粟田口。私が生まれた家は、所謂大家族というやつで、大家族を題材にしてゴールデン番組を作れるくらい賑やかだ。
兄弟が沢山いる。でも、私以外は全員男。私は紅一点の姉であり妹でもある立場だ。
兄弟は皆大切だけれど、特に強い絆のようなものを感じている兄弟がいる。薬研。私の双子の兄だ。
「薬研、ごめん。せっかく家族皆でお花見だったのに。ごほっ」
「気にするな、。俺は人混みは苦手なんだ。だから、丁度休めて良かったよ」
「……それ、いつも大人数で生活してる人が言う事……?げほごほっ」
「ははっ、それもそうだ」
薬研はケラケラ笑いながら、私が横になっているベッド脇に座った。
今は春。お花見に家族皆で出かける日だった。大人数である為、家族全員の予定を合わせるのは難しく、貴重なイベントだった。
しかし、私はこうして風邪を引いてしまった。こんな時に風邪を引くなんて、自分が情けないし恨めしい。
私は風邪を引いている事は黙って、お花見に皆と一緒に行くつもりだった。でも、薬研にバレてしまって、このザマだ。
「あーもう、上手く隠せていたと思ったのに。いち兄だって気づいてなかったし」
いち兄も、薬研が言うまで気づかなかった。いち兄も、他の兄弟達も、お花見へ行くのを辞めると言い出した。私はそれだけは絶対に止めて、とお願いしまくって、ようやく家族は出かけて行った。悪い事をしてしまった。
「甘いな。医者志望の俺の眼は誤魔化せないぜ。それに、お前の事なら、直ぐにわかる」
「どうして?けほっ」
「……何でだろうな?」
「私に聞かれても……」
薬研は無自覚に私の事になると敏感らしい。双子だからだろうか?
「だって、俺の頭痛が酷い時にわかっただろ?」
「ああ、そんな事もあったね」
兄弟達の中でも薬研は面倒見が良いせいか、いつも自分の事を後回しにしてしまう。具合が悪くても、やせ我慢をしてしまうところがある。
学校にいた時、薬研の顔色が悪い気がして、私が直ぐ保健室へ連れて行った事があった。私の予想通り、薬研は頭痛で具合が悪かった。
「ま、双子だからかもしれねぇな」
「そうなのかなぁ?」
世の中の双子は、そんな事を経験しているのか。
ちなみに、私達の兄弟には他にも双子がいる。やっぱり私と薬研のような体験をしているのだろうか?
「薬研もお花見、行っても良かったんだよ?それなのに、『と家に残る』なんて言っちゃってさぁ」
「それ、さっきも聞いたぞ?」
「だって、私ただ寝てるだけだよ?それに付き合わせるのも悪いでしょ」
「……お前、俺がもし逆の立場だったらどうするんだよ?」
「絶対家に残る!!――あっ……」
薬研は『ほらな』と笑った。
自分で墓穴を掘ってしまって、恥ずかしくなる。私は布団で顔を覆い隠し、ゴロンと薬研に背を向けた。薬研は、ミノムシみたいになった私を、布団の上からポンポンと軽く叩いた。
「寝ているだけだって、具合が悪い時に独りでいるのは辛いだろう?特に俺達は、ただでさえいつも大人数で生活しているんだからな」
「うん……。ごめんね、薬研」
「さっきから謝ってばかりだな、。そこは『ごめん』じゃないだろ?」
「ありがとう、薬研」
「それで正解だ」
「ごほっ、げほっ」
「熱、出てきてないか?」
「うーん、そうかも……。頭が痛くなってきた」
「日曜日だと時間外だが、病院行くなら遠慮するなよ」
寝返ると、心配そうにしている薬研の顔が見えた。
薬研がそっと手を伸ばして、熱を確かめるように私の額に触れる。その瞬間、薬研がぎょっとしたように切れ長の瞳を見開いた。
「、やっぱり熱いぞ」
薬研が体温計を額に当てて、ピッという電子音が鳴った。表示された画面を見て、険しい表情に変わる。
「熱出てきたな。もう直ぐ昼だ。何か食べるか?市販薬ならあるが、腹に何か入れないと胃が荒れる」
「そうだね。何でも良いよ。菓子パンとかでも良いし」
「今は菓子パンは止めておけ。待ってろ。今粥を作ってやるから」
「え?!薬研って、料理出来たっけ……?」
私は思わず狼狽えてしまった。
薬研は何でもスマートに出来るイメージを抱かれやすいけれど、実は料理は苦手だ。前に薬研がリンゴを剥いたら、実は削ぎ落されて何故か芯しか残らなかった。あの時は兄弟全員で笑ってしまったっけ。
