「大丈夫?」
「なんとかな……」
「少しここで休んでね」
「他のヤツらは?」
「雷蔵が見てる。アンタが1番酷い顔色してるから、お水を持ってきたよ。はい」
「ん……すまん」
は空き部屋に三郎を運び込むと、置いてある座布団の上に三郎を座らせた。この部屋はめったに使われていながいが、風通しの良いところにあるので涼しい。ここならば三郎の気分も良くなると思ったのだ。
月明かりを頼りに蜀台へ火を灯せば、オレンジ色の柔らかな光りが部屋を包み込む。水を飲み干し、俯いたままの三郎の頬に影が落ちた。
「う……、やっぱりお酒臭い」
「お前も酒臭いぞ」
「三郎より飲んでるからね。でもあたしはちっとも酔ってないよ」
「お前が酔わないのはマジで予想外だった……」
「そう?」
青い顔でむくれている三郎は、いつもより余裕が無くて子供っぽく見えた。
(雷蔵と同じ顔なのに、三郎の個性は滲み出てるから不思議だよね)
くすりとが笑うと、三郎は眉間に皺を寄せた。
「私が弱ってるのを見て笑ってんのか?」
学園で天才と呼ばれている三郎にすれば、弱い自分を見せたことは失態だったらしい。特にの前ではこんな姿を見せたくなった。
だが、は真面目な顔をしてこう言った。
「バカね、そんなわけないでしょ。三郎だって弱るときがあって当然だよ。人間なんだもの」
「!」
三郎の目が少し大きく見開かれたような気がした。ほんの一瞬だったので、はその変化に気付かなかったが。
「三郎はいつも飄々としていて、変装の名人とか天才とか雷蔵マニアとか言われるけど……」
「けど?(雷蔵マニア?!)」
少し間を空けたのは、どうやらが照れくさく感じていたからのようだ。
「あたしが知ってる三郎はそんなにすごい人じゃない。いたずらが大好きで、人一倍仲間想いな人だよ」
三郎はの言葉を黙って聞いていたが、
「ふぅん……」
とだけ相槌を打った。表情は影で良く見えない。しかし何だか耳が赤いような気がした。
照れくさいのを堪えて口にしたにしてみれば言い損に感じられてしまう。
それにしても変だ。こんなことを三郎に言うなんて自身想像していなかった。
(変だな……。あたしも酔ったとか?)
酒をいくら飲んでも酔ったりしないだったが、このときばかりはそんな風に思ってしまう。
三郎はチラッとを見ると、ニヤッと何かイタズラを考えている時の目に変わった。嫌な予感がして三郎から離れようとしたとき、三郎にいきなり後ろから抱きつかれた。酒臭さが一気にへと直撃する。
「え!?何?!」
「ちゃ〜ん、私まだ気分悪いから慰めて?」
「はぁ?!」
猫撫で声で三郎はをぎゅっと抱きしめたまま自分の股の間に納めてしまった。こうなるともう動けない。
三郎のしっかりとした腕が腹部に回され、背中は嫌でも密着して熱を感じる。胸板の硬さを感じては少し頬を赤らめた。けれども動揺していると知られるのは癪だったし、元々三郎はスキンシップが好きな方だ。これが自然体なのだろうと思い、抵抗を止める。
「はぁ……。もう好きにすれば?」
「話が早いな、」
「アンタ相手に抵抗しても意味なさそうだし、飽きるまでこのままでいてあげる」
「そ、そうか……」
が抵抗しないことに三郎は逆に焦っているようだった。
「……何よ?」
「いや、お前らしくないなと思っただけだ」
「前に三郎が抱きついてきたときは大暴れして、会計委員会の修羅場に飛び込んで潮江先輩に大目玉を食らったのを忘れたわけ?」
「あー、そんなこともあったな」
「そういうこと。三郎が抱きついたときっていうのは、ろくなことが起きないって学習させてもらいましたから!」
口では文句を言っているだったが、当時のことを思い出して笑っている。あのときは確かに大変だったが、今思い出すと笑えるから不思議だ。
は三郎から感じる熱いほどの体温を心地良いと思ってしまう。人の温もりとはこんなにも心に染みるのか、と。
