本気の俺は、すげぇんだからね


は新米審神者だ。の本丸では、今のところ初期刀と短刀、脇差が主な主力である。
の刀剣男士達は演練や出陣をして強くなっているが、それは敵側も同じ事。油断すればあっという間に負けてしまうだろう。なるべく刀剣男士達に怪我をさせないように、安定した勝利を手に入れたいところだ。その為には、敵を一網打尽に出来るくらいの強力な戦力が必要だ。
そこで、はまだ見ぬ大太刀を顕現させようと目標を立てた。特に顕現させたいのは、大太刀の中でも【演練の悪魔】と呼び声高い蛍丸だ。はまだ蛍丸を見た事が無かったが、その強さだけは審神者達の定例会で聞いている。演練で当たれば間違いなく苦戦する相手。しかし、味方になってくればとても頼りになる存在らしい。

(大太刀だし、演練の悪魔なんて呼ばれているし、きっと背がすごく高くて、筋骨隆々の立派な刀剣男士なんだろうな)

の想像する蛍丸は、ムキムキマッチョで熊の様な大男だ。時間遡行軍を千切っては投げ千切っては投げ……。『いや、刀を使えよ!』と、蛍丸の同派である愛染からツッコミを入れられそうだ。
とにかく、まだまだ弱いの本丸の要になってくれるはずと期待している。

「愛染君、お願いっ!」
「おう!今日こそ蛍を顕現させようぜ!」

愛染の威勢の良い掛け声と共に、蛍丸を呼べるというレシピで鍛刀を開始した。妖精達が現れ、新たな刀を作り始める。は手伝い札を使って一瞬で鍛刀を済ませた。

「……あっ、愛染君!コレ、大太刀だよ?!大太刀だよね?!」
「おおっ、マジか!?すっげぇな!」

出来上がった刀の大きさは間違い無く大太刀と呼ばれるものだ。は愛染の手を取って、嬉しさのあまりぴょんぴょんと跳ねた。

「それじゃ、さっそく顕現してみようぜ!」
「ラジャー!!」

はそっと大太刀に触れ、すっと横に撫でる仕草をした。その瞬間、ふわっと桜の花弁が舞って、柔らかな光が大太刀を人間の姿に変える。だが―――

「?!」
「阿蘇神社にあった蛍丸でーす。じゃーん。真打登場ってね」





大太刀にしては、大きさが小さ過ぎる。





「蛍〜!待ってたぜ!」
「あっ、国俊だ。やっほー」

愛染は嬉しそうに顕現した蛍丸に抱き着いた。蛍丸も嬉しそうに愛染の背中に手を回した。
すっかり愛染は蛍丸を認識し、受け入れている。だが、だけは呆気に取られていた。なぜなら蛍丸が想像していた姿形と全く違うからだ。
蛍丸の姿はムキムキマッチョでも筋骨隆々の熊男でも無く、小学校低学年くらいの無垢な子供だ。しかも、短刀の愛染よりも背が小さい。

「え……?本当に、あなたが蛍丸なの……?」
「そーだよ。ほらっ」

くるっと可愛らしい仕草で蛍丸は背中を見せてきた。確かに、蛍丸が背負っているのはランドセルではなく立派な大太刀だ。蛍丸の身長を超えている。大人であるでさえも、持つのが大変そうな大きさだ。

(もしかして、鍛刀に失敗したの?私のせい?だからこんなに小さい子になっちゃったの?!)

