撃退3 左文字

<小夜左文字Ver.>

審神者になってから学校へ行くのは久しぶりだった。そのせいで、ついつい友達とのお喋りに花が咲いてしまう。学校で授業を受けたり、友達と話すと、自分がまだ学生だという事を思い出す。
放課後も友達とのお喋りに夢中になってしまって、気づいたら夕日が沈んでいた。星が眩しくなる頃、私は本丸へ帰る為に急いだ。帰り道の途中に、神社がある。神社には本丸へと続くゲートがあって、そこを通れば本丸へ辿り着く。
神社へ行く途中にある公園を突っ切れば、近道になる事を知っていたので、私は公園の敷地に足を進める。すると、公園の隅にあるベンチに、誰かが座っていた。

「今晩は」
「こ、今晩は……」

その人はすくっと立ち上がって、私に挨拶をしてきた。私も反射的に挨拶を返してしまった。
パリッとしたYシャツにスーツに身を包んだ、会社帰りのサラリーマンみたいに見える。30代くらいの。
どこにでもいるサラリーマン。でも、私に声を掛ける必要性は感じられ無いし、どうして誰もいない公園に1人でいるのだろうか?
怪しい。本能が警鐘を鳴らしている。
でも、たかが中学生の私には、この男の人にどう振舞えば良いのかわからなかった。
その男の人は、私にゆっくり近付いてきた。まるで自然を装うかのように。

「君、近所の中学校の子でしょ?」
「え……?そうですけれど……、何か私に御用ですか?」
「その制服、可愛いね。何年生?この辺に住んでいるの?」
「…………」

何故この人は私にこんな質問をしてくるんだろう?
ねっとりと私を見てくるその視線に耐えられなくて、私は目を逸らした。
男の人はより一層私に近づいてきた。手を伸ばせば私を捕まえる事が出来るくらいに。

「今から俺とカラオケ行こうよ。勿論奢るしさ。中学生だったら、もっと遊びたいよね?一緒に行こう」
「!」

そういえば、学校で先生が不審者の事を朝の会で話をしていた。自分が遭遇するとは思っていなかったので、聞き流してしまっていたけれど、このサラリーマンがその不審者だ……!
私が逃げ出そうとして後ろへ下がった時、男の人も無言で前に出た。男の人の大きな手が私に伸びてきて、私が硬直してしまった時、小さな影が私の前に割って入った。青い特徴的な髪の、小夜左文字。私の近侍だ。

「小夜ちゃん!」
「遅いから迎えに来ました。あなたは下がっていて」

小夜ちゃんは私を庇うように背中を向けて、自分よりずっと背の高いサラリーマンを睨んでいる。
突然現れた小夜ちゃんに一瞬驚いていたけれど、サラリーマンは余裕の表情を崩さない。小夜ちゃんは刀剣男士だけれど、見た目は小学生だ。この男の人が余裕を崩さないのも仕方ない。

「君の弟かな?君と同じで、その子もすごく可愛いね」
「……この人は、僕と一緒に帰りますから、もう関わらないでください」

小夜ちゃんはピシャリと男の人を拒絶する。静かな声だったけれど、小夜ちゃんがすごく怒っている事がわかる。
男の人は嬉しそうに笑って言った。

「俺、小学生も大好きなんだ。だから、弟君とも一緒に遊びたいな」
「な、何言ってるんですか?!」
「主……?」

私はようやく大きな声を出せた。私だけじゃなくて、小夜ちゃんまで狙っている。そう思ったら腹の底から声が出せた。
私は小夜ちゃんをぐっと引き寄せて、男の人を睨みつける。

「この子に指一本でも触れたら、絶対に許さないから……!!」

涙目になってしまっているけれど、怖がっている場合じゃない。

「主、大丈夫です」
「え……?」

小夜ちゃんは私を見上げて、それから人間の目では追いつくのが難しいくらい素早く男の人の背後に回って、何かをした。すると、男の人は電池が切れたみたいにドサッと横倒しになってしまった。

「さっ、小夜ちゃん?!」
「心配しないでください。殺していません。少し眠って貰っただけです」

気絶させただけとわかり、私はホッと息を吐いた。
小夜ちゃんは私の傍に戻り、小さな手をそっと私のそれへと触れた。

「ごめんなさい……。僕は背丈が小さいから、不安に思いましたよね?」
「そんな事無いよ!小夜ちゃんが来てくれて、嬉しかった。ありがとう」
「兄様達だったら、もっと上手くあなたを護れたのに……。主に庇われるなんて、あなたの近侍として失格です」
「ごめんね、小夜ちゃん。小夜ちゃんの事は、近侍とか審神者とか関係無く大事だと思っているから……、だから身体が勝手に動いたんだよ。小夜ちゃんが近侍失格って言うなら、私は主失格だよ」

