鶴丸さんと私。血の繋がらないパパと娘の不思議な関係は、去年の5月に始まった。
お祖母ちゃんが亡くなって、いよいよ本当に天涯孤独になった時、鶴丸さんはやって来た。私に、自分の娘になれと高らかに宣言した事は、昨日の事の様に覚えている。
あまりに突然で私は当然混乱したけれど、何故か鶴丸さんと一緒に暮らす道を選んだ。
鶴丸さんとの毎日は、騒がしくて、面白くて、とても賑やかで。私は気づくと、鶴丸さんに父親以上の感情を抱いていた。そして、それは鶴丸さんも同じで、私に、その……、娘以上の感情を抱いていたらしい。
その後紆余曲折あって、私と鶴丸さんはパパと娘ではなく、恋人同士として今も一緒に暮らしている。但し、私がまだ未成年なので、世間には鶴丸さんは身寄りの無い私の保護者という位置づけになっている。私達が恋人同士なのは、ごく親しい人達を除いて秘密だ。でもまぁ、鶴丸さんも私も、まだ父親と娘という関係に近いかもしれない。どんな関係でも、鶴丸さんが私を大切にしてくれているのは間違いない。
午後2時。私はマンションでひとり掃除をしていた。時計の横にあるカレンダーを見る。1週間後は特別な日がやって来るからだ。
それは、私の誕生日でもないし、鶴丸さんの誕生日でもない。けれど、私達2人にとって、特別な日。
「父の日」だ。
去年も父の日を迎えたが、その時の私は、まだ鶴丸さんに心を開けていなかった。そして、新しい生活に慣れる為に必死だったので、完全にスルーしてしまっていた。
しかし、今年は違う。恋人同士とはいえ、私達はまだパパと娘の関係でもある。今年こそは、父の日をスルーするわけにはいかない。
鶴丸さんは、今仕事で出かけている。
父の日を祝いたいけれど、家でケーキやお菓子を作るとサプライズにはならない。一緒に暮らしているので、見つかってしまうリスクが高いからだ。
驚きを求める鶴丸さんにサプライズをする為には、鶴丸さんがいない間に準備をしなければいけない。となると、今がそのチャンスだ。
私は支度をしてマンションを出た。最近出来たという人気のケーキ屋さんに行って、特別なケーキを予約する。この日の為に、Dateのバイトでせっせと貯めたお金を使うのだ。ネットでもオーダー出来るのだけれど、やはり実物を見て決めたい。私は意気込んで街を歩いていた。
行列の出来ているケーキ屋さんで、お目当てのケーキをオーダーした帰り道。信号待ちをしていた時、ふと視線の先にファミレスが映った。
ファミレスの大きな窓を横に、鶴丸さんが座っているのだ。アイスコーヒーを飲んでいる。恋している欲目無しでも、鶴丸さんはすごく絵になった。
信号が青になり、ファミレスの窓に私は近づいて行った。手を振るくらいはしても良いかもしれない。そう思った時、鶴丸さんがファミレスの通路の方を見た。そして、手を振っている。
私にではない。
お相手の女性に、だ。
鶴丸さんに手を振り返すその女性は、鶴丸さんの向いの席に座った。年齢は私と同じくらいの女の子だ。天使の輪が出来ている長い黒髪に、白い肌が映えた。セルフレームの眼鏡の奥からでも、長い睫がわかる。唇は新鮮な苺みたいに艶やかだ。その唇が、可愛らしく孤を描いて、鶴丸さんとのお喋りに花が咲く。マリンボーダーのシャツに、白いシフォンスカートがとても似合っている。キラキラと揺れるピアスが、まるで彼女みたいに輝いていた。
本当に可愛らしい女の子が、鶴丸さんと話をしている。鶴丸さんも、すごく楽しそうに笑っている。
一瞬にも永遠にも感じる時間、私は鶴丸さんと女の子を見ていた。
私は、心の底からドロドロした何かが湧き上がってくるのを感じて、逃げる様にその場を去った。必死に走って、マンションのドアを閉めた。いつもは集合住宅だから音には気を付けている。でも、そんな気遣いも出来なかった。
あの子は誰?
