面倒だから放置で良いよね。の場合


は床に転がっている彼らを見て腹が立ってきた。形の良い眉をくっと立てて頬を膨らませた。その様子には雷蔵も慌ててしまう。

「どうしたの、ちゃん?」
「だって、良く考えたらあたしは宴会に招待された側でしょ?それなのにコイツらときたら、あたしに世話かけるなんて失礼だわ!雷蔵、こんなヤツらのことはほっといて、さっさと寝よう」
「えぇ!?でも……」
「毎回こうなんでしょ?1度くらい放っておかなくちゃ、学習しないじゃない?甘やかしたらダメだよ!!」
「ま、まぁ……確かに甘やかしていたかもしれないけれど……」
「じゃ、そういうことであたしはもう部屋に戻って寝ます。雷蔵もさっさと寝ないと明日が辛いよ?」

ビシッと音が聞こえてきそうなくらい人差し指を立てて警告すると、雷蔵も納得したのかこくんと頷いた。

「そうだね、ちゃんの言う通りかもしれない」
「でしょー?」
「じゃあ……おやすみ、ちゃん」
「おやすみ〜」

は部屋の片付けを今ひっくり返っている3人に任せることにした。明日起きたとき、いったいどんな反応をするのかを想像すると笑いが込み上げてくる。
月夜に照らされている廊下を歩いていると、程良く火照った身体が汗ばんでいた。

(ふ……、ちょっとだけ身体にお酒回ってるみたいね。意識ははっきりしているけれど少し熱いな……)

は竹谷から借りた丹前を脱いで肩にかけるだけにした。
外の風が気持ち良く、ひんやりと火照った身体を撫でていく。見上げれば墨を落としたような色の空にぽっかりと満月が浮かんでいる。
宴会のときも見たが、静まり返った今見るのもまた違った雰囲気がある。何の音も聞こえてこない世界に、まるで1人だけ置いていかれてしまったような気がした。

(そういえば……、あの日もこんな夜中だったな。月が綺麗で、何の音も聞こえなくて……)

が一ヶ月前のことを思い出そうとしたときだ、さぁああと冷たい穏やかな風が吹いてきた。前髪に一瞬視界が隠れてしまった。そして次の瞬間、誰もいなかったはずの庭から人の気配を感じたのだ。

(曲者?!)

驚いたがそちらへじっと目を凝らすと、庭に生える木の上に黒い影を見つけた。思わずは懐に手を入れたが、今は夜着のためいつも懐に忍ばせている武器は無い。
焦っている内にその影が木から音も無く降り立ち、こちらへゆっくりと近づいてきた。美しい満月が出ているというのに、木の陰のせいで近づいてくる人物の顔が見えない。
一歩ずつ影が近づくごとにの警戒心はふっと薄れていった。心が静まり、むしろ安心さえ抱く。

(嗚呼……、この人は……)

金色の柔らかな光に照らし出されたのは、顔の半分以上を覆面と包帯に覆われた忍者。包帯の下はあざ黒く、酷い火傷が隠れていることをは知っている。唯一露出している右目は涼しそうな切れ長で、のことを見つめていた。そしてにっこりと瞳が細められた。

