甘くて美味しい出会い


審神者は定期的に研修会があり、呼ばれた者は基本的に出席をしなければならない。
日澄楓―――審神者名・彩葉は、研修のために用意された研修会場へ来ていた。
100人以上の審神者が参加するだけあって、とても立派で大きなホールだった。待合室やホール前の通りには、様々な審神者とその近侍が大勢いて、目の前の光景に圧倒されてしまう。刀剣男士達は目を奪われるような美形ばかりだし、審神者達も貫禄のある風格や、民族衣装のような恰好をしている者など、彩葉の周りにはいないような姿をしている。高校進学後に審神者になった彩葉は、高校の制服で来たのだが、自分が浮いているような気がしてそわそわしてしまう。

「主、大丈夫かい?少し休もうか?」
「え?あ、大丈夫ですよ燭台切さん。ただ、ちょっとこの空気に慣れないなぁと思いまして……」
「ふふ、審神者は色々な人がいるからね。主みたいに若い子は今回ちょっと少ないかもしれないね」

近侍の燭台切の言うとおり、彩葉と同じくらいの年頃の少女が見当たらない。年若い者でも審神者に就任している者はいる。今回はたまたまだろうか。
彩葉が視線を彷徨わせていると、彩葉と同じセーラー服を纏った少女を見つけた。藍色のワンピースタイプのセーラー服は少し物珍しい。彩葉のサラサラストレートの髪とは違い、赤毛でもふもふのウェーブが特徴的な少女だった。サイドツインテールが少女の動きに合わせて揺れている。
少女の傍にいるのは山姥切長義だ。少女がコロコロと表情を変えながらぐいぐい手を引っ張ったりしているせいか、眉間に皺を寄せて迷惑そうにしている。でも、時折長義の瑠璃色の瞳が優しくなるところを見れば、関係は良好なようだ。

「あれ?あそこに主と同じくらいの年頃の子がいるね」

燭台切も気づいたのか、彩葉に声を掛けてきた。

「まだ研修開始まで時間があるし、話しかけてみるかい?」
「え……」

同じ年頃の審神者ならば、話しかけてみたい気がする。彩葉がどうしようか迷っていると、直ぐ後ろで他の男性審神者達の声が響いた。

「おい、アレ見ろよ」
「ああ、アイツか……」

2人組の男性審神者は、彩葉が見ていた少女の方を指差して言った。声色からして、あまり良い感情を持っていないようだった。

「アイツだろ?時の政府の幹部候補生に選ばれた奴って。あの歳で幹部候補生って、どんだけだよ」
「俺、ちょっと興味出てあの子の審神者登録データを調べたんだけど、名前の【】って以外はロックされてたんだよな。普通、審神者の登録情報って見られるだろ?」
「マジ?ヤバい奴なんじゃねーの?つまりワケ有りだろ?」
「噂だと、幹部候補生に推薦された時も、問答無用で断ったらしいぜ」
「は?!何でだよ?将来を約束されたようなもんじゃねーか?変人かよ」
「変人に違いないな、ははっ」
「幹部候補生に選ばれたのだって、審神者の能力が高いって言うより、野放しにしておくと危ない奴だからだろ。政府に目をつけられたって言うか」
「だよなー。そうでも無ければ、幹部候補生なんて選ばれるわけねぇし」

嫉妬混じりの嘲笑するような声が彩葉の胸を突く。自分の事を言われたわけではないのに、という少女の散々な言われ様に傷ついている自分がいる。
傷ついた表情が出ていたのか、燭台切が彩葉の肩を優しく叩いた。

「主、ここから離れよう。君の耳には入れたくない話だからね」
「うん……。ありがとう、燭台切さん」

彩葉はの姿が人混みに消えるのを見つめた。

(さっきの話声、あの子には聞こえていなければ良いな)

彩葉は燭台切に促されてその場を離れた。
















研修は審神者だけが受ける事になっているので、彩葉は燭台切と研修会場近くにあるカフェで待ち合わせをする事にした。燭台切は研修が終わるまで待機していると言ってくれたが、2時間以上もある研修でずっと待っていてもらうのは心苦しかったからだ。
そのカフェは、燭台切が現代へ出かけた時に見つけたところだ。新鮮なフルーツを使った美味しいスイーツを出すらしい。研修後の甘いデザートは彩葉も楽しみにしていた。きっと燭台切は、彩葉の好きそうなメニューを出すカフェをリサーチしてくれていたのだろう。それを思うと、彩葉は燭台切の心遣いが嬉しかった。
2時間くらいで研修が終わり、彩葉が会場から出てくると、困った事が起きた。

