象牙色の四角い陶器から甘い香りが漂って来る。真っ赤な牡丹が描かれた、どう見ても高級品の徳利に入っているところを見ると、かなり貴重な酒のようだ。
は嫌な予感がしてその徳利に手を伸ばしたときだ。
「こらーー!!鉢屋三郎!!出て来い!!」
「あの声は、木下先生……?!」
雷蔵もハッとなって顔を上げた。
「もしかして、このお酒…」
「職員室から大切な酒を盗み出すとはけしからん!!」
「「やっぱり……」」
雷蔵とは、青い顔をして腹部を抱えている三郎に視線を移した。どうやら酒盛りのついでに飲んでしまおうとして持ち出してきたらしい。しかも無許可で。
ドスドスと重い足音を響かせて木下はこちらへ向かってきている。このまま見つかってしまえば、三郎どこから自分たちまで共犯の罪を着せられてしまう。
「雷蔵、三郎と兵助を支えてここから早く脱出して……!」
「それはいいけど、ハチは?」
「ハチは寝てるからあたしが何とかする。だから先に逃げて」
一瞬ためらった雷蔵だったが、に押し切られる形で三郎と久々知を支えながらその場を離れた。
はぐうすか眠っている竹谷の頬を軽く叩いた。
「はっちゃん、はっちゃん」
「ん?んー……」
「やっぱりダメか。仕方無い……」
は引きずるように竹谷の肩を掴んで押入れを開けた。押入れの中は布団が収納されており、2人入るのは困難なようだ。が木下に見つかる恐怖で頭がいっぱいだったので無理やり入り込む。そしてすっと音を立てないように注意深く押入れの戸を閉めた。
木下の足音がこの部屋の前でピタリと止まる。は恐怖と緊張で手に汗が滲んできた。真っ暗な押入れの中では気配を読む程度しかできない。心臓の鼓動がうるさいくらいで、外に聞こえてしまうのではないかと思うほどである。
ゴト…という陶器が床に擦れるような音が聞こえてくる。
「ここで宴会をしていたのか……!?鉢屋め、今度会ったらただじゃおかんぞ!」
木下はきっと角が生えてしまっているだろう、とは思った。
再びドスドスと音を立てて木下は部屋から出て行った。足音が聞こえなくなり、はホッと胸を撫で下す。
「……」
「ッ?!」
とても近いところから竹谷の低い声が聞こえて、は背筋を震わせた。
(あ、あたし、今、どうなって……?!)
真っ暗な押入れの中でようやく目が慣れてくると、自分の腹周りに大きな腕が見えてきた。そして耳元では竹谷の吐息と酒の臭気が嫌というほど感じられる。背中はぴったりと竹谷の厚い胸板に引っ付き、その逞しさがハッキリとわかるほどだ。しかも竹谷は上半身脱いで寝ていたので、体温がの薄い夜着越しに伝わってきた。
そう、は竹谷に後ろから抱きしめられるような形で押入れに入ってしまったのだ。急いで隠れたため、今の今まで気づかなかったがここまで密着するとは思っていなかった。
竹谷とは幼馴染みという関係で、一緒に過ごした日々は長い。けれどもこの歳になってから抱きしめられたのは初めてだ。は急に恥ずかしくなって慌てた。
「はっちゃん、はっ早くここから出よう!」
「わははは!やわっこい」
「ちょ、腕に力入れないでよ……!」
起きたばかりの竹谷はまだ良いが回っているらしく、笑ってを抱く腕の力を強めた。どうにか腕から逃れようとするが、狭い押入れの中ではなかなか身動きできない。足を伸ばそうとしても布団の柔らかさを感じるだけだ。
他人の体温を感じるのはこんなにも恥ずかしいのか、とは拳を握り締める。
「はっちゃんぶざけてないで離しなさいってば!ここにずっといたら見つかっちゃうしっ!」
「何で見つかるとダメなわけ?オレもっとに引っ付いていたい」
「ぎゃー!?潰れる〜〜ッ」
さらに腕に力が込められ、小声で離していた喉が引き攣る。
木下がいなくなった今、押入れから脱出し部屋に戻る必要がある。このまま見つかれば酒を持ち出したこと以外にも咎められてしまうことがあるだろう。
「こんなところ見つかったらヤバいから!」
「いーやーだー。はははは!」
こうなった竹谷は人に絡み続けて止めることができない。
竹谷の頬が自分の頬に擦りつけられて頬が赤くなっていくのを感じた。
(絶対に酔いが覚めたら顔真っ赤にして離れるくせに〜〜〜!!!!)