「こんばんは、ちゃん」

低音の、大人の声にはにこりと微笑みを浮かべて庭に下りた。自分よりも背の高い影に顔を上げると、切れ長の目と視線がピタリと合う。

「雑渡さんじゃないですか、こんばんは。一瞬曲者かと思ってしまいましたよ」
「ふふ……、私は曲者には変わりないと思うけど」
「あれ?そうでしたっけ?」

影―――雑渡の言っていることが良くわかっていないのか、はきょとんとしてしまう。その様子には雑渡も苦笑するしか無い。

「一応私は忍術学園と敵対しているタソガレドキの忍なんだよ?」

『しかも組頭だ』と付け加えると、はより一層笑みを深く顔に刻んだ。

「でも今のあなたは、タソガレドキ軍の忍組頭としてここへ来たわけではないのでしょう?」
「ふむ……それもそうだね」
「そうですよ、ふふっ」

につられて雑渡の目も厳しさが消えていった。空の満月のように、丸く穏やかな時が流れる。
タソガレドキ軍の忍組頭と呼ばれる雑渡は、腕前はもちろんだったがその全身火傷で包帯に巻かれているという異様な姿で恐れられていた。小さな子供ならば大声で泣き出すだろうし、大人でも気味悪がって近づこうとしないだろう。けれどもは雑渡に臆することなく接している。それは忍術学園の中でも珍しい方だ。
だって最初から気を許したわけではない。ある理由があったのだ。

「あの時以来だね、キミに会うのは。確か一月前か」
「はい。あのときは大変お世話になりました。ろくにお礼も言えなくて……」

が申し訳なさそうに眉を下げると、雑渡は『別にかまわないよ』と言った。

「私も伊作くんに包帯を巻いてもらおうと思っていたところだったからね。ついでさ」
「ついででも、お世話になったことには変わりありませんよ」

は今から一ヶ月前に酷い風邪を引いてしまい、保健室で寝込んでいた。そう、今晩のような静かな満月の夜のことだった。熱に魘されたの元に姿を現したのは、夜よりも暗い闇色の忍装束を着た包帯の男―――雑渡昆奈門その人だった。





あ……なた、は……っ、タソガレドキ忍軍、の……?!





こんばんは、曲者だよ。






驚いたのも無理は無い。タソガレドキ軍といえば、忍術学園とは敵対関係にある城の忍軍。そして、包帯をぐるぐる巻きにした右目の忍者といえば忍組頭の雑渡昆奈門だ。園田村での戦では、上級生たちが対峙したと聞いており、も警戒をしていた。
けれども当時のは熱に魘されていたせいで身体もろくに動かない。突然現れた侵入者に対抗できる状態ではないのは明らかだった。
手も足も動かせない中、懸命に視線だけは攻撃的に睨み続けた。そんなものは無意味であることもわかっていが、他にどうしようもなかった。
が恐怖と恐怖と闘っている中、雑渡はすっと手を伸ばしての灼熱と化した額に触れた。ざらっと固く傷だらけの手があまりにも優しく触れるので、は目を大きく見開いた。あっけにとられているに構うことなく、備え付けの水桶に手拭いを浸すとの汗を拭いて額を冷やした。それからずっと夜通しが眠った後も雑渡は看病を続けたのである。

「お礼を言おうとしたのに、あなたは目覚めるといなくなってしまいましたね……」
「こう見えても忙しいから、組頭って」
「改めてお礼を言わせてください。本当にありがとうございました」
「どういたしまして。……、キミは変わった子だね」
「そうですか?お世話になった人にお礼を言うなんて、普通のことだと思いますけど?」

不思議そうに首を傾げるはとても無邪気で、自分とは全く違うところで生きているのだと雑渡は思った。
は少し恥ずかしそうにはにかんだ。

「あたし、あの時は熱のせいもあったけれど……本当は独りでいるのが心細かったんです。今日みたいに皆と一緒じゃなかったから……」

5年生の友人たちはその日野外演習のため外へ出てしまっていた。養護教諭の新野にも保健委員長の伊作にも、自分を看病させるのは迷惑がかかると断っていたのだ。そのためは独りきりで保健室に籠っていた。
闇夜ではなく満月とはいえ、静かな夜は世界に自分だけが置き去りにされてしまったようで恐ろしかった。身体を蝕む熱が不安を更に加速させていた。
ふと顔を上げると、は直ぐ傍まで雑渡は近づいてきていた。驚きは一歩後ろへ下がろうとした。けれども背中にゴツゴツとした木の幹が当たってそれ以上は下がることができなかった。ぶつかった拍子に肩に掛けていた丹前がパサッと音を立てて地にひれ伏す。