鶴丸さんは、仕事の事を詳しく話さない。それは、仕事の相手が芸能人だったり有名人である場合があるからだ。私もノータッチ。それが暗黙のルールになっている。
もしかすると、あの子が今回の被写体なのかもしれない。鶴丸さんの仕事は、写真を撮る事だから。あの子は、モデルやアイドルなのかもしれない。
仕事の相手と、ファミレスで打ち合わせをする事もあるだろう。でも、あんなに楽しそうに笑ったりするだろうか?初めて会ったような感じではなかった。もっと昔から知っているみたいな態度だった。
……もしかすると、私は鶴丸さんにとっては「娘」で、本当に好きな「恋人」は彼女なのかもしれない。
いや、いやいやいや、鶴丸さんに限って、そんな浮気をするかな?
でも、あの子はすごく可愛かった。私なんかよりもずっと綺麗で、笑った顔も素敵だった。すごくオーラのある子。着ている服も、流行を取り入れていて、彼女にすごく似合っていた。
対する私は地味だ。今まで貧乏だった事もあり、服装も安くて手頃な服だ。オシャレに対してもそこまで興味が無いし、正直ダサい。
ダサいしパッとしない私と、可愛くてオシャレなあの子なら、絶対にあの子を選ぶだろう。鶴丸さんだって、きっと……。
「おーい、?」
「ひゃっ?!つ、鶴丸さん?!」
ぷにっと頬を突かれて、私はハッとした。顔を上げれば、そこには不思議そうな顔をした鶴丸さんがいた。
「帰ってきたら部屋が真っ暗で、君が立っているんだからな。驚いたぜ?」
「え……?!あ、私……」
どうやら私は暗闇の中、茫然と部屋に突っ立っていたらしい。そこまでショックを受けていた事に唖然とする。
「なぁ、何かあったのか?」
鶴丸さんが心配して私の頭をポンと撫でた。一瞬で凍てついた心が解けていく。でも、さっき見た光景が忘れられなくて、私は喉奥まで言葉が出そうだった。『さっき一緒にいた子は誰ですか?』と。そんな子供っぽい事は言えなくて、『何でもないです』と答えるしかなかった。
「そうか。ま、何かあったら言ってくれよ。君は俺の大切な娘……、いや、恋人なんだからな」
「はい……」
ぎゅっと抱きしめてくれる鶴丸さんに、そう返事をするので精一杯だった。
気づけばあれから一週間が経った。私が待ちに待ったはずの、父の日。
鶴丸さんとあの女の子の事を忘れられなくて、頑張って普段通りに過ごしたけれど、鶴丸さんは変に思ったかもしれない。
今日も鶴丸さんは仕事で出かけている。もしかすると、またあの子と一緒にいるのかもしれない。モヤモヤした気持ちが晴れない。
あの子との関係を聞きたい。でも、もし聞いてショックを受けるような事だったら……。そう思うと、結局鶴丸さんには聞けなかった。
ケーキを受け取りに行こう。足は鉛みたいに重かったけれど、行くしかない。私はマンションを出た。
あのファミレスの前は通りたくない。私はファミレスに続く道を避けて歩いた。しかし、それがいけなかったのかもしれない。前からカンカン帽を目深に被った女性が歩いてきた。それは、ものすごい美少女。あの女の子だった。
「あっ?!」
「え?」
思わず声が出てしまった。女の子は私の方を見た。長い黒髪が肩を滑る様子も、うっとりするくらいに綺麗だ。
「あ、あの、私――」
「あーっ?!もしかして、鶴丸さんの?!そうでしょ?そうですよね?」
「え……?」
女の子はその可憐な見た目とは裏腹に、大きな口を開けて叫んだ。そして、ニコニコしながら私に駆け寄ってきた。近くで見ると、美貌の暴力、といったところだ。そんな眩し過ぎる彼女は、興奮したように捲し立ててきた。
「可愛いっ!あなた、とっても可愛いですね!写真でも可愛いと思っていたけれど、実物は本当に可愛いなぁ。いやー、鶴丸さんが隠したがるわけだ。こんなに可愛いんだもの、当然かー」
「えっと……、あなたは、私の事を知っているんですか?」
「え?ああ、ごめんなさい。つい興奮しちゃって。俺は鶴丸さんに今度写真集を撮ってもらう事になっている者です。アイドルやってます!初めまして。鶴丸さんから話は聞いていますよ」
