村娘が町男に求婚される話 前編


タカ丸、綾部、滝夜叉丸、三木ヱ門の4人は、学園長から頼まれたお使いを終えて帰るところだった。山を越え、なだらかな街道を賑やかに移動する。
今回のお使いは街まで学園長の知人に文を手渡すだけなので、本来タカ丸だけに頼まれていた。しかし、街道に物取りが現れるという話があり、同じ4年生たちが護衛として同行する事になった。

「結局物取りは出ませんでしたね、タカ丸さん。私の華麗な戦輪の腕を見せられなくてとても残念です」
「そうだね。でも、それが1番良いと思うよ」

滝夜叉丸は自慢の戦輪の技を披露出来ず、少し不満そうだ。これをタカ丸はのんびりとした表情で答える。

「お前の腕なんて誰も見たくない!」
「何を?!三木ヱ門はお得意の火器を持ち歩けなくて僻んでるだけだろう!?」
「何だとー?!」

三木ヱ門と滝夜叉丸の喧嘩を放置し、綾部がふと思い出したように言った。

「そういえば、数日前にが学園を出るところを見ましたよ」

とは、タカ丸と同じ火薬委員のくのたまだ。12歳という年齢でありながら、仕事をテキパキと熟し、久々知からの信頼が厚い。失敗の多いタカ丸のフォローもしている。

ちゃん、委員会のときに実家に戻る用事が出来たからって、久々知くんに委員会を暫く休む話をしていたんだ」
「そうなんですか」
「少しいつもと違って見えたな……」
「違って見えたとは?」
がどうかしたんですか?」
「あれ?三木ヱ門、滝夜叉丸、喧嘩はもう良いの?」
「「飽きた」」

2人の態度に小さく笑い、それからタカ丸の顔は少し暗くなる。

「何だか切羽詰まっているというか……そんな感じだったんだよね」
「へぇ、大したものですね」

三木ヱ門が感心したように呟く。滝夜叉丸も、三木ヱ門の言葉に珍しく頷いた。

はいつもぶすっとした顔をしているじゃないですか。そのの変化に気づけるのは、タカ丸さんくらいです」
「そ、そんな事無いよ」
「タカ丸さんはと同じ委員会ですから、の事もわかっているんでしょうね」
「……あはは、そう言われると少し恥ずかしいなぁ」

は滝夜叉丸の言う通り、愛想が無いくのたまだ。可愛い顔立ちをしているものの、忍たまたちからの評価はそれほど高くは無い。けれども、タカ丸だけは違っていた。

ちゃんは、優しい子だよ。僕が何度失敗しても、いつも助けてくれる。愛想が無いって言うかもしれないけれど、責任感がとても強い子なんだ」

タカ丸はの委員会で見せる引き締まった顔を、好ましく思っている。火薬という危険物を任された責任に対し、真剣に向き合う姿勢が印象深い。

(責任感が強いから、危うい事もある。ちゃんの力になれたら良いのに)

気になる後輩の1人であるを思い浮かべた。いつも自分の手助けをしてくれるの姿は、タカ丸の中で徐々に大きな存在に変わっていた。

「何か聞こえない?」

耳に入ってくる小さな音に、綾部が気づいた。他の3人も足を止めて耳を澄ませた。すると、それはただの音ではなく、音楽だという事がわかった。ドン、ドン、という重い太鼓の音。そして、太鼓の音に合わせて旋律を奏でる笛の音。間違いない、これは御囃子だ。

「どこかでお祭りをやっているんだ」
「この辺、確か村があったと思いますよ」

三木ヱ門が地図を広げた。そこには確かに村の名前が描かれている。ここからはそう遠くない。

「丁度お腹も空きましたし、タカ丸さん、村の屋台で何か食べませんか?」
「えっ?良いの?」
「はい。もうお使いは終わっていますから」
「僕プリン食べたい」
「流石にプリンは無いと思うぞ」

