撃退5 古備前&三名槍

<鶯丸Ver.>

審神者として毎日忙しく過ごしてきたが、今日は久し振りの休息だ。
というわけで、今私は現世で大人気の抹茶スイーツ専門店に来ている。抹茶スイーツという事で、お茶に目が無い鶯丸と一緒だ。

「今日を楽しみにしていたわけだが、随分と行列が出来てしまっているな」
「そうだね……。流石、大人気のお店なだけあるなあ」

ずら〜〜っと行列が店の前に出来てしまっている。ざっと30人は並んでいるだろう。

「覚悟はしていたけれど、すごいね。ごめん、鶯丸」
「何故主が謝るんだ?大行列が出来ているという事は、それだけこの店の甘味が美味いという事なのだろう」

私は、鶯丸に嫌な思いをさせてしまっているかもしれないと、焦ってしまった。しかし、鶯丸はいつもの柔和な微笑みを浮かべてそう言ってくれる。それがとても有難い。

「これ、絶対に30分は並ぶと思うけれど、それでも鶯丸は大丈夫?」
「ああ」
「お客様、恐れ入ります。混雑解消の為、お連れ様がいらっしゃる場合は、お1人だけ並んで頂きますようお願い申し上げます」

店員が行列に並んでいる私達に声を掛けてきた。確かにこの店がある通りは狭い。他の通行人に迷惑を掛けてしまう事になるだろう。私が店員に返事をする前に、鶯丸は『わかった』と告げた。店員は一礼して、次のお客さんに声を掛けていく。

「主、俺が並んでいるから、どこか別の場所で休んでいてくれ。順番が回ってきたら、連絡をする」
「え?でも……」
「俺は大包平の顕現を数年待ち続けた男だぞ。待つ事には慣れている」

私を気遣ってくれているのが伝わり、とても嬉しかった。

「……わかった。ありがとう、鶯丸。私は近くのコンビニで待っているから、順番が来たら直ぐに連絡をしてね。すっ飛んで行くから!」
「ああ」

私は店の行列が見える通りにあるコンビニに入った。コンビニのコーヒーを注文して、イートインスペースでそれを飲みながら待つ。

「そこのお姉さん」

スマホで抹茶スイーツ専門店の公式サイトを眺めていると、急に声を掛けられた。顔を上げると、そこにはたっぷりと整髪料を塗ってテカテカの頭にした軽薄そうな男が立っていた。パッと見て、関わり合いたくないと思った。

「何か用ですか?」
「いや〜、綺麗なお姉さんが座っているから、気になっちゃて」
「え……?」
「コンビニのコーヒーよりも、もっと美味しいコーヒーが飲めるカフェを知ってるんだよね。どう?一緒に行かない?」
「結構です。私に構わないでください」
「あ?人が下手に出たら、良い気になりやがって」

あくまでも柔らかだった男の態度がコロッと変わり、ドスの効いた声で私に詰め寄ってきた。私は男の態度が急に変わった事で驚き、その場を離れようとした。しかし、男は私の腕を乱暴に掴んで離さない。

「痛……!」
「この俺が声を掛けてやってんだからよ、お前はこっちに来れば良いんだよ」

私は恐怖で声が出なくなってしまった。コンビニの店員も、お客さんも、男の強硬な姿勢に何も言い出せない様子である。

「主」
「う、鶯丸……!」

そこにやって来たのは、私が助けて欲しいと願ったその人だった。

「どうしてここに?」
「先程連絡を入れたのだが、返信が無かったからな。……それで、お前は彼女に何をしている?手を離してくれないか」
「な、何だお前は……!関係の無い奴はすっこんでろ!」
「彼女から手を離せ、と言っている」
「〜〜〜っ!」

鶯丸は決して男に手を出していない。だが、その眼力と語気を強めた声だけで、男が怯んだ。そして、私の腕は解放された。私は鶯丸の背に庇われながら、ハラハラとこの状況を見ている事しか出来ない。
鶯丸は争い事が嫌いなのに、このままだと暴力沙汰になるかもしれない。
しかし、意外な事に、鶯丸は柔和に微笑んで男に言った。

