くりすます★★★すとーりー


忍術学園にもあっという間に冷たい北風が吹く冬がやって来た。
はガタガタと震えながら目を覚ました。寝相が悪くて布団がめくれ、足が太腿まで出てしまっている。

(はぁ……、寒いはずだよ)

は足で器用に布団を掛け直して被せる。自分の体温で温められた布団の中に足が入るとホッと白い息を吐いた。
隣で寝ている同室の友人はまだ眠っている。ということはまだ起床の時間では無いということだ。

(いつも起こしてもらってるもんね)

が再び目を閉じたとき、いきなりガラッとくのたま長屋の戸が開いた。神経質な友人は直ぐに何事かと目を覚まし、は『何?』と言いつつも布団からは出ようとしない。
戸を開けたのは学級委員長をしているトモミだった。トモミはまだ夜着姿で、慌てたように言った。

「ねえ大変!学園長先生がこれから直ぐに朝礼を始めるって!だから校庭に集合よ!」

「ええ?!どうせまた突然の思い付きなんでしょー…?」

うんざりしたようにが言うと、トモミも同室の友人も『だよね』と頷いた。

「だけど、学園長命令だから」
「もう!仕方ないなぁ……」

はしぶしぶ布団から出て、冷たい冬の空気に身体を晒し出した。室内はまだ夜明け直後であり、は『人間の起きる時間じゃない!』と悲鳴を上げた。















がくのたまの制服に着替えて校庭に行くと、もう既にほとんどの生徒たちが集まっていた。

「こりゃー!くの一教室の!遅いぞ!!」
「だって水が冷たかったんですもん!」

学園長に怒鳴られて注目を浴びてしまい、は急に恥ずかしくなる。
冬に井戸の水を使って顔を洗うのは非常に辛い。顔を洗い終えた頃には手が熟れたリンゴのように真っ赤になってしまう。手の感覚を戻すために焚火に当たっていたのだ。
ゴホン、と咳払いをして壇上に立つ学園長は声を大にして宣言した。

「本日は南蛮で言うところの【くりすます】なる日に当たる。よって、今日は忍術学園でもくりすますを開催する!」
「「「くりすます?!」」」

『くりすます』とはいったい何だろうか?全く聞き覚えの無い言葉に生徒たちは戸惑いを隠せない。

「くりすますって何だ?」
「何かのスポーツか?」
「スポーツならわたしに任せておけ!」
「食べ物かもしれないよ?」
「どんな食べ物?!僕食べたーい!」
「しんべヱ、まだ食べ物とは決まったわけじゃないよ。っていうか涎を垂らすなっ!」

クリスマスについてはさまざまな意見や憶測が飛び交う。その中で真面目な庄左ヱ門の元気な声が響いた。

「学園長先生!」
「何じゃ?」
「くりすますとはいったい何ですか?」
「わしも良く知らん」
「「「何だそれ?!」」」

その場にいた全員がずっこけた。
学園長だけがわはははと大声で笑う。

「実は南蛮へ旅行に行った古い友人が文をくれてなぁ。たまには異文化に触れてみるのもよかろう」
「でも、わからないんじゃどうしようも無いじゃないですか!」

がツッコミを入れると『失礼なヤツじゃな』と怒る。

「くりすますの事は確かに詳しくは知らん。じゃが、何かの大きな祭りであるということは知っておるぞ」
「お祭り?」
「そうじゃ。そういうわけじゃから、各自で色々調べてくりすますを成功させるのじゃ!」
「「「おー!」」」

「はい?」
「お前は今日朝礼に遅刻してきた罰として、くりすます実行委員長に任命する!」
「そんな〜〜〜っ?!」

の不満げな声は、朝日の中に溶けていった。
















くりすます実行委員に無理やり任命されてしまった。学園長命令では従わなければならない。例えいかに理不尽であったとしても、忍者の世界では上からの目入れは絶対である。そのことはも理解していたので仕方なく行動を開始した。
まずは図書室でクリスマスがどんなものかを調べた。そこでクリスマスが南蛮の行事で、宗教的意味合いの強いものであることを突き止めた。しかし、頭のてっぺんからつま先まで仏教にどっぷり浸かっているたちは、この際あまり宗教には触れないでおくことにした。