「雑渡さ―――」
「今、『皆と一緒』と言ったね?それはどういう意味かな?」
「え……?」

の頬にあの夜に触れた固い掌が頬を捕える。の頬の感触を確かめるようにゆっくりと撫でる掌は、頬よりも冷たかった。けれどもそれは掌が単に冷たいわけではない。の体温が雑渡のそれよりも高いためだ。

「この頬がこんなにも火照っているのはどうしてだい?」

触れているのは掌だというのに、まるで喉に苦無を突き付けられているかのようだ。先ほどまでとは明らかに違う雑渡の雰囲気には硬直したまま、必死で口だけは動かした。

「あの……っ、さっき5年生の忍たまたちと、一緒に……お酒を、飲んでいたんです」
「ふぅん……?それで?」
「だ、から……、その、5年生の皆が……美味しいお酒を、殿様から……頂いたって………」

雑渡は相変わらずの白く滑々とした頬に触れたまま、離れようとしない。じっと切れ長の怒りを孕んだ目に見つめられることに耐えきれず、は視線を足元へ逸らした。

(な、何で?何?あたし、何か変なこと言っちゃったのかな…っ?!)

困惑したの頭の中で雑渡に対して話したことを繰り返し思い出していた。だが、雑渡を怒らせるようなことを言ったようには思えず、再びぐるぐると頭の中をセリフが回り始める。

「そっかそっか。それでこんなにも美味しそうな酒の匂いを漂わせていたんだね、キミは」
「え?あ、はい…そうなんです。雑渡さんも飲みたかったですか?」
「そうだね、最近あまり美味い酒は飲んでいないからなぁ……」
「ごめんなさい、それがもう全部飲んでしまったので―――」
「何言ってるの?」
「えっ?」
「ここに美味しそうなのがあるじゃない」

にっこりと満面の笑顔を浮かべた雑渡が黒い覆面を外し、包帯から唯一覗く唇が露わになる。肌よりも少し色の薄い唇にが一瞬気を取られている間に、自分のそれに何か柔らかい物が押しつけられた。

「んむっ?!」

かさついた、けれども温かな感触が雑渡の唇であることを理解しては目を白黒させた。まさか口付けをされるとは思わず、の頬は余計に熱くなっていく。その頬に添えた手をそのままに、雑渡はもう片方の手で器用にの夜着の帯を解いた。

「んっんぅ……っふ……」

薄い夜着の前が留める物を失って徐々に開いていく。胸元から腹部、さらには太股まで夜の空気が入り込んでくるのを感じ、は抵抗しようとする。しかし、熱い舌が押し入り、雑渡の巧みな舌使いに翻弄されてしまう。
歯列をゆるりとなぞられれば身体が心から火照り出し、くちゅくちゅと音を立てて舌を絡められれば背筋に蛇が這い回っているようでゾクゾクと震える。じわじわと唾液が口腔に滲み、の舌をじっくり味わっているかのようだ。飲みきれなかった唾液がの首筋を這う。その感触にすらは鳥肌が立った。
やっと離れた唇からは銀色の梯子が出来ており、ぷつりと切れてと雑渡の唇の端に残る。雑渡は熟れたリンゴのように全身を赤く染めたをおもしろそうに見ながら、ぺろりと自分の唇を真っ赤な舌で舐め取る。その卑猥な光景には再びこれ以上赤くなれないほど顔を赤くした。

「ななななっ、なに、して……っ!?」
「味見だよ、あ・じ・み」
「味見っ?!」
「キミからあまりにも美味しそうな匂いがしていたからね。ほら……、ここからも良い匂いがするよ」
「ひあっ?!」

すっかり判断能力を失ったを無視して露わになった首から鎖骨までを舐め始める。くすぐったいような初めて感じる感覚には大いに混乱した。逃げ出そうとするのだが、いつの間にか両腕は解かれた帯で縛り上げられ、木に苦無で縫い止められていた。両腕は完全に動けない。
せめて自由な足だけでも抵抗しようとするのだが、自分の太股の間には雑渡の長い足が入り込んで閉じることができない。さらに夜着が雑渡の膝で押さえつけられており、逃げ出すことは不可能だ。むしろ暴れる度に夜着がずれていき、とうとうの前は全開になってしまった。