の審神者としての力はそこまで強くない。もしかすると、鍛刀に失敗してしまったのではないかという不安が込み上げてきた。心配そうに愛染がを見上げた。

「主さん、どうかしたか?変な顔してるな。せっかく蛍が来たのによ」
「いや、ちょっとびっくりしちゃって……。こんなに小さい子が大太刀にいるなんて思わなかったから」
「何それ?バカにしてんの?」

ぷく〜っと頬を膨らませた蛍丸の子供っぽい表情に、は思わず笑ってしまった。

「あはは、バカになんてしてないよ。本当に驚いただけ。ごめんね。ほら、仲直りしよう」

は蛍丸の小さな手を握り締めた。まだ柔らかい子供の手をしている。この小さな手で、凶悪な時間遡行軍に立ち向かえるのかが不安だ。それを察したのか、蛍丸は胸を張って堂々と言う。

「大丈夫だって、主。本気の俺はすげぇんだからね」
「……わかった。これから宜しくね、蛍丸君」

こうして念願だった大太刀・蛍丸が仲間になった。
は一応時の政府に問い合わせたが、蛍丸に異常は見つからなかった。鍛刀に失敗したのかと思ったは、その回答にホッと胸を撫で下ろした。
しかし、やっぱり蛍丸が子供だった事に驚きを隠せない。本体の大きさにより、姿形は決まっていると思い込んでいたからだ。短刀は子供、太刀は成人男性、槍は背が高い、などなど。が鍛刀に失敗したと思っても無理は無い。出陣させるのも恐々だった。
の心配はどこ吹く風。蛍丸の活躍には目を見張るものがあった。出陣すれば誉れ泥棒になり、演練に行けば悪魔のように勝利をもぎ取ってきた。
だが、は基本的に本丸に待機しているので、蛍丸が大太刀を手に戦う姿を見た事は無かった。その為、例え演練の悪魔と審神者達の中で呼ばれているとしても、にとって蛍丸は可愛らしい子供のままだった。

「主ー、また俺が誉だったよ。褒めて褒めて」
「頑張ったね、蛍丸君。いつもありがとう」
「あっ、そんなに撫でたら背が縮んじゃう!」
「あ、つい……。ごめんね。蛍丸君がとても可愛くて、撫でる衝動を抑えられなかったよ」
「むう。俺、そんなに子供っぽい?」
(『そうだね』なんて言ったら、ぶすくれちゃうんだろうなぁ……)

こんなやり取りが幼くて愛らしい。演練の悪魔とは誰の事なんだろう?とは疑問に思ってしまう。誉を取って来るのだから、勿論強くて頼りになる大太刀なのだろうけれど、は半信半疑だった。
だが、後にこの認識を改めるきっかけが訪れる事になる。
















蛍丸が数々の武功を挙げてくるので、は休暇を取って蛍丸と一緒に出掛ける事にした。蛍丸はくりっと大きな目を輝かせて、『本当?行きたい行きたい!』とはしゃいだ。
と蛍丸は時空門を通って、の時代である2000年代初頭に転移した。蛍丸は戦装束を脱いで、この時代のTシャツに短パンのジーンズ、頭にはキャスケットという子供らしい恰好をしている。

(こうして見ると、普通の可愛い子供だよね)

彼が刀剣男士と呼ばれる勇猛果敢な付喪神だと、誰が想像出来るだろうか。

「主、早く行こうよ」

蛍丸がきゅっとの手を握ってきた。

「あ、うん。こっちだよ」

は逸れない様にその手を握り返す。
と蛍丸は、大都会の片隅にある老舗の甘味処へ入った。優しくて古い木の匂いがする店内はとても繁盛している。運良く席が丁度2つ空いていた。はその席に座ると、備え付けられていたメニューを蛍丸に差し出す。

「ここはね、私が子供の頃から通っている甘味処なんだ。看板メニューは特製あんみつパフェだよ。いつも私はコレを注文しているの」
「ふーん、そうなんだ。主が好きなやつなら、俺も食べてみたいかも」
「うん、ぜひ!きっと蛍丸君も気に入ると思うから」

店員を呼んで特製あんみつパフェを注文すると、暫くして注文した品がテーブルに運ばれて来た。粒餡に艶々した杏と白玉、抹茶のアイスが盛り盛りに乗っている。パフェの下層には抹茶カステラと抹茶プリンが待ち受けており、最後まで飽きが来ないように工夫されている。他のテーブルを見ても、同じパフェを頼んでいる人が多いようだ。
まるで宝石のような輝きを放っている特性あんみつパフェを前に、蛍丸は期待を隠せない。『頂きます』と言い、スプーンでパフェを口に運ぶ。弾力のある白玉と、丁度良い甘さの餡子が絶妙なハーモニーを奏でている。蛍丸はパッと綻ぶような笑顔を見せた。