(もしかすると三郎だからかもしれないけど)
突然三郎はの首筋に鼻を押し当てた。
「ひゃっ?!何よ、いきなり……」
「お前何かつけてるのか?抱えたときも思ったんだが、シャボンじゃない別の香りがするぞ」
「あー………、うん」
「何だ?歯切れが悪いな」
「うっさいな、ほっといて」
は何かを思い出しているのか、照れたような笑みを浮かべている。その間も三郎の鼻腔には花の香りが漂ってくる。優しくて、けれども甘すぎないこの香りはを連想させるものだ。
どこかで嗅いだ事がある香りのはずなのだが、三郎はいったいどこで嗅いだのかは思い出せない。
「香油をつけてるんだ。良い香りでしょ?」
「ああ。どこかで嗅いだ覚えがあるような……しかし、思い出せない―――って、?」
「……え?あ、何でもない、よ……」
が三郎の腕の中で一瞬石のように固まってしまった。振り返り、何でもないと言ったの表情は笑っていたが、眉は寂しそうなハの字になっている。
の様子がおかしいことに勘付いた三郎が目を少し見開く。はハッとなってまた前を向いた。誤魔化すように先ほどよりも声を大きくして。
「この香油ね、雷蔵がくれたんだよ」
「……は?」
三郎の声色が低く変わったのだが、話に夢中になっているには届かない。
「せっかくだから貰ったんだ。香油は山百合の香りなんだけど、これは昔―――ッ?!」
いきなり腕を掴まれたは、ぐいと強く引っ張られて向かい合わせの態勢になった。じっと見つめる三郎の瞳が細められ、強い眼光を放っている。顔はまだ酒のせいで赤いが、さっきまでのヘラヘラとした笑顔はどこにもない。
(三郎、何か……傷ついてる?)
鉢屋三郎という人物は変装の名人であるが故、感情を表になかなか出さない。今も心の奥底は読めないはずだが、は本能でピンときた。
急に空気が冷たくなったような気がして、は不安に駆られた。
「さ、三郎……?」
掴まれている二の腕に三郎の節くれだった指が食い込んで痛みさえ感じる。
自分は何か気に障る様なことでも言ってしまったのだろうか?
三郎はぼそりと呟くように言った。
「何でだよ」
「へ?」
「何でここで雷蔵の名前が出てくるんだ」
「え……?だって、この香油くれたのは雷蔵だし……」
『どうして三郎が怒るのか、わからないよ』と続ければ三郎がぎゅっと眉を寄せて瞳を閉じる。気が付くと、の視界は全て三郎になり、唇に何かが押し当てられた。
「んっ?んんんんー?!」
一瞬何が自分に起きているのか理解できなかったが、は三郎に口付けをされているとわかって掴まれていない方の手で押す。しかし三郎の硬い胸は全く押し返すことができない。腰に腕を回されて、肩手は三郎の大きな手が包み拘束する。
呼吸が苦しくなって思わず大きく口を開くと、狙っていたかのように三郎の舌が押し込められた。
「ん……っぅん……ふ……っ」
初めて感じるぬるっとした熱い舌の感触にの細い肩がビクッと揺れる。
「んっ!?〜〜〜〜ッ」
口腔に満ちてきたのは唾液ではない、甘い味のする液体だった。三郎の熱でぬるく温められたそれが何なのか理解し、はさらに激しく抵抗する。だが、それを飲み込むまで三郎は唇を離すつもりはないらしい。
の喉がごくりと動くのを感じてようやく三郎は唇を離した。薄灯りの中、三郎の唇からつ……っと唾液とそれ以外の液体が零れる。れろりと赤い舌が唇の周りを舐め取り、はカァッと頬が火照った。だが、頬が赤く染まったのは羞恥心以外の作用である。
は未だに解放されていない右腕の代わりに左袖で口元を拭った。視線はニヤリと勝ち誇ったような表情をしている三郎に向けられている。
「三郎ッ!アンタ、いつの間に甘酒なんか……っ」
そう、三郎がに口移しで与えたのは甘酒だ。酒とは名ばかりの甘い飲み物で、子供でもごくごく飲める。しかし―――
「酔ったハチから聞いたんだよ、お前が酔っぱらう方法」
「く……っ、あのバカ……!」
