第五夜 血に染まる者
稲葉村の調査を終えた5年生達とは、城へ戻った途端にどっと疲れが出た。自分達が思っていた以上に緊張していたらしい。首も肩も、何かが乗っているかのように重かった。出された夕食を腹に詰めるだけ詰めて、入浴後はさっさと倒れ込むように布団へ入った。
予知夢のせいで眠る事を躊躇っていたも、睡魔という甘美な誘惑に負け、夢を見ないくらい深く意識を手放した。
翌日、穏やかな静寂の中では目を覚ました。
(全然疲れてない……。あの怖い夢も見なかったし、気持ち良いな)
恐ろしいあの夢が予知夢ではないかという不安があった。しかし、それは杞憂に終わる。
深く息を吸い込み、吐き出す。
(あれはただの夢。私はもう十六夜姫じゃない。たまたま怖い夢を見てしまっただけなんだ)
しかし、この穏やかな朝は唐突に終わりを告げた。
5年生達に昨日世話になった礼を言おう。そう考えていたとき、駆けてくる足音が聞こえてきた。これはいつも起こしに来てくれる侍女のものではない。
が何事かと顔を上げれば、襖の向こうで雷蔵の険しい声が聞こえてきた。
「さん、今起きていますか?」
の胸が波打つ。何か、嫌な事が起きた。それが何か、は知っている。
「起きているよ。どうしたの?入ってきて」
が許可を出せば、声と同じ険しい表情の雷蔵が入って来る。彼は急いで来たのか、肩で息をしていた。
「さん、稲葉村の村人が……全員死亡しているそうです。今、知らせが入りました!」
「そ……、そんな!?どうして?嘘だよ!だって、昨日皆で村に行ったときは……」
は布団から飛び出し、身支度など気にせず雷蔵に縋りついた。ぎゅっと忍装束を握る。その手は可哀想なくらい震えていた。雷蔵はの手を自分のマメだらけになった手で包み込んだ。落ち着かせるように体温を分ける。
「落ち着いて、さん。僕達もさっき彦兵衛さんから聞かされたばかりなんです。城下町へ出稼ぎに行っていた村人が稲葉村に戻ったそうです。そこで村人が全員バラバラになって亡くなっていて……」
「バラバラに、なって……亡くなっている……?」
は身体が冷たくなっていくのを感じた。雷蔵の言葉を繰り返し、自分に言い聞かせたものの、なかなか意味を飲み込めなかった。
「バラバラに……なって……」
「さん……」
雷蔵はに掛ける言葉が見つからなかった。あれだけ予知夢の恐ろしい出来事を回避させたがっていたのに。
今のに何を言ったところで笑顔を取り戻してはくれないだろう。
それでも、雷蔵がやるべき事は1つだった。
雷蔵はの手をそっと離し、代わりに忍頭巾を手早く巻いて口元を覆う。ようやくも雷蔵がなぜ私服ではなく、忍装束なのかに気づいた。ハッとなって雷蔵の顔を見る。
「光陽国は月陰国との交渉があって、人手が足りません。僕達忍たまが正式に城からの使者として、稲葉村を調査する事を依頼されました」
「!……だったら、私も―――」
『一緒に行きたい』と言いかけて、は言葉が詰まってしまった。
雷蔵の袂から見えた武器の存在。
(雷蔵くんは、ただ村を見てくるわけじゃない。もしかすると、村人を殺した犯人がいるかもしれない。そうなれば戦う事だってある!私が一緒にいたら、足手纏いになるだけだ……)
戦えないが行けば、人質にされるかもしれない。
村人全員を殺したのだとしたら、犯人には何人もの仲間がいる可能性がある。
争いが極端に苦手ななら、猶更調査に同行する事は難しい。
(本当に予知夢なのか、私は知りたい!だけど、私が行って迷惑を掛けるなら、行かない方が良い……)
自分の無力さに絶望したとき、雷蔵は自分の手という光りを差し出した。
「雷蔵くん……?」
「さん、僕はまだ迷っています。あなたを連れて稲葉村に行く事を。もしかしたら、犯人が近くにいて襲ってくるかもしれない。さんを怖がらせたり、苦しめる結果が待っているのかもしれない。でも、予知夢と関係があるかどうかわかるのは、さんだけです。僕は狡いから、あなたの判断に任せます。さん、稲葉村の人達のためにも、どうか僕達を手助けしてくれませんか?」
てっきり『危険だから連れて行けない』と言われるとばかり思っていた。
(私は、もう護られてばかりの存在じゃない。私も皆から必要とされているんだ)
の心は雷蔵からの信頼に満ちていた。頼りにされた事で、は先ほどまでの暗く打ちのめされていた気持ちが消えていくのを感じた。
は迷わず雷蔵の手を取り、ぎゅっと握って応える。
「私も一緒に行くよ。予知夢の能力がまだ私に残っているのか、村で何が起きたのかが知りたい。村の人達のためにも。怖い気持ちが無いって言ったら嘘になるけれど、私も皆の役に立ちたいから!」