「これ、すごく美味しいね」
「そうでしょう?私も初めて食べた時、すっごく感動したんだ〜。あ、でもちょっと割高だから、毎日食べられるわけじゃないんだよね。毎日食べたいけど!」
「毎日食べたい気持ちはわかるかも」

夢中になって頬張る蛍丸は、やっぱり愛らしい子供だ。大きな刀を背負って出陣していても、蛍丸はにとって守るべき存在だった。
蛍丸は口の端に生クリームを付けてしまっている。はくすくすと笑いながら、蛍丸の口元に手を伸ばした。

「ほら蛍丸君、口にクリームついてるよ」
「!だ、大丈夫。俺、自分で取れるから」

蛍丸はの手を払うと、ポケットからハンカチを取り出して口元を拭った。ハンカチには、丸っこいフォルムでホタルが飛んでいる刺繍がされている。ハンカチまでも可愛いとが思った時、蛍丸の頬がぷくっと膨らんだ。

「子供扱いしないでよね。俺は刀剣男士で、付喪神。短刀ならともかく、大太刀だし。主よりも歳だってずっと上なんだからさ!」
「うーん、ごめんごめん。蛍丸君が、私よりもずっと年上で神様っていう事もわかっているけれどさぁ……」
「誉だって沢山取って来てるじゃん。今は俺が部隊長だし。もっと大人だと思って扱ってよね」
「それはそうなんだけど……。蛍丸君は何でそこまで子供っぽいとか大人とか、そういう事に拘るの?私は蛍丸君の主なんだし、自然体に振舞っても良いと思うけどなぁ」

の疑問は最もだった。蛍丸と同じような外見をした短刀達は、の接し方や態度について苦言を述べてきた者は殆どいない。いたとしても、蛍丸ほど突っかかってはこない。

(蛍丸君だって、他の子達と遊ぶ時とは、来派と一緒にいる時は、子供っぽいとかそういう事に拘っていないように見えるし……。あれ?!もしかして、私、蛍丸君に嫌われてる?!私の前では大人びていないといけないとか、そういう風に考えてる……?!)

蛍丸が自然体に振る舞えないのは、自分の事を敵視し、心許せる相手だと思えていないせいかもしれない。
最悪なケースに辿り着いてしまったは、蛍丸から視線を逸らし、恐々と尋ねる。

「あの……、蛍丸君。もしかして、私、あなたに嫌われるような事しちゃったかな……?だから、私には違う態度を取るの……?」
「えっ?そんなわけないでしょ」

マイペースの蛍丸が、珍しくの言葉に焦っている。嫌われている説を否定されたものの、は安心出来なかった。

「だって、愛染君とか明石さんと一緒にいる時みたいには振舞ってくれないでしょう?私といる時は、妙に背伸びしているというか……」
「主は、国行と国俊とは全然違うじゃん」
「うっ!それはそうなんだけどさ……」

確かに、家族である同派の刀と同じように接してくれと言うのが無理な話だろう。しかし、完全否定されてしまうと、それはそれで辛い。
蛍丸は怒ったように眉を寄せ、プイっと顔を逸らしてしまった。

「もう!鈍いよね、主ってば」
「え?鈍い……って、何が?」
「……何でもなーい」
「?」

蛍丸には、に対して大人びた態度を取らなければならない理由があった。正確には、1人の男として見て欲しいという気持ちである。を審神者と刀剣男士という感情以上の気持ち―――恋心を抱いているのだから。
顕現された当初、小さな大太刀である事をに心配され、腹立たしさを覚えた。自分は強い大太刀だと証明するため、持ち前の負けん気をバネに戦場では誉を取りまくった。
出陣から戻った時、優しい笑顔で迎えてくれる。彼女にいつしか特別な感情を抱いている自分に気づいた。
それからというもの、蛍丸はただ自分の強さを証明するだけでは無く、異性として、彼女を守れる存在として、に見てもらいたいと思うようになった。
しかし、蛍丸はなかなかに異性として意識して貰えずにいた。大太刀として顕現されたにも関わらず、彼の身体は小さくて幼かった。蛍丸は自分の形に誇りを持っているものの、の前では複雑な気持ちになる。