「お前は、抹茶が好きか?」
「はあ?何言ってるんだよ」

私も突然の鶯丸の言葉に混乱した。鶯丸は、男が答える前に、素早く男の口に何かをねじ込んでしまった。男は何をされたのかわからず、一瞬固まった。だが、次の瞬間、『ぎゃああっ!』と悲鳴を上げた。

「にっ、苦い……!何だこれは?!苦すぎる……!!げほっ!!」
「これは抹茶の甘味だ。超特農抹茶のアイスでな、俺好みの濃さにしてもらっている。美味いだろう?」

そういえば、あの抹茶スイーツ専門店では、特別オーダーで自分好みの抹茶の濃さにしてくれるサービスがある。男の口に突っ込まれた抹茶アイスは、ほぼ黒と言っても良いくらいに濃い。暗黒物質だ。

「うげえっ!水っ!水〜〜〜っ!!」

男は水を求めてコンビニの奥にあるドリンク売り場に走って行った。

「苦いか?俺は美味いと思うのだがなあ?」

鶯丸はマイペースにそう言って首を傾げた。緊迫した雰囲気が、一気に吹き飛んでしまって、私は安堵から思わず笑ってしまった。

「あははっ!鶯丸、助けてくれてありがとう」
「主、怪我は無いか?腕を強く掴まれていただろう?」
「平気よ。それより、良かったの?あのアイス、鶯丸のだったんでしょ?」
「問題無い。俺達に順番が回ってきたからな。また頼めば良い事だ。それに――」

鶯丸は私の唇に、そっと人差し指で触れてきた。とびきりの笑顔と一緒に。

「今度は主と一緒に食べるのだから、苦くは無い。より一層甘く、美味いだろう」

もう十分過ぎるくらいに甘くて、私の頭はくらくらしてしまった。















<大包平Ver.>

私は今、花火大会に来ている。
全国的にも大きな花火大会で、私の地元だ。遠くから眺める事はあっても、花火大会の会場に行って花火を観るのは初めてだった。地元だと、『いつかは行ける』と思ってしまって、なんやかんや結局行けないというパターンだ。
大包平に地元で花火大会があるという話をしたら、とても興味を持ってくれたので、それを機会に行く事にしたというわけ。
大包平は大柄で乱雑な振る舞いをすると思われがちだが、美への拘りが強く、所作も意外と美しい。花火という美しい夜空の芸術作品に興味を持つのも意外ではない。
私は柄にも無く、本丸の押し入れから浴衣を引っ張り出して、乱や次郎に着付けて貰った。普段はラフな恰好が多いけれど、これなら美の結晶である大包平と一緒に歩いてもおかしくないだろう。髪も念入りに束ねて結い上げている。
花火大会は想像以上に人が多くて、気が付いた時には、隣にいたはずの大包平の姿はどこにも無かった。はぐれてしまった。
私は焦ってしまい、履き慣れない下駄のせいでその場に転んでしまった。

「きゃっ!」

膝を地面にぶつけてしまったが、幸い大した事は無さそうだ。
そこへ、スッと手を差し出された。明らかに自分に向けて、その手は差し出されていた。きっと大包平だ。私はそう思って、咄嗟にその手を取った。

「あ、ありが――」
「君〜大丈夫だった〜?」
「!?」

ぐっと強い力で引っ張られて、私は立ち上がれた。しかし、立たせてくれたのは大包平では無かった。甚平をラフに着こなしている、腕に龍のタトゥーのある男だった。
全く知らない男性の手を取ってしまい、私は自分の迂闊な行動に後悔する。だが、助けてくれたのは確かなので、直ぐに一礼をした。

「助けてくれて、ありがとうございました。あの、もう大丈夫なので、手を離してもらえますか?」
「え〜?人が多くて良く聞こえないよ」
「えっと、もう大丈夫ですから!手を離してもらえますか?!」
「なるほど!これも何かの縁だから、デートしようって話だな!」
「えっ?!」