「あれ?」

スマホの電池が無くなってしまったのだ。うっかり充電をするのを忘れてしまっていたらしい。これでは燭台切と待ち合わせをしているカフェを調べる事が出来ない。

(どうしよう?他の審神者さんに聞いてみたいけれど、声を掛け難いな……)

他の審神者達は忙しそうにしているし、彩葉とはかけ離れたオーラを放っている者が多い。それに、スマホの電池が切れたのは彩葉のミスだ。さっきあぐりの事を噂していたような意地の悪い審神者もいると思うと、事情を話す事に躊躇ってしまう。

(燭台切さんを待たせちゃう……)

物言わぬスマホと睨めっこをしていた時だ。ポンポン、と軽く肩を叩かれた。同時に間延びした少女の声が耳に届く。

「どうしたの〜?何か困ってる?」
「えっ……、あ!」

振り返ると、そこに立っていたのはくるくるの赤毛が特徴のだった。





名前以外の閲覧が出来ない、ワケ有りの少女。





幹部候補生に選ばれながら、それを断った少女。





まさかに声を掛けられるとは思っていなかったので、一瞬驚きの声を上げてしまった。
は赤銅色の目で、じっと彩葉の褐色の目を見ている。黙っているのもおかしいので、思い切って事情を説明する事にした。

「実は、近侍とカフェで待ち合わせをしているのですが、スマホの電池が無くなっていて調べられなくて……」

自分で話していて恥ずかしくなってきた彩葉の声は、語尾になるほど小さくなっていく。審神者として努力してきたつもりだが、こんな初歩的なミスをしてしまうとは。幹部候補生に選ばれたという噂がある少女を前に、自分が情けなくなってしまった。
彩葉が俯いていると、頬をきゅっと両手で包まれて顔を上げさせられた。

「ひゃっ?!」

目の前には、にこにこと微笑んでいるの顔があった。

「そのカフェ、何て名前?」
「えっと、【さくらんぼ堂】っていう最近出来たカフェらしいです」
「わ〜、そうなんだ!実はわたしも、そこで長義と待ち合わせしてるよ〜。同じだね」
「本当ですか?!」
「うん。だから、一緒に行こ〜。ね?」

は人懐っこい笑顔で、躊躇う事無く彩葉に自分の手を差し出した。

「えっ?あ、はい!ありがとうございます!」

勢いに飲まれ、彩葉は気づくとの手を取っていた。は満足そうに手を握り、彩葉を連れて会場の外へ向かって歩き出した。ふわふわとした柔らかそうな髪が、彩葉の前で揺れている。

(マイペースな子だなぁ)

には不思議と人との距離を縮めてくる何かがあるような気がした。

「ねぇ、名前何て言うの?」
「私は彩葉です」
「わたし、だよ〜。宜しくね」
「はい、宜しくお願いします」

彩葉はに案内されて、燭台切と待ち合わせをしていたカフェに無事到着した。外観は昭和レトロを思い起こさせるレンガ作りで、木の扉を開けるとチリンとベルが鳴った。

「あっ、主!」
「燭台切さん!良かった、入れ違いにならなくて……」

燭台切は奥の4人席に座っていて、彩葉を見つけると手を軽く振ってくる。向かいの席には足を組んだ長義が座っていた。どうやら彩葉達と同じようにご一緒しているようだ。恐らく、燭台切が長義に声を掛けたのだろう。テーブルには飲みかけのホットコーヒーが2つ置かれている。

「連絡したんだけれど、もしかしてスマホの電池切れたとか?」
「う……、そうなんです。でも、研修会場で困っていたらさんがこのカフェの事を知っていて、案内してもらったんですよ。ここで長義さんとも待ち合わせをしていると聞いたので」
「……、待ち合わせは駅前の喫茶店だったはずだが?」
「えっ?」

長義のへの一言に、彩葉が振り返る。は何でもない事のように長義の肩をぎゅっと掴んだ。

「え〜、やだな〜長義。待ち合わせ場所は最初からここだったでしょ?」
「はぁ……。まぁ、そういう事にしておいてあげても良いよ」

どうやらは彩葉をここまで案内する為に、わざわざこのカフェに待ち合わせ場所を変更したようだ。
全てに気が付いた彩葉は、に改めてお礼を言った。

「本当にありがとうございました、さん!待ち合わせ場所、変更してまでわざわざ案内してくださって……」
「え〜?何の事かわかんない」

あぐりはニコニコと人懐っこい笑みを浮かべているだけ。

「そんな事より、早く座ろうよ〜。わたしお腹空いちゃった」
「それなら、案内をしてくれたお礼に奢りますよ」
「良い考えだね。主がお世話になったみたいだし、ぜひそうした方が―――」
「それだけは絶対に止めておいた方が良い」

