何か上に掛けるものを持ってこよう。の場合


このまま久々知を放置しておけば、夜着を脱ぎ棄てて長屋を徘徊するかもしれない。脱ぎ魔とはやっかいな酔い方だと頭を抱えてしまう。
は大きな溜め息を吐いて雷蔵に向き直った。

「ごめんね雷蔵、このアホ2人をよろしくお願いできる?」
「それは良いけれど、兵助はどうするの?」
「兵助は誰かが見張っていないとまた脱ぎ出すかもしれないでしょ?あたしがしばらく兵助の酔いが醒めるのを待ってる」
「うん、わかった。手に負えなくなったら僕か三郎を呼んでね。ハチは寝てるから無理だけど……」
「了解。じゃあ、2人のことお願いね」

雷蔵はこくりと頷いて三郎の肩を担ぎ、竹谷のことを引きずるようにして空き部屋を出て行った。恐らく明日竹谷の顔は引きずられた赤い痕が残っているだろう。雷蔵はああ見えて大雑把だということを改めて知る。
雷蔵が出て行ったのを見ては目の前の問題に取り掛かることにした。今は酔いのピークが去ったようで、ぐったりと背中を壁に預けている。もしかするとこのまま眠ってくれるかもしれないと思い、久々知の身体が冷えないようにと何か掛け物を持ってくることにした。
は久々知を残して客室へ移動すると、押入れの中に用意されている来客用の羽織を見つけた。大きさも久々知の身体に合うだろうと思い、さっそくそれを手に空き部屋へ戻った。
静かに襖を開けると、壁に寄り掛かっていたはずの久々知が目の前に立っていた。

「へ、兵助?」

驚いて一瞬羽織を落としそうになるが、ぐっと指に力を入れて阻止した。

「どこ行ってたんだ?」
「どこって……、コレを取りに行ってたんだよ。兵助が直ぐに脱いだりするから」

は『はい』と言って久々知に羽織を差し出したが、久々知はそれを受け取らない。それどころか、自分の緩んだ帯に手をかけた。ぎょっとしては久々知の手を押さえつけた。

「ば、バカ!何してんの!!」
「何って、脱ぐ」
「も〜〜どこまで酔ってるのよーーー!!」

相変わらず冷静な返答だったが、頭の中がぐるぐるしているらしく、久々知の足元はフラついていた。
は持ってきた羽織を広げて手早く久々知に被せた。飲酒のせいで赤くなった久々知の肌がその下に隠れた。

(このままじゃ真面目な久々知が公然わいせつで捕まっちゃうよ!後で困るのは兵助なのに〜〜〜ッ)

久々知は酔うと次の日記憶が無くなるタイプだ。けれども酔っている間にしてしまったことは消えない。
もしこのまま久々知が全裸になって学園内を闊歩したならば、忽ち成績優秀で通っている二つ名を返上しなければならなくなるだろう。そして、新しい二つ名は当然不名誉でありがたくないものに決まっている。
どうにかしてこの事態を止めたい。はその一心でこう言った。

「ねぇ、夜着は脱がないでよ。兵助がそのまま良い子にしていたら、あたし何でもしてあげるから!」
「……」
「兵助…?」

何か考え事をしているのか、の言葉に久々知の手がピタリと止まった。じっと大きな瞳をのそれに向ける。は脱ぐのを止めた久々知にホッと胸を撫で下ろしていたが―――

「じゃあ、お前が脱げよ」
「………………は?」
「聞こえなかったのか?」
「聞こえ、たけど……もしかして『脱げ』っておっしゃいました?」

ダラダラと嫌な汗が流れ出る。予想もしていなかった言葉には激しく動揺した。そんなとは対照的に久々知はしれっと言った。

「オレは脱ぎたいのにお前が止めるから脱ぐことができない。だからお前が代わりにオレの欲求を満たしてくれ」
「うん、優等生らしい合理的な意見だね。だ が 断 る

はきっぱりと久々知の申し出を断った。しかし、そこで引き下がらないのが酔いどれクオリティ。久々知は『そうか。じゃあ』と言って再び着物の合わせに手をかけた。

「ちょ、せっかく着たんだから止めなさいってば!」
「だったらお前が脱げば良い」
「……」

どうやら酔っ払いには何を言っても無駄らしい。自分が今酒に酔える体質だったらどんなに良かったかとも思ったが、2人してバカになっては困る。
は大きな溜め息を吐き出し、チラリと久々知を見る。久々知は顔色こそ真っ赤だったが、表情は普段と同じにしか見えない。それがまた腹が立つ理由である。

(記憶が無くなってくれるのは助かるけど……)

は少し考えた後、再び溜め息を吐いた。

「わかったわよ……。仕方がない、酔いが覚めたら忘れてよね」

が久々知に座るよう促すと大人しく久々知は従った。も久々知に向かい合わせで座ると、少し躊躇った後に羽織っていた丹前を脱いだ。衣擦れの音が妙に耳に響き、の羞恥心は高められていく。
無造作に丹前がその場に落ち、顔を上げるとじっと久々知が大きな瞳を自分に向けていた。急に顔が熱くなっては久々知から勢い良く視線を外した。月の光が畳を青白く照らしているのが見える。
一向に脱ごうとしないを久々知が急かす。

「早く脱げよ」
「わ……、わかってるわよ!!」

はカッとなって久々知を怒鳴るが、頬を真っ赤に染めているなど怖くも何ともなかった。むしろ肌を見せることに恥ずかしさを感じて赤くなるに、無意識ながら愛しさを感じていた。

(ったく、新手のセクハラじゃない!!)