ああ、きっと私の事は【娘】だって聞いているんだろうな。世間にはそういう事にしているし。【本命】のこの子には、【娘】って事にしておきたいよね……。
私はぐっと悲しさを堪えて、挨拶をした。
「こちらこそ初めまして。写真家鶴丸国永の娘、です。養父がお世話になっています」
「娘、養父……ねぇ……。ふぅん……」
「?」
「ああ、気にしないで気にしないで。こんなところでどうしたんですか?買い物?」
「はい。予約したケーキを受け取りに行くんです」
「予約したケーキ?予約する程、すごく特別なケーキなんですか?」
「はい。今日は父の日ですから、鶴丸さんにケーキをプレゼントしようと思ったんです」
「なるほどー。確かに今日は父の日でしたね」
「あ、鶴丸さんには内緒にしておいてくださいね。サプライズのつもりですから」
「ははっ、言いませんよ。鶴丸さん、驚くような事が大好きですからね」
「!」
この子も知っているんだ。鶴丸さんが特別驚きが好きって事。
私がぼーっとしていると、女の子はにっこり微笑んで手をパンと合わせた。
「ね!これから少し時間がありますか?ちょっとだけ、あなたの時間をください」
「え……?まぁ、良いですけど……」
「じゃあ、一緒に行きましょう!」
ぐいぐい迫って来るこの子に負けてしまい、私は彼女と一緒にケーキ屋さんとは別の方へ歩いて行った。
鶴丸は、ファミレスでひとり座って約束の人物を待っていた。
最近のの様子が気になっていた。
ここ1週間、はぼーっとしている事が増えた。に声を掛けてはいるが、生返事だったり、『大丈夫です』の一言で鶴丸の詮索を避けている。
(アレは絶対に何かあったんだろう……。無理に聞き出すのも、なぁ。それに、ひなこはまだ思春期真っ只中だからな。大人の俺に詮索されたくない事もあるだろう)
以前、鶴丸はの同級生である大倶利伽羅廣光を養子としていた時期がある。しかし、鶴丸が大倶利伽羅との距離を縮める為に、あれこれ口を出し手を出した結果、大倶利伽羅は養子関係を解消したのだ。
同じ轍は踏みたくない。鶴丸はこうした過去もあり、未成年ではあるがに主体性を持たせている。なるべくの意見ややりたい事を尊重する。だが、今はそれが逆に仇となっていた。
(思春期の子供の考える事は難しいって言うからな。しかも、今度は女の子だ。女の子の心は、異性である俺には難しい……!)
そこまで悩んだ後、ふと違う考えが浮かんできた。
(いや、待てよ。これじゃ過保護な【父親】だろう。とはもう恋人同士なのだから、【恋人】として心配していると伝えれば良いんじゃないか?)
思春期の少女に執拗に絡む父親なんて、気持ち悪がられるだけだ。隠している事を聞いても『キモい』で一蹴されるだろう。
だが、恋人ならどうだ?恋人なら、心配してくれる存在を好意的に思ってくれるだろう。
まさか自分の事で悩んでいるとは全く思っていない鶴丸。を恋人としてフォローすると意気込んでいた。
スマホが鳴る。鶴丸が画面をタップすると、そこには待ち合わせの人物の名前が出ている。コミュニケーションツールに映し出されたメッセージは、『今日の撮影スタジオで先に行っているので、来てもらえませんか?』と。鶴丸は不思議に思いながらも、ファミレスを後にして、スタジオへ移動した。
スタジオに到着すると、先に来ていた大人気アイドル【AWT48】のメンバー、粟田口鯰尾が立っていた。鶴丸の今回の仕事の相手である。
「こっちですよーこっちこっち!」
「いったい何だ?そんなに呼ばなくても行くぞ」
「良いから、こっちですよー!俺からのプレゼントです、鶴丸さん」
「はぁ?」
鯰尾はぐいぐいと鶴丸の手を引っ張ってくる。随分興奮していて、目をキラキラと輝かせていた。
鯰尾に導かれるまま、スタジオの1つの扉を開けると、そこには1人の女性が背中を向けて立っていた。
真っ白なAラインのドレス。背中の開いた大胆なデザインから、真珠の様な柔肌が覗いている。シルクの生地が艶々に光っていて、ウエスト部分にボリュームのあるコサージュが美しい。そして、その女性はこちらを向いていなくても美のオーラが出ていた。