先に歩き出した綾部に滝夜叉丸はツッコミを入れた。
3人の背中を見つめながら、タカ丸は自分の疲労を感じとる。

(きっと僕が疲れているから、気を使ってくれたんだろうな……)
「タカ丸さーん?早く行きましょう!」
「うん!今行くよ!」

振り返って手を振る三木ヱ門に、タカ丸は大きな声で返事をし、そして駆け出した。















祭囃子に釣られた4人は、小さな村に辿り着く。村は行商人などの屋台がいくつか出ており、4人はそれぞれに昼ご飯を買い求めた。
簡単に昼ご飯を済ませた4人は、人の流れが一方に向かっている事に気づく。それぞれが嬉々とした表情で、これから何かが始まる予感がした。

「御囃子が聞こえてくる方だね」

タカ丸はおやつの水飴を舐めている3人に声を掛けた。ぺろりと指に垂れた水飴を舐め取る綾部は、タカ丸がそわそわしている事に気づく。

「行ってみますか?」
「え?良いの?」
「まだ日が暮れるには時間がありますし、行きましょうか」
「きっと神楽が見られるんだと思いますよ」

滝夜叉丸も三木ヱ門も明るく頷き、4人は人の流れに沿って御囃子が聞こえる村の奥へ進んだ。
小気味良い太鼓の音と笛の音色の響く神社に到着した。すると、境内に黒山の人だかりが出来ているではないか。少し背伸びをしなければ、正面がどうなっているのかが見えないほど。
ぴたりと御囃子が止まり、神社の舞台に6人の鮮やかな巫女装束を纏った少女たちが出てきた。顔を狐の面で隠しているが、年齢は恐らく10代前半だろう。少女たちはそれぞれの位置に立ち、しゃりん、と鳴る鈴の採物を手に舞い始める。

「わぁ……!」

タカ丸は思わず歓声を上げてしまった。
豊穣を司る稲荷神を演じる少女たちは、可憐であり可愛らしい。全員の動きが揃っており、とても練習を重ねたのだろう。ゆっくりとした動作で、稲穂の周りを遊ぶ稲荷神を表現している。太鼓の重い音が響く度、少女たちの舞が変わっていく。手平鉦を打ち鳴らす宮司たちも、安心して少女たちの舞いに目を向けていた。笛が奏でる旋律は流れるようだった。
4人の彼らも、神楽を食い入るように見惚れてしまう。

「神楽を見るのは久しぶりだけど、やっぱり綺麗だな……」

三木ヱ門の言葉に、全員が同意する。
タカ丸にとっては、忍術学園に入ってから初めて見る神楽だった。

(特に真ん中の子、すごく立ち振る舞いが綺麗。動作の1つ1つに心が籠ってる)

しゃりん、しゃりんと鈴を鳴らし、黒髪を靡かせて懸命に舞う少女。タカ丸は釘付けになっていた。
ふとタカ丸が視線を周りに向けてみれば、タカ丸たちと同じように食い入るように見つめている
人々。それにしても、村の規模からして、この人数はおかしい。明らかに村の人口よりも多い人だかりが出来ている。
タカ丸は隣で見物していた滝夜叉丸に耳打ちした。

「ねぇねぇ滝夜叉丸くん、どうしてこんなに人が多いの?」
「ああ、タカ丸さんは知らないんですね。神楽で舞っている娘さんたちを目当てにしているんですよ」
「え?」

まさか、神楽を舞う少女たちはアイドルか何かなのだろうか?人々は皆少女たちの追っかけなのだろうか?
タカ丸の疑問を察知し、より詳しく三木ヱ門が説明する。

「まぁ、村祭りって豊作を祝う神事の他に、その村にいる年頃の女の子たちのお披露目が目的なんですよね。普段農作業が忙しくて、男女の接触は殆どありませんから、こういう機会が無いと出会いは掴めないんです」
「他の村からも、お嫁さんを探しに来ているのでしょう」
「ようは婚活です」
「言い切ったね、綾部くん……」