久々知に記憶が残らないことを祈りながら、は肩を震わせて自分の夜着の合わせを開いた。月明かりに照らされるの肩や胸元は、久々知が思っていた以上に白くて華奢だった。陶器のような肌が夜の冷えた空気に触れては顔を顰める。

「これで……良いでしょ?」
「!」

上半身は何も身につけていない状態になった。
はくの一になるつもりはなく、その知識を持って実家に戻るつもりでいる。そのため色の授業には不参加だった。異性に自分の裸を見せるなど、これが初めてのことである。しかも相手に要求されているとはいえ、自分で裸を見せつける形になるとは思ってもいなかった。

(ううう悪い意味で一生忘れない気がする……!)

まだ発達途上の胸だが、ふっくらとした乳房がその存在を主張している。中心には薄い桃色の突起がぷくりと盛り上がっていた。の身体は男である久々知には無い柔らかさと美しさを兼ね備えていた。
恥ずかしさのあまり目を固く閉じていただったが、何も反応が無いことに片目をそっと開けてみる。すると、目の前にまで久々知が迫っていた。長い睫毛の大きな黒曜石の瞳がじっと自分のことを見ている。

「うぇっ?!な、兵助何でそんなに近づい―――んっ!」

久々知の瞳が閉じられ、の視界いっぱいに広がったのと同時に唇には柔らかくて温かいものが押しつけられた。それが久々知の唇だとわかったとき、は今まで生きてきた中で1番身体が熱く火照るのを感じた。
驚いたは久々知から逃れようと肩を押すが、久々知はの裸の背中に腕を回して完全に拘束してしまう。

「へいす……んっぁ……」

名前を呼ぼうとしたとき、久々知の舌が口腔へ侵入してきた。唇よりも熱い舌がの舌に絡み付き、ちゅくっと小さな水音を立てる。初めての経験には翻弄され、久々知の舌を追い出すこともできずただ震えた。のことなど構うことなく行為は続けられていく。久々知はの舌を絶えず愛撫し続けた。
口付けをしながらの乾いていない髪をまとめている結い紐を解く。軽い音を立てての艶やかな黒髪が肩を滑って広がる。
久々知の吐息との吐息が混ざり溶け合い、胸の奥がじわりと温かくなっていく。

「はっ……はぁ……っへいす、け!突然、どうしたのよ……っ?!」

久々知の長い口付けから解放され、は苦しそうに酸素を求めて肺を膨らませる。たらっと垂れた銀色の唾液の橋が久々知の唇で光っている。それは自分にもあるのだと思うと益々恥ずかしくなってしまう。
久々知は真っ赤な顔で抗議するの背中に触れたまま、真顔でこう言った。

「すごく、綺麗だ」
「……えぇええぇっ?!」

予想外の言葉には頭がおかしくなってしまうのではないかと思った。ぐるぐると久々知の声が頭の中で回っているのだが、その意味が良く理解できない。本当は理解しているのに、それを真っ直ぐに受け入れられないでいる。
口を金魚のようにパクパクと動かすが、肝心の声を失った。久々知は真顔のままで更にの羞恥心を煽る。

「あんまりが綺麗だったから、触りたくなった」
「そ……っ、そんな……こと……!あ、たし……綺麗なんかじゃ……っ!」

上手く働いてくれない脳みそをフル回転させて、何か言い訳をしようとする。けれども、酔いが回って普段以上に自分の気持ちを貫いている久々知には通用しない。

は綺麗だ……誰よりも」

久々知はの紅葉色に染まった首筋に舌を這わせた。これにはもビクッと肩を揺らす。

「ひゃっ?!兵助…、ま、待ってよ……!んっ」
「ん……っ」
「あ……、やだ……痛っ?!な、何して―――」
「痕つけた」
「?!」

チリチリとした痛みが首筋に走っている。どうやら久々知が吸いついて痕を残しているようだ。自分の赤い痕を想像しては頭がくらっとした。
久々知はリップ音を鳴らしながら首筋から鎖骨の方へ移動していく。赤い華が次々に咲いて首を飾っていく。熱い彼の唇が湿った音を響かせる度には啼いた。