何だか話がおかしな方へ向かっている。
男性は私の手をしっかりと握ったまま、ニヤニヤしている。私は背筋がゾワッとしてしまった。

「いや〜、君みたいなすごく可愛い女の子に出会えてラッキーだったな。花火もう直ぐ始まるし、運命の出会いを祝して俺と一緒にあっちに行こうぜ!」
「いや、どうしてそうなるんですか……?!」
「え?何?聞こえな〜い」
「…………」

この人、絶対に聞こえている癖に、嘘をついている。
こんな事は初めてで、私はどうしたら良いのかわからずおろおろしてしまう。大包平の顔が脳裏に浮かんできて、涙が出そうだ。
すると、ドーン!というとても大きな音が夜空に響いた。ついに花火が始まってしまった。大包平と一緒に観たかった花火だったのに。ついに涙が零れ出そうになった時、私は聞きなれた声を耳にした。

おーいッ!!主ーー!!!どこにいるーーッ?!どこだ?!返事をしてくれ!!

大包平だ。花火の音にもかき消されない大きな声で、私の事を探している。これだけの人混みの中で、彼の姿はとても目立っていた。額に汗を滲ませて、大包平の必死の形相が、花火の光に照らし出された。

「大包平ッ!私はここだよ!」

私は腹の底から声を出した。

「……主!!そこにいたのか!!今行くから、そこを動くな!!」

それでも、大包平よりも私の声は小さいはずなのに、彼は直ぐに私の声に答えてくれた。
ズンズンと人混みをもろともせずにこちらへ向かってくる大包平。それを目の当たりにしたナンパ男は、『ひッ?!』と声を漏らした。

「な、なんだよあの声がやたらとデカい男……!鬼みたいな顔で、こっちに向かってきてるんですけど!?」
「あの人は、私の……こ、こ、恋人ですっ!」

嘘も方便。私は頬を熱くさせながら、ナンパ男にそう叫んだ。恥ずかしさはこの際無しだ。

「アイツが彼氏?!ひいっ!あの、恐ろしい顔……、何されるかわかったもんじゃねえ……!さいならーー!!」

私の手を勢い良く離すと、ナンパ男は人混みの中へ逃げて行った。その直後に大包平が私の元へ駆け付けた。大包平は心配そうに眉を寄せて言った。

「あの男、主の手を掴んでいたようだが、大丈夫か?!」
「大丈夫、大丈夫。さっき転んじゃったんだけれど、大包平の手だと思って、さっきの男の人が差し出してくれた手を掴んじゃったんだ」
「ん?すまない、主!今何と言ったんだ?花火の音で、良く聞こえないんだ!」

大包平は、私に嘘を言わない。
私は意を決して、大包平の袖を掴んでくいくいと引っ張る。すると、大包平は私に顔を近づけてきた。私は大包平の耳元で囁く。

「……大包平の事、私の恋人です、って言っちゃたの」
「…………え?は、はあああっ?!」

大包平の動揺して裏返った声が面白くて、私は笑ってしまった。

「何を笑っている!?主、さっきのはいったいどういう意味だ……?!俺が、主と恋人……?!おい、笑うな!主!説明しろ!」

花火に照らされた大包平の顔は、すごく面白い事になっていて、私はさっきまでの怖い気持ちはすっかり消えていた。
私がついたこの日の嘘。それが、真実になるのは近日中だったりする。
















<蜻蛉切Ver.>

審神者になる前の私は、旅行が大好きだった。特に古い建物が好きで、京都なんかはまさに私にとって最高に楽しめる旅行先だった。何度来ても良い、そんな場所。
でも、審神者になってからは、毎日忙殺されていて、全然旅行になんて行けていなかった。だから、今回束の間の休暇を取れたのは奇跡みたいな感じ。
本丸の皆が気を利かせて、私と恋人の蜻蛉切に京都旅行をプレゼントしてくれた。蜻蛉切と一緒に京都へ行けるなんて、すごく楽しみ。せっかくなので、思い切り楽しもうと、私達は着物をレンタルして古都を散策する事にした。
先に着付けが終わった私は、店の外で待っていた。奮発して上質な着物を選んだので、気持ちもウキウキと弾んだ。