(ようは皆で楽しめれば良いんだし)

はクリスマスに飾るというクリスマスツリーやリース作りを指示し、夜に食べるクリスマス料理の食材を調達する手配をした。
ツリーに使うもみの木は無いので杉の木で代用したり、リースにつけるベルも鈴で代用するなどクリスマスを完全に再現することは出来なかった。しかし、各自クリスマスの準備を楽しんでいるようである。
が忙しく廊下を歩いていると、庭にドーンと立派な杉の木が立っていた。太い幹を支えているのは土まみれになった小平太である。その隣にいるのは長次で、飾り付けのための綿を持っている。

「わぁ!なんだかすごく立派な杉の木ですね」
「おお!わたしが見つけたんだぞ」
「確かに立派ではありますが、飾り付けるとき大変じゃないですか?」

杉の木はとても背が高く、飾り付けるのは骨が折れそうだ。二重の意味で。
長次がもそもそと小声で呟く。

「寝かせて…飾る。それに、切って……調整すれば良い」
「あ、それもそうですね」
「えー?!切るのか?!」
「危ないし……邪魔だろう……?」

小平太はこの大きさが気に入っているのか、ぶーぶーと文句を言う。

「小平太、我が儘を言うもんじゃないぞ。が困るだろ?」
「あ、留先輩に伊作先輩」
「やぁ」

リースの材料を採りに裏々山へ出かけていた6年は組が戻って来た。背負っている大きな風呂敷からは緑色の葉やら枝が見える。

「お疲れ様です」
「おう、お前もな」
「え?」
ちゃんもいきなり実行委員を任されちゃっただろ?何かあったら力になるから、遠慮なく言ってね」
「ああ。伊作の言う通りだ。仮にもオレらは先輩なんだし、助けてやるからよ」
「伊作先輩……!留先輩……!」

想わぬ労わりの言葉には心がパッと明るくなるのを感じた。じわりと涙が浮かんでくる。

(委員やっててちょっと良かったかも!)

感動して言葉を詰まらせていると、塀の上から人影が現れた。が視線をそこへ移すと、いたのは両手で鶏の足を掴んでいる文次郎だった。鶏は今夜の晩御飯でありクリスマス料理にはかかせないチキンに使うものだ。しかし今はそんなことはどうでも良い。なぜ文次郎が顔を強張らせてこっちを睨んでいるのかが問題である。

(あ、何か嫌な予感……)

がそう思ったとき、文次郎は思い切り鶏を投げつけてきた。既に息の無い鶏は投げられるままに勢い良く飛んで来る。

「ひゃー?!」
「何しやがる?!」

鶏は食満の方へと飛んできた。さっと避けて食満が怒鳴るのと同時に伊作は鶏の直撃を受けて倒れてしまう。

「伊作先輩、大丈夫ですか?!」
「うぅ……今日も僕の不運は絶好調みたいだ……」

が心配して覗き込むと伊作は苦笑いを浮かべる。
文次郎は塀から下りると猛然と食満に近づいた。

「食満!お前オレの後輩を泣かせるんじゃねぇよ!」
「「はぁ?!」」

言われた食満だけではなくも一緒になって声を上げた。いつ自分は泣かされるようなことをされたのか?ふと、先ほどのやり取りがの脳裏に蘇る。

「ちょっと待ってください!潮江先輩誤解です。あたしは別に―――」
「いきなり人に鶏を投げつけるヤツがあるか!」

と食満も文次郎動揺に火を吐く。こうなってはもう誰にも止めることは出来ないだろう。会計委員会として潮江を見てきたになら骨の髄まで良く理解していた。

(こうなるから2人は同じ作業をさせなかったのに〜〜っ!)

