13:誰が誰を裏切ったのか

は学園長命令により、別室に移された。学園の端にある、普段使っていない部屋で、一見ただの狭い部屋に見える。だが、実際には畳の下に地下へ続く道がある、というからくり構造になっている。
は縛られこそしなかったが、からくりによって隠された部屋監禁され、そこで一晩を明かした。その間ずっと部屋の入り口には2人の見張りがおり、の力では脱出は不可能だった。精神状態が安定しないと魔法は遣えない。例え魔法が遣えたとしても、5分が限界である以上、この広い学園を脱出するには足りないのである。
しかし、今のにはそんな事を考える余裕も気力も無かった。一晩中ぼんやりと座り込んだままのは、意味も無く古びた床を眺めるだけ。まるで幽霊のようである。

「入るぞ」

戸の向こうから声が掛かり、部屋に入ってきたのは食満だった。湯気が立つ白いご飯とみそ汁、そして煮物が乗っている盆を携えている。部屋の中に、思わず涎が出そうなくらい良い香りが漂い始めた。それでもは食満と視線を合わせようとせず、床に視線を落としたままだった。

「朝食だ。食べろよ」
「……いらない」

食満は小さく答えたに溜息を一つ吐き、の視界に入るように盆を差し出した。は目障りと言わんばかりに盆を払おうと右腕を振るう。けれどもそれを寸でのところで食満は阻止した。バシっという乾いた音が響き、の細い腕は食満の手に包まれた。
初めて顔を上げたが見たのは、襲いかかる一歩手前の獣のような目付きをした食満だった。の心臓が重く脈打ち、包まれた手が冷たく感じた。食満が力を緩めた途端、は手を火に入れてしまったように素早く引っ込めた。また視線は逸らされる。

「ちゃんと食べないと身体が持たないだろ」
「毒が入っていない保障が無いわ。毒殺なんて、忍者には簡単でしょ?」
「毒なんて入ってない。食堂のおばちゃんが作ってくれた料理に、そんなもん入れるわけねぇだろ」

そう言いながら、食満は白く艶やかなご飯を少し摘まんで食べてみせた。暫く経っても食満の体調は特に変わらず、毒が入っていない事は証明された。しかし、それでもは手をつけようとせず、食満を警戒したままだった。
食満はそんな態度のを無視し、目の前に座り込んだ。同じ目線からこう切り出した。

「それを食べたら、お前が知りたいと思っている事を1つ答えてやるよ」
「?!」

思いもしなかった提案に、は食満を凝視してしまった。食満は喰い付くに手応えを感じたが、の警戒は完全に解けたわけではない。たっぷりと間を置いてから返事をした。それは、食満が望んでいない答えの方。

「………………食べない」
「何でだよ?!」

たっぷりと間を空けてからの返事に、食満はずっこける。は疑いの目をしたまま、食満を撥ね付けた。

「本当に話してくれるとは思えないし、やっぱり毒入りご飯を食べさせるのが目的っていう線も捨てきれない」
「あのな〜、本気でお前をオレが殺そうと企んでいたら、そんな回りくどい事しないっつーの。部屋に入った時点で、バッサリ殺ってる。食事を持ってくるなんていう小細工は意味無いだろ?」

警戒心剥き出しのまま応じないに、ここまで来るともはや呆れた様子で食満は言った。
は不思議と食満の言葉に恐ろしさを感じていなかった。殺すなどと物騒な事を言っているにも関わらず、だ。それはきっと、食満の態度が年齢相応で、が教室で見掛けた事があるような雰囲気を放っているからだろう。
食満の言う通り、忍術を6年間学んできた食満ならば、素人で戦など知らない女子であるを殺すなど簡単なはずだ。いつでも殺そうと思えば出来きたのに、手は出さない代わりに温かい食事を差し出してくる。

「まぁ……、言われてみればそうかもしれないわね」
「そうだろそうだろ。いつ死ぬかなんて誰にもわからねぇんだからよ、喰えるときに喰っておけよ。な?」

やはり食満の言う事は物騒ではあるが、どこか憎めないところがある。

(いつ死ぬかわからない……)

