審神者業を始めてから、久しぶりのオフ。私は1人現世で羽根を伸ばしていた。
行きたかったショッピングモールで、服を選んだり、スイーツを楽しんだり、新作コスメを試したり……。本丸では出来なかった事を堪能出来た。刀剣男士に囲まれた生活も悪くないけれど、たまには女子を満喫したいと思っていたから、すごくリラックスした。
今日はとても充実した時間を過ごせて良かった。そう思って本丸に戻ろうとした時、私は肩を軽く叩かれた。振り返ると、見知らぬ男が立っていた。金八先生みたいなもっさりとした頭に、首にジャラジャラとしたチェーンネックレスを付けている。いったいどんな趣味なんだろうか?
「アンタ、すごく可愛いな!」
「は?」
「俺、この辺が縄張りなんだけれど、アンタみたいな可愛い子は初めて見たぜ」
「は、はぁ……?」
唐突にいったい何だろう?『縄張り』って、この人は犬なのだろうか?
私は驚いたのと意味が良くわからず、つい立ち止まってしまった。それを男は良しとしたのか、ベラベラと得意げになって話を続ける。
「そーだそーだ!俺とカラオケに行こうよ。勿論俺の奢り!ねっ?悪い話じゃないだろ?俺の美声、聞いてもらいてぇし」
私はようやくこれがナンパだという事に気づいた。生まれて一度もナンパを経験した事が無かったので、対処に困る。モテる女子はあしらい方もきっと上手なのだろうけれど、私はそんな技術は無い。
「あの……、私予定がありますので、お断りします」
「え〜?俺と一緒に楽しもうよ。こうして出会った事も運命だと思ってさ〜」
出来るだけツンな態度を取ったつもりだった。でも、ナンパ男はそれでも引き下がらない。釣れない態度をされるのも慣れているらしい。私よりもずっと経験値が高いようで、ナンパ男は全く怯まない。むしろグイグイ迫って来る。気づいたら手を握られていて、柄にもなく震えてしまった。すごく、気持ち悪い……。
「ね〜行こうよ!俺がいくらでも恋の歌を歌ってあげるからさ、機嫌直して?ねっ?」
「へぇ、君も歌を詠むのかい?」
私が我慢の限界が来て声を荒げてしまいそうになった時、私とナンパ男の間に影が下りて来た。ニコニコと柔和な微笑みを浮かべている男性―――歌仙兼定だ。
「か、歌仙?!」
「な、いつの間に……?!」
突然現れた歌仙に、私もナンパ男も驚きの声を上げてしまう。ナンパ男は驚きと同時に私から手を離した。
歌仙は柔和な微笑みを顔に貼り付けたまま、ナンパ男にズイッと身を乗り出した。笑顔のはずなのに、怒りのオーラがすごい……。
「僕にも君の歌を聞かせて欲しいな。どんな歌を詠むのかが知りたいよ」
「何だよテメェっ!いきなり出てくんな!誰がお前なんかに歌ってやるかよ。俺はこの子に―――」
「奇遇だねぇ。僕も歌を嗜むんだよ。君には……、そうだ、とっておきの歌―――死出の歌を贈ってあげよう」
「ひっ……?!」
私の位置からは見えないけれど、歌仙は今ものすごく恐ろしい顔をしていると思う。抜刀の構えに入り、歌仙の手元には桜の花弁が集まって刀の形を作り始めている。
「歌仙!ダメだよ!」
「ひいいっ?!何だよコイツ……!助けてくれ〜!!」
ナンパ男は情けない悲鳴を上げて逃げて行った。とりあえず抜刀して警察沙汰になるのは避けられたらしい。私はホッと胸を撫で下ろした。
「この辺りは下賤の者がたむろしているようだね。大丈夫だったかい?」
「撃退方法はともかく……ありがとう、歌仙。ナンパなんてされるとは思ってなかったから、びっくりして何も出来なかったよ」
「今度からは僕をお供にして欲しい。君は隙があり過ぎるよ」
「そうだね。歌仙ならまたきっと護ってくれるだろうし、今度は一緒に出掛けようね」
『それは恐悦至極』と、歌仙は極上の笑みを私に見せてくれた。
<加州清光Ver.>
今日は清光とのデートの日。お互いの気持ちを確かめ合ってから、初めてのデートだ。これでドキドキしない女の子がいるわけない!