お互いを掴み合って睨みつける食満と文次郎は、誰もが裸足で逃げ出すほどの勢いだ。本格的な殴り合いに発展するまでそう時間はかからないだろう。
おろおろしているとの腕がくいっと引っ張られた。振り向くと直ぐ傍に長次が立っている。

「離れていろ……。危ない」
「だけど……!」

確かに傍にいればと2人のばっちりで怪我をするかもしれない。しかしこのまま放置しておくわけにもいかない。2人は自分の態度のせいで喧嘩をしているのだから。
しかし長次はを自分の傍に引き止め、小平太と伊作はを庇うように正面に立った。

「違う。そういう意味ではない……」
「え……?」

ではどういう意味なのだろうか?長次が指差す方、空を見れば火のついた焙烙火矢が食満と文次郎の方へ飛んで来るのが見えた。

「あ?!」
「「ぎゃあああああーー?!」」

の驚く声は、大きな爆発音と2人の絶叫によって掻き消された。辺りに黒い煙と火薬のつんとする臭いが立ち昇り、地面は焦げ付いてしまっている。爆発の中心にいた2人は炭のように黒くなって、何とも言えない姿になって倒れていた。唖然としていると、文次郎が現れた塀の上で黒髪を靡かせている人物が1人。

「全くバカ共が。に迷惑をかけるんじゃない」
「仙蔵先輩!」
「仙蔵、キミも人のこと言えないと思うけど……」
「そうだそうだ!に当たったらどうする?!」
「私がそんなヘマをすると思うのか?それに、どうせお前たちが護るのだろう?」

すとっと華麗に塀から下りてへと近づく。仙蔵の女のように艶やかな笑みを見ては緊張が走った。

、そいつらはこのまま頃がしておけ。起きるとまた面倒だ」
「は、はぁ……」

『これで良いのだろうか?』とは苦笑する。

「それよりも、先ほどくのたまたちがお前を探していたぞ」
「本当ですか?!わかりました、直ぐに行きますね。では皆さんこのまま作業頑張ってください!」

はパタパタとくの一教室へ向かって掛けて行った。その後ろ姿を見ながら仙蔵は釘を刺す。

「ところでお前たち、に手を出したりしていないだろうな?」
「ええ?!手だなんてそんなこと……」

伊作は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。睨みをきさせている仙蔵に小平太が反論した。

「何を!?仙蔵の方こそ普段からを気にしているじゃないか」
は作法の勉強をしたいと個人的に私の元へ来るからな」
「「何だよそれ?!」」
「あ、起きた」

仙蔵の一言で倒れていた2人の意識が覚醒したらしく飛び起きた。長次は逆に絶句してしまっている。そして不気味な笑顔へと変貌した。

「うへへへへへっ」
「長次が怒ってるぞ?!」

6年生たちはこの後を賭けて勝手に戦いを始め、ぐだぐだになっていった。
そう、6年生たちはそれぞれに特別な感情を抱いている―――つまり好きなのだ。しかしお互いがお互いを見張る関係にあり、なかなかに想いを打ち明けることが出来ずにいる。本人はもちろんそんなことになっているとは露知れず。

(((早く諦めろよ)))

この調子ではいつまで経っても先へ進めない。6年生たちは色々と焦りを感じている頃だった。
















夜になり、学園はクリスマスモードに包まれた。の活躍によってクリスマス料理や飾り付けが完成し、生徒たちは普段とは違う異文化の祭りを楽しんでいるようだ。どの部屋からも賑やかな笑い声が聞こえてくる。
はくりすます実行委員としての仕事をようやく終えて学園長の庵に呼び出されていた。学園長もまたすっかりクリスマスを満喫しているらしく、赤いサンタの帽子を被っている。

、本日は大活躍じゃったのぅ。御苦労であった」
「ありがとうございます……」

へろへろになりながらもは頭を下げた。そしてもう2度とやりたくないと心底思った。

「頑張ったには御褒美をやろう」
(まさかまた学園長先生のフィギュア?!)

の予想は意外なことに外れた。学園長は棚から3つの箱を持ち出してきた。それぞれ大きさが違い、色も違う。

「この3つの箱の中からどれか1つを選ぶが良い。くりすますに因んだ物が入っておるからのぅ」

は少々迷ったが、頂けるものならば頂いておこうと思って箱を選んだ。

「じゃあ……コレを頂きますね」




⇒ 円形の白の箱


⇒ 平たい赤の箱


⇒ 長方形の黄色の箱


2009.12.06 更新