「そこのお嬢サーン!」
「えっ?私?」

振り返ると、金髪に青い目の白人男性が近づいてきた。大きなリュックを背負っている。バックパッカーだろうか。片言の日本語で、フレンドリーに話をしはじめた。

「コンニチハ。あなたのその姿、ウツクシイですねーキレイですねー!キモノ、素晴らしいです。アメージング!」
「あ、ありがとうございます」

外国人には、着物が異国情緒溢れるものだったのだろう。手放しに褒められて、照れくさいけれど嬉しくなった。
外国人男性はスマホを取り出してきた。

「良かったら、ワタシと写真OKですか?そのアメージングなキモノのあなたと、写真撮りたいです」
「はい、良いですよ」

私自身、旅行先で民族衣装を纏った人と写真をお願いした事がある。すごく素敵な思い出になったので、この外国人男性の気持ちも理解出来た。
私が写真を了承すると、外国人男性は私の隣に並んだ。そして、自撮り棒でスマホを構えた。すると、外国人男性の腕が、私の腰に回されたのだ。ぐっと腰を引き寄せられて、外国人男性と密着するような形になってしまった。
えっ?何か……すごく、嫌だな……。
あまりに近い。私の指先が冷たくなる。

「オー!キモノ、素敵ですね〜!それに、あなたもすごくチャーミングでーす!一緒に写真を撮れて、ワタシはサイコーに幸せ者ですね」

しかし、外国人男性はそれが当たり前という感じの態度で、ニコニコと悪意の無い笑みを浮かべている。
日本人よりも、海外の人はパーソナルスペースが狭く、とてもフレンドリーだとは聞いた事がある。こうやって密着して写真を撮るのは、彼の国では普通なのかもしれない。
それでも、初対面の異性相手に腰に触れられて密着するのは気分が悪かった。
でも、写真撮影を許可したのは自分だし、何より相手には卑猥な気持ちや悪意を感じない。おまけに私よりもずっと身体は大きい。下手に抵抗するのも難しいだろう。

「画面に入らないですから、もっと寄ってクダサーイ!」
「……っ」

外国人男性は、更に腰に回した手の力を強めてきた。私も流石に不快感を隠せなくなってきて、どうしようか悩んでいた。
そこで、鋭い声が響いた。

「貴様!そこで何をしている!」
「蜻蛉切……!」

そこには、血相を変えた蜻蛉切がいた。蜻蛉切は、何の躊躇いも無く私に触れていた外国人男性の腕を掴み、引き離した。そして、大きく逞しい背中に私を隠してくれた。

「主、無事ですか?!主が暴漢に襲われるとは……!」
「いや、暴漢ではないんだけれど……。でも、困っていたから、ありがとう。本当に助かったよ」
「そんな、礼など……!自分がいながら、主を御守り出来なかったとは、なんたる不覚……!真に申し訳ございません!」
「あ、いやっ、私は本当に大丈夫だから、そこで跪いかないで……!!」

蜻蛉切は、地べたに跪いて私に謝罪している。これは彼が真っ直ぐな心の持ち主で、戦国時代を駆け抜けた一本槍だからこその行動なのだと理解出来る。私もめちゃくちゃ嬉しかったのだが、今はマズい。周囲がざわざわとし始めてしまった。

「何だ何だ?揉め事か?」
「ちょっと、警察呼ぶ……?」

周囲から戸惑いの声が洩れる。
ここで警察沙汰になってしまったら大変だ。蜻蛉切が刀剣男士という事実は伏せておかないといけないし、私もこのままだと時の政府から始末書を書かされるかもしれない。それより、大切な蜻蛉切が自分のせいで警察に連れて行かれるなんて、絶対に嫌だ。
私が言葉を発する前に、それまでぽかんとしてしまっていた外国人男性が動いた。それは、予想外のものだった。