(恋って難しい……)

異性として見られていないどころか、蛍丸には沢山の恋敵がいる。刀剣男士と言えど、男には変わりない。は無自覚だが、刀剣男士と並んでも見劣りしないほどの美人だ。美しい花には、甘い蜜を求めてミツバチが群がるというもの。のんびりしていてはは他の刀剣男士に奪われてしまうかもしれない。

(主が鈍くて良かったかも)

蛍丸はそう思いながら、ぱくっと抹茶プリンを食べる。
他の刀剣男士達を出し抜くためにも、もっととデートをする必要がある。2人になれる機会をどんどん増やせば、蛍丸にもチャンスが増えるだろう。

(誉を沢山取れば、ご褒美にまたデートしてくれるかもしれないよね。……でも、他の皆だって頑張ってるし、短刀が極になったら誉を貰うのは難しくなるかも)

敵が強くなれば、刀剣男士達も強くなる必要がある。蛍丸は今本丸で主戦力だが、これから先はどうなるかわからない。
どうしたものかと蛍丸が考えていると、背後でガラッ!という乱暴な音が響いた。そして、ドカドカと筋骨隆々な男達が入店してきた。白い長袖のシャツを巻くっており、そこからは般若の彫り物が堂々と鎮座していた。坊主頭にサングラスを掛け、明らかに素人ではないとわかる。任侠の者達だった。

「おい、邪魔するぜ」
「ひっ……?!」
「な、何……?」

他の客は突然現れたヤクザの団体に驚いて、顔を青くさせた。『見世物じゃねぇぞ!』とヤクザの1人が怒鳴り、それを合図にお客は慌てて転がるように逃げ出した。
は身を硬くしてしまって動けない。蛍丸はというと、平然とあんみつパフェを食べ続けている。しかし、男達の動向を見逃すまいと丸い両目を鋭くさせた。

「誰に許可を貰ってここで商売してるんだよ、じいさん!」
「…………」

この団体の頭と思われる男が、今にも掴み掛りそうな権幕で初老の男性に詰め寄った。初老の男性―――店主は冷や汗を流して硬直してしまっている。倒れずに踏ん張っているだけ立派だと思う。店主として、声を震わせながら必死に言い返した。

「こっ……、ここは、私達の一族が代々受け継いできている土地だ。私達が立ち退く理由は、無い……!後からいちゃもんを付けてきたのは、あっ、アンタ達の方だろ……」

この一言から、どうやらヤクザがこの店の土地を奪い取ろうとしている―――地上げ屋の被害に遭っているとわかる。恐らくこのような事は、一度や二度では無いのだろう。
顔に大きな一本傷がある男が、更に店主に詰め寄った。

「ああん?そんな事は関係ねぇんだよ!大体、タダで立ち退けって言ってるわけじゃないぜ?きちんと金も準備してある。先祖だか何だかも、お前の懐が潤えば喜ぶってもんだろ?」

そう言って、頭が合図を送ると、手下がアタッシュケースから札束を取り出してばら撒いた。万札が宙を舞う。確かにタダで立ち退けと言っているわけではないらしい。しかし、男達からは誠実さの欠片も感じない。
店主はヤクザ達の提案を拒絶する。

「私達は、ここから立ち退くつもりはないっ!何度もそう言っているだろう……?!わ……私達は、誇りを持って商売をしているんだっ!美味しいと言って食べてくれるお客様がいてくださる限り、この店を畳むつもりは―――」
「黙れっ!」