燭台切が彩葉の提案に頷いた時、長義が言い切った。あまりにハッキリと長義が言うので、彩葉は戸惑いながら長義とを見る。

「でも……」
「そういう気遣いは無用だよ。ああ、勘違いしないで欲しいんだが、コレは君達の為に言っているんだ」
「?」
「どういう意味だい?」
「今にわかる」

彩葉も燭台切も、長義の言っている意味が分からずに首を傾げてしまう。はというと、長義の言う事には興味が無いようで、さっさと長義の隣に座ってメニューをうきうきと見ている。
デザートのページには、キラキラと輝く宝石のようなケーキやパフェ、クレープなどがズラリと並んでいる。彩葉もメニューブックを開いてパッと表情を明るくした。しかし、問題がある。

「困ったな、どれも美味しそうで迷っちゃう……」
「確かに、どれも美味しそうだね。でも、全部は食べきれないだろうし、悩むところだね」

彩葉も燭台切も魅力的なデザートに迷いが出た。どれも美味しそうだが、このメニューを全部食べるのは出来ない。
すると、メニューを小さな子供のように見つめていたが、『すみませ〜ん』と店員を呼び止めた。

「お客様、お決まりでしょうか?」
「はい」

はメニューをパッと開いて店員に見せると、指でつーっとデザートの名前をなぞりながら言った。満面の笑顔で。

「ここからここまでのデザート、全部ください!」
「「「?!」」」

店員も彩葉も燭台切も、この発言には驚きを隠せない。の隣にいる長義だけが、涼しい顔でコーヒーを口に運んだ。

「お客様、ここからここまで、全部でございますか……!?」
「そうそう〜。ここからここまで、全部」
さん、10個くらいありますけど、大丈夫なんですか!?」
「えっと、10個は流石に多くないかい……?」
「大丈夫だよ〜。ダイエット中だから、少ないし」
「「ええっ?!」」
「それにいつもこうだから。ね?長義」
の胃袋は底無しだからね。もう呆れるを通り越したよ」

彩葉は思わずを改めて見た。小柄で細身の部類は入るあぐりの身体。この中にデザートが10個以上も入ると言うのだから驚きだ。いや、実際にこの目にするまでは信じられない。
店員は困惑しながらも、の注文をメモしていく。

「あの、他のお客様もお決まりでしたらどうぞ」
「あ……、僕はガトーショコラを1つ」
「えっと、私はフルーツパフェの普通サイズを1つお願いします」
「俺はこのサンドイッチをお願いするよ。もちろん1つだ」
「畏まりました」

そして、暫くしてから全員の頼んだものがテーブルに並べられた。しかし、のデザートだけはテーブルに乗せ切れないので、が食べ終えたら運ばれる事になった。

「頂きま〜す」

はスプーンを片手に、淡々と甘いクリームやチョコレート、瑞々しいフルーツの山を口に運んでいく。どんどん皿に乗っているデザートがの身体の中に消えていく様子に、彩葉や燭台切は釘付けになってしまった。

「すごい……!どうしてそんなに食べられるんですか?私だったら絶対に1つか2つでお腹一杯になるのに」
「人間ってこんなに沢山食べられるんだね!すごいよ!」
「燭台切さん、個人差はありますけれど、ここまでは食べられないですよ……!」
「あれ?そうなのかい?彼女はこんなに食べているから、これくらい入るのかと思ったよ」
「美味しい〜。このカフェは当たりだね!」

彩葉はようやく長義が御馳走すると言ったのを断ったかがわかった。

さん、こんなに食べる人だったんだ!さんのお腹が一杯になる頃には、私のお財布が空になるところだった……)

もし長義の断りが無かったら、今頃大変な事になっていただろう。本人もそれはわかっていたように思う。
の見事は食べっぷりには驚くばかりだ。早食いというわけではないが、一定のスピードでデザートを平らげていく。正直見ているだけでお腹が膨れてきてしまう。彩葉はパフェに乗ったパインを食べるか迷った。
長義がの事を肘で軽く小突いた。

、引かれてるぞ」
「うん?あ、ごめんね〜彩葉ちゃん。わたしの事は気にしないで、どんどん食べてね」
「引いてないです!全然引いてないですから!」

彩葉はパクっとパインを口に入れた。じゅわっと甘酸っぱい果汁が口の中に広がって、思わず彩葉は『美味しい』と呟いた。
燭台切もガトーショコラを頬張り、その美味しさに微笑む。