というわけで、私はこの日すごく気合を入れてオシャレをしてきた。下ろしたてのブラウスもスカートも、私の今日の戦闘服だ。メイクもいつもより丁寧に気を遣っている。清光は元々可愛いし綺麗だから、それに引けを取らないように頑張ったつもり。
デートの場所は現世だ。清光が『主のいた時代に行ってみたい』とリクエストしてくれから。清光と行けるならどでもきっと楽しいだろう。でも、私の時代でデートするなら、私がしっかり案内したい。私の暮らしていた時代を好きだなって思ってもらいたい。清光が楽しめそうな場所を色々ピックアップしておいた。
待ち合わせを楽しみたくて、私は勝手に少し早めに駅前に来た。腕時計をチラチラと見て、これからの清光とのデートを想像する。思い出に残る一日にしたい。
私が腕時計に注目していると、人が近づいてくる気配を感じた。私は顔を綻ばせて顔を上げた。
「清み―――」
「おおっ、やっぱり可愛い子ちゃんだった!ラッキー♪」
やって来たのは、清光じゃなくて全然知らない人だった。チャラチャラした服装に、チャラチャラした顔。嫌な予感がする。
「君、ここにずっと立ってたよね?彼氏にでもデートすっぽかされたわけ?」
いきなり失礼な事を言われた。私はムッとして顔を顰めた。
「いいえ!彼氏と待ち合わせしているんです」
「強がっちゃって〜。本当は1人寂しく待ちぼうけ喰らってたんだろ?こんなに可愛い子を1人にするなんて、最低な彼氏だな!俺と一緒なら、きっと寂しい気持ちを埋めてあげられるよ。さ、行こうぜ★」
『さ、行こうぜ★』じゃないっつーの!それに、清光の事を何も知らないのに最低呼ばわりってどういう事?!怒りが沸々と滾ってくる。私はしつこく付きまとうナンパ男に不快感を露わにして首を横に振った。
「いい加減にしてください。私は彼氏を待っているんです!あなたとは一緒に行きません」
キッパリと断ると、ナンパ男はそれまでの緩んだ顔を歪めて激情した。
「はぁ?!俺様が誘ってやってんだから、受けるのがフツーだろ?!」
「…………」
「無視してんじゃねぇよ!ちょっと声掛けてやったからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!このブス!!」
「?!」
ブス。
例えナンパ男の言う事だったとしても、それは鋭利な刃物のように突き刺さった。
気合を入れてオシャレをしてきたつもりだった。でも、もし清光に可愛いって思って貰えなかったら?私は不安に駆られて目頭が熱くなってきた。
「ちょっとー、俺の彼女に何言ってるわけ?」
「清光……?!」
俯いていたら、大好きな清光の声がした。私はぐっと泣くのを堪えて顔を上げる。泣き顔なんてブスな顔、見せたくない。
清光は私の手をぎゅっと握って隣に立った。
「何だよお前。このブスの彼氏か?こんなブスの彼氏やってるなんて、笑っちまうぜ」
「はぁ?!俺の彼女はブスじゃないし!アンタ、目がおかしいんじゃない?このメイクもヘアアレンジも服も、ぜーんぶ俺の為なんだからな!世界一可愛いに決まってるだろ?!」
そう怒りながら私をぎゅっと抱き締めてくれた。急な事で驚いたけれど、私は清光の腕の中で体のこわばりが取れていくのを感じた。
「あ……っ、俺、今超恥ずかしい事言ったかも……!」
我に返った清光が、恥ずかしそうに頬を赤く染めている。私は頬が緩んでしまった。
「ふふっ、清光の方が可愛いよ。ありがとね」
「ちょっと、主!からかわないでよ……!でも、世界一可愛いっていうのは……本気だからね」
清光が照れたようにはにかんだ。こんな顔が見られる私は世界一幸せ者だ。
気づいたらナンパ男はいなくなっていた。私達のバカップルさにやられてしまったのかも。今日は忘れられない初デートになりそうだ。
<陸奥守吉行Ver.>
刀剣男士の中には、好奇心旺盛な性格の刀もいる。その1人なのが陸奥守さんだ。
陸奥守さんは前から現世に行きたいと言っていたので、今日はオフという事もあり、一緒に現世にやって来た。でも、気づいたら陸奥守さんがいなくなっていて、私は焦っていた。スマホを持っているはずなのだけれど、多分電池切れしているのだと思う。陸奥守さんは私と一緒じゃないと本丸には戻れない。困ったな……。
とりあえず最初に降り立った駅前に戻ってみた。もしかすると、陸奥守さんも私がいなくなった事に気づいてここまで戻ってくるかもしれないから。
心配しながら待っていたら、急に後ろから声を掛けられた。
「そこの君〜、暇してる?してるよねっ?僕とお茶しないかい?」
「えっ?私ですか……?」
誰なのだろう?この男の人は。全然知らない。しかもいきなりお茶に誘ってくるなんて、どういう事なんだろうか?