「って甘酒で信じられないくらい酔うんだってな」
「知っててそんなことを!……っ……ん……ぅ」
怒ったが大きな声を出すと、酔いが回ってぐらっと頭が揺れた。腹を中心にじわじわと熱が全身に伝わっていくのを感じ、は顔を歪めて耐える。しかし熱は指先にまで広がっていってしまう。頬にも熱が集まって、今きっと鏡を見たら真っ赤な顔をした自分がいるのだろうとは思った。
三郎はぐらぐらと頼りなく揺れているを見て満足そうに笑う。
「はは、酒豪なのに甘酒で酔うなんてらしい」
「あう?!」
三郎は軽くの肩を押したつもりだったが、簡単にはそのまま後ろへ倒れてしまった。結い紐がほどけ、の豊かな髪が床に触れる。
三郎に抗議しようとが腕を伸ばすが、素早く手首を掴まれて両手を頭の上で拘束されてしまった。
「、全然力が入っていないぞ?どうした?」
自分を見下ろしている三郎をは睨みつけるが、涙目で充血した目は三郎を誘っているようにしか見えなかった。
はどうにか三郎の下から抜け出ようとするのだが、力を入れようとしても上手く力が入らない。自分の上に圧し掛かっているのは男の体重であるため、そう簡単に這い出ることはできない。
「や、めてよ三郎……!こんな……っ冗談みたいな、こと……」
「冗談?」
三郎の声がまた一段と低くなったの聞いて、の顔が引きつった。見たこともないくらい、三郎は恐ろしい目をしていた。
「の方こそ、冗談みたいなこと言うなよ」
「え……?わぁ……?!」
三郎は暴れてしまったせいで肌蹴たの首回りに顔を寄せると、そのまま舌を這わせた。まるで生き物のように動く舌には打ち震え、必死に耐える。
「ん……はぁ……っ!やだ……三郎っ!」
「言っただろ?の色っぽい姿が見たいって……」
「そ、んな……ぁ……っ」
首を丹念に愛撫され、濡れた感触が這い回る度には熱い吐息を漏らした。時折音を立てて吸われ、甘い痛みに目眩を感じた。
三郎は想像以上に白いの肌に赤みが増して興奮してしまう。首に赤い華を咲かせていき、胸の膨らみ始めまで唇を押しつけていった。三郎が舌を滑らせたところには唾液の道ができてしまっている。
「い……やぁ……っ、やめ……ぁんッ!?」
…夜着越しに胸を掴まれ、は先ほどよりも大きく身体を揺らした。再び抵抗を続けるが、手首はガッチリと固定されているままだ。
三郎はやわやわと揉みしだき、の感情を煽る。三郎の手の中で柔らかく形を変えていくのが面白いのか、三郎は手をそこから離そうとしない。乳房を下から上へと押し込むようにしてやれば、は桃色の唇から甘い声を漏らした。
「んぁ……っふ……、ぃやっ……!」
今まで感じたことのない痺れが胸から伝わり、はわけがわからなくなってくる。甘酒の効果も手伝ってか、さらに全身が熱を帯びてきてしまう。
「嫌?嫌って言ってるわりにはここ、起ってる」
「あぁッ?!」
薄い夜着の下でぷっくりと主張し始めた乳首を三郎の指が捉えた。親指の腹で焦らすように捏ねると、は一際声を荒げてぎゅっと瞳を閉じた。ちりちりと布が擦れて何とも言えない感覚が走る。
乳首を愛撫している間も激しく乳房を揉み、三郎はの柔らかさを味わう。嫌々と首を振っては意思表示しているのだが、三郎は無視して乳首を押し込んだ。弾力のあるそれは三郎の指を押し返してくる。
「ふぁ、あ……っん……ふっ!い、や……ぁ!」
愛撫によって膨らんだ乳首を摘んだり撫でるようにすれば、身体をピクンピクンと震わせる。そんなの姿に三郎の手は止まることはなかった。
しかし―――
「嫌がっている割には感じてるみた―――」
の肌を直接見ようと、乱れた襟元を口で肌蹴させようとしたときだった。三郎は、押さえつけている自分の手にの押し返す力を感じなくなっていることに気付いた。
顔を上げてを見れば、は力無く腕をだらんとさせている。変わりに首まで真っ赤になった頬を大粒の涙が幾つも伝い落ちているではないか。薄く開いた瞳からは泉のように涙が溢れ、か細く嗚咽を漏らしている。喉がその度にひくっと動いた。
