◆◇ 番外編01 静かな恋の結末


私が交通事故に遭って、それから約1ヶ月が経った。それは今年の終わりの日、12月31日。外は真っ暗な夜で、まるで影が降ってきたような色だった。
ぎしぎしと強張る上半身を起こすと、包帯を巻かれた左半身が見えてくる。左腕は骨折しているためギプスと三角巾で固定してある。片腕の生活も1ヶ月もすれば慣れたもの。傍に置いてある紺色のカーディガンを片手で器用に羽織った。リモコンで操作し、部屋の隅で赤くヒーターが灯った。
お医者さんによると、私は今驚異的なスピードで回復しているらしい。何せ半年はベッドの生活だと言われていたのに、1ヶ月目にして左半身の傷が半分も癒えてきたのだから。左足のギプスも昨日取れた。確かにあんなに全身痛かったのに、不思議なくらい今では痛みが引いている。
心当たりが1つだけある。だけどそれが絶対という核心は無い。ときどき忍足さんが来るときに、白梅香の香りがするのだ。それを吸うとすごく安らかな気持ちになれる。そして、その日はすごく体調が良くなる。本人は気がついていないみたいだけど。
今日は大晦日ということもあって、皆が病院に遊びに来てくれるということになっている。私は家族で過ごして欲しいと断ったんだけど、皆ちっとも嫌そうな顔をしないで『絶対に遊びに行く!』と言ってくれた。大晦日に、誰かと過ごす日がまた来るなんて思っていなかった。だから、嬉しさと驚きが半分ずつ私の中にある。
病院でパーティーなんかしても良いのかどうか心配だったけれど、なんと実はこの病院、跡部さんの家が経営しているんだとか。だから防音設備が完璧で、ちょっとやそっと騒いだところでは近所迷惑にはならないらしい。ここまで考えているなんて、すごいと思った。
コンコン、と軽いノックが聞こえてきた。

「入って、鳳くん」

ドアが開いて、パーティーの時間より1時間早くここへ彼は来た。それは、彼女が教えてくれた通りの人。

「その、早く来てしまってすみません……」

外はとても寒いのか、きっちりとベージュのコートとマフラーを巻いた鳳くんが入ってきた。私はすぐに椅子に座るように言うと、『すみません』とその椅子にコートを脱ぎながら座った。
いつもは跡部さんや宍戸さんたちがいて、鳳くんと2人きりになって話をすることが無かった。
少しだけ、気まずい空気が流れた気がした。その空気を感じてか、鳳くんは少しだけ躊躇ったように見える。けれども、彼は口を開いた。そして、何を言うつもりなのか、私にはわかっていた。

「……先輩の容態が落ち着いたら、もう1度言おうと思って来ました」

彼は私に世間でいうところの【愛の告白】をしてきた。
それは事故に遭う前、滝くんと鳳くんが最後の会話をしたあの放課後だった。

先輩がオレのせいで事故に遭ったとき、死ぬほど後悔しました」

鳳くんは、私の顔を見なかった。
雨が降ったあの日、私が傷心しきっているところへ鳳くんは寮までわざわざ来て、萩之介くんから私への誕生日プレゼント―――想いを届けてくれた。
きっとあれが無かったら、私はこの世にはいなかったと思う。そのまま自ら命を絶っていたと予想出来る。
鳳くんを助けたのは、勝手に身体が動いたから。きっと、深く考えなくてもそう出来た。萩之介くんと同じで。
目が閉じる瞬間に、鳳くんは私のことで泣くのだろうと、泣いてくれるのだろうと思った。それは、向日さんから聞いて的中した。ある意味の後悔を私に植え付けた。

「だけど……オレはズルいんです。あんなことがあっても……、いえ、あんなことがあったからこそ、オレはあなたを今度こそ護りたい」

あの日と同じ目。





「好きです、先輩。オレと付き合ってください」





また言われたら、今度こそ言おうと思っていた。
事故とかそんなの関係無く、私の返事はあのときから変っていない。
私は頭を下げた。





「ごめんなさい」





ひしひしと、鳳くんの心の音が伝わってくるようだった。

「理由を……、聞いても良いですか?」

何かに耐えているような、鳳くんらしくない詰まった声だった。
だから、私は言いたくなかった。ずっと、ずっと、言わないでいたかった。
鳳くんが、胸の奥で、泣いてしまうから。
でも、彼は私の返事を待っている。

「私の能力のことは、もう知っているよね?」
「!?そんなの……!」
「わかってる。わかってるよ。鳳くんが、それを越えたところで、私を好きだって言ってくれることも」