「こっちを向いてくださいよ、さん」
鶴丸が女性に見惚れていると、驚く名前が飛び出した。
「もしかして、君、……なのか……!?」
鶴丸に名前を呼ばれて、おずおずとが振り返る。編み込みをしてアップにまとめられた髪に、可愛らしい花の冠を頭に乗せている。繊細な刺繍がされたレースのヴェール越しに、は恥ずかしそうに頷いた。
「ええっ?!、どうしてここに?いや、何でこんなウェディングドレス……?!何が何だかわからないんだが?!」
「私も実は良くわかっていないんです!そこにいる女の子が、『サプライズしよう!』って言って、それで。気付いたらこんな事に……!」
「あはははっ!やったー!大成功!」
「鯰尾、君の仕業か。と知り合いだとは、な」
「あ、さっき偶然知り合ったんですよ。鶴丸さんにいつも驚かされているから、俺も驚かしてやりたくなっちゃって。知り合いの新人スタイリストさんが、ウェディングドレスの撮影の練習をしたがっていたのを思い出して、それで着てもらっちゃいました。本当にさん、綺麗ですよね」
鯰尾はぎゅっとの剥き出しの肌を抱いた。
「ひゃっ?!」
「さん、このまま俺がお嫁さんにしてしまいたいくらい可愛いです。本当に最高!」
「そ、そんな事は……。あなたの方が綺麗だし可愛いですよ」
はおろおろとするばかりで、されるがままになっている。
鶴丸はの様子を見て、『は〜』と溜め息を吐きながら鯰尾をバリっとから引き離した。そしてを自分の腕の中に引き寄せた。突然鶴丸に抱き寄せられて、は顔を真っ赤に染めた。
「えっ?!鶴丸さん、人前でこんな……恥ずかしいですよ!」
「君、気づいていないみたいだから言っておく。鯰尾はこんなナリをしているが、正真正銘の男だ」
「…………え?」
たっぷり間を空けて、ギギギギと錆び付いた鉄が擦れ合うみたいに鯰尾の方を向く。
鯰尾と呼ばれた彼女――いや、彼は、フリフリのワンピースの裾を持ち上げて、『てへっ★』と舌を出した。ロングスカートの下には、立派な男性の筋肉質な足があった。
一瞬宇宙空間の幻が見えただったが、気持ちを持ち直して鯰尾を食い入る様に見た。
「えええええ?!あなた、男の人だったんですか?!」
「その様子だと、全然気づいていなかったみたいだな」
「だ、だって鶴丸さん、どう見てもこの人は女の子ですよ?そこら辺にいる女の子より、私なんかよりずっと可愛いですよ!格好も女の子だし!」
「さんの方が可愛いですよ〜」
「君は直ぐに抱き着こうとするな!」
「ケチ―!」
「ケチで結構!……、鯰尾は今をときめく売れっ子のアイドルなんだ。中途半端な変装では、鯰尾だってバレた事があってな。それで、最近ではメイクに女装をして完璧に別人になりきっているんだよ」
ちなみに鯰尾のコーディネートは、彼の弟の乱がしている。
「ま、このとおりとんちきな奴だから、今後絶対に近付かないように」
「酷いですよその言い方!俺はそんなおかしな奴じゃありませんから!仕方なく女装しているだけです。さん、これからも俺と仲良くしてくださいね?俺、一目見た時からあなたの事、気に入っちゃったんで」
「は、はぁ……?」
ぎゅっとの手を握る鯰尾。包まれてみると、やはり柔らかな女性の手とは異なる。
「さっきから気軽に触るんじゃない」
「痛っ!?もう、何するんですかー!」
ギャーギャーと鯰尾が騒いでいる間、はホッと胸を撫で下ろしていた。それは鶴丸に久しぶりに見せた安堵の笑顔だった。
「、最近何かあったんだよな?俺には言えない事か?」
「鶴丸さん……」
「言っただろう?君は、俺の大切な恋人だって。困っているなら、事情を話してくれないか?君の力になりたいんだ」
「……実は私、鶴丸さんが私じゃない女性と親しくしているんだと思ったんです」
「何?!いや、以外は眼中に無いぞ!本当だ!そんな不誠実な事はしない」
「わかっていますよ。もう誤解だってわかりましたから」
「いったい誰とそんな勘違いをしていたんだ?」
「そこにいる鯰尾さんです」
「「はぁっ?!?!」」