私が戸惑っていると、男の人はぐっと距離を詰めて来た。益々混乱してしまう。
「さっきから君の事を見ていたんだけれどさ、すごく可愛いよね、君!その辺にいる女の子と比べてもとびきり美人だよ!」
「えぇ……?」
いきなりこの人は本当にどういう事なのか……?容姿を褒められ慣れていないせいか、私はどう反応したら良いのかわからなくなった。
私の戸惑いなどお構いなしで、男の人は自分の世界に浸っているかのように話を続ける。
「僕は君に運命を感じてしまってね。ぜひ僕とお茶して欲しいんだ。悪い話じゃないだろう?」
……良い話でも無さそうだけれど。
私はなるべく相手を刺激しないように言った。
「あの、私今人を待っているんです。だから、お茶には一緒に行けないんです。ごめんなさい」
「ええっ?!もしかして、待ち人というのは君の彼氏かい?」
「!」
陸奥守さんの事を思い浮かべる。彼は私の彼氏ではない。……私の片想いだ。
私みたいな根暗な子と陸奥守さんじゃ全く釣り合わないから、告白なんて出来ない。ただ傍にいられるだけで幸せ。審神者と刀剣男士という、ただそれだけの関係で良いじゃないか。
でも、彼氏なのかと問われると、ドキッと心臓が跳ねてしまう。もし陸奥守さんが私の彼氏だったら、きっとすごく素敵なんだろうなと、本当は思っているから。
この気持ちは、陸奥守さんに伝えるつもりは無い。陸奥守さんを困らせるだけだし、返事を聞くのがすごく怖い。
私が黙り込んでいると、男の人は『ははーん!』と合点がいったという具合に声を上げる。
「わかったよ。その待ち人は彼氏じゃないんだね。だったら僕にもチャンスがあるって事だ!」
「え?いや、だからそうじゃなくて……」
「さあさあ!僕と一緒にお茶でもして、デートを楽しもうよ」
腕を掴まれそうになって、私は咄嗟に目を瞑った。腕を掴まれてしまったら、逃げられないかもしれない。その恐怖感から出た咄嗟の行動だった。
「おんし、何しゆう?」
「なっ、何だ君は!?」
私が恐る恐る目を開けると、陸奥守さんが私の腕に伸びていた男の人の手首を掴んでいた。
「陸奥守さん……!」
顔を見た途端、私は情けない声で名前を呼んでいた。安心して気が抜けてしまった。
陸奥守さんは、私の肩に腕を回してぐっと自分に抱き寄せた。一瞬何が起きたのかわからなくて、私は呆気に取られてしまう。でも、陸奥守さんの体温を感じて、ボッ!と頬が熱くなる。
何が起きているの……?!