「アンビリーバボー!!なんて素晴らしいのでしょう!本当にファンタスティックでーす!」
「えっ……?」

外国人男性は、感動しているのか、両手を胸の前で合わせて拝んでいる。蜻蛉切もこの反応にはどうしたら良いのかわからず、私と一緒になってぽかんとしてしまった。

「既に日本は、最高で最先端のテクノロジー国家になったと思っていました。でも、サムライは今もいたのですね!!ワタシ、サムライに出会う事が夢だったのです!!本当にアメージングでーす!!」

目をキラキラと輝かせて、外国人男性はいたく感動している様子だ。周囲の人達も、外国人が着物のカップルに感動しているだけと思ったのか、そのまま通り過ぎていく。

「チャーミングな姫、そして真のサムライ……!ぜひ、2ショットを撮らせてくださーい!」
「ふふっ。蜻蛉切、こう言ってくれている事だし、一緒の写真を撮って貰おうよ」
「貴方と写真ですか?少々恥ずかしいですが……、貴方とでしたら、喜んで」

こうして外国人男性は私達をスマホで撮影すると、何度も何度もお礼を言い、人混みの中へ消えていった。
蜻蛉切は頬を少し染めながら言う。

「その、主、申し訳ありませんでした。貴方の危機と思い、つい先走った行動をしてしまいました」
「ううん。蜻蛉切が駆け付けてくれて、嬉しかったよ。頼もしかった」
「そうですか。そう言って頂けると、救われます。……あの、それから、主」
「ん?」
「その着物姿、大変お似合いです」
「ありがとう!蜻蛉切も、その着物すごくカッコいいよ」

蜻蛉切は頬を薄っすらと染め、私の手を取る。そして、そのまま私達は着物デートを楽しんだのだった。















<日本号Ver.>

私の実家は居酒屋兼酒蔵だ。地元ではちょっとだけ有名な店で、それなりに繁盛している。本丸の酒好きな刀剣男男士には、お勧めのお酒を提供している。皆美味しいと言ってくれるので、私も嬉しい。
審神者の仕事もひと段落ついた頃、実家の父親からSOSが届いた。近年はSNSで情報が拡散される時代。うちの居酒屋も大人気になっているらしく、少しの間、店を手伝って欲しいと頼まれたのだ。
今まで親孝行もしてこなかったので、私は直ぐに了承した。
本丸の皆に連絡した後、私は実家の居酒屋で臨時店員として入った。うちのお酒を楽しんでくれているらしく、店内には賑やかな声が響いている。居心地の良い場所を提供出来て、両親が熱心に店を切り盛りしているのがわかる気がした。
1人の中年男性が入店してきた。私は元気良く声を張り上げ、テーブル席へ案内した。

「いらっしゃいませー!お客様、お席はこちらでも宜しいですか?」
「ああ。アンタが案内してくれるんだったら、どこでも良いぜ」
「……?では、こちらのお席にお座りください」

サングラス越しでも、男性客から値踏みをされるような視線を感じる。居酒屋は、基本的に男性客が多い。そのせいか、若い女性店員である私が気になるのかもしれない。

「メニューはこちらのタブレットから操作をしてください」
「なあ、お勧めは?」
「えっと、こちらの日本酒はいかがでしょうか?この店では1番人気の日本酒でして――」

私が説明をしている間、何故か男性客は私の事ばかり見ている。いや、タブレットの画面を見てよ。説明をしているんだから。
男性客はニヤニヤとしながら、私に話しかけてきた。

「アンタ、最近入った店員なんだろ?」
「えっ?まあ、そうですけれど……」
「SNSに、この居酒屋には芸能人並みに可愛い店員がいるって、大バズりしてたんだよな。コレ、アンタの事だろ?」
「は、はあ……?」

私は今の時代には珍しく、SNSは何1つやっていないので、そのような情報には疎かった。首を傾げていると、男性客はスマホを差し出してきた。画面には、確かに私の働いている姿がある。色々なコメントがついていて、どれも浮足立った男性と思われるものばかりだった。
隠し撮りで間違いないし、私の事を何も知らない人達にアレコレ推察されるのは嫌だ。

