16:想いは時を越えて

あの出来事から1年後。また、あの日と同じ夏休みがやってきた。今年の夏はまた暑い。そしてまた夏休みの宿題が出された。今回も去年と同じく、自由研究的なもので、自分でテーマを決めて夏休み明けに発表しなくてはならない。
あたしは課題を決めて研究するというより、去年の経験を活かして、この町を訪れた外国人を案内するボランティアをしている。この町に訪れるのは、大抵忍者に関する展示や歴史を目当て。町にはかつて忍者の学校があったという。海外の忍者ファンからすると、ここは聖地のようなものだ。英語を一生懸命勉強して、拙いけれど何とか町や忍者の説明をしている。
今日は団体客が来ていた。すごく緊張したけれど、どうにか説明もわかってもらえたようで嬉しい。あたしは笑顔で手を振って観光バスを見送った。
バスが行ってしまうと、いつもあたしは虚無感に襲われる。

「あたし……何してるんだろ……」

灼熱の日差しの下、独り呟く。麦わら帽子の下、陽炎が揺らめいた。
あたしはボランティアを自分から始めたわけじゃなかった。高校生のボランティアを町で募集していて、そのとき学校の先生から『やってみないか?』と声を掛けられたのだ。
去年、夏休みの宿題は結局提出出来なかった。伊作や室町時代の事が頭にあり、とても宿題を提出出来るような心情じゃなかったから。でも、小さな新聞記事になるくらいの発見をしたからって、宿題はそれで良いと言われた。
発見というのは、あたしが伊作に崖から突き落とされて現代に戻った後の事。伊作と一緒に植えた種が現代で大きな木になっているのを思い出し、気づいたら駆け出していたのだ。立派な巨木になっていたその木は、確かに伊作と植えたあの木だった。





僕はこの目印の下で待ってる。ずっと、待っているよ。





現代にいるわけがない。伊作が、あたしの時代まであの木の下で待っていてくれるわけがない。
わかっていた。そんな事。
でも、あのときのあたしは……室町に戻る手段は無かったし、他に何か出来る事も無かった。けれど何かしたかった。その想いで、一心で木の下を掘った。
出て来たのは、白い骨。それが何を意味していたのか、あたしには直ぐわかった。伊作は……死ぬまでずっと、あたしとの約束を果たそうとしていた事を。
木の下から出土した人骨は、町でも有名な忍者の善法寺伊作ではないかという見解があり、今も研究者たちの間で議論になっている。そして、善法寺伊作本人のものである事が確定した。あたしは裏切り者伊作の遺骨を発見したとして、新聞に載ってしまった。そんなつもりはなかったのだけれど、研究者はとにかく沸き立った。
そういう経緯もあって、あたしは今ボランティアとして観光客の解説役をしている。
研究者たちは、裏切り者の伊作の遺骨である事は突き止めたものの、なぜあそこに伊作の遺骨があったのかは結論が出ていない。……それもそうか。現代人と約束を交わしたからなんて、きっと誰も想像出来ないだろうし。
あたしはボランティアが終わるといつも行く場所がある。それは、あの木が立っている丘だ。
いつも通り、丘の上に登った。丘の上からは、町の大部分が見える。熱い風が吹いた。木漏れ日が足元に模様を作っていた。ここに今いるのはあたしだけ。
木に触れて、あたしは瞳を閉じた。辺りに響く喧しい蝉の鳴き声も、このときはいつも遠くに感じる。
この木は、あたしがもう知りえない室町時代の出来事をずっと見て育った。今あるあたしにとって、伊作を近くに感じられる物。

「伊作、アンタはあの後どうなったの?あたしは、伊作のお陰で生きているよ。ここに生きてる」

身体が朽ちても、約束の場所で待ち続けた伊作。

「伊作は、ずっと約束を覚えていてくれたんだね」

あの日偶然手に取った1冊の本は、あたしに疑問を投げかけた。

「最初から、こうなるって未来は決まっていたんだろうね……。あのとき、どうしていたら良かったのか、今でもわからないよ」

もしかしたら、変えられたのかもしれない。
ありえない事を思う。

「おかしいよね……。アンタはいないのに、この時代でアンタの事を待ってしまうなんて」

いるはずのない人の姿を探して、軌跡を求める。

「あたしは、過去に行って良かったのかな?伊作……、あたしはどうすれば良い?」





、未来に戻ったら……またここへ来てくれないかい?





「ダメ……。また同じ事を繰り返してしまうかもしれない。あたしは、もう……魔法は遣いたくない……」

あたしは、あれから1度も魔法を遣っていない。大切な人を傷つけてしまう事になったら……。考えただけで気持ちが沈む。2度とあんな気持ちを味わいたくない。
魔法を遣っても、会える保証は無い。あたしの魔法はとても弱いもので、補助アイテムが無いと時間を越えるなんて芸当は無理だ。
だけど。
でも。

「伊作、あたし……もう一度会いたいよ……!」














「キミは、伊作に会った事があるのかい?」





上から急に声が降って来た。驚いたあたしは思い切り見上げる。風で揺れる木々の間から光が漏れ、眩しさに目を細めた。逆光で良く見えないが、太い木の枝の上に誰かが座って足を垂らしている。
申し訳なさそうにその人物は言った。

「ごめんね、聞くつもりは無かったんだけれど、いつ降りたら良いのかわからなくて……」
「え?ずっと、そこに……?」
「僕のリュックが根元にあるだろう?」

木の裏を覗き込めば、確かに青い使い古したリュックがあった。
この人は、あたしよりも先にここへ来て、あたしの独り言をずっと木の上から聞いていた……?!
あたしは急に恥ずかしくなって、顔に熱が集まるのを感じた。
一陣の風が吹き、木の上からまた声が降ってくる。