「残念じゃったなぁ!わしがこの子の彼氏やき、おんしにゃ渡せない。諦めとおせ。何しろわしの方がおんしよりも男前やきな!」
「く……!確かにイケメンだな!」
それは認めるんだな。
「全く!彼氏がいるなら最初からそう言ってくれたまえよ!」
男の人は悔しそうに立ち去った。
陸奥守さんは私の肩を抱いたままで顔を覗き込んできた。大好きな陸奥守さんがこんなに近くに感じられて、私は血が沸騰しそうになる。
「助けるのが遅くなって悪かった。なんちゃーがないじゃったか?」
「だ、大丈夫です……!あの、肩……」
「うん?あぁ、すまんすまん!」
陸奥守さんは照れたように笑って私を解放してくれた。あのまま抱き寄せられていたら、私はどうにかなっていただろう。
「彼氏らぁてゆうて悪かった。許しとおせ!でも、役得じゃったな!」
『このまま陸奥守さんに彼氏になって欲しいです』。そんな言葉が口から飛び出してしまって、私は真っ赤になる。そして、陸奥守さんも面白いくらいに赤くなってしまった。
<蜂須賀虎徹Ver.>
今日は蜂須賀さんと現世で待ち合わせをしている。所謂デートというもの……だと思う。『面白い骨董品屋を見つけたから、見に行かないか』と蜂須賀さんが私の事を誘ってくれたのだ。こんなに嬉しい事が起きるんだ!と叫びたかったくらい嬉しい。神様、本当にありがとう!……って、神様は蜂須賀さんだった。
とにかく、私は今すごく機嫌が良かった。そう、5分前までは……。
「そこの君〜!」
「……はい?」
「ずっとそこに立ってたよね?もしかして、ナンパ待ちなんじゃない?」
変な男に絡まれてしまった。ド派手なスカジャンに、分かりやすいゴテゴテしたシークレットブーツを履いている。センスの欠片も無いし、そんな装備で大丈夫か?と、思わず聞いてみたくなる。……暗に私にはこういう変な男がお似合いだと言われているような気がして、腹が立って来た。刺々しい声でピシャリとナンパ男に言ってやる。
「ナンパ待ちではありません!待ち合わせをしているんです。ナンパなら他所でやってください」
「FOOO!そういうクールなところも最高だ!君こそ、僕の運命の人だ。さあ、僕とデートをしようじゃないか」
「ちょっと!人の話聞いてましたか?私は人を待っているんです」
「だから、僕の事でしょ?」
「違います」
「照れてるんだね。恥ずかしがらずに、行こうじゃないか」
なんというアイアンハートだ。私の言葉にも全く傷ついていないらしく、私の腕を掴んで来た。ぞわっと悪寒が走り、私はここで初めて強い恐怖を感じた。
すると、私とナンパ男の間にサッと割って入る人物がいた。ナンパ男の腕を掴んで引き離し、私は解放される。
私に背中を向けたその人の長い綺麗な髪が揺れる。誰かだなんて、そんなの直ぐにわかった。
「止めろ。彼女は嫌がっているだろう」
「な、なんだよ君は?!」
「蜂須賀さん!」
私を背中に庇い、ナンパ男に立ち向かう蜂須賀さんの姿が凛々しくて辛い。それくらい格好良かった。
「怪我はしていないかい?」
「大丈夫です。蜂須賀さんが来てくれて助かりました……!」
ホッとして、私は蜂須賀さんの差し出してくれた手を握る。
蜂須賀さんはまだその場に留まっているナンパ男に、まるで貴族のように毅然とした態度で言った。
「彼女は俺と待ち合わせをしていたんだ。彼女に手を出すと言うなら、この俺が許さない」
「はぁ?!いきなり出てきてそれは無いだろ?……って、何かものすごく金持ちっぽいな、君」
確かに今の蜂須賀さんは現世用の服を着ているのだけれど、虎徹の真作よろしく誰もが知るブランド物で全身をビシッと決めていた。しかも、それを完璧に着こなしている。まるで蜂須賀さんの為に用意されたかのようだ。わけのわからないコーディネートをしているナンパ男とは雲泥の差があった。
蜂須賀さんを値踏みするように見たナンパ男は、『なるほどね〜』と何かを納得したように頷いた。
「彼、随分とお金持ちなんだろうな。金が目当てで彼と付き合っているんだね、君は。可愛い顔をしてなかなか腹黒いんだね!」
「?!」
言葉が出なかった。
蜂須賀さんは刀剣男士なのだから、金持ちとかそういう概念は無い。でも、ものすごく失礼な事を言われている。私は他の人達から見て、お金持ちの男性に取り入っているゲスな女だと思われているのかもしれない。そんな私と出歩く蜂須賀さんも恥ずかしい思いをするのかもしれない。そう思うと絶望感が襲って来た。
だが、その絶望感を蜂須賀さんは打ち砕いてくれた。
「彼女はそんな人じゃない!俺の全てを受け入れてくれる、優しくて美しい女性だ!彼女を侮辱するなら、絶対にお前を許さない……!」
「ひっ、ひぃっ!!」