村の祭りは豊作や無病息災を願うものが多い。祭りを通し、村人たちが団結する目的もある。それとは別に、祭りには暗黙の了解が存在している。
神楽を奉納するとき、舞手は10歳前後の少女が多い。それは普段希薄な男女の交流を深めるため、婚期に差し掛かった娘たちを村人たちに披露するためである。この神楽を通じ、自分の嫁となる者を選ぶ。この祭りの見物客たちは、『自分の息子に良き縁談を』、と望んでいるから必死になるわけだ。
村の習慣に疎いタカ丸は、この事実を知って素直に驚く。しかし、理由を聞けば納得だった。

(お祭りにそんな意味があるなんて知らなかった)

やがて笛の音が止まり、神楽を舞う少女たちの足も止まった。それまでただじっと見つめていた見物客たちが、わっと歓声を上げた。直ぐに周りでどの娘が良かったかを囁き合っている。

「タカ丸さん、そろそろ行きましょう」
「あ、うん……」

綾部に言われてタカ丸は頷き、踵を返す。だが、どうしても中央で神楽を舞っていた少女の事が気になった。タカ丸が再び舞台の方を振り返ると、丁度少女たちが狐の面を外す。中央の少女、白と赤の狐の面の下は、少し日焼けした肌。くりくりとした猫のような愛らしい瞳がこちらを見ていた。そして―――、

「え……?」

タカ丸は心臓を鷲掴みにされたように感じて動けなくなった。
その少女は、タカ丸の良く知る人物―――だったのだ。

ちゃん……?!」
「えっ?タカ丸さん……!?」

タカ丸は舞手がだとわかり、心底驚いた。相手もタカ丸がこの場にいる事が信じられないようで、珍しく驚きの表情に変わる。

、この村の出身なんだな」
「なるほど……。この祭りに参加するために実家に戻ったようだ。はもう年頃だし、両親に結婚の話でもされたんだろう」

滝夜叉丸と三木ヱ門の言葉に、タカ丸の胸が再び大きく脈打った。





まぁ、村祭りって豊作を祝う神事の他に、その村にいる年頃の女の子たちのお披露目が目的なんですよね。普段農作業が忙しくて、男女の接触は殆どありませんから、こういう機会が無いと出会いは掴めないんです。





他の村からも、お嫁さんを探しに来ているのでしょう。





ようは婚活です。






「あ?!タカ丸さん!?」
「どこに行くんですか?!」

2人の声を背中で聞きながら、タカ丸はズンズンと人だかりを掻き分けて舞台へ向かう。
人々の文句などタカ丸には届かない。それから、舞台の中央で固まったままのの両手を掴み取ると、顔を赤く染め、興奮した様子でこう叫んだ。

僕のお嫁さんになってくださいっ!

あまりにも大胆な告白。そしてあまりにも早い展開について行けず、はただ茫然とした。だが、何を言われたのかを脳がようやく理解し、顔面蒼白になってしまった。

「「あちゃー……」」
「おやまぁ」

滝夜叉丸と三木ヱ門の何とも言えない声が漏れる。
この場で冷静に傍観出来たのは、不思議ちゃんの綾部喜八郎だけだった。
タカ丸の乱入と突然の告白で、見物客たちがざわつく。無遠慮に視線をぶつけられ、は今にも卒倒しそうだった。腹に力を入れて気合を込めると、これまた珍しく大きな声を出した。

「ちょっと、こっちへ来てください!」

はタカ丸の手を引っ張り、舞台から降りる。は人気の無い神社の裏まで走り、くるりと振り向いてタカ丸を直視した。

「タカ丸さん、どうしたんですか?あんな事、いきなり言われても困ります!」
「舞台で舞うキミを見ていたら……気が付いちゃったんだ」
「気が付いた……?」
「うん。僕がキミを好きだっていう気持ちに」
「!?」
「だから、ちゃんが他の誰かと結婚するってわかって、いてもたってもいられなかったんだ。びっくりさせちゃったのはごめんね……。でも、これが僕の今の気持ちだよ」

は、幸せそうに言うタカ丸を今度は直視出来なかった。照れや羞恥心など、今まで感じた事が無い複雑な感情が入り混じる。けれども、はそういった感情を全て振り切り、言わなければならない。