「あっ、んん……!ふ……わぁっ?!」

はいきなり両腕を掴まれてそのまま背中を畳に打ちつけた。倒れる動きに合わせて胸がふるっと揺れる。両手首を顔の横で拘束されてしまい、は本格的に自分に危機が迫っていることを理解する。慌ててジタバタと足を動かすのだが、下腹部に馬乗りになられてしまって久々知の下から抜け出すことができない。

「だ、ダメっ!兵助……、ダメだよ!」

酒の力でここまできてしまったようなものだ。このまま流されるのは不本意極まりない。は必死になって久々知を説得しようと呼びかけた。
自分を見降ろしている久々知の長い黒髪が滑り、のそれの上に落ちる。真顔だった久々知の眉間に皺が寄り、の心臓が跳ねる。素面のときと同じ、久々知の本気で怒ったときの顔である。

は……」
「?」
「三郎になら触られても何も言わないんだな」

久々知の怒りを孕んだ瞳がのそれとぶつかる。
久々知は宴会でのと三郎のことを思い出していた。三郎はに触れることが多かった。それは三郎が少なからずに対して好意を持っているからなのだが、はそれを知ってか知らずか好きにさせているところがある。けれども久々知にはそこまで接近したりしないし、適度に距離を取ろうとしているところがある。
意外な一言には何をどう言えば良いのかわからなかった。ただ久々知が自分に対して真剣に怒っていることだけはわかる。がいったい何を言っているのか久々知に問いかけようと口を開いた。

「何……?どういう―――んあぁっ!?」

だが、久々知は怒った表情のままでの身体で1番柔らかい場所に触れてくる。乳房を突然掴まれ、は自分以外の熱を感じて喉奥を震わせる。久々知の手に合わせて形を変えていく左胸の感触。久々知はそれに夢中になり、手を休みなく動かしていく。

「あんっ!へ……すけっ、は……!やだぁ……っ!ふあ……」

片手は自由になったので、久々知の動きを止めようと伸ばすのだが胸への刺激で力が入らない。弱々しく久々知の大きな手に自分の手を重ねるだけで精いっぱいだった。

はオレが触れると拒んでくる。三郎には別に何も言わないくせに」
「そんな、こと……っ!ん、あ……ふ……っ!」
「嘘つきだな、は」

最初よりもハッキリと強弱をつけて揉まれ、の意識は甘い刺激に甲高い声で喘ぐしかできない。下から持ち上げるように掴まれ、久々知の指先が乳房の中に柔らかく埋まって肌が押し返してくる。揉みしだきながら久々知は顔を近づけて左胸の上に吸いついた。さらなる強い刺激には目を見開く。

「ひゃっ!兵助……、ダメ……だって、やっ……ぁう……!」

イライラしているせいか、口付けて吸いつく強さを強める。痛みを感じては泣きたくなってきた。どうして久々知に嘘つき呼ばわりされながらこんなことをされているんだろうか。不安が込み上げて今にも溢れ出してしまいそうになる。
舌が胸の上を這いまわり、濡れた感触には身体が反応してじっとりと汗を掻いた。身体の芯まで熱くなり、愛しさと悲しさが胸の中に広がっていく。

「へ、すけ……、あたし……ね……」

久々知が顔を上げると、零れ出そうな涙を必死で堪えているがいた。

「兵助のこと……、好き、だよ……。誰より、好き……だから……」

は声を絞り出すように、震える声で久々知に訴えた。

「兵助に触られるのは、嫌じゃないよ……」
「本当か?」
「う、ん。本当……。ただ……恥ずかしかった、だけなんだよ」
「……そうか」
「うん……。ごめん……ね……」

最後まで久々知の顔を見て言うことができず、片腕で目元を覆い隠した。自分を見降ろしている久々知からは真っ赤になっている耳や首が良く見えるのだろう。それを考えるとまたは恥ずかしくて消えてしまいそうになる。しかし、このまま久々知に誤解されていたくはない。は、久々知が好きなのだから。
羞恥心に耐えているだったが、しばらくしても久々知が何も言ってこない。不思議に思って顔を上げると、久々知は裸の自分の胸の上に頬を寄せて眠ってしまっていた。たくさんの痕がついた肌に抱かれ、幸せそうに微笑んでいる。先ほどの怖い顔とは大違いだ。

「ふふ……っ、きっと覚えていないんだろうなぁ」

は小さな子供のような顔で眠る久々知の頬を優しく撫でると、そのままぎゅっと抱きしめて自分も瞳を閉じた。

「明日、びっくりしてもしらないんだからねっ!」

久々知は何も覚えていなくても、自分が覚えていればそれで良い。触れたいと思ってくれていた久々知と、そんな久々知に触れられたいと思っていた自分に気づくことができた。今日よりもずっと久々知に近づけるような気がして、の頬が緩んだ。
そのままうとうとしてしまい、眠りについた。翌日、記憶のない久々知が真っ赤な顔でうろたえるのを見て大笑いすることは言うまでもない。


2009.04.13 更新