「……わかりました。さんの事は、僕達忍たまが全力で護ります。僕達の傍を離れないでくださいね」
「わかった!」
雷蔵はを連れて、まずは彦兵衛の元へ足を運んだ。が調査団の一員になりたいと願い出ると、案の定彦兵衛は猛反対した。彦兵衛が心配する気持ちもわかるが、も引かなかった。結局は5年生達が必ずを護り抜くという事で合意した。しかし、それも渋々である。
調査団の集まっている大部屋へ行くと、竹谷達が忍装束姿で待機していた。
雷蔵の隣にの姿を見つけ、それぞれが『まぁそうなるよな』という表情になる。それは呆れているわけではなく、予想している事が現実になったという納得の顔だった。
「、やっぱり来てくれたんだな。待ってたぞ。でも、無理していないか?」
「少し迷ったけど、私でも何か役に立てるなら行きたいと思ってたんだ。だから、雷蔵くんが迎えに来てくれたときは嬉しかったよ」
「そうか!」
「今回の調査では、さんもオレ達も村で事件が起きる直前まで現場にいた重要参考人です。村に行けば何か手がかりが見つかるかもしれません」
『予知夢の事も、ね』と、久々知が達以外には聞こえないように言葉を続ける。
大部屋に集められているのは、薬師3名、護衛兵が20名、城へ事件を知らせに来た村人10名、そして達だ。
特に村人達は、1人だけ若い娘であるにぎょっとした。遠慮無く視線を浴びせてくる。は自分でもここにいる事が異質だとわかっていた。しかし、それに負けるわけにはいかない。居心地の悪さを感じる中、三郎がを庇う様に隣に立ち、軽口を叩く。
「むさ苦しい男共の中に姫サンがいてくれて良かったよ。私だったら息が詰まって死んでしまうところだ。【掃き溜めに鶴】ってこの事だったんだな。うん」
「三郎くんってば……」
わざとらしく頷く三郎に、は少し気が楽になった。だけだったら、それこそ息が詰まるところだっただろう。
(三郎くんはさり気なく優しく出来る子だったな)
気づかれにくい優しさを持っているのが三郎だ。そのせいで誤解を生む場合もあるが、には三郎の気持ちが届いていた。
村人の内の1人である初老の男性が、神妙な面持ちでに声を掛けてきた。
「もしやお嬢さん、アンタも稲葉村へ行くのか?」
「は、はい、そうです。私にしか出来ない事があって、それで調査団に加えてもらいました」
「悪い事は言わない……。あのような恐ろしい祟りの現場、年若い娘が見るものではないぞ」
「祟り……」
は【祟り】という言葉に一瞬ドキリと心臓が跳ねた。それは、稲葉村の村人達が畏怖しているものである。
「祟りって、鬼姫の事ですか?」
「そうだ。あれは、間違いなく鬼姫様の祟りだ……」
不穏な言葉を口にする老人に、久々知が問いかけると、老人は頷き答える。
5年生達も警戒心が募った。の傍へ集まり、老人の視線を遮る。
老人はぶつぶつと何か呟きながら、再び村人達の輪の中へ戻って行った。
は胸の前で両手を握り締める。少しでも不安が消えるように。
稲葉村へ調査団が到着すると、しんと不気味に辺りは静まり返っていた。
村には確かに生活の痕跡がある。だが、生き物の気配を感じない。
村の周囲を偵察に行っていた久々知と竹谷が走って戻って来る。
「村の近くに犯人が隠れている様子はありませんでした。もうここは危険は無いようです。さん、安心してください」
「今は誰もいねぇみたいだが、万が一犯人が戻って来たときのために、オレ達から離れないようにしろよ」
「うん。ありがとう……」
村人達は震えながら村を案内するために先頭を歩き出した。村へ入ると、赤黒く変色した血溜まりが、ぽつりぽつりと井戸の周りや往来の道に落ちている。
「これって……?!」
「姫サン、直接見ない方が良いぞ」
「…………」
血溜まりをチラッと見れば、同じくらい赤黒い肉の塊や臓物、指などが無造作に転がっているではないか。それがあちこちにあり、は一歩を進むごとにくらくらと身体のバランスが保てなくなっていく。全身から血の気が引いていき、手足が氷のように冷えていく。
自分を奮い立たせるため、は硬く拳を握り締めて耐えた。
雷蔵はどんどん顔色が悪くなっていくの背中を支えた。触れた華奢な背中は、じっとりと汗が滲んでいる。
「ありがとう、雷蔵くん」
「さん、あまり無理をしない方が―――」
「あっ!!」
「?!さん?!」
「姫サン?!」
「どうしたんだよ、おい!」
「さん、待ってください!」
は正面に見えてきた光景に見覚えを感じ、堪らず駆け出した。
(嘘……!そんなはず……!?)