「私は、小さい頃から村で生きていくと決めているんです。私の実家は働き手である父が病死して、今は兄と母と妹2人で頑張っています。私が婿をもらい、家を助けなければなりません」
「つまり、男手が欲しいって事なの?だったら僕が婿になって―――」
「失礼ですけれど、タカ丸さんが力仕事っていうのは無理があると思います」
「うっ?!それを言われると、何も言えないよ……」

タカ丸は元々町の髪結いで、力仕事はあまりした経験が無い。忍術学園でも、まだ編入して間もないため、身体は鍛え上げられているとは言えない。同じ年齢の6年生とも力の差は比べるまでもないだろう。これでは村で畑仕事など出来るわけがない。

「タカ丸さんのところへ嫁に行く事は出来ないのです。わかってください。今の世の中、好きとか嫌いとか……、そういう理由で結婚は出来ません」

の意見は最な話である。この戦国の世で生き抜くためには、結婚は子孫繁栄の手段だ。単純に好き嫌いで結婚などあり得ない。一族がいかにして生き延びるかが最重要であり、村で働き手を欠く事は死活問題である。

「……僕は、簡単に諦めないよ。そんなに簡単な気持ちで、求婚したわけじゃないんだ」

へらへら笑っているだけだと思っていた。だが、今のタカ丸は誰より真剣な顔をしている。

(本気……?まさか、ね)

は動揺を悟られないよう、顔を引き締める。

「男手は欲しいです。けれど、タカ丸さんが例え力持ちでも、私はあなたの求婚を断ると思います」
「え?」
「……私、町の人は嫌いです」

ぽそっと呟いたの声は、とてもか細くて暗い。だが、次はハッキリと聞こえるように言った。

「町の人は、嫌いです」

正面切って拒絶の言葉を吐かれたのは、タカ丸にとって初めての事だった。の瞳には、憎しみと悲しみの両方が読み取れる。静かな声だったが、『なぜ?』という疑問の言葉を許さない気迫を含んでいた。タカ丸は次の言葉を述べられず、ただの視線を受け止めた。
静まったこの空間に、パタパタと走ってくる足音が複数響いた。に連れられていなくなったタカ丸を探しに来た、三木ヱ門、滝夜叉丸、綾部である。

「あ、いたいた!タカ丸さん!」
「タカ丸さん、こんなところにいたんですね。探しましたよ」
も一緒だったんだ」
「あ、ごめんね……」

気不味い雰囲気が変わり、タカ丸は内心助かったと思った。

「タカ丸さん、さっきのはいったいどういう事なんですか!?いきなりあんなところで、きゅ、求婚するなんて!」
「まぁ、この滝夜叉丸は気づいていましたとも。タカ丸さんのに対する気持ちを!なんたって私は、学園一のキレ者であるからして、ぐだぐだ、ぐだぐだ……」
「あははは……」
「……タカ丸さん、先輩方、私はまだ神社でやる事がありますので失礼します」

はタカ丸たちに一礼すると、直ぐ背中を見せて立ち去ろうとする。の手をタカ丸は素早く握った。

ちゃん、僕はキミに好きって伝えた事、良かったって思ってる。きっとキミを振り向かせてみせるから」
「……離してください」

は振り返らず、今度こそタカ丸の手を振り払って立ち去った。
の態度はとても頑なで、そう簡単にはいきそうにない。

(……ちゃん、何だか苦しそうだった。悲しそうで、辛そうで……。結婚の事もそうだけど、何か他に背負い込んでいる感じがした……)

力になりたい。けれども、はきっとそれを断るとわかっている。
しょんぼりしているタカ丸の肩を、綾部がポンポンと叩く。

「前途多難みたいですが、どうしますか?」
「え?」
「私はタカ丸さんの恋を応援しますよ!」
「僕もです。障害は多い方が燃え上がると言いますし」
「タカ丸さんには、幸せになって欲しいですからね!」
「本当に?皆、ありがとう……!」

しょんぼりとしている場合ではない。のんびりしていては、は誰かの嫁に行ってしまう。これからが本当の勝負だ。タカ丸は声援を受け、拳を握る。
こうして、タカ丸の求婚大作戦が始まったのであった。


2013.05.06 更新