14:運命の筋書き

が捕らわれるのを見ているだけしか出来なかった伊作は、自室で謹慎するように言い渡された。命令に従い、伊作は自室に1人戻ったが、頭に浮かぶのはの怒りと悲しみに満ちた顔ばかりだった。

(……。僕はキミを傷つけてしまったんだね……)

もっと自分が上手く立ち回れていたら、はあんな行動に出なかったかもしれない。そのような後悔が浮かんできては消える。
一夜が過ぎても眠気が訪れる事は無く、何かを救う方法がないかを模索し続けていた。

(このままだと、は僕を襲った危険な人物として監視され続け、がいるべき本来の時代には帰れなくなる。仮に外へ出られたとしても、村人たちがを捕まえて領主に引き渡そうとするだろうし……)

ぐっと奥歯を噛み、伊作は暗い考えを追い払う。

(諦めない。は、僕が助ける。が傷つく姿をもう見たくない……!)

しかし、いくら思い直しても方法は見つからない。

(まずはこの部屋を出なくちゃいけない。に会って、ちゃんと話をしないと……)

自室で謹慎をする間、この戸の前には依然伊作に忠告をしてきた6年は組が見張る事になっている。優秀な2人の忍たまを伊作だけで撒くのは難しい。
そう考えたときだ。突然戸が開いた。立っていたのは髪をサラリと揺らす仙蔵だけだった。文次郎の姿は無い。

「仙蔵?」
「食事だ。食べろ」
「……ありがとう」

そういえばもうそんな時間だったかと、伊作は自分の腹部に触れる。確かに腹が空いていた。
仙蔵は食事が乗った盆を差し出し、それを伊作が受け取る。ほかほかとした湯気立つ食事は、食欲を誘う香ばしい匂いを漂わせていた。
食べなければ身体も思考も覚束なくなる。伊作は手を合わせて『頂きます』と呟いた。

「仙蔵、がどうしているかわかるか?」
「あの少女か?知らん。留三郎が食事を出しに行った」
「そうか……」
「何だ?留三郎なら安心か?」
「少なくても文次郎よりは」
「はは、そうだな」

文次郎がを刺激するような事を言ってしまいそうな気がして、食満の名前が出て少し安心した。食満は1年生たちの面倒も良く見ている。の事もきっと悪いようにはしないだろう。
暫くの間沈黙が続き、伊作の箸と茶碗に触れる音だけが部屋に響いた。

「伊作、鉢屋を怨んでいるか?」

大切に護っていた少女を陥れた後輩の名前。伊作は手を止め、複雑な表情を浮かべた。

「……鉢屋は、自分が天恵でありながら天恵を憎んでいる。自分に居場所をくれた学園に害があるなら、ましてやそれが天恵によるものなら、当然の行動だと思うよ。だから怨んだり出来ない」

天恵はその能力故に迫害を受ける事も多い。三郎も例外無く迫害を受けてきた。だけではなく、自分自身の事も憎く思っているのだろう。その心境を考えれば、伊作に三郎を怨む事は出来なかった。
伊作が申し訳なさそうに言った。

「ごめん、仙蔵。忠告してくれたのに、守れなかったよ」
「別に気にしていない。というか、そもそもお前が忠告に従うとは思っていなかったしな。ただ、『後で痛い目に遭っても忠告だけはしたぞ』という意味での忠告だった」
「何だよそれ……。つまり自分のための忠告って事?」
「そういう事だ」

ニッと笑う仙蔵を伊作はムッとした表情で見上げる。けれども直ぐに『仙蔵らしい』と苦笑した。
その後、今の状況を無視するかのように2人は談笑した。ときどき笑いが零れ、伊作は会話を楽しみながら食事を平らげた。

「―――ご馳走様でした。おばちゃんに、美味しかったですって伝えてくれ」
「わかった」

空になった盆を仙蔵に手渡した途端、伊作はまた難しい表情に戻った。それを見て、仙蔵は少し何かを考えるように黙ると、再び口を開いた。

「伊作」
「何だい?」
「文次郎はここには夜まで戻らない」
「えっ?」

仙蔵の不意をつく言葉に、伊作は思わず声が出てしまった。仙蔵はそれでも構わず話を続ける。

「忍務を任されて、な。伊作なら私1人でも十分だという判断だろう。だが、私も生憎暇じゃない」
「仙蔵……?」
「私も用があってここを離れる。だが、伊作は謹慎という命令を無視するような人間じゃない。今回の件については、十分反省している……。そうだな?」

仙蔵の念押しに、伊作は言葉を失っていた。だが、全ての意図を理解して、伊作は力強く頷いてみせる。

「ああ。そんな事は間違ってもありえない」
「そうか。ならば私はもう行く。……それと、これを渡しておこう」
「これは……」

仙蔵が懐から出したのは、村で見つけた砂時計だった。淡い光を帯びた神秘的なそれを、伊作はまじまじと見詰める。村の事を報告したときに伊作も見ていたが、じっくりと見る機会は無かった。

「何の役に立つのかはわからんが、コレは必要になるかもしれん」
「……わかった。ありがとう、仙蔵」
「礼などいらん。私は用があって離れるだけだからな。ではな」
「うん」

ひらりと手を振り、仙蔵は部屋を出て行った。何かを語っているその背中を見て、伊作は心の中で礼と謝罪をした。

(……僕が必ず……)