鳳くんは納得出来ないという顔のままだった。私だって、鳳くんと同じ立場だったらきっとそうだったと思う。
私は鳳くんから視線を下に移した。正確には彼の足元。

「私、さっき鳳くんがノックしたときに何て言ったか覚えてる?どうして鳳くんがここへ来ることがわかってたと思う?」

鳳くんは今になってようやくそのことに気がついたようで、ハッとなって目を大きく丸くした。
足音には個性があって、1つ1つ特徴がある。それでわかったのかもしれない。だけど、ここは完璧な防弾完備がされている。直接ドアにノックなどをしない限り、この部屋に音は入ってこない。私がこの病室内から、鳳くんを鳳くんだと認識出来るはずが無い。誰かを誰だと言い当てることは不可能だ。偶然があったとしても、看護師さんやお医者さんがいるし、隣の病室の人だってときどき遊びに来る。
それを断定できたのは、彼女が教えてくれたから。長身の鳳くんの傍らには、無邪気な微笑みを浮かべる栗色の髪の幼い女の子がいる。もちろん、彼女のことは鳳くんには見えていない。クスクスと笑いながら鳳くんのジーンズを掴んでいる。
わけがわからないでいる鳳くんの目の前で、私は彼女に話しかけた。





「弟さんのこと好き?」





鳳くんの顔が一瞬で血の気が引いたような色に変化し、顔を引きつらせた。
半透明の女の子はにこにこしながら答えた。





すき。とってもやさしい子。





鳳くんには、ずっとこの子がついていた。私が言わなかっただけで、ずっとこの子は鳳くんの傍にいた。





いまでも、わたしをころしてしまったことをおもいだして、夜にないているの。





「ひ……っ、あああぁあぁ……!」

鳳くんは首を横に振って全身を硬直させた。
私は残酷な言葉を吐く。

「本当は……タロットをするためだけじゃなかったんだよ。ずっとね、これが言いたかったの」

いつ言えば良いかわからなくて迷っていた。
鳳くんは硬直したままだった。





「8年前、あなたはお姉さんが止めるのも聞かないで、河の深いところへ入ってしまったよね?」





「助けようとして河に入ったお姉さんは、助からなかった」





「そして、自分だけが生き残ってしまった」





鳳くんはきっと思い出している。
お姉さんが私に話してくれた日のことを。
楽しいはずだったキャンプが、自分のしたことで地獄へと変ってしまったときのことを。

「オレは……っ!!」

がくっと膝を崩して、鳳くんはその場に力なくへたり込んだ。全身が震えて、いつも優しげなその目から涙が零れだす。
女の子の表情が厳しい顔になり、私と鳳くんの前に立ちはだかった。腕を水平にして、弟を守ろうと私を睨みつけている。
私はお姉さんに『ごめんね』と謝った。

「大丈夫。お姉さんは怒っていないよ。それが伝えたかったの。ただ、お姉さんはいつも夜になると泣いている鳳くんのことを心配してた。今もそうだよ。だから、お姉さんが心配しないように、お姉さんの分も生きようって思ってね」

きっと私が伝えたから、天国へ逝けたんだと思う。
鳳くんは泣き続けていた。

「私、鳳くんが好きだよ。それは……恋なのかどうかまではわからないけれど、好きだよ」

自分の好きなものを、好きだとはっきり言える強さと純真さ。どちらも私に持っていないものだったから、私には鳳くんが眩しかった。

「私の能力はこういうことなの。私にしか視えないことがあるってことは、あなたと共有できない世界があるってこと。視えないものをただ信じて、しかも共有するってことは、とても難しいと思うな」

そのせいで犠牲になった人たちの命を、私は知っている。
お父さん、お母さん、兄さん、萩之介くん。
大きな影響を受けた人も、私は知っている。
跡部さん、忍足さん、榊先生、宍戸さん、向日さん、芥川さん、鳳くん。

「私はね、鳳くんが好きだよ」

それだけは確かで、何度も言える。

「それなのに、鳳くんにたいして辛い事を……これから先、言わなくちゃならないときが、また来るかもしれない」

私の能力は、どうあってもお日様の下に出られるようなものじゃない。簡単に割り切れないことなんだ。

「好きな人が泣いたり傷つくのは、私は辛い。自分が傷つくよりもずっと、ずっと辛いから」


私にしか聞こえない。そんな事があるから。





「好きだよ、鳳くん。わがままで、ごめんなさい」





皆がここへ集まった頃、鳳くんは落ち着きを取り戻していつもみたいに笑っていた。笑ってくれていた。それから、私にだけわかる程度の小さな声で『タロット占い、当たっちゃいましたね』と言った。鳳くんは、それから今度は困ったように笑っていた。
これで私は決心がついた。
ありがとう、鳳くん。私も自分の思ったことを素直に言うよ。
ケーキを食べている皆に私はこほん、と咳払いをした。




「私、皆に頼ってばっかり。甘えてばっかりでした」





「だから1つ決心したことがあります」





「もう決定事項だから、変えることはできません」





「私は春から立海大附属へ転入します」





高らかに、私は自分にけじめを声に出すことが出来た。





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