「SNSを見てせっかく来てやったんだから、アンタが酌をしてくれよ」
「えっ?」
「酌してくれるんだったら、何本でも酒を注文してやるよ。この店で1番高い酒も、全部飲んでやるぜ?」
「……お客様、何か勘違いをされていませんか?この店はキャバクラではございません。ホステスさんを御所望でしたら、この店ではなく、キャバクラをご利用ください」
「何だよ、つまらねえ女だな。俺は酒をいくらでも注文してやるって言ってるだろうが。俺は酒にかなり強いからな。いくらでも飲めるから、俺の相手をすれば、店の利益の為にもなるぞ?」
「そのようなサービスはしておりません」
「だったら、アンタが一緒に俺と飲んでくれよ」
「私は下戸です。お酒は飲めません」
「はあ?こんな店で働いているくせに、下戸だあ?嘘ついてるんじゃねぇよ!」
「本当です。私はお酒は飲めない体質なんです」

嘘ではない。私は居酒屋兼酒蔵の娘だが、体質的にアルコールは受け付けない。両親からも、万が一飲酒を勧められても、決してお酒を飲まないように言われている。
男性客は苛立ったように、私の襟元を掴んできた。

「てめえ、俺と酒が飲めないだあ?!ふざけるなよ!ちょっとキレイな顔しているからって、調子に乗るんじゃねぇ!」
「くっ……!」

賑やかな店内だったが、流石に怒声が飛べば全員が異常事態に気が付く。他のお客さんが動揺し始めた。お酒の席で、ちょっとした揉め事が起きるのはちょっとはある。だが、これはちょっとの範囲ではない。
私は恐怖に必死に耐えて、相手を睨みつけた。
両親が何事かと駆け付けようとした時、男性客の腕が横からぐっと掴まれて引き離された。

「うぎゃっ?!」
「やれやれ。妙な奴に絡まれちまったなあ、主。大丈夫か?」
「日本号?!どうしてここに……」

男性客の腕をギチギチと掴んで拘束したまま、日本号は私の頭をぽんぽんと軽く撫でる。

「主の実家の酒は美味いからなあ。店に一度行って、飲んでみたかったんだよ。そんな軽い気持ちで来たんだが、ここに来て良かったぜ」

パッと男性客の腕を離すと、男性客はそのまま座り込んでしまった。日本号に掴まれた腕を、痛そうに擦っている。
日本号はさり気なく私をその大きな背中に隠し、男性客と対峙した。

「そこのお前。いい女と酒が飲みたい気持ちは、よーくわかるぜ?俺の主は、かなりいい女だからな。でもよ、飲めない奴に、飲め飲めなんて言いやがるのは野暮天だろうが」
「うるせぇ!こうなったら、そこの女を賭けて、俺と飲み比べをしろ!言っておくが、俺は飲み比べで負けた事はねぇからな。逃げるなら今のうちだぜ?」
「……はーっはっはっは!呑み取りの槍である俺に、飲み比べの勝負たあ、上等だ。受けて立つぜ!」

愉快だと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた日本号は、男性客と勝手に飲み比べを始めてしまった。そして、予想はしていたけれど、サラッと勝負に勝った。男性客は轟沈してしまい、私の両親はタクシーを呼んで適当に帰らせた。店に平穏が戻り、お客さん達もまた安心してお酒や食事を楽しみ始めた。
私は申し訳なくて日本号に謝った。

「日本号、ありがとう。私ではどうにもならなかったと思う。面倒事に巻き込んで、ごめん……」
「良いって事よ。主が無事で万々歳だ。謝る事はねえ」
「というかあなた、さっきの揉め事を口実に、お酒が沢山飲みたかっただけなんじゃない?」
「はっはっは!バレちまったら仕方がねえ!」
「やっぱり……」