いや、今は思い出に浸っている時じゃない。このままだと、私の胃袋がどうにかなってしまう。
「薬研、私動けるよ!料理は私が作るから、ね?ついでに薬研のお昼ご飯も作るし」
「こら、起き上がるな。風邪引いている妹にそんな事させられねぇよ。それこそ兄の名折れだ」
薬研に肩を掴まれて、再び布団に戻されてしまった。薬研はこうなると梃子でも動かない。どうやら私に残された選択肢は無いらしい。私は諦めて息を吐いた。
「…………宜しくお願いします」
「何だその間は。安心しろよ。粥くらいなら、俺にだって作れるぜ」
「そうだと良いけれど……」
薬研は私の熱くなった頬を包んで、自分の額を私のそれと合わせた。至近距離で見る薬研の瞳はずっと見ていたくなるくらいに綺麗で、風邪を引いているだるさとか、そいういうものを一瞬忘れてしまった。合わせた額や掌は、やっぱり私より冷たくて心地良い。
「お前は昼飯が出来るまで休め。ゆっくりしていろよ」
「はぁい」
「良し」
ポンと薬研に頭を撫でてから、薬研はキッチンへ向かった。私はその後ろ姿が部屋から出ていくと、熱でふわふわとした意識の中を微睡んでいった。
ここはどこだろう?
気づくと、私は立派なお屋敷の廊下に立っていた。それ以外は、何もわからない。
廊下から庭が見える。樹齢500年は経っていそうな、太い幹の桜が、青空の元で咲き乱れている。薄紅の花弁が、まるで踊っているかのようだった。まるで別世界。それが似合う光景が広がっている。
「大将っ!!」
花吹雪の中、そう悲鳴みたいに叫ぶ少年が走ってきた。私の双子の兄、薬研だ。でも、どこか違う。とても似ているけれど、違う人だと何故か思った。
紺色の制服を思わせる衣服を着ていて、腰には小さな刀を差している。とても苦しそうな険しい表情をしている薬研に、私は名前を呼ぼうとした。しかし、私の背後からか細い声が代わりに名前を呼んだ。
「薬研……」
振り返ると、私の背後に、私と同じ顔をした少女がよろよろと立っていた。部屋の前の戸に手をついて、駆け付けてくる薬研を温かな目で見つめている。
彼女は夜着の上から薄い打掛を羽織っている。彼女の喉からはヒューヒューと変な音がしていて、明らかに病人だとわかる。顔色も悪くて、雪みたいに真っ白だ。その真っ白な口元から、一筋の鮮やかな血が流れ出ていた。
薬研は私が見えていないのか、私の横を素通りして彼女の背中を支えるように手を当てた。そして、ポケットから清潔な手拭いを取り出し、彼女の口元を優しく拭う。
手拭いが血で滲むのを見て、彼女はぽつりと言った。
「ごめんね、薬研。手拭い、汚しちゃった」
「そんな事は良い!大将、寝ていろよ!これ以上、無理をするな。治るものも治らねぇだろ」
彼女は本当に治るのだろうか?そう疑問に思ってしまうくらい、彼女はボロボロに見える。クマがくっきり浮かんだ目元は、見ているだけで辛い。
「うん……。でも、近くでどうしても桜を見たかったから……」
『大将』と呼ばれた彼女は、庭の桜に目を移した。薬研も彼女の視線を辿って、桜を見つめる。向かい風が吹いて、桜が2人に応える様に惜しみなく花弁を散らしていく。薄紅の嵐は、2人を包み込むようだった。
「桜が見たかったら、また来年も見られる。だから大将、今は休んでくれ。頼む」
悲しそうに目を細めた薬研に、彼女はゆるく首を横に振った。薬研とは対照的に、彼女は微笑んでいた。
「ごめんね、薬研。来年は、無理なの」
「っ……」
彼女の言葉が何を意味するのか、薬研にはわかっていたのだろう。喉を詰まらせて、薬研はそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。
彼女は心地良い風を肌で感じながら、自由に舞う花弁を掌で受け止める。病的に白い手に、薄紅の桜は十分赤かった。
「本当にごめんね、薬研……」
薬研はぐいっと乱暴に自分の目元を拭い、いつもの顔でニッと笑った。
「ははっ、大将は謝ってばかりだなぁ。そこは『ありがとう』って言うもんだぜ?」