軽く言っているはずなのに重い。食満の言葉はそうに思わせた。
は食満にようやく従って、箸を手にした。湯気が少し霞んでいる茶碗に箸を付け、口に含む。最後に食事をしたのは昨日の事なのに、米の甘さが身に染みる。
一度箸を付けたらもう手は止まらなかった。おばちゃんの美味しい料理である事も加わって、はペロリと残さず平らげた。食べている間食満は口出しをせず、一生懸命食べているを見ていた。先ほど見せた恐ろしい表情ではなく、後輩を見守るっていうような顔付きをしていた。

「ご馳走様でした。じゃ、さっそく話を聞かせてよ」
「今度は間も空けずに聞いてきたな」
「だって知りたい事があるから」
「ま、そうだろうな。で……、何を聞きたい?」

ぐっとは唇を噛んだ。さっきまで知りたくて堪らないという感じだったはずが、しゅんと萎れた花のように縮まった。1つだけしか教えてもらえないのであれば、迷いも当然あるだろう。しかし、おずおずと口を開いて出てきたの言葉に、食満は驚く事になる。

「伊作…………、伊作は、どうしてる?」
「!」

食満は一瞬息をするのを忘れた。驚いた、という顔をしている食満を見て、は目を伏せると小さく首を横に振った。

「……あたしが聞けるような事……なかったね」

沈みきったとは逆に、食満は優しく瞳を細めて答えた。

「伊作は元気だ。お前と同じように自室に軟禁されてはいるが、飯もちゃんと食べてる。お前よりずっと顔色は良いぞ。だから心配無い」
「そ、そう……良かった……!」

伊作が元気でいる事を知り、は口元を右手で覆い、祈るように呟いた。短い言葉の中に、たくさんの安堵が詰まっている。
じわりと胸の中に温かいものが滲んでいく。そしてそれは涙となり、の目頭を熱く濡らした。

「…………」

暫くの間沈黙していた食満だったが、この背中を丸めて涙を流す少女を見て、決意したように語り始めた。

「オレや伊作といった6年生と5年生は、ある村の依頼で忍務に出ていた」
「え……?」
「ある村で起きた事についての調査で、な。その村は壊滅状態で、畑も家も人も……本当に酷いもんだった」

その光景を思い出しているのか、食満は険しい表情で歯を食いしばった。
村と言えば、にとってはあの村しか思い当たらない。とてつもない嵐で、村は引っ繰り返されたようにむちゃくちゃになってしまった。畑は土砂で埋まり、人々は大雨で決壊した川の水に飲まれ、あるいは家に押し潰されていた。もまた半壊した家の中から何とか逃れた。真っ黒な空の下、地面を揺らすほどの雷が村に襲いかかるところも見ている。
そして、は…………。

「…………」

は左腕の痛みが繰り返されるような錯覚を覚えた。身体が当時の事を思い出させないようにと、反応しているみたいだった。
食満はに村の状態を事細かくは告げない。が村の事を知っているという前提で話をしているようである。

「見た目には天変地異みたいな嵐で、村は壊滅させられたように見えた。だが、村人たちはある可能性を否定出来なかったんだよ。だからその調査をオレたち忍術学園に依頼してきた」
「ある可能性……?」
「そう。あの嵐が、人為的に引き起こされたという可能性だ」
「あの嵐が?!そんなの、ありえない……!」
「いや、嵐を起こせる人間がこの世にはいる……」
「!」

はそこまで言われていったい誰なのかを理解したが、食満はあえてその先を口にした。

「天恵だ」
「天恵……」
「つまり、お前のような妖術を遣う人間の事だ」

【天恵】はその名の通り、天から恵まれた力を持つ者を指す。が生きる現代では、いつしか【魔法遣い】と呼ばれるようになった。【魔法遣い】という名称は、昔から使われていたわけではない。

「天恵は危険な存在……。あの村は、昔天恵に襲われた事があったからな。かなり向こうも警戒していた。村人から聞いていた特徴は、全てお前に当て嵌まる。伊作も、最初に見つけたときは忍務でお前を殺そうとしていた」
「そんな……。あたしは、何もしてない!何も知らない!なのに……、伊作はあたしの事……」

伊作はやはり自分を裏切ったのだとわかり、は奥歯を噛み締める。優しさの中に殺意を隠して近づいた事を、は許せなかった。
しかし、食満は不満そうに腕を組んでこう続けた。