「主、このガトーショコラも美味しいよ。食べてみるかい?」

燭台切は一口分を切り分けると、彩葉に差し出した。このまま食べたら、所謂『あ〜ん』というやつだ。彩葉は頬を赤く染めて恥ずかしがった。

「えっ!?燭台切さん、こ、こんなところで……っ」
「ふふっ、主、味見するだけだよ。そんなに気にしなくても大丈夫だって」
「もう!からかわないでください」
「主は怒っていても可愛いね」
「〜〜〜っ」

彩葉は恥ずかしさを隠すようにパフェを一生懸命口に運んだ。

「やれやれ、御馳走様」
「御馳走様〜」
「長義さんもさんも、からかわないでください〜!」

彩葉の表情の変化が面白いのか、は目を細めて笑う。長義は燭台切の主いじりに肩をすくめた。
長義がサンドイッチを食べようとした時、が長義の手首を掴んで自分の口を大きく開けた。

「長義、それちょっと頂戴〜」
「仕方ないね、ほら」

長義はの口へサンドイッチを入れてやる。はもぐもぐと美味しそうにサンドイッチを頬張った。

「美味しい〜。ありがとね」

彩葉と燭台切とは違い、と長義は特に何でもないかのように『あ〜ん』をやって見せた。彩葉達が友達以上の恋人未満なら、達は熟年夫婦だろうか。小動物の餌やりをする飼育員にも見えるが。

(長義さんって、人前でこういう事はしないと思ってたけど……)

山姥切長義という刀は、政府から派遣されてやって来ると聞いた。定例会などで長義を連れている審神者もいるが、いつもクールなエリートというイメージがあった。審神者を尊重する発言が多いが、主を【】と名前で呼び捨てたり、肘で小突くなど雑な扱いはしない性格だと思っていた。

さんにはちょっと対応が違うよね)

それはやはりとの関係を特別視している為だろうか。
全てデザートを食べたの前は空の皿がズラリと並んでいる。この光景はきっとSNS映えするだろう。雑談を交えて彩葉達はカフェを出る事にした。当然が食べた分の会計は彩葉の見た事が無い金額になっていた。しかし、長義は驚く事も無く、クレジットカードを出してサッと支払う。本当に良く慣れているのだろう。

「美味しかったね、彩葉ちゃん」
「はい!すごく美味しかったですね。4人で食べられたのも楽しかったです」
「そうだね。賑やかに食べるのは僕も楽しかったよ」
「まぁ、楽しめたかな」

そんな事を言いながらカフェの外に出ると、彩葉はある2人組を見つけてハッとする。それは、研修会場にいたあの男性審神者達だった。男性審神者達は、の姿を捉えてあからさまに嫌そうな顔をした。わかりやすく、それはに対しての疑念と嫉妬心だった。

「うわっ……、まさかこんなところにいるとはな」
「幹部候補生にも名前が挙がった奴が、こんな庶民的なところにいるなんて思わなかったぜ」

へ敵意を剥き出しにしてくる2人組に、長義は眉間に皺を寄せた。ピリッとする空気に彩葉が不安を感じる。
はというと、特に何も感じていないようで、2人組をチラッと見ただけだった。その態度が余計に気に入らないのか、2人組の顔が険しくなる。

「おい、そこのぼさぼさ頭の女。お前の事だよ」
「ん?わたし?」
「お前、いったい何なわけ?政府から気に入られてるからって、調子に乗ってるんじゃねぇぞ」
「どうせお前は政府に目を付けられているくらいヤバい奴なんだろ?だから名前以外の個人情報がロックされてるんだろ?」
「どんな方法を使って政府に取り入ったのか知らねぇけどよ、目障りなんだよ。気持ち悪い。お前みたいな奴は、本丸にでも引き籠ってればいいんだよ!」

長義の全身を纏うオーラが冷え切ったと思った瞬間、意外にも動いたのは彩葉が先だった。

「あの!」

一歩前に出た彩葉は、毅然とした態度で2人組を睨んだ。

「な、何だよお前は……」

まさか彩葉のような線の細い少女が前に出てくるとは思わず、男性審神者達は怯んだ。燭台切はその様子を静かに見守っている。

「良く知らない相手というのは、怖いと思う事もあります。でも、相手の事を知ろうともせずに、勝手な想像で傷つけるような事を言うのは良くありません」
「テメェ、ガキの癖に俺達に意見するとは何様だよ?」