辿り着いたのは、村の集会場として使われていた広場だった。開けたその場所にも、バラバラに散らばった肉の塊が落ちている。10体以上はあるだろう。噎せ返る血の臭いが、の心に侵食していくのを感じた。
重なるのは、がおぞましく感じたあの夢。
ここは間違い無く、夢に視た光景そのものだった。
「!」
追いついた竹谷がの肩を掴んだ。その力に逆らう事無くぐらっとの体が揺れる。
「私が視た夢と同じ……」
「えっ?!」
追いついた5年生達が、の背後に立つ。呆然として虚ろな瞳のが見つめる先にある光景。いくつもの戦場を見てきた彼等でさえ、声がなかなか出せなかった。
刀傷でも火傷でも無く、獣に引き裂かれたような臓物の塊になった人間の姿。人の形をしていないからこそ、彼等に訴えてくるものがある。
これは―――
「人の仕業じゃない……!!」
悲鳴の様な声で、村人の男が叫んだ。ガタガタと身体を恐怖で震わせ、半狂乱になってボサボサの頭を掻き毟った。
「祟りだ!鬼姫様が蘇って、村人を祟ったんだ!鬼姫様は、まだどこかにいらっしゃるのだ!!」
「ひいい!鬼姫様がまだこの世のどこかに……!?」
「落ち着いてください!初代鬼姫は伝説上の存在です。大昔に死した者が蘇るなど、ありえない事です」
久々知が正気を失いつつある村人を宥め様とする。だが、久々知の手を振り払って村人は顔を歪めた。
「この死体の様子を見ろ!刀傷でも殴られたわけでもない!かつて、城の者達を八つ裂きにして殺した鬼姫様と同じ方法じゃないか!こんな殺し方、普通の人間に出来るわけないだろう?!」
「やっぱり鬼姫様の祟りだー!」
「この村はもうおしまいだ!」
村人達が次々に絶望を口にし、今回の事件が初代鬼姫の祟りである事を主張している。ヒートアップしていく村人達の様子は、他の調査団員にも恐怖を与えていく。
「なぁ……、オレ達はこのまま調査しても良いのか?」
「祟りだって話だろ?オレ達もこのまま祟られるんじゃ……?」
「こんな殺され方は、確かに普通の人間には出来ねぇ事だ……」
動揺の輪は広がっていき、大きな混乱に発展してしまう。耳障りな言葉が飛び交い、空気が重くなっていく。
「おい!マズいぞ!このままだと良くない!」
竹谷は村人の間に入って宥めようとするが、上手くいかない。
「鬼姫の祟りなんて冗談じゃない。そんなの科学を主とする忍者が信じるわけにはいかないだろう!」
「待って!三郎、僕も―――」
三郎も村人の興奮を鎮めようと駆け出したときだ。背後でドサッという無機質な音が響いた。興奮していた村人達を含め、その場の全員がハッとなる。音のした方を振り返ると、雷蔵に支えられていたが、この異様な雰囲気に飲み込まれ、倒れていた。惨殺された村人達の様子を見て、これまで良く耐えた方だ。
「さん……!」
雷蔵がの背中に腕を回し、肩を支える。血の気を失って真っ白になった肌には、玉の様な汗が滲んでいた。の異変を早く察知出来なかった事に、5年生達は悔しさを覚えた。
「!……ちくしょうっ!ごめんな、。争い事が大嫌いなのに、こんな事になっちまって……」
「もう少し辛抱してください。直ぐに休めるところへ連れて行きますから」
久々知はの汗ばんだ冷たい手を握り、励ました。は色素の薄い瞳を僅かに開く。残された力を振り絞り、小さく微笑んだ。そして、そのままは完全に瞳を閉じる。
年端もいかない少女が自分達のせいで倒れてしまった。痛々しい少女の姿を目の当たりにして、村人達は先ほどまでの狂気を忘れてざわつく。そんな村人達に、三郎は一歩前に出て、静かに、しかし低い声で嘲笑した。
「はっ!何が鬼姫様だよ。そんなわけのわからないものに怯えるより、やる事があるだろう?」
「鬼姫様にそのような事を言って、もし祟られたりでもしたら―――」