掌に乗った砂時計の砂が落ちていく。不思議な事に、砂はいつまでも減る事無く落ち続けている。コレが何なのか伊作にはわからない。けれども、仙蔵が言うようにの持ち物で間違いなさそうだ。きっと今のに必要な物になるだろう。
伊作は光を放つ小さな砂時計を手に、日が暮れるのを待った。















空に1番星が輝き始めた頃、の魔法も発動させられない。1人で逃げるなど到底不可能だ。
そんな事を考えているとき、バタンバタンという重い音が耳に飛び込んで来る。驚いたが音のする方を確認するため立ち上がろうとすると、今度は天井からパラパラと煤が落ち来るではないか。何事かと天井板を見上げたを迎えたのは、伊作の声だった。

、いるかい?」
「いっ伊作……?!」

の存在を確認した伊作が、音も無く天井板を外して部屋に入って来た。煤で汚れた伊作の顔は少しだけ笑っている。の無事な姿を見て安心したのだろう。一方のは、何年も会っていないかのように顔を歪ませて涙を堪えていた。

「伊作……、どうしてここに?どうやって?」
「外の見張りは、僕の特製眠り薬で眠ってもらったよ。それに6年もこの学園にいるからね。内部の構造は良く把握してる」
「いったい何しに来たの……?」
「決まっているだろう?キミを助けに来たんだ」

が聞きたい返事を、伊作は知っている。

「い、さく……っ」

言葉を詰まらせるを、伊作は自分の腕の中へ導いた。抱き寄せられ、伊作の体温を感じたは震えた。

「伊作はあたしを裏切ったんだと思ってた。でも、話を聞いたの。あたしのために、伊作は1人でずっと頑張ってくれてたんだよね……?あたしは、あたしは……何してたんだろ……。伊作の事も信じられなくて、怖くて……それで……っ。ごめん、伊作……」

一時の大きな波をコントロール出来ず、取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない。そう考えると怖くて堪らなかった。

「だったら僕を今直ぐ付き飛ばせば良い。だけど、キミは僕にしがみついたままだ。違うかい?」
「それは……」


伊作はを一旦離し、細い肩に両手を置いた。柔らかい普段の笑顔とは違い、伊作の顔は少年ではなく男の顔をしていた。の両目から溢れる涙を、優しく指の腹で拭ってやる。それに反応するかのように、は、にっこりと微笑みかける伊作に心が打ち震えた。こんなにも心を動かされる笑顔は初めてである。

「学園から出よう。僕に考えがあるんだ。さあ、一緒に行こう……!!」
「…………うん。あたし、伊作と一緒に行く!」

は深く頷いて泣くのを止めると、伊作が数歩後ろに下がるのを待って目を閉じた。

(大丈夫……落ち着いて……魔法を、遣う!)

意識を額に集中させた瞬間、淡い光を全身に帯びたからパキンと氷が割れるような音が響く。世界が静寂に満ち、伊作とが息を吐いて再び瞳を開いた。

「上手くいったみたいね……」
「時間を止めたのか?」
「魔法でね。今の内にこの部屋から出よう!」
「ああ!」

制限時間は5分程度。伊作は与えられた時間を無駄にしないように、に手を差し伸べる。は一瞬迷ってその手を取った。ぐいっと強い力で引っ張られ、伊作と共に部屋を飛び出した。

「この術は、罠の上を通っても大丈夫なのかい?!」
「大丈夫!時間が止まっているから、仮に落とし穴の上を通っても落ちたりしないわよ!但し、閉じられた扉は時間が止まっている間は開かないからね!」
「そうか。こっちに近道がある!」

廊下に出ると、時間が止まった世界が広がっていた。今にも動き出しそうな生徒たちが、不自然な状況で完全に停止している。ある者は友達と話をしている最中に、またある者は鍛錬の最中なのか飛んだ姿で停止していた。この世界で動ける者はと伊作だけである。
日常を切り取ったかのように固まったままの生徒や教師たちの間を縫い、伊作はを連れて裏山の方角にある塀の前に立つ。伊作は先に塀を登り、次にへ手を伸ばした。

「僕の手に捕まって」
「うん」

は伊作の手に捕まると、足を踏ん張ってどうにか塀を乗り越えた。怪我をしている腕を庇いながら着地したのと同時に5分が経過し、魔法が解ける。世界に色が戻り、風が吹いて木々を揺らした。もう外は暗く、逃亡するには良い時間である。

「僕たちに追手がかかるのは時間の問題だ。森の中へ隠れるよ」
「わかった。あたし頑張って走るから!」

再び手を繋いで2人は暗い森の中へ入る。夜目が利く伊作は出来るだけ走り易いところを見分けながら、が転んだりしないように気を付けた。草を掻き分け、2人はただ走った。
は、先ほどの伊作の言葉がどうにも頭から離れなかった。





僕たちに追手が来るは時間の問題だ。





(『追手が来る』……というのはつまり、伊作が忍術学園から追われる立場になるって事……よね……?どこかで、聞いた話…………)





伊作は室町時代当時、ある村で大量殺人を犯した人物と手を組み忍術学園を裏切ったという。




「……?」

急に立ち止ったを不思議に思い、足を止めた伊作は振り返る。の表情は俯いていてわからない。ただ、繋いでいる小さな手が震えているのはわかった。

「いったいどうし―――……!?」

足元から崩れていくような気がして、は目の前が真っ暗になった。血の気が引いていく。
傍にいるはずの伊作の声が、遠退いたように感じた。




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