「伊作は、お前を裏切ったりなんてしていない」
「裏切っていない、ですって?」

何を言っているんだとばかりに食満を睨む。けれども食満はの鋭い眼光に怯まず、逆に睨み返してきた。

「言ったじゃない。あたしを殺そうとしていたって。あたしを助けたのだって、あたしを監視するためだったんでしょ?ずっとあたしにこの事を黙っていたじゃない!」
「伊作はずっとお前を庇い続けていた」
「庇う……?な、何を言ってるの?伊作はあたしを―――」
「裏切ったのは、本当に伊作か?」
「何……?どういう事……?」
「伊作は、村人に暴行されたお前を学園に独断で連れ帰って治療した。口がまともに利けるようになってからは、直ぐに村へ引き渡すはずだった。だが、伊作はお前を村を壊滅させた犯人かどうか、ちゃんと証拠が無い内は引き渡すべきじゃないと反対していたんだよ。お前が例え天恵だったとしても、危険な存在じゃないと主張し続けていた……」

食満の言葉は、の身体を貫くように衝撃を与えた。わなわなと震えて、口を開いたり閉じたりを繰り返すのがやっとだった。

「伊作は確かにお前にこの事を隠していた。嘘で誤魔化していたのかもしれない。だが、お前を裏切ったわけじゃない。ずっとお前を護る為に、独りで戦っていたんだ」

は、学園の外へ出たときの事を思い返した。大勢の武装した男たちに追いかけられた、あのときだ。





、ここで待っていてくれ。





平気だ。少し話をしてくるだけだよ。






伊作が森の中で話していたのは、自分の身柄を渡すようにと迫った村人だったのではないか?

「誰がお前をこの学園まで連れて来た?誰がお前の傷を手当した?誰が追っ手から護ってくれた?お前は十分知っているはずだ。お前の知っているそいつは、今でもお前を無実だと訴え、庇っているんだぞ?それなのに、お前は自分が危険である事を証明してしまったんだ。裏切ったのはいったいどっちだ?」





は、伊作を殺そうとした。





「…………あたしに……、今更どうしろって言うの?」

力無くが問いかけると、食満は少しだけ笑う。

「それはお前が考えろ。ただ1つ言える事があるとすれば、『伊作は信用出来る男だ』」
「…………」

は冷たい床に視線を落とした。それと同時に、涙がぽたりと零れる。

「何でそんな事話したのよ」

教えて欲しいと問われたわけでもないのに。

「これはオレが話したくて勝手に喋っただけだ」
「そう……」
「今回お前が捕らえられたのは村の事じゃない。忍術学園の生徒に危害を加えようとした事だ」

もし学園に危険な天恵が現れたときは、捕縛して然るべき処断をする。この時代での魔法遣いは脅威以外の何物でもないから、当然と言えば当然の事である。

「村の一件については、伊作の言う通りで何の証拠も無い。それに、あれだけ伊作が言うんだからな、オレはお前がやったんじゃないと思ってるぜ。お前も何だかんだで悪いヤツじゃなさそうだしよ。天恵嫌いとはいえ……、鉢屋があんな風に動くとは思っていなかったしな」
「そんな風に言ってくれるなんて、思いもしなかったわ……」

過去へ来る前、忍者について齧る程度に調べていたが、もっとシビアな雰囲気だと思い込んでいた。こんな状況下で、人間味のある言葉を掛けてくれるのは、まだ彼が忍者になりきっていないからだろうか?
食満はが食べて空にした食器に手を付ける。カチャッという小さな音が、部屋の中にやけに響いた。食器を盆に手早く乗せていく。

「それと、文次郎が―――お前の腕を掴んで押さえ付けたヤツの事な」
「え?」

意外な人物の事が飛び出してきて、が不思議そうに食満を見つめる。

「『腕、悪かったな』ってよ」
「!?」
「……じゃあな」

食満はそう言い残し、に背を向け出て行く。その間、はじっと食満の背中を見つめたまま微動だにしなかった。
さっきよりも涙が溢れて頬を伝い、床に黒い染みを濃くしていくが、には止める事など出来ない。
消してしまおうと思っていた感情の奥底にいるのは、優しく自分に笑いかけた、あの少年だった。




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