き上った。バシャンと大きな飛沫が立ち、土の湿った匂いで部屋は満ちていた。真っ暗で何も見えない。身体はずぶ濡れとなり、寒くて両肩を抱いた。
(いったい何が起きているの?!)
急いで起き上ると、足首まで水に浸かってしまっている。まさに寝耳に水状態だ。ここは室内であるはずなのに、なぜか水がここまで入り込んでいる。
暗闇に目が慣れてくると、家が半壊しているのがわかった。雨が半分だけ残った屋根を打つ音が喧しく響いている。外は嵐だ。強風が容赦なく吹き付け、残った家も破壊しようとしているみたいだった。のぐしゃぐしゃに濡れた髪が風で煽られる。
「誰かいないの?!誰か!!」
この家にいるはずの家族がいなくなっている。この半壊した家からは誰の気配も感じ取れなかった。
「どうなってるの……?!」
突如閃光が走り、同時に轟音が空に響き渡る。驚いたがしゃがみ込んだとき、ズキっと強い痛みがこめかみに走った。
「痛ッ!」
どうやらは寝ている間に頭をぶつけて気を失っていたようだ。そうれなければ、この騒ぎに気付かないはずがない。足元が覚束なくなるが、腹の中心に気合を入れるつもりで踏ん張った。
壊れた天井から見える夜空は、厚くて黒い雲がものすごい速さで流れている。顔には容赦なく雨が降り注いだ。
家の中にいても仕方が無い。が瓦礫となった壁を乗り越え一歩外へ出ると、強い雨の中に僅かな炎が揺らめいていた。村人たちが大きな声で名前を呼び合っている。女や子供は鳴き叫び、年寄りたちは苦しそうに呻き声を上げて倒れていた。服は皆泥まみれになり、怪我をしてあちこちが赤く染まっている。
村の畑はめちゃくちゃになり、見る影もなく作物は押し流されていた。地形が変わってしまうほどの力が加わったとしか思えない。雷が閃光を発するその瞬間だけ、村の様子を窺う事が出来る。白く映し出された村の家は、骨組みさえ残っていない。茅葺の屋根がバラバラに散らばっている。
「いったい何が―――ッ?!」
は人々が集まっているところへ駆け寄り、我が目を疑った。茣蓙が掛けられているが、人間の足がはみ出ている。並べられたいくつもの茣蓙の下にあるのは、人間の遺体だ。その周りで村人たちが泣き喚き、物言わぬ存在となった遺体にしがみ付いていた。
「アンタあぁ〜〜!!どうして……!どうして……っ!ああああああああああ!!!」
「父ちゃん!!母ちゃん!!」
「息子がどこにもいないんだ……!誰か知らねぇか?!」
必死になって肉親を捜している人々に、は涙が浮かんだ。
(なんて酷い……。この嵐に村が巻き込まれたんだ……)
昼間は晴れていた。ここのところずっと晴れていた。だから、今起きている事が夢か幻のようにさえ思えてくる。嵐が起きるなど、誰が予想出来ただろうか。
遺体が集められている場所に、見知った背中を見つけた。が世話になっていた家の母親だった。母親の足元には、3つの大きさが違う茣蓙に包まれた遺体が並んでいた。
「あ……っ」
ついさっきまで元気にしていた兄弟と、その父親の亡骸である事は一目瞭然である。は、何と声を掛けて良いのかわからず、ただ茫然とその背中を眺めるしかなかった。
すると、何かを言いながら、母親がの方へ振り返った。
「またお前たちか」
は、その母親の顔を生涯忘れられないだろう。