鶴丸だけではなく、鯰尾もこれには驚いてしまった。鶴丸と鯰尾は、お互いを見て、『おえ〜』っと吐くジェスチャーをしている。はそれを見て思い切り笑ってしまった。
「あはははっ!ごめんなさい。1週間前、ファミレスで鶴丸さんと鯰尾さんが話しているのを偶然見てしまったんです。私は鯰尾さんの事を女の子だと思っていたし、親しい様子だったので……」
「ま、親しいのは確かだな。鯰尾の兄貴とは大学が一緒で、その繋がりで鯰尾とは芸能界デビュー前から知っている」
「そうだったんですか。それで……」
「そーれーよーりー」
「「?」」
鯰尾が鶴丸とに不満そうな顔をして言った。
「鶴丸さん、さんに何か言う事があるでしょ?こんなに可愛い花嫁さんになったさんに!恋人なら、可愛いとか綺麗とかこの世の誰より美しいとか!あるでしょー?」
「いや、鯰尾が色々膨大な情報を与えたせいで、俺は混乱しまくったから何も言えなかったんだが……」
「あ……」
鶴丸がじっとを見つめる。熱い視線を感じて、は胸の鼓動が早くなった。
鶴丸はそっとヴェールを上げる。今度こそ、金色の視線から逃げられなくなって、は気恥ずかしさも入り混じる感情の中、彼を見つめ返した。
鶴丸は、ふわっと花が綻ぶみたいに笑ってくれた。
「本当に綺麗だ、。俺には、君が誰よりも輝いて見える。これから先も、ずっと、俺は君だけを見ているからな。そして、次は俺が選んだウェディングドレスを着て欲しい」
「それって……?!」
鶴丸の言葉に、は思わず涙ぐんでしまった。嬉しさが涙となって零れ出てしまいそうになる。鶴丸はそんな可愛い恋人の柔らかな額に、軽いキスを贈った。
鯰尾が『やれやれ』という具合に両手を掲げた。
「鶴丸さんから『恋人が出来た』って聞いた時はびっくりしましたけれど、こんなに可愛い子だったら紹介したくなくなるのもわかりますね。何度紹介してって頼んでもダメだったし」
「どうして俺の恋人を君に紹介する必要があるんだ?」
「えー?良いじゃないですか、減るもんじゃないし」
「君に紹介すると絶対に減る気がする!」
(私の事、【恋人】って言ってくれていたんだ)
てっきり鯰尾にも、自分の事は娘だと言っているのかと思っていた。はほわっと胸の中が温かくなるのを感じた。そして、同時にくすぐいったいような気持ちになる。
「ところで、鯰尾。スタジオはこのまま借りられるか?」
「もちろんですよ!その為にスタッフさんにもお願いしてありますから」
「えっ?」
「、君を俺に撮らせてくれ。そして、一緒に撮ろう。こんなに綺麗になった君を、写真に収めておかないわけにはいかないからな!」
鶴丸は子供みたいに目を輝かせている。も嬉しくなって、『はい!』と元気良く頷いた。
「鶴丸さんも、タキシードを用意していますよ」
「俺にも?」
「はい。今日は父の日ですからね。俺からのプレゼントですよ。じゃ、スタッフさん呼んできますね」
鯰尾はスタッフを呼びに、ササッとスタジオを後にした。
「そうだった。今日は父の日だったな。最近忙しかったから、すっかり忘れていた」
「私、鶴丸さんにサプライズのケーキを用意していたんです。それを今日は取りに行くつもりで、街を歩いていたんですよ。そしたら、鯰尾さんに会ったんです」
「う……。俺、何も用意していなかった。悪いな」
「そんな、鶴丸さんは別に用意しなくても大丈夫ですよ。だって、父の日の主役はあなたですから。娘からのプレゼントです」
「娘、か。そう呼ばれるのを、あんなに君は嫌がっていたのにな」
「今は嫌じゃありません。ちょっと複雑ではありますけれど、嫌ではないんです」
恋人同士に変化した2人の関係だったが、パパと娘という関係も居心地が良い瞬間がある。
「俺は嫌だな。少なくとも、今の姿の君とは」
「どうしてですか?」
「父親は、花嫁である娘を送り出す立場だろう?そんなのはごめんだな。俺は君とバージンロードを歩きたい。俺は君の恋人で、未来の夫になりたい」
鶴丸はそう言って、今度は額にではなく、口紅の引かれたの唇にキスを落とした。は口紅と同じくらい真っ赤に頬を染めながら、瞳を閉じる。
心地良いキスの感触に、は思う。きっと、この人となら幸せになれる、と。