私が少し呆れていると、日本号は不敵な笑みを浮かべる。顔は赤いしお酒臭いのに、なんだかすごくカッコ良くて、私は息を飲んだ。

「主を『いい女』、っつったのは本当だぜ?嘘じゃねぇよ」

さっきのはただの軽口だと思っていたのに。
私は恥ずかしくなって、べしっと日本号の胸を叩く。すると、『ははははっ!』という日本号の豪快な笑い声が店に響いた。















<御手杵Ver.>

今日、私は最近新しく出来たショッピングモールに来ている。実は、前から欲しいと思っていたジュエリーブランドが、このショッピングモールに出店しているのだ。これはもう足を運ぶしかない。
審神者の仕事も、今日の為に全て片付けてきた。それはもう頑張った。頑張った私には、ご褒美が必要だと思う。絶対に今日はとことんジュエリーを楽しむと決めた。
ジュエリーショップは、本当に私の好きなデザインが揃っていて、目移りしてしまった。リーズナブルでありながら、ジュエリーらしい気品も感じられる。
一通り店の中をジュエリーを楽しんだ後、店を出る。そして、ふと気になった。

「ところで御手杵、どうして一緒に来てくれたの?」

隣を歩く御手杵に聞いてみた。普段の内番服や戦装束ではなく、ラフなTシャツとジーンズだ。でも、御手杵のモデル並みの体型と身長が、ラフな服をめちゃくちゃカッコ良くしてしまっている。
御手杵はぽりぽりと頬を掻いた。これは、御手杵が照れている時の仕草だ。

「だって、最近のあんたはずっと仕事ばっかりしてただろ?」
「そりゃあね。今日という日を迎えるために、時間を作る為にかなり頑張って仕事してた」
「な?だから、俺ともなかなか話す機会が無かったし……。少しは俺に構ってくれよな」
「ぐふぅっ……!」
「なんだあ?!どうした?主!」
「いや……何でもない……」
「ほ、本当かよ?」

御手杵のような大柄な男性が、こんなに可愛い事を思っていてくれたなんて……。天然って最強だと思う。
御手杵は、私が具合を悪くしたと勘違いしてしまったらしく、ショッピングモール内に設置されているソファーに案内してくれた。そして、『何か飲み物でも買ってくる』と言い残し、私の傍を離れた。
けれども、御手杵は飲み物を買って来るにしては戻るのが遅い。少し心配しながらスマホをいじっていると、人の気配を感じて顔を上げた。目の前には私と同年代くらいの若い男性がいた。髪は無造作ヘアなのかオシャレなのかわからない、絶妙な癖毛パーマだ。流石に御手杵よりは背は低いけれど、身長は高い方だと思う。

「君さー、もしかして1人?ずっと見てたけれど、そこに座ってスマホいじってるじゃん?」
「いえ、1人ではないです。連れがいます」
「えー?でも、全然待っている人来ないじゃん?ナンパ待ちしてるのかなって思ってさ」

何だろうこの人。突然絡んできて、すごくイライラする。
でも、ナンパ男の言うとおり、御手杵は戻って来ない。もしかすると、何かあったのかもしれない。私は目の前のうざ絡みをしてくる男を無視して、御手杵を探しに行こうと立ち上がった。すると、私の肩を男が掴んで引き止めてきた。

「な、何するんですか?私、用事があるので、失礼します」
「ちょっと待ってよー。俺、暇しててさー、相手してくんない?デートしようよ」
「どうして私が……」
「あれぇ?言わせちゃう感じ?そりゃあ、君がとーっても可愛くて、俺の好みのタイプだったからだよ★」

誰もそんな事は聞いていない。そうツッコミを入れられたら、どんなに良かったか。
私はドヤ顔をかましてくるナンパ男を振り切ろうと、腕を振ってみる。だが、男の手が強く私に食い込むだけだった。本丸に戻ったら、私も身体を鍛えた方が良さそう。
ナンパ男は、私の態度が気に入らなかったようで、目を鋭くさせた。笑っているけれど、目は誤魔化せない。