「姫サンを―――この娘を見ろよ。村とは全く関係無い、そこら辺にいる娘だ。でも、村が大変な事になったって知って、お節介にも手助けをしたいと言ってきたんだ。こんな状況になっていると知った上で、だ。だけど、アンタ達はどうだ?自分達の心配ばかりで、ただ怯えるばかり。呆れて何も言えない。アンタ達が城へ知らせに来たのは何のためだ?少なくてもこんな事を喚くためじゃないだろう?無関係の娘さえここまで来たんだ。アンタ達は、アンタ達のやるべき事をすべきだ」
「「「…………」」」
村人達は押し黙り、の事を見つめる。は熱も出ているのか、魘されながら浅い息を吐いている。
雷蔵も村人達を窘めるように言った。
「この村の凄惨な状況に傷ついていない人なんていません。だからこそ、不安や恐怖を煽るような発言は控えてください。きちんと調査をして、真実を明らかにしましょう。事件を解決させる事と、殺された人達を手厚く葬る事。彼女も、それを願っているはずです」
が倒れた事で、皮肉にも冷静になる時間が出来た。
胸に迫る言葉を受け、村人達はお互いの目を見た。鬼姫についての恐怖や不安はまだ残っている。しかし、それでも先ほどとは明らかに顔つきが違っていた。
「……この娘が休めそうな場所を探してこよう」
「それなら、オラは埋葬を手伝うべ」
「あ、ありがとうございます!!」
雷蔵はパッと明るい表情になった。そして、を横抱きにしてなるべくそっと持ち上げた。久々知達も胸を撫で下ろし、調査のために村を見て回ることにした。
次にが目を覚ましたときは、粗末な布団の上だった。炭特有の香ばしい匂いがして、起き上がれば、丁度三郎と雷蔵が囲炉裏で雑炊を作っているところだった。パチパチと小さく火花が散る音と、雑炊の優しい香りに心が癒される。
「……ここは?」
「あっ!さん!大丈夫ですか?どこか痛むところはありますか?」
「ううん、無いよ。平気。心配してくれてありがとう」
「ここは村長の家だ。布団は城と比べて粗末だろうが、家の構えはそれなりだろ?村人達が倒れた姫サンを休ませるなら、ここが1番だって言ってな」
「そうなんだ。言い争いになっちゃったときはどうしようかと思ったけれど、どうにかなったみたいで安心したよ。八左ヱ門くんと兵助くんは?」
「2人は村の調査に出ています。僕達はさんの護衛兼付き添いです」
「そら、雑炊だ。何か腹に入れた方が良いぞ」
「うん、ありがとう……」
「今出来たので、きっと美味しいですよ」
手渡された雑炊は、ふわりとの鼻孔をくすぐる良い香りがしている。手の平から伝わる温かさにつられて口にすると、あっという間にぺろりと食べてしまった。
「とても美味しい。ご馳走様!」
「すごい食べっぷりだな。作った甲斐がある」
「倒れたときはどうしようかと思いましたが、これなら大丈夫ですね」
「心配かけちゃって本当にごめんね。私、役に立てなかったな……」
「気にするなよ、姫サン。姫サンは姫サンのままで良い。姫サンのままでいてくれ」
「そうですよ。さんに無理して欲しくありませんから」
元気そうなの様子に、雷蔵も三郎も顔を綻ばせた。同じ顔をしているはずなのに、笑い方が違う。雷蔵は周りに花でも咲いているかのような朗らかさを持ち、三郎は悪戯っぽさを持っている。
2人はそっくりでも違う人間なのだと、は改めて感じた。
雷蔵と三郎も雑炊を食べると、手早く片付け始める。
三郎は囲炉裏の火を調節しながら、ぽつりと呟く様に言った。
「……雑炊、作っておいて言うのもアレだが、吐くかと思ったよ。村人のあんな姿を見たからな。私達も初めて戦場で屍の山を見たときは、全部吐いた」
「三郎くん……」
『兵助は鈍感だから、唯一吐かなかったけどな』と茶化す。だが、それは本心では無いだろう。
は苦笑いを浮かべて、自分の膝に視線を落とす。手元は囲炉裏の火で橙色に染まっていた。