頑なに拒否する店主に痺れを切らした手下が、店主の胸倉を掴んだ。
震えていただったが、ぐっと拳を握って立ち上がり、勇気を振り絞って声を張り上げた。

「止めてくださいっ!あなた達、こんな事をして恥ずかしくないんですか?!このお店が無くなったら、私の大好きな特製あんみつパフェが食べられなくなるでしょうがー!!」

途中から自分の願望が混ざっていたが、は懸命に訴える。しかし、この程度でヤクザ側が退くわけが無かった。にターゲットが移り、ヤクザがに近づいてくる。そして、の細い腕を掴もうとゴツゴツした手を伸ばしてきた。

「小娘が!口出ししやがって―――!」

男の手は、の腕に届かなかった。なぜなら、蛍丸が小さな手で男の腕を掴んでいたのだから。





「ちょっと、主に触らないでよ」





「なっ?!このガキ―――?!何だ、この異様な力は……?!」

小学生にしか見えない子供が、筋肉で覆われた太い腕を掴んで離さない。振り解こうと力を込めるが、全く腕を動かす事が出来ない。ギリギリと蛍丸の指が食い込んでくる。幼い子供とは思えないギラっとした目が、ヤクザを射抜く。

(蛍丸君……、まるで別人みたい……)

ヤクザだけではなく、も蛍丸の強さに度肝を抜かれた。店主も意外な展開になって唖然としている。

「離せよガキ!」
「蛍丸君っ?!」

空いている手で蛍丸の事を殴ろうと拳を振り上げた。しかし、蛍丸は涼しい顔をしてひょいと避けてしまう。バランスを崩したヤクザは、みっともなくその場に尻もちをついてしまった。蛍丸はヤクザに見向きもせず、の傍に寄る。

「主、大丈夫だった?怪我してない?」
「あ……うん。ありがとう、蛍丸君。私は大丈夫だよ。それより蛍丸君こそ、大丈夫だった……?」
「俺?全然平気。勝手にこの人が転んじゃったからね」

蛍丸はチラッと呆気に取られたままのヤクザを見下ろした。小バカにしたような態度を取られ、ハッとしたヤクザが激高する。

「クソ生意気なガキ!あまり大人を舐めてると―――」
「ねぇ、ちょっとうるさいから、俺と勝負しよ?」
「何……?」
「おじさん達の中で1番強い人と俺で、勝負するんだよ」
「蛍丸君?!勝負だなんて、そんなのダメだよ!」
「大丈夫ー。人間相手に本気出すわけないじゃん」
「いや、そういう意味じゃなくて……!」

刀剣男士として、人間に危害を加えるわけにはいかない。しかし、はそれ以上に、蛍丸が筋骨隆々の男達に怪我をさせられてしまうのではないかと心配したのだ。

「ははははっ!何を言うかと思えば、ガキがいっちょ前な事を言いやがる。面白しれぇ。もし俺に勝てたら、この店には金輪際近づかねぇよ。でも、ガキ。お前が負けた時には、この店は潰して立ち退いて貰うからなぁ!」

ヤクザ達の中で1番血の気の多い男が、蛍丸の前に躍り出る。子供相手に大人気ない事を言い出す男には、常識など一切通用しないのだろう。だが、蛍丸は特に動揺もせず、『わかった』とにっこり頷いた。
店主もパニックになってしまう。子供相手に勝負をする事になり、しかも負けた時にはこの店を手放さなければならないのだから当然だ。

「お客様に手を出すのは……!」
「ど、どうしよう……?!」

も店主と一緒になって思い悩んでしまう。蛍丸を護りたいが、非力な女性である彼女に、ヤクザと対等にやり合う事など出来ない。

(私が口出ししたから、蛍丸君が……)

ハラハラしていると、蛍丸がを安心させるようにぎゅっと手を握ってきた。

「主、大丈夫だってば。人間には怪我させないようにするし」
「そういう問題じゃない〜!」
「ね、俺の言う通りにして。お店の扉を開けておいてよ」
「……うん、わかった。危ない事はしないでね」