「はっ……あ……んんっ、止めて……くだ……っ」

羞恥心でいっぱいになり、は涙を滲ませて雑渡に懇願するが、雑渡はその間にもの柔肌に吸いついて胸元に赤い華をいくつも咲かせていく。

「い……ぁあっ……ん……は、うぅ……っ」

ちゅっと吸いつく音が響く度には肩を震わせた。強く吸いつかれてぺろっと肌を舐め上げると、雑渡は行為を一度止めて呟いた。

「キミは、さ……」
「ふぇ……?あぁんっ!」

空気に晒されたの乳房をきゅっと大きな骨ばった手で掴まれ、急なことには甘く甲高い声を上げた。恥ずかしい自分の声に驚いては両手で口元を覆いたいのだが、両手を拘束させられていてできない。唇を噛んで声を漏らさないように耐えるのだが、それも難しいだろう。
雑渡は屈んでの細い華奢な肩に顎を乗せる。耳元で熱い息を感じ、腰が砕けそうになった。

「キミは、あの夜キミが寝込んでいることを知っていたから来た……って言ったらどうする?」
「ざ、っと……さん……?」

良く意味がわからずには雑渡に問いかけた。耳元で囁かれる声は低くて安心するが、なぜだか寂しさを隠しているように思えてならなかった。

ちゃんが寝込んでいるって、小耳に挟んだんだよ。だから私はあの夜保健室へ立ち寄った……。そう言ったら、キミはどう思う?ちゃん」
「んっ……あ……」

質問をしながらも、雑渡はゆるゆるとの胸に置いた手を動かした。手の中で柔らかく形を変えていく胸から甘く痺れるような感覚が全身に広がっていく。とろりと甘美な刺激がじわじわとの心をも温めていく。
は雑渡の行為を受け止めながら、とぎれとぎれに上擦った声で答えた。

「あたしの……っこと、知って……いたんですか?あん……っ」
「そうだよ。ちゃんは気付いていなかったみたいだけどね、私はキミを見ていた」
「ひゃぅ……、そうっ、です……か……。ふ、ぁ……」

ついに身体に力が入らなくなり、は雑渡の胸に寄りかかった。すると雑渡は木に突き立てていた苦無を取り、の背中に腕を回して優しく包み込んだ。土と生臭い血の僅かな臭いがしたが、はなぜだかホッと胸を撫で下ろす。

「嘘…みたい。だって、あたしはまだ子供だし、雑渡さんみたいな大人の人が構うはずありません……」

はまだ学園も卒業していないくのたまだ。プロで戦場に生きる雑渡とは違う世界に生きている。そんな人が、どうして自分のことなど気にかけてくれるのだろう?自分で言っておきながら、は今にも大声で泣き出しそうになった。けれどもの上に降ってきたのは、優しくて安心する雑渡の声だった。

「そんなこと無いさ。だって私はちゃんに一目惚れしてしまったんだから。それだけで、十分魅力的だと思うけど?」
「そっ、そんなこと……!あ、あたしだって雑渡さんのことが―――」

が言う前に口付けが再び落とされた。あまりにも優しい口付けに一瞬驚いただったが、瞳を閉じてそれを受け入れる。ただ触れるだけの口付けだったが、先ほどよりもずっと甘くて蕩けそうになった。
そう、もあの熱に魘された夜に出会ったときから雑渡に惹かれていた。暗い闇に生きる雑渡は同じ闇色に染まっているけれど、にとっては小さな光りにも見えた。
雑渡は顔を離して、の頬を包むとこう言った。

「私はね、自分の所有物に手を出されるのが嫌いなんだよ。だから今度お酒を飲むときは、私を呼ぶと良い。いつでも歓迎するよ」

は『嫉妬してくださったんですね』と悪戯っぽく笑えば、『うるさいな』と年甲斐も無く照れる雑渡がいた。


2009.04.13 更新