いつも明るくて笑顔の似合うが今、恐怖と知らない感覚に怯えて泣いている。
泣かせてしまっている、自分。
「…」
「!」
恐ろしいほどの罪悪感を覚えた三郎がの顔を覗き込むと、彼女はビクッと大げさなくらい肩を震わせて目を大きく開いた。その目が三郎を捉えると、恐怖の色が滲み出る。ぎゅっと強く瞑って三郎から逸らした。瞑った目の端からまた新しい涙が零れ出た。
そして、喉を上下させながら桃色の唇を小刻みに震わせた。
「ごめん……ごめん、なさい……っさぶろう、ごめ……なさ……ッ!!」
は泣きながら掠れた声で三郎に許しを貰おうと、何度も三郎の名前を呼びながら謝った。今にも消えてしまいそうな声で哀願するに、三郎の胸がひしひしと痛み出す。を泣かせて酷いことをしていたのは自分だというのに、はまるで自分こそが悪いかのように謝り続けた。見ていられないくらいには涙を流して震えた。
三郎は身体を起こしての拘束を解いた。そしての乱れた夜着の襟元を手早く正す。の身体を抱き起こしてやると、は酔いが回っているせいで身体を支えられない。三郎が背中に手を回して支えてやる間も、大粒の涙を流し続けた。
「さぶろ……ぅ……ごめんね……、ごめん、なさ……ぃ……っ!」
「何でが謝るんだよ……」
「だって……、だって、さぶろ……傷ついた……で、しょ……っ?」
「それは……」
「アンタ、は……、考えもなしに……つ、こんなこと……しない、から」
は三郎がなぜ怒っているのか、な傷ついたのか理由はわかっていない。けれども三郎が自分によってこのような行動に出てしまったという風に理解したのだ。
(何てお人良しだよ……コイツは)
すっと三郎は幼児をあやすようにを抱きしめると、乱れてしまった長い黒髪を撫でてやった。先ほどとは全く違う優しい手つきには徐々に落ち着きを取り戻しいく。三郎の大きな手から伝わる熱に瞳をゆっくりと閉じた。
「乱暴して、悪かった……」
「うん……」
「手、大丈夫か?」
「うん……」
三郎は『うー』とか『あー』と小さく唸り、少し間を空けてぽつりとバツが悪そうに呟いた。
「……雷蔵から貰った香油を身に着けているって知って、その……頭に血が上った」
「?」
は首を傾げて三郎を見上げる。涙で潤んでいる目に三郎は気恥ずかしさからぎゅっと抱きしめる腕を強めた。
「三郎、苦しい」
「だから……っ!他の男から貰った香りを纏うなよ!」
の目の前にある三郎の耳は真っ赤に染まっている。それが宴会で飲んだ酒の影響ではないことを、も理解できた。くすっとは微笑む。
「わ、笑ってんじゃねぇよ」
「だって……三郎ってばすっかり忘れているんだもん」
「は?何……?」
も三郎の背中に腕を回してさらに身体を密着させる。すると三郎の肩が揺れて一瞬動揺しているのがわかった。
「昔、三郎が実習の帰りに山百合をあたしにくれたんだよ。『お前に似合う香りの花があったから』って……」
「……!?……あぁ、そんなこともあったな」
ようやく三郎は香油に感じた違和感を思い出すことができた。
そう、の言う通りで三郎は3年生の頃に山百合を一輪にプレゼントしたことがあった。たった一本だけ森の中で咲いていた山百合の姿が、どことなくに似ていたのだ。
「だからときどきこの香りをつけてるの。その度に、三郎のことを思い出すんだ……」
優しい思い出が詰まった香りを纏う。にとっては重要な意味が隠されている行為だった。
三郎はもう1度『ごめん』と謝り、を少し引き離して正面から見つめた。先ほどのような鋭い視線ではなく、いつもの三郎がそこにはいた。
「、好きだ」
三郎がそっと顔を近づけてきたので、は睫毛を伏せた。
の柔らかな唇に触れたのと同時に感じたのは、品のある山百合の優しい思い出だった。
2009.04.13 更新