「……うん。そうだね。ありがとう、薬研。いつも傍にいてくれて」
薬研は、彼女の花弁の乗った掌を両手で包み込んだ。ぎゅっと強く握って、彼女の額に自分の額を押し付けた。
「……もし生まれ変われたら、また一緒に桜を見ようね」
「……ああ、絶対に。約束したぞ、大将。何回でも、何十回でも、何百回でも、主と桜が見たい。その時は必ず、俺が傍にいる」
「嬉しい。ありがとう、薬研。私、とっても幸せだよ。幸せにしてくれて、ありがとう」
彼女の両目から、温かな涙がぽろぽろと零れ落ちた。
2人がどんな人物で、どういう関係なのかはわからない。でも、強い絆で結ばれている事はわかった。
まるで祈っているかのような2人の姿が、桜吹雪の中に溶けていく。花霞。遠のいて、消えていく。同時に私の意識も白んでいった。
「――っ!っ!」
「?!」
私の意識を呼び戻してくれたのは、薬研だった。心配そうな顔の薬研が、私の視界いっぱいに映っている。私は身体を起こして、改めて薬研を見た。薬研はとても焦っていたのか、顔色が悪かった。
「薬研……?どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃねぇよ。昼飯が出来て、声を掛けても全然起きなかったんだぞ?心配した……!しかも、泣いているしよ」
「え……?あ、本当だ」
薬研が私の涙を親指で拭った。確かにそこは濡れていて、私は自分が泣いているという事に気づいた。
「何か嫌な夢でも見ていたのか?」
「どうだろう?わからない……」
夢を見ていたとは思う。でも、それがどんな夢だったのかは思い出せなかった。
「わからないけれど、多分良い夢だったと思うよ」
そう、どんな夢か覚えていないが、私は不思議と嫌な気持ちではなかった。
私はにこっと薬研に微笑みかけた。動揺している薬研が少しでも安心出来たら良い。
「本当か?」
「うん、本当」
薬研は安堵したみたいで、ふうっと息を吐いた。
「それなら良い。お前の泣き顔は、心臓に悪い……」
くしゃっと泣き笑いみたいな顔で、薬研は私の髪を撫でた。私の心臓がぎゅっとなるのを感じた。
「熱はどうだ?」
「少しあるみたいだけど、大丈夫。お粥出来たの?」
「ああ、自信作だぜ」
「逆に怖いのよ、それ」
「何でだ?」
薬研が差し出したお盆には、ほこほこと湯気立つお粥が乗っていた。中央の梅干が良い感じだ。
私は『頂きます』と言って、薬研お手製のお粥を食べた。正直、水っぽい感じがしたけれど、サラサラと胃の中に入っていく。悪くない。
「良かった。流石にお粥を大失敗、なんて事にはならなかったね」
「おい、それどういう意味だよ」
「ふふっ。十分美味しいよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「! きゅ、急になんだよ……」
「別に良いでしょ?薬研は私のお兄ちゃんなんだから」
「……っ、お前なぁ」
ちょっと照れた薬研が見られて、私は得した気分。
「ほら、それ喰って早く元気になれよ」
「うん!」
「元気になったら、俺と2人で花見の仕切り直ししようぜ」
「……」
「ん?どうかしたか?」
薬研の言葉に、ざわっと胸の中が騒いだ気がした。
「何でだろう?薬研と、前にもこうして桜を見に行く約束をしていたような気がするの。いつだったのかは全然思い出せないけれど」
「そうか……。実は俺も、上手く言えねぇけど、と桜が見たいって、ずっと前から言っていた気がするんだよな」
「ふぅん。不思議だね!これも双子だから、って事なのかも?」
「さぁな」
薬研も何か不思議な体験をしているのかもしれない。
「もしかすると、と一緒に桜を見れば、何かわかるのかもしれねぇな」
「あー、そうかもしれないね」
「逆に何もわからないかもしれねぇけど」
「そうだね。でも、薬研と桜を見るのは、すごく楽しみだよ」
「俺も。お前と見る桜なら、きっと良いものなんだろうなぁ」
薬研がふわっと柔らかな微笑みを見せてくれて、私はくすぐったいのと同時に嬉しくなる。
風邪が治った後、私達はお花見をしに出かけた。
桜を薬研と一緒に見上げた時、私達が何を思い出したのかは、2人だけの秘密。