真っ直ぐに見つめられ、は蛍丸を信じる事にした。言われたとおり、店の扉を全開に開ける。

「それでクソ生意気なガキ、何で勝負するつもりだ?かけっこか?それとも鬼ごっこか?あははは!」
「……もう」
「何?」

蛍丸は、細っこい腕をぐっと差し出して言った。





「俺と腕相撲勝負だよ」





一瞬沈黙が訪れ、ヤクザ達は大笑いしてしまった。小学生がムキムキのヤクザを相手に腕相撲勝負など、勝てるわけが無い。

「俺を相手に腕相撲を挑んでくるとは、笑わせるな。良いぜ、乗ってやるよ、その勝負」
「俺が勝ったら、このお店の敷居は2度と跨がないでよね」

1番血の気が多そうなその男は、ドカッと椅子に座り、筋肉に包まれた太い腕を差し出してきた。蛍丸もそれに応じて、男より一回り以上細い腕を伸ばし、手を組んだ。小さな蛍丸の手は、すっぽりと男の手で隠れてしまう。
蛍丸に腕を掴まれたヤクザだけが、蛍丸の未知なる威圧感を感じ取っていた。

「アニキ、気を付けた方が良いですよ……」
「あん?何言ってんだお前。こんなちっこいガキに何を気を付けるって言うんだよ」
「さっき腕を掴まれた時、普通とは思えない力を感じちまって……」
「はぁ?バカかお前。このガキ負かせば、この店の土地が組に入るんだ。こんなチャンスを逃すわけねぇだろ」

店主は勝負に負けたら土地を明け渡すなど言っていない。だが、ヤクザ達の中ではもうそういう話になっているらしい。
店主は冷や汗を流し、事の成り行きを見守っている。そしては、固唾を飲んで祈る。
ヤクザの1人が、掛け声を上げた。

「始めっ!!」

合図と同時にヤクザが余裕の笑みを浮かべて力を込めた。一瞬でヤクザの勝利。それを確信している顔だ。
しかし、どうした事だろう。開始の合図はあったのに、蛍丸もヤクザも全く動かないのだ。手はスタート時の位置で、お互いに握られたままの状態。ヤクザは鼻息を荒くして物凄く力を込めているようだが、対する蛍丸は普段の様子と変わらない。

「アニキ?」
「どうしちまったんですかい?全然動いてないじゃないですか」

他の手下達も、兄貴分の様子がおかしい事に気づいて次々に訊ねてくる。いったい何が起きているのか?

「何?どういう事……?」

も蛍丸が負けてしまうとばかり思っていたのに、この展開は予想外だった。
手を握ったままのヤクザは、脂汗を流して卑怯にもテーブルを握って蛍丸の腕を倒そうとしている。けれども、全く蛍丸の手は倒れそうにない。微動だにしていないのだ。

「何だよ……このガキ……?!俺が全力出してるって言うのに、全然……?!」
「えっ?!」

はヤクザの言葉に耳を疑った。だが、目の前でその信じられない出来事は起きている。蛍丸は、自分よりも圧倒的に大きな男に、力で全く引けを取っていない。いや、余裕の表情をしているではないか。
蛍丸はあからさまな溜め息を吐き、つまらなそうに言った。