「気持ち良い風だね」
「そ、そうですね……はい」

あたしは何と答えたら良いのかわからず、そう言うだけで精いっぱいだった。
カサカサと揺れる木の葉の音に混じりながら彼の声が届く。気のせいか、少し外国人訛りのある言葉……。

「僕はアメリカ人だよ。とは言っても、日本人とのハーフだけどね」
「アメリカ人……。じゃあ、やっぱり観光で日本に来たんですか?」
「観光も兼ねているけれど、日本で言うところの『夏休みの宿題』みたいなものかな」

どこかで聞いたような話だ。

「僕は大学で日本のスパイ―――忍者の研究をしているんだよ。この町は忍者の学校が昔あったんだろう?アメリカでは見られない貴重な展示物が沢山見られて良かった!」

あたしよりも年上なのに、この人の声は楽しさで満ちていた。しかし、その後寂しそうに呟く。

「でも……僕が本当に知りたかった事はわからなかった」
「知りたかった事……?」
「学園を裏切って殺人犯と手を組んだ善法寺伊作の事だよ。彼に関する資料は十分とは言えない……。僕は善法寺伊作の事をテーマにしているからね」

益々どこかで聞いた話だ。
あたしは、この人にならあたしの知っている事を話しても良いと思った。

「…………信じられないかもしれませんが、あたし、伊作と会っているんです」
「え?」
「あたしは時間を操る能力がある魔法遣いなんです。時を越えるためには、強力な補助アイテムが必要だったんですけれど、あたしは魔法で過去に行って……伊作に会いました」
「魔法を……。そうだったんだね。だからキミはさっき……」
「はい」

あたしは沢山の人に伊作がどんな忍者だったのか、ボランティアをしているときに話した。でも、それは世間一般で言われている【裏切り者の伊作】の事であり、あたしの知っている伊作ではない。だから、これが初めて話す伊作の事だ。

「―――伊作は、あたしを現代に帰そうとして学園の命令を無視しました。伊作は裏切ってなんかいない……。あたしを助けるために……。悪いのはあたしなんです」

彼はずっとあたしの話を黙って聞いてくれた。何度か声が震えてしまったけれど、それでも何も言わずにあたしの言葉を待ってくれた。

「あたしが、伊作を裏切ったようなものです。伊作を信じられなかったから……あんな事になってしまったんです。全部、全部……あたしのせい……。あれからどうなったのかもわからないの」

堪え切れなくなって、もう1年も前の事なのに涙が零れた。いつまで経ってもあのときの光景が、感情が溢れてしまう。
ずっと黙っていた彼が口を開いた。でも、





「話してくれてありがとう、





それはあたしの予想していた言葉と全然違っていた。





「僕はキミの言う事を信じるよ。だから、今度は僕が知っている事をキミに話そう」





『僕が知っている事』って、何?
それより、何であたしの名前を知ってるのよ……!?

「伊作はキミを助けた後も生きているよ。いや、生きていたよ。学園長先生から命令を無視した罰は、卒業が1年遅れただけで済んだ。キミが心配する事なんて何も無いんだ」
「伊作は、あの後もずっと生きて……?」
「うん。それからキミが過去に来る切っ掛けになった回顧録を書いたんだ。必ずキミが読むとわかっていたから」

この人は、いったい何を言っているの?

「回顧録の最後の方のページには、キミへの想いを綴ったよ。まるで恋文だね。いや……、あの回顧録全てが恋文だった。でも、やっぱり止めようと思って、そのページは切り取ってしまったんだ」
「どうして……?」

話を聞くだけで精いっぱいだった。

「だって―――うわあああああっ?!」
「?!」

木の上から突然彼は降って来た。いや、落ちて来たと言うべきか。落ちた衝撃で地面が揺れる。あたしは慌てて彼に駆け寄った。金髪の頭を押さえて、恥ずかしそうに笑う。

「痛ーーー!あはは……、こんなときまで僕は不運だね」
「大丈夫ですか?!あ……」

顔を上げた彼の目は、綺麗な青い色をしていた。でも、あたしが驚いているのはそんなものじゃない。何にあたしが驚いているのかを、彼はわかっているらしい。青い目を細めて笑う。

「……だって、ここで待っていると約束しただろう?必ず会えるんだから、直接キミに伝えた方が良いと思ったんだ」

喉から絞り出すように、あたしは彼に問いかける。





「あなたは、誰……?」





金髪に青い目の彼は答えた。





「僕はアレックス。そして、僕の和名は、善法寺伊作





また感情が溢れて来る。





「何度も夢の中で泣いている女の子の夢を見た。僕は何度も知らないはずのキミの名前を呼んでいたよ。そして、もう1人の僕がずっと木の世話をしていた。約束の事を、いつも呟いていた。いつか必ずキミに会えるまで待っていると。……ようやく今日、全部思い出したんだ」

あたしも忘れていないよ。
ずっと待ってた。
今、あたしは泣いている。

「僕が伊作だよ。髪の色も、目の色も、年齢も違って、日本人ですらないけれど……。信じて……くれるかい?」

あたしは伊作を掻き抱いた。涙で声が上ずっても、必死に言葉を紡ぐ。

「信じるよ。伊作の言う事だもの……!今度は、絶対に……っ」

もう2度と裏切ったりしない。
あたしは、この人を信じてる。

「ようやく伝えられる」

伊作はあたしの背中に腕を回して、あたしと体温を共有してくれる。真夏の今日は本当に暑いけれど、この熱は心地良い。

「あのとき言えなかった事を言うよ」

お互い必死に抱きしめ合う。これまでの全ての距離を埋めるように、強く強く。





、キミが好きだ。この想いは、数百年変わらなかった」




>>END

2009.08.15 ~ 2012.08.03

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