そう言ってぎゅっと小夜ちゃんを抱き締めた。小夜ちゃんも、私の背中に手を回してくれる。そして、静かに嬉しそうな声で言った。

「庇ってくれて、ありがとうございました。あなたが僕の主で良かったです」















<宗三左文字Ver.>

現世で遊ぶのは久しぶりだった。ずっと審神者の仕事が忙しくて、行きたいと思っていた場所にも行けず、ストレスが溜まっていた。でも、今日は思い切り羽を伸ばせると思うと、心が踊る。オシャレをして街を歩くのは楽しい。

「ちょっと、そこのカノジョ〜」
「え?私の事……?」

いきなり声を掛けられた。スポーツタイプのサングラスを頭に乗せている、何だか派手な人だ。首にはプロのカメラマンが持っているみたいな厳ついカメラがぶら下がっている。

「突然で申し訳ないんだけれど、君、助けてくれないかい?」
「助ける?どういう事ですか?」

何か困っているのだろうか?もしそうなら手助けするのが人情というものだろう。

「実は、俺はプロのカメラマンなんだよね。でも、モデルの子が今日体調不良で撮影現場に来られなくなっちゃたわけ」
「えっ?!そうなんですか。それは大変ですね」
「そうそう。俺、超困ってたんだよね。このままだと不味い事になっちゃうと思ってさ〜。そしたら、君が現れたってわけ!」
「は?私ですか?」
「そうだよ〜。君、すごくスタイルが良いし、顔もすごく可愛い!写真映えするよ、きっと。俺の目に狂いは無い!お願いだからさ、モデルの代理をやってくれない?」
「ええ?!私、モデルなんてやった事無いですよ……」

いくら困っている人がいるとしても、私は素人だ。モデルの経験も無いし、逆に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
でも、カメラマンさんは拝み倒す勢いで私の前で両手を合わせた。

「このとーり!な?頼むよ。君しかいないんだよ。俺を助けると思って!あ、撮影が終わったら俺が飯奢るし」
「そんな事言われても……。私には出来ません。モデルになれるようなスタイルでも無いですし、美人でもありませんから」
「いやいや〜、君、本当に可愛いよ。俺がナンパ師だったら絶対にナンパするし!」

そう言ってカメラマンさんは私に手を伸ばしてきた。ぎょっとしたところで、割って入る影があった。ふわっと視界に桃色の髪が揺れる。

「そこのあなた、止めてもらえますか」

宗三さんだ。いつも気だるそうな声なのに、今は棘があるような気がする。
突然現れた宗三さんに驚いて、カメラマンさんは驚き一歩下がった。私も驚いている。今日は非番でのんびりすると言っていたのに。
するするっと近づいて、宗三さんは私の隣に立つ。

「宗三さん、どうしたんですか?今日、非番でしたよね?」

宗三さんは私をチラッと見ただけで、直ぐにカメラマンさんに視線を移した。

「あなた、さっき他の場所で別の女性に声を掛けていましたよね?同じような事を言って」
「そ、それは……っ」
「先程の言動といい態度といい、写真を撮る事が目的ではないように僕には思えます。本当は、そうやって女性を誘って逢引きしたいだけなのではありませんか?」
「そんな事は……。そっ、そうだ。お兄さん、あなたならきっとこの子よりも良い被写体になってくれそうだ!その子よりもあなたの方がずっと美人だし!」
「それは良い案ですね!宗三さん、すごく美しいですし、写真に撮ってもきっと綺麗ですよ」

私もそれには賛成だ。宗三さんは天下人が愛した刀。プロのカメラマンに撮って貰えたら、きっとすごく良い写真が出来るだろう。
カメラマンさんは強く頷いて、捲し立てる様に言った。

「な!俺は女の子だけじゃなくて、男だってちゃんと撮影する―――」

ドン!とアスファルトの地面が揺れるのではないかと思うくらい、宗三さんは片足を振り上げて鳴らした。スラっとした細い足で、いったいどこにそんなパワーが隠されているのかと思うくらい、すごい音だった。カメラマンさんは宗三さんのその態度に青ざめている。

「写真は結構です。無駄口を叩いていないで、さっさと消えて貰えますか?目障りですよ、あなた」
「ひっ、ひいいいいっ!!」

カメラマンさんは情けない声を出しながら逃げてしまった。

「宗三さん、何をそんなに怒っているんですか?せっかく写真を撮って貰えるチャンスだったのに」

宗三さんは不機嫌そうに眉を寄せる。

「あなた、馬鹿にされたんですよ?彼はあなたに声を掛けていたのに、僕の方が美しいから写真を撮りたいと」
「え?でも、宗三さんが美しいのは本当の事ですし……」

私の返答が気に入らないのか、宗三さんはむすっとした。でも、心なしか頬が赤くなっているように見える。

「あなたは美しいですよ。僕なんかよりも、ずっと。だから、他の人に写真なんて撮らせないでくださいよ」

宗三さんの嫉妬心が嬉しくて、思わず私がにやけると、宗三さんに頭をべしっと叩かれてしまった。でも、やっぱり私のにやけ顔は収まらなかった。















<江雪左文字Ver.>

私の実家は長く続くお寺だ。檀家さんも多く、お盆の時期は大変な事になる。私の仕事は審神者業だけれど、お盆の時期には親孝行をする為、お盆休暇中はずっと実家で手伝いをしている。ある意味審神者業よりも忙しい。本丸では、大勢の刀剣男士の皆が手伝ってくれるけれど、ここではそうはいかない。私の家族と数人の修業中のお坊さん達だけしかいないのだから。
だだっ広い廊下の拭き掃除を終わらせて、次は本堂だ。本堂に鎮座する大切な御本尊に手を合わせ、丁寧に埃を落としていく。すると、背後から声を掛けられた。