「あの光景を見ても食欲があったのは、きっと私の中でまだ現実だと理解しきれていないからだよ。昨日まで元気に暮らしていた村の人達が、皆亡くなっている。しかも、人の形すら無い。……そうだよ。アレは人じゃなくて、物だよ。物の塊で、村の人達は、誰も……っ!」
次第に語尾に力が入ってくる。現実を自分の良いように置き換えていくを見ていられず、雷蔵が『さん!』と名前を叫ぶように呼んだ。
ハッとしてが我に返る。大きく見開かれた両目が徐々に細くなり、必死に涙を堪えていた。顔をくしゃくしゃにして、喉の奥から声を絞り出した。
「あの夢は、予知夢だったんだよ……」
「さん……」
「姫サン……」
が倒れたときから、その予感はあった。しかし、実際にの口から聞かされると、ショックは計り知れない。
「あの光景は……、村の人達があんな姿煮なる事を、私は夢で視ているの。私は村の人達がどうなるのかわかっていた。夢が現実にならないように、皆と村にも行った。だけど……、だけど……っ!」
は皮膚に食い込むほど拳を握り、悔しさに耐える。
予知夢の能力がに宿っている。それが、どれほど絶望的な事なのか、は心の底から理解していた。
「……予知夢は、必ず現実になる。そう彦兵衛殿から聞いている」
「うん……、そうだよ。予知夢は必ず現実になってしまうの。本当は、わかってた。私が十六夜姫だった頃からそうだったもの……」
三郎、雷蔵、2人の顔を見つめる。かつて、が十六夜だった頃に視た、予知夢を思い出す。は三郎、もしくは雷蔵に心臓を貫かれる夢に魘されていた。そして、それが現実になってしまった。その他、何度も予知夢を視て、その度に的中している。
予知された事は、必ず起きる。
運命は変えられない。
覆らない。
「さん」
「姫サン」
硬く握られたままの拳に、2人の手が重ねられた。2人の温かさが身に染みる。
優しく、けれども力強い目をした三郎と雷蔵。2人はに語り掛けた。
「予知夢が現実になってしまうとしたら、それで諦めてしまうんですか?そんなの、さんらしくないです。僕達の知っているさんは、必死に足掻いて、もがいて、運命を変えるために立ち向かう人です」
雷蔵は知っている。十六夜という姫になったは、必死になって自分に出来る事をしようとしていた。
「姫サン、予知夢は百発百中らしいが、百一発目はどうなるのか、誰にもわからないだろ?百一発目も、運命は変えられないと誰が決めたんだ?」
三郎は知っている。十六夜だったが、予知夢に苦しみながらも前に進もうとしていた事を。
「そうだぞ!雷蔵と三郎の言うとおりだ!」
「?!」
勢い良く戸が開いて入ってきたのは、村の調査から帰ってきた竹谷と久々知だった。恐らく達の話を聞いていたのだろう。久々知は竹谷の隣で深く頷いている。
「さんは1人ではありません。オレ達がいます。さんに何かあれば、オレ達だけじゃなく、忍術学園もきっと手を貸してくれます」
「もうには沢山頼りになる仲間がいるんだ。心配しなくても大丈夫だ!」
「雷蔵くん、三郎くん、八左ヱ門くん、兵助くん。私が間違ってた。諦めるなんて、私らしくなかったね。犯人を見つけ出すまで、まだ終わっていないよね」
は涙を拭って、目の前に希望がある事を実感した。己1人で抱え込みそうになり、押し潰されるところだった。肩の荷が下りる。肺に新鮮な空気を取り込み、は再び笑顔を取り戻した。の魂が力強く宿った瞳を見て、雷蔵達は安心する。
「さん、雷蔵、三郎。村の状況について説明する。特にさんには辛いかもしれませんが、聞いてくれますか?」
「……うん、聞かせて」
久々知は記録をした巻物を片手に報告を始めた。
「村人達の遺体について。あまりに遺体が損壊しているため、凶器が刀であるのか鈍器であるのかはもはやわかりません。しかし、他殺である事は間違いないでしょう」