蜂須賀さんの戦場で見せるような険しい表情と言葉に恐れをなして、ナンパ男は情けない悲鳴を上げながら逃げて行った。
私は蜂須賀さんの今の言葉を頭の中で繰り返す。
「…………」
「……はっ?!ついカッとなってしまった。怖がらせて済まない」
「え?!そんな事無いです!蜂須賀さん、とてもカッコ良かったです!私の事、そんな風に思っていてくれたんですね」
「……あっ!」
蜂須賀さんは、自分の言った言葉を思い出したのか、恥ずかしそうに頬を赤く染めた。
その姿が可愛くて、嬉しくて。
私は蜂須賀さんの手に自分の手を重ねてしまった。
<山姥切国広Ver.>
今日は山姥切さんに現世を案内する日だ。
山姥切さんが現世に行きたいと言い出したのには驚いた。特に興味を持っていそうな感じがしなかったので。どうしてなのか聞いてみたら、『アンタの生きていた時代について知りたくなったから』と答えた。山姥切さんからそんな事を言われるとは思わなくて、私の心はドキドキと高鳴ってしまった。
山姥切さんは手合わせの約束をしていたので、先に現世へ行っていて欲しいと言われた。私はお言葉に甘えて先に現世へ行き、お気に入りのカフェでスイーツを堪能してきた。
待ち合わせの時間が近づいて、私はカフェを出た。すると、肩を突然ポンと叩かれた。振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。ストリート系のファッションで、頭にサングラスを乗せている。ちょっと近寄りがたい人だ。
「よっ、そこの可愛いお嬢さん!暇してない?俺と一緒にどっか遊びに行こうよ〜。ね?ねっ?」
「え……?」
突然の事で、私は完全に思考停止してしまった。こういうグイグイ来るタイプの男性は知らない。
私が戸惑っていると、男性は何かを勘違いして、私の手を掴んだ。
「きゃっ?!」
「ぼーっとしちゃって、俺にもしかして見惚れてる?いや〜俺みたいな色男は、やっぱり違うってわけね〜あはは!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
男性の勢いに押されてしまっていたけれど、このままでは良くない。掴まれた手首が痛くて、私は顔を顰めた。私が制止しようとしても、男性は私の手首を引っ張ってくる。
「止めてください!私、人を待っているんです。あなたとは一緒に行けません」
「またまた〜。俺みたいなイケメンを捕まえておいて、そんな事言っちゃうの?」
「捕まえているのはあなたの方でしょう?あなたとは一緒に行きません!」
男性は自分の美形さに自信が相当あるのか、私の手を全く放そうとしない。何度も拒絶しているのに、全然話を聞いてくれない。怖くなって俯いていると、背後から声が聞こえてきた。
「何をしている」
「あっ、山姥切さん!」
パーカーのフードを深く被った山姥切さんが来て、私と男性を引き離した。その衝撃でよろめいた私を優しく支えてくれる。
「なっ?!何すんだよテメェ!」
「待ち合わせ場所周辺を散策していたら、主の姿が見えてな。遅くなって悪かった」
「え?あ、あの……」
山姥切さんは男性の姿が見えていないのか、完全に無視して私とだけ話をし始める。私がどうしたらと迷っていると、サッと私の手を大きな手で包み込むように握った。
「行くぞ」
私の返事を待たず、山姥切さんは歩き出した。私は山姥切さんの判断に任せて、歩き始めた。取り残された男性は、ハッと我に返って追いかけてくる。
「待ちやがれこの……!イケメンな俺を無視するとは良い度胸だなぁ!」
私達に追いついた男性が、山姥切さんの肩を乱暴に掴んで足止めをしてきた。グイっと引っ張られて、山姥切さんのパーカーが外れる。
「大体、てめぇみたいな根暗な不細工野郎が、こんな可愛い子ちゃんを彼女にしているなんて生意気―――」
山姥切さんの星屑を塗したみたいな金色の髪、翡翠色の目、整った顔立ちが露わになった途端、男性は黙ってしまった。
それもそうだろう。山姥切さんは堀川の第一の傑作。ものすごく綺麗なのだから。
「き……、綺麗過ぎ〜〜〜〜っ!!」
男性の顔が羞恥にまみれた表情に変わり、妙な悲鳴を上げながら逃げ出してしまった。私が呆気に取られて言葉を失っていると、山姥切さんは慌ててフードを被り直した。
「綺麗……とか、言うな」
「ふふっ、山姥切さんが綺麗なのは今に始まったことじゃありませんよ。助けてくれて、ありがとうございました」
「なっ!?……主、もう行くぞ」
山姥切さんはぎゅっと手を握り直して、私の歩調に合わせて歩いてくれる。
ちょっとびっくりした事があったけれど、今日は楽しい一日になりそうだ。
2019.03.01 更新