「お嬢さんはこのお寺の娘さんかい?」

振り返ると、老紳士という名前がぴったりの身なりが良いお爺さんがいた。この人は見覚えがある。熱心にお寺に通っている檀家さんの1人だ。私は被っていた三角巾を取ってお辞儀をした。

「こんにちは。今日も暑いですね」
「いやぁ、こんなに暑い中、良く働いていますねぇ」
「まぁ確かに暑いですけれど、お掃除はしないと仏様に失礼ですし」
「それはそれは……。さっきから私は貴女を見ていましたが、廊下も隅から隅まで丁寧に雑巾がけをしていて、お若いのに大したものだと感心してしまったよ
「そんな……。当たり前の事をしているだけですよ」

お爺さんはうんうんと感慨深く頷いている。私としてはいつも通り手伝いをしているだけなのだけれど、褒められたらやっぱり照れてしまう。

「働き者のお嬢さん、お尋ねしたい事があるんですが、宜しいですかな?」
「え?はい、何でしょうか?」
「ぜひ私の息子の嫁に来てくださらないだろうか?」
「…………えっ!?」

私は本堂にいるにも関わらず大声を出してしまった。いったいどういう事なのだろうか?
お爺さんは私を拝むように合掌して言った。

「私の息子は良い歳をしているのだが、なかなか良縁に巡り合わないようでね。お嬢さんのような働き者の器量良しなら、きっと息子にとって良い嫁さんになってくださると思った」
「ええ……?」

これは新手のナンパなのだろうか?うーん、違うような、そうでもないような……。
私が混乱している内に、お爺さんは私の手を取ってぎゅっと懇願するように握ってきた。

「なぁ、どうかね?親の私が言うのもアレだけれど、息子は優しい好青年だ。一度会ってはもらえないだろうか?」
「でも、私……」
「それとも、お嬢さんには、結婚を約束した相手がいるのかい?」

そう問われて、私の脳裏にふわっと浮かんだのは江雪さんだった。
江雪さんと私は特別な関係ではないけれど、咄嗟に浮かんでしまった。だって、私は江雪さんに片想いをしているのだから。
勿論江雪さんは私の気持ちなんて知らない。だから結婚を約束している関係ではない。適当に婚約者がいると言ってしまえば良いのだろうけれど、お爺さんに嘘を付くのもどうかと思い、戸惑ってしまう。
その時、私の肩に誰かが背後から触れた。そして、私が今聞きたかった人の声がした。

「申し訳ありませんが、その申し出を受けるわけにはいきません。この方は、私の大切な方……許嫁なのです」
「こっ、江雪さん?!」

びっくりして振り返ってみたら、そこには江雪さんがいた。内番の服の江雪さんは、まるでこのお寺の僧侶みたいだった。いや、それよりも江雪さんの今の発言だ。私は一瞬で顔が真っ赤に染まる。どうしてここにいるの?!

「おやおや、あなたはこのお嬢さんの婚約者ですか?」
「はい。私はこの方の許嫁です」
「!?」

驚いて固まっている私の肩をぎゅっと握って、江雪さんは淡々と目の前のお爺さんに告げた。静かで優しい声だった。

「なるほど……。こんなに素敵なお嬢さんなのだから、婚約者がいてもおかしくないか。突然済まなかったね、お嬢さん。婚約者の彼と幸せになってくださいね」
「あの、えっと……、は、はい……」

お爺さんは立ち去り、私と江雪さんだけが本堂に残された。私は江雪さんに向き直り、感情を爆発させた。

「江雪さん!いつの間にこちらへ来たんですか?!」
「主がご実家へ戻ると聞いて、私もお手伝いしたいと思ったのです。迷惑でしたか……?」
「迷惑だなんて、そんな事無いですけれど……」
「そうですか。それは良かったです」
「…………いやいやいや?!それよりさっきの、い、許嫁って……?!」

江雪さんは珍しく悪戯っぽく目を細めた。

「先程の言葉は方便ですが、私の本心ですよ。許嫁にしてしまいたいくらい、私はあなたと共にありたい」

江雪さんの甘く穏やかな声。

「ずっと想いを伝える機会を窺っていました。ですが、やはり少し……照れますね……」

江雪さんのはにかんだ微笑みに、私の心臓は早鐘のように脈打って、どうしようもなくなってしまった。
今度は、私が想いを告げる番だ。ドキドキして息が苦しくなるくらいだったけれど、江雪さんは私の想いを受け止めてくれた。


2019.12.23 更新

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