「ちょっと無視しないでよー。もしかして、俺の事バカにしてる?そうやってお高くとまってると、彼氏出来ないよー?」

流石に頭にきて、私が『余計なお世話です』と言い返そうと振り向いた。そこで、ナンパ男の背後に御手杵が立っていた事に気づいた。

「うわっ?!何だお前?!」
「いや、ただ後ろに立ってただけだろ?」

御手杵はいつもどおりのんびりマイペースにそう言った。しかし、音も無く、気配を全く感じる事無く背後に立たれたら、誰でも驚愕するだろう。のんびり屋なところがあっても、やっぱり御手杵は刀剣男士だ。
ナンパ男が驚いて私から離れたのを見過ごさず、御手杵は私の手を取ってくれた。優しく包まれるような感覚に、私は心から安堵した。

「主、何か揉めていたみたいだったけど、どうしたんだ?喧嘩か?」
「違う。この人が急に声を掛けてきたの。デートしようって言われたから断ったら、しつこくて……」
「おい、あんた」
「なっ、何だよ?」
「しつこい男は嫌われるぞー。それに、この子の相手は大変だからなあ」
「御手杵、あなた私をそんな事思ってたの……?!」
「別にあんたの相手を嫌だとは言ってない。ただ、大変なのは間違いないと思うぞ」
「何それ……」

私達のゆるいやり取りを見ていたナンパ男は、まだ諦めていなかったらしく、会話に入り込んできた。

「おい。調子に乗んなよ?デカ物。その子は俺が目を付けたんだからな」
「いや、だから断られたんだろ?あんたは」

御手杵が呆れたように言うと、図星を刺されてナンパ男が怒りを露わにした。もう作り笑いも消えている。

「うるせえっ!今からその子は俺とデートするんだよ!邪魔するな!」
「きゃあ?!」

ナンパ男は、御手杵に思い切り殴り掛かってきた。しかし、御手杵は避けず、そのままナンパ男の拳を腹に受けた。ドッ!という鈍い音がして、私は悲鳴を上げた。
思い切り殴られたというのに、御手杵の身体はよろめく事は無かった。何もされていないかのように、そのまま立っている。

「な、何だよお前……!?」

ナンパ男が驚き硬直していると、御手杵は先程と変わらないマイペースな声で言った。

「これで気が済んだか?あんまり怒りっぽいと、本当にモテないぞー?」
「こんなデカいだけの奴が、何でモテるんだよ?!こんな可愛い彼女がいてさー!」
「いや、俺は刺す以外脳がねえし、別にモテているわけじゃ……」
「さっ、刺す?!刺すって、お前、それどういう意味だよ……!?」

微妙にズレた会話をしているなと思っていると、御手杵がポケットから何かキラッと光るものを取り出そうとした。その煌めきは、鋭利な刃物を彷彿とさせるもので、ナンパ男は恐怖でパニックになった。

「わかった!わかったから、刺さないでくれー!!俺はもう行く!こんなヤバい奴に関わってられるかよー!!」

ナンパ男は今度こそ退散した。
私は、御手杵がポケットから出そうとしたその手を慌てて掴んだ。

「御手杵!刺すのはダメ!絶対!」
「いや、刺さねえよ!あんたに渡したい物があったからさ」
「え……?コレって、私が欲しかったピアス……?!どうして?!」

そう。御手杵がポケットから取り出したのは、物騒な刃物ではなく、キラキラとした小さな宝石が連なるピアスだった。それは、私が欲しいと思っていたもので間違いない。欲しかったのだが、既に他のジュエリーを買ってしまったので我慢したのだ。

「さっきは遅くなってごめんな。コレ、渡したくてさっきの店まで戻って買ってたんだよ。主、本当は欲しかったんだろ?」
「あ、ありがとう……!!ずっとずっと、死んでも大切にするから!!」
「そこまで高い物じゃないし、大袈裟だなあ」

大袈裟にもなる。だって、このピアスは、私の為に御手杵がプレゼントしてくれたんだから。最高で特別に決まっている!
『やっぱり大袈裟だよ』と言う御手杵。ぽりぽりと彼が頬を掻いたのを、私は見逃さなかった。


2023.04.02 更新

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