「おじさん、もうおしまい?」
「なっ?!」
「俺も飽きちゃったし、終わりにしようか。とうっ」

対して力の入っていない蛍丸の掛け声と同時に、ヤクザの視界がぐるんと回転する。世界が回っていると錯覚してしまうほど、勢い良く。そして―――

「う、うわああーーーっ?!?!」

が先ほど開けた扉の外へ、巨漢は投げ飛ばされてしまった。そのまま倒れ込んで目を回している。

「「「アニキーっ?!」」

ヤクザ達は悲鳴のような叫び声を上げ、扉の向こうへ駆け出した。
は興奮した様子で蛍丸を祝福した。

「蛍丸君、すごいっ!!あんなに大きな人を軽々と……!すご過ぎるっ!!」
「えっへん!すごいでしょ。俺、大太刀なんだからね」

蛍丸は得意げに腰に手を当ててポーズをする。それから扉の外へトコトコ歩いて行くと、ヤクザ達に戦場さながらの殺気を放って言った。





今度この店に近づいたら……、わかってるよね?おじさん達





喉元にギラギラした刃を押し付けられているような、そんな気がした。

「「「ひっ、ひいいいい〜〜〜?!」」」

ヤクザ達は蛍丸に鬼神の気迫を感じ、その場から転がるように立ち去った。もうこの店にゴロツキ共が近づく事は無いだろう。
店に静寂が戻った。そしてが蛍丸の事を背後からぎゅっと抱き締める。不安から解放された事、そして蛍丸が無事だった事への抱擁だった。突然抱き締められた蛍丸は、一瞬驚いて目をぱちくりさせたが、の腕を嬉しそうにぎゅっと抱き返した。

「蛍丸君、無事で良かった……!心配したよ〜!」
「ごめん。でも、大丈夫だったでしょ?俺、力には自信あるからさ。もう子供扱いなんてさせないよ」
「うん、すごかった。蛍丸君、恰好良かったよ」
「!」

のその一言が、蛍丸にとってものすごく破壊力のある言葉だった。ポッと顔を赤らめてはにかむ。その姿はどう見ても愛らしい子供だ。けれども、はその認識を改めなければならないと思った。

「蛍丸君ってかなり冷静な判断していたよね。相手を傷つけず、それでいてこのお店も守っているんだもの」
「このお店には、主が大好きな特製あんみつパフェがあるからね。絶対に護らないとダメでしょ!」
「えっ?私の為だったの……?ありがとう、蛍丸君」
「あの……」

店主が扉から出てきた。安堵の表情でと蛍丸に頭を下げた。

「この度は、助けて頂き、ありがとうございました!なんとお礼を言ったら良いのか……!」
「気にしないで。美味しいあんみつパフェのお礼だよっ」
「そうですよ。お店が無事で本当に良かったです」
「ああそうだ。お礼に、特製あんみつパフェの年間パスポートを差し上げますよ。いつでも食べに来てください。お待ちしておりますから」
「ええっ?!そんな、悪いですよ」
「いいえ、これくらい大した事はありません。先ほどの男達を追い払ってくださったのですから」
「やった!主、受け取りなよ。すっごいご褒美じゃん」
「えっと……では、お言葉に甘えさせて頂きます」

2人が帰る時、店主は手書きの特性あんみつパフェの年間パスポートを書いてくれた。

「コレ、私が貰っても良かったの?蛍丸君がいたから貰えたものなのに」
「ふふっ、タダでは譲ってあげないよ」
「うわ〜!マジか!」

悪戯っぽく蛍丸が目を細めると、は頭を抱えた。良い話には何か裏がある。覚悟して蛍丸の次の言葉を待っていると、突然グイっと蛍丸に引っ張られた。そして、頬に柔らかくて温かい感触がした。キス、である。

「えっ?!ほっ、蛍丸君?!」

突然のキスに、は顔を赤らめてあたふたしてしまう。

「この特製あんみつパフェを食べに行くときは、必ず俺の事を誘ってよね。デートしよ?それが条件だよっ」

2人になれる時間を思わぬ形で得た蛍丸は、嬉しそうにパスポートをの手に握らせた。そして、と手を繋ぐ。
蛍丸の小さなこの手が、大きな力を秘めている。はその事実を知って、ドキッと心臓が跳ねた。

(あれ……?何だろう?この気持ち)

何だか胸の奥が温かい。今まで感じた事が無いくらい、安心感と幸福感が満ちている。何度も蛍丸とは手を繋いだ事があるというのに。
この気持ちが何であるかは、まだにはわからない。でも、近い内にその正体に気づくだろう。何せ、これからまた何回でも蛍丸とデートをするのだから。

(これから本気で口説くから、覚悟してよね!主)


2018.12.05 更新