「村人達が何らかの理由で火薬を使い、集団で自殺をした可能性は?」
三郎の質問に久々知は首を横に振る。
「火薬なら、身体をバラバラに吹き飛ばせる。だが、村人達によれば、これだけの人数を爆死させられるほどの火薬を村は所有していない。何より、遺体には焦げた跡も火薬の残りも見られなかった。火薬は凶器ではない。傷口を見て、おかしいと感じたのは、手足や頭などの末端箇所より、内臓の方がより細かく引き千切られている事です。手足や頭の方が比較的に原型を留めています」
はある可能性を思い浮かべてぞっとする。
「まさか……、内臓が見たいとか、内臓を引き千切る事に喜びを感じる快楽殺人……?」
久々知はの言葉にも首を横に振った。
「もしそうだったとしても、たった一晩で、しかも村人の誰にも知られずにやり遂げるのは無理です。快楽殺人犯が集団で現れるとは考え難いです」
「だったら、強盗団が現れたっていうのは?強盗団なら集団でいてもおかしくないし、一晩でも出来そうだよね?遺体を、ぐっ、ぐちゃぐちゃにしたのだって、証拠隠滅のためとか……」
「いや、その可能性もありません。村人が抵抗した痕跡がありませんし、金品は手つかずに残されていました。証拠隠滅のためなら、遺体を損壊させるよりも埋めた方が早いです」
快楽殺人でも強盗でもない。
犯人の手がかりが、深い霧の中に飲み込まれているかのようだ。
「そもそも、人間が犯人なのか?」
「三郎、お前まで鬼姫の祟りが原因とか言うなよ?」
「まさか。そんな事は思っていない。ハチ、狼の群が村を襲ったというのはありえるか?」
「そっか!人間以外なら、野生動物が村の人達を襲った可能性もあるよね。もしかすると、訓練されている狼に命令して人間が襲わせたのかもしれない」
は一瞬光りが差したように感じて顔を上げる。しかし、竹谷は『う〜ん』と唸った。
「確かに狼に襲われたり襲わせたりすれば、一晩で村人を全員殺せるかもしれねぇ。けど……、狼の足跡も爪痕も村には残ってなかった。だから狼の可能性は無いな」
「そうなんだ……」
八方塞がりになり、全員が頭を抱えてしまう。
の耳奥で、村人の言葉が木霊した。
祟りだ!鬼姫様が蘇って、村人を祟ったんだ!鬼姫様は、まだどこかにいらっしゃるのだ!!
本当に初代鬼姫が蘇り、祟りでも起こしたような惨状だ。もし鬼姫が犯人であれば、とてもしっくりくる事件である。だが、鬼姫の祟りなど、あり得るはずがない。
徐にが口を開いた。
「村の人達を埋葬しよう。事件の真相はまだわからないけれど、私達が諦めなければきっとわかるはず。それが村の人達の供養にもなるし、今の私達に出来る事だと思う」
それぞれが納得して頷き、達調査団は村人の遺体を丁寧に埋葬した。残された村人達は、これから城下町で暮らせるように手配をした。そして、達は夜空の下を暗い顔で城へ戻った。
城で達の様子を見た彦兵衛は、何かを察したらしい。報告を聞いた後は、何も聞かずに侍女達へ夕食と風呂の用意を命じた。その気遣いが達には有難かった。
自分の部屋に戻り、はふかふかの布団の中で目を閉じた。瞼の裏には暗闇ではなく、村での光景や予知夢の事が映っていた。
(私が直ぐに予知夢だって認めていたら、もっと早く行動に出ていたら……。村の人達はなぜ殺されてしまったの?いったい誰が?何のために……?)
ああすれば、こうしたら、という今考えても仕方ない事が止めどなく溢れてくる。
はぎゅっと瞳を閉じて、布団を勢い良く頭から被った。
(今は考えないで寝よう!明日やる事だってあるんだから、しっかり休まないと。皆がいてくれれば大丈夫。予知夢の事も、皆がいてくれるなら大丈夫……)
5年生1人1人の顔を思い浮かべながら、は眠りの波へ身を委ねた。
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