雷蔵ほど純情ではないが、普段の竹谷ならば絶対にこのようなことはしないはず。後からこの事実を知って慌てるのは竹谷本人に違いない。
(あー、これが久々知だったら、絶対に誤解されたりなんかしないんだけどなぁ……)
竹谷と幼馴染みという関係が手伝って、は良く友人のくのたまたちに『付き合ってるの?』と質問されている。この現場を目撃されてしまえば、どんな騒ぎになるかわからない。
ここにいるのが竹谷ではなく真面目で優秀な久々知ならば、きっと誤解されたりしないで済むと思ったのだ。
(はっちゃんだから焦ったり恥ずかしくなったり……、うぁ〜〜〜こんなこと考えてるだけでも恥ずかしいのに!)
幼馴染みという位置関係がを安心させたり不安にさせる。
特に最近のは、竹谷のことになるとグラグラ気持ちが揺れてしまう。以前はそんなこと無かったというのに。
とにかくこの場をどうにかしたい。そう思った途端、自然に声が零れた。
「はぁ……、ここにいるのが兵助だったら良かったのに」
溜め息と一緒にはぽそっと呟いた。
その声は、当然密着している竹谷にも聞こえるわけで。
「は、兵助のこと……」
大袈裟なくらい竹谷の身体がビクッと揺れた。の耳に届いた声もか細くて、まるで怯える子供のようだった。
「え?何……?ってちょっとはっちゃ……?!」
ぎゅっと抱きしめられていたはずの腕が解けたと思ったら、今度はするっと手が胸に伸びた。竹谷の大きな手がの乳房全体を乱暴に揉み込んでくる。それは痛みを感じるほどに。
「痛っ!はっちゃん……、ぅあッ、痛いよ……!」
きっと夜着の下にある胸元は竹谷の赤い指の痕が出来てしまっているだろう。握られるように揉まれ、苦痛での表情が歪む。両手で竹谷の腕を掴むが、時折の生理的に起ってしまった乳首に節くれ立った指が掠めて声が漏れてしまう。の乳首が膨らんでくるのを感じ取り、竹谷はきゅっとその頂を摘んだ。
「あんっ?!ふ……、はぁ……!はっちゃん、止めてよ……!」
「嫌だっ」
「な……やぁあ!」
我が儘を言う子供のようにの要求を却下すると、真っ赤に染まっていると思われるの耳に竹谷は軽く噛みついた。耳朶を甘噛みしたりべろっと舐め上げると、は肩をふるふると揺らして抵抗する。竹谷はその度に胸に置いた両手を激しく動かして、奪うように揉んでいく。そうするとは刺激を受けて思うように力が入らなくなってしまう。
「ふぁっ?!み、み……止め……っんぅ!」
「ん……、…!」
耳の中にくちゅっという唾液と舌が這う音が直接聞こえ、は羞恥のあまり目が潤んできた。湿った感触に慣れず、嫌々と首を左右に振った。
耳から今度は首筋へ唇が移動し、ちゅ、ちゅ、という音を立てて皮膚の薄い部分を吸い上げられる。そしてさらには歯を立てられて小さな痛みが走った。まるで食べられているかのようには感じた。
逃げようとするを必死で捕らえようと竹谷は手を動かしていく。布に隔てられている柔らかな乳房と硬くなった乳首を攻め続けた。指の腹で乳首を擦ったり押し込んだりすると、その度には啼いた。
「や……ッ!そ、んなとこ……っんぁ!は……ん!」
「、どこにも行くなよ……!!」
「ひゃぁッ?!」
「…行くなッ」
の夜着の襟を口に咥えると、そのまま竹谷は下へと降ろしてしまう。露わになったの細くて華奢な肩や背中に竹谷の舌が這い回った。吸いつくように押し付けられた唇からまた濡れた音が響く。狭いこの押入れの中では余計に響いては全身を火照らせた。
肌同士が触れ合っては竹谷の燃えるような熱さが背中に伝わってくる。
(はっちゃん、お酒のせいで気持ちが先走っているみたい……!)
