
意識の無い久々知を背負って、夜の森を進むのは危険だ。せめて灯りが欲しい。でも、敵に見つかれば確実に殺されてしまう。学園側の指示で殲滅されているだろうけど、まだ森に潜んでいる可能性もある。
八方塞とはこの事だ。しかし、どちらも危険ならば、早く久々知を学園に送り届ける方を選ぼう。最優先するべきなのは、久々知の安全と生還なのだから。
あたしはほど良く乾いた太めの枝を、器用に足で拾い上げた。携帯用の火打石で、即席の松明を作る事にした。
続いて長くて鬱陶しい前髪を苦無で乱雑に切り払う。パラパラと静かな森に髪が散る音がした。
枝の先端に火を点けると、口で松明を加える。左の頬がとても熱くなった。まるで太陽が直ぐ傍にあるみたい。学園に辿りつく頃にはきっと頬が焦げているだろう。
久々知が落ちないように縄でしっかりと固定したが、不安で仕方がない。痺れている手はもうほとんど感覚が無けれど、どうにか久々知を支えられているようだ。
松明を咥えてあたしは再び歩き出した。足元が見える様になり、石に躓く事が無くなったのでさっきよりも早く進める。でも、踏ん張る度に怪我をした部分がじくじくと痛んだ。
今、自分はどんな姿をしているだろう?土に汚れて破れた服を身に纏い、足元は真っ黒。前髪は不揃いでボサボサ。毒の影響で顔色は土色で、おまけに口には不格好な松明を咥えている。とても人には見せられない。
でも、今の自分があたしは好きだ。
人目を避ける様に生きてきた過去のあたしは、こんなにボロボロじゃなかった。だけど、今のあたしにはきっと勝てない。
小指の赤い糸が、ここまで導いてくれた事にも感謝している。
赤い糸が視える事も、両親が不仲な事も、久々知の信頼を裏切ってしまった事も、何一つ変わっていない。
そう、何一つ変わっていないのに……。
自分の背中に感じられる熱が、あたしの足を動かしてくれる。
今まで見てきた赤い糸が伝えてくる感情は、どれもどろどろしていたり、眩しかったり、あたしからすると未知のものだった。
知らないものは気持ち悪い。
ただ、それだけの事だったんだ。
「はぁ……、はぁ…っ」
それにしても、息が苦しい。喉の奥が詰まるみたいだ。人を背負っている分もあるけれど、肺まで空気が入ってこない。それに頭痛がする。こめかみ辺りを釘でも刺しているみたいに。
「ぐ……!」
膝に力が入らなくなって、あたしは草の上に膝をついてしまった。
両手は、辛うじて久々知の背中に回っている。でも、相変わらず痺れたままだ。久々知の長い髪があたしの肩を滑ってくる。歯を喰いしばっていて良かった。松明を今落としたら洒落にならない。
もう一度立ち上がろうとして、膝に力を入れてみる。けれど、やはり上手くいかなかった。足が石みたいで、動かない。情けなくしゃがみ込んだ格好で、あたしは途方に暮れた。
学園という拠り所を捨ててまで久々知を助けに来たっていうのに、自分は何をしているんだ。久々知が大変なときに、あたしは余計な事をしたり無力だったり……。酷いものだ。
背中で久々知が息をしているのが聞こえてくる。吸って、吐いて、生きているとあたしに教えてくれる。
ここであたしが倒れたら、誰も助けに来てくれないと思う。
それなのに、身体が動かない。敵の忍者どころか、野生の狼に襲われるかもしれない。
あたしが傷つけた人。
せめて傷は消えなくても、これ以上傷を増やしたくない。
助けたい。
そう思うのはいけない事なんだろうか?
人を、久々知の大切な人を奪ったあたしには、許されないのだろうか?
ふらつきながら視線を辺りに巡らせていると、橙色の灯りの中に何か見覚えのある物が……。しゃがみ込んでいなければ、草に埋もれて見落としてしまうそれの存在に、あたしの意識は一気に覚醒していった。
「これは……?!」
それに手を伸ばして触れる。身体には違う痺れが走った。
胸が熱くなって、今度こそあたしは涙を流した。
次 ⇒