こめかみに青筋を浮き上がらせた男性審神者が、彩葉に凄む。しかし、彩葉は黙らなかった。

「そうです。私はまだ子供です。私と同じ年頃の女の子1人に対して、大の大人が寄ってたかって失礼な事を言わないでください!さんは困っていた私を助けてくれた、優しい人です!」
「この……!うるせぇっ!」

彩葉の言葉で激高した男性審神者の1人が、彩葉に掴み掛ろうとした。だが、その腕は彩葉には届かない。しっかりと燭台切が掴み、阻んだ。

「燭台切さん……!」
「君達も審神者なんだろうけれど、その行動は審神者として相応しくないと思うよ」
「くっ……!」
「これ以上僕の大切な主に悲しい思いをさせるなら、黙っていられないね」

長義も前に出てきて、鋭い声で男性審神者を射抜く。

「審神者として、お前達は不可だ。映像を記録して時の政府に報告しておく。上からの沙汰を首を洗って待っていると良い」
「な、何だと?!」
「くそ……!やっぱりろくな奴等じゃねぇな!」

悔しそうに捨て台詞を吐き、2人組は急いで逃げて行った。
とりあえず事が終わって、彩葉はホッと安堵して息を吐いた。それから直ぐにの元へ向かう。がずっと黙っていたのは、見知らぬ男達から心無い事を言われて恐怖を感じたからだろう。そう思った。

「大丈夫でしたか?さん」
「ん〜?大丈夫だよ。変なのに絡まれて、彩葉ちゃんこそ大丈夫だった〜?」
「私は全然平気ですよ!あんな人達に負けませんから!」

はただあの審神者達に怯えていたわけではないようで、彩葉は胸を撫で下ろす。

「主に怪我が無くて良かったよ」
「燭台切さん、助けてくれてありがとうございました。長義さんも援護してくれましたよね」

長義に頭を下げ、彩葉が顔を上げると、長義は少し顔色が悪かった。

「全く……。本当に危ないところだったよ。もし燭台切や俺が間に入らなかったら、が何をするかわからなかったからね」
「え?」
は自分の事は何を言われても気にしないが、自分が大切に思っているものを傷つける奴には容赦が無い」

誰でも大切に思っているものを傷つけられたら怒るだろう。しかし、彩葉にはこのマイペースなが怒るところを想像出来なかった。それに、は小柄な少女だ。怒ったところで、何がどうなるというのだろうか?
はただ微笑んでいる。

「長義、心配し過ぎだよ〜」
「だったら、その後ろで握っている得物から手を離すんだね」
「あ〜、コレはつい」

いつの間にか、は腰のベルトから吊り下げている短刀―――南天山茶花の柄に手を掛けていた。死角にあった為、彩葉も燭台切もは短刀の存在に気づいていなかった。どうやらは武器を持ち歩いているらしい。

「えっと、さんって、もしかしてとてもお強いんでしょうか……?」
「まさか、そんな事ないよ〜」

ペロッと舌を出しておどけるだったが、もし彩葉があの審神者達に反論してくれなかったらどうなっていただろうか……。
長義はぐいっとの腕引き、耳打ちする。

「君、アレを食べようとしなかったか?」
「ダイエット中だし、そんなほいほい食べないよ〜。【人間】は食べられないし。それに、すごく不味そうな人達だったでしょ?」
「俺は食べた事が無いからわからないよ、そんな事」
「まぁそうだよね」

ひそひそと小声で話す2人に、彩葉が気になって声を掛けた。

「あの、どうかしたんですか?」
「いや、こちらの話だ。それより、また機会があったらと話をしてやってくれ。を敵視している者もいる。なかなか親しい者を作れないんだ。こんな具合で、変な奴だし」
「変な奴は余計でしょ〜っ!」
「私で良ければ、さんと友達になりたいです。色々助けてくれて……。それに、さんは良い人だと思いますから」
「本当〜?嬉しいっ!ありがと〜」

は花が咲くみたいに笑うと、彩葉の手を両手でぎゅっと握った。燭台切もにこやかに彩葉との様子を見守る。

「あっ!わたし相手に敬語必要無いよ〜」
「はいっ!あ、じゃなくて、うん!」

彩葉もの手を握って、嬉しそうに頷いた。
「それにしても面倒な事に巻き込まれたな。少し疲れたよ」
「だったら、カフェのハシゴしたい。ちょっと怒ったらお腹空いてきたし!」
「ええっ?!もうお腹空いたんですか?!」
「さっき食べたばかりなのに、すごいね……」

こうして4人は暫く笑った後、次のカフェを探す為にスマホで検索をするのだった。


2019.11.30 更新