竹谷から大きな不安と焦りを感じた。酒も手伝って、感情を上手くコントロールできなくなっているらしい。求める気持ちとは別に、行動は本能的なものようだ。
の声が更に大きくなって痺れるような快感に頭がおかしくなってしまいそうになる。
「、ずっとここにいてくれ……!」
背中に押しつけられる小さな痛みと熱さが身体中に広がっていく。
「やぁん!は……っ、あっ!はぁ……んんっ、はっちゃ……やだ……!」
酒の力で自分の身体をどうこうされてはたまったものではない。は直接目を見て訴えようと首を後ろへ捻る。するとそこには不安で眉間に皺を作り、感情の吐き捨て場所がわからない竹谷がいた。熱っぽい目でじっと見つめられ、思いきり唇を押し当てられてしまう。
「んッ?!ん……っふぁ……ぁん……ふっ!」
「んっ、はぁ……、……んぅ」
驚いてが口を開いたところを竹谷の舌がぬるっと入り込んだ。酒の味が唾液と一緒に流れ込んでくる。口腔を荒らされて舌を絡められ、湿ったいやらしい音が耳にも伝わってくる。ちゅくちゅくと酸素まで奪うような口付けを受けて、は竹谷の必死さを感じ取った。口腔の彼の舌が微かに震えているのだ。
(はっちゃん……そんなに怖がらないで……)
は自分から竹谷の唇に吸いついて舌を同じく絡める。すると一瞬驚いたように竹谷の目が見開かれ、そのまま瞼を閉じて深く口付けた。
今度は荒々しい獣のような舌使いではなく、お互いを尊重し合うようなゆっくりとした動きに変わった。慣れてきたも落ち着きを取り戻し、長い口付けに身を委ねた。
そして、竹谷の大きな手に自分の手を、指を、しっかりと絡めた。
「その……っ、本当に……悪い」
「……うん、大丈夫だから」
「いや、でも……!オレ、お前にいろいろ―――」
「あ〜〜もうそれ以上言わないでよ!!恥ずかしいでしょ!!」
「う……それもそうだな」
口付けを終えて酔いが覚めた竹谷とが押入れの中から出てきた。2人向き合って正座をしたままお互いに俯いてしまう。先ほどまではただの幼馴染みでそれ以上の関係でも何でもなかった。
口をもごもごさせながら竹谷はをチラッと見た。頬が赤いは眉を吊り上げて竹谷を睨みつけている。まだ余韻があるのか、瞳が潤んで僅かな月明かりの下で輝いている。
「何であんなことしたのよ?」
「……」
改めて聞くと竹谷は黙ってしまった。無意味に畳の縁を見ているその態度に、は胸が痛んだ。
(そうだよね、ただはっちゃんは酔っていて……ただそれだけで……)
特に意味もないことだったのだ、と。初めて感じた竹谷の熱はそういった重いものではない、と。
「あ、あたし、さ…気にしないよ。酔ってたってわかってるから、だから―――」
「違うんだ!」
「え……?」
必死に笑顔を作っていたの目が見開かれる。そこには耳まで真っ赤になった竹谷がいた。
「確かに酒もあったけれど、それだけじゃない」
「でも…」
「は、兵助のことが……好き、なんだろ?」
「へっ?」
「だってオレの腕の中にいたとき、『兵助の方が良かった』って言ってたし…。だからオレ、が兵助のところに行っちまうんじゃないかって……、すごく不安だった。怖かった」
は竹谷の予想外の言葉に固まってしまう。穴が開くくらい居心地悪そうにしている竹谷を見つめる。
(そういうつもりで言ったわけじゃないのに。そんな風に思っていてくれたなんて…)
先ほどまでの不安が一気に吹き飛び、には大きな笑いが訪れる。
「ふっ、あははは!それって……完全に嫉妬じゃないの!」
「あ?!笑うなよ!!」
「だって……あははははっ!!はっちゃん可愛い!!」
「ぐ……!そうやって笑うヤツはこうだ!!」
「うわっ?!」
正面からぎゅっと抱きしめられて背中に腕を回された。竹谷の顎がの肩に乗り、密着する。笑っていた顔が真っ赤に染まって口をパクパクと動かすことしかできないがいた。
「は、はっちゃん……?!」
「もういい。お前が兵助が好きでも、誰を好きでも」
少し離れた竹谷の顔は、幼馴染みのものとは別人。の好きな人に変わっていた。
「オレは、お前を誰かに渡すつもりなんてないんだからな」
2009.04.13 更新