オレの妹を紹介しません


オレの名前は竹谷八左ヱ門。大学生だ。
突然だが、オレには目に入れても痛くないくらい可愛い妹がいる。病弱なところがあって、特に小さい頃の妹は手がかかった。でも、手がかかる子ほど可愛いって言うだろ?それは本当の事だった。
妹は身体が丈夫じゃないものの、勉強が出来るし真面目で素直だ。オレとはまさに真逆な性格をしている。だが、喧嘩なんてほとんどした事が無い。何かあればオレに相談するようにいつも言っている。
でも、

「行ってきます、お兄ちゃん」

最近の妹は何かおかしい。

「……行ってらっしゃい、

玄関の扉が無機質な音を立てて閉まる。
ここのところは日曜日になるとどこかへ出掛けるようになった。最初は疑問に思わなかったが、先週の日曜日に、妹の出掛け先であるはずの友達に道でバッタリはち合わせた。つまり、はオレに嘘をついてまで、どこかへ出掛けている事になる。
その嘘がわかった瞬間、オレの背筋が凍りついた。
出掛けて行くの服は、普段よりもフリフリしていて、髪も特に念入りに梳かされている。化粧こそしていないものの(中学生だしな)、ぷくりとした唇にピンクのリップを塗っているのを見た。あのときはませてんなぁ〜くらいにしか思わなかったが、間違いない……!は、どこぞの馬の骨とデートをしに行くんだ!!
くそ……、兄ちゃんだってしていないのに―――って、今はそんな事どうでも良い!妹は中学生なんだから、デートは早過ぎる!
オレは妹の後をつけるため、財布と携帯を引っ掴んで外へ出た。















はオレがついて来ている事に気づかず、どんどん人通りの多い場所へ歩いて行く。ようやく足を止めた場所は、駅前広場の噴水前のベンチだった。ここは恋人同士が待ち合わせる場所として有名だ。それにはしきりに時計を気にしている。やっぱりオレの読み通り、男と待ち合わせをしているんだ……!

「ちょっと、キミ」
「へっ?」

いきなり肩を叩かれ、振り向くとバリバリ仕事中の警察官が立っていた。

「キミ、さっきからあの女の子の事つけてただろう?」
「え?!いや、これは……、妹の事が心配で……!」
「嘘だと見え見えだぞ。全然似ていないじゃないか。最近、この辺りに幼女を狙った変質者が出ると警戒中だったんだが……さて、署で話を聞かせてもらうよ」
「い、いやっ、違います!誤解です!」

そんな変態野郎に間違われるとは思わず、焦って必死に否定したが、オレの様子に図星と思われたらしい。

「さぁ、来るんだ」
「オレはそんなんじゃ―――」
「ハチ、どうしたの?」
「ら、雷蔵?!」

突如現れた雷蔵が、オレの腕を掴んだ。息を切らして、どうやらオレのために走ってきてくれたみたいだ。

「すみません、僕この人と待ち合わせしていたんです。何かあったんですか?」
「いや……、女の子の後をつけ回しているようだったから、話を聞こうとしていたんですよ」

何で雷蔵には敬語なんだよ。
雷蔵は女の子―――オレの妹を見て状況を理解したらしく、人当たりの良い爽やかな笑顔を見せた。

「そうだったんですか。あの女の子は彼の近所に住んでいる子なんです。たまたま行き先が同じだったから、つけているように見えただけですよ」
「そ、そうですか……失礼しました」

オレとは似ていない兄妹だ。だから近所に住む他人の方が理解し易いだろう。警察官は雷蔵の言葉に納得して、さっさと元来た道を戻って行った。

「助かったぞ雷蔵!サンキュー!」
「どう致しまして。本屋に行こうとしていたんだけど、何か困っているみたいだったから」

偶然通りかかったようだ。まさに天の助け!

「ところで何してるのさ?あの女の子って、ハチの妹だよね?」
「それがさ―――」

オレは妹の様子が最近おかしい事、男とデートかもしれない事を説明した。離し終えると、雷蔵は呆れたように溜息を吐いた。

あのまま逮捕された方が良かったかもね
「何だよそれ?!つか逮捕じゃなくて連行だ!レベル上がってんぞ?!」
「いくらちゃんが心配でも、ストーカーはダメだよ」
「ストーカー?!別にそんなつもりはねぇよ。だいたい、オレだって彼氏が良いヤツだったら認めてやらなくもないぞ」

そうだ。をオレ以上に大切にするヤツだったら―――

「あ、ちゃん手を振ってるよ」
「何?!」

オレは再びにバッと視線を戻す。ベンチに座っていたは、立ち上がって誰かに手を振っている。それも嬉しそうに、だ。
ごくりと唾を飲み、の手を振っている相手を確認する。その途端、オレは頭が真っ白になって絶句した。
のデートの相手……。それは、今オレの隣にいる雷蔵と同じ顔をしていた。

「ささささささ……ッ!?!?!」
「あれ?三郎だね」
「はぁ?!ど、どどッどうして三郎がいるんだよ?!」

予想もしなかった展開で、口が上手く回らなくなった。
何でアイツ?!何でよりにもよってアイツ?!
何かの間違いであって欲しかったのに、三郎はにひらひらと手を振って応えた。

「何で三郎が?うーん、うーん……」

雷蔵も三郎だとは思っていなかったらしく、悩み出した。
はぺこっと頭を下げている。オレはすかさず聞き耳を立てた。

「こんにちは。また来てくださってありがとうございます」
「お礼なんて良いって。私もちゃんと会えて楽しいんだから」
「あ……ありがとうございます」

今何っつった?『また』?!つまり、ここ最近ずっとが会っていたは三郎って事なのか?!

「雷蔵!これいったいどういう事だよ!?」
「僕に言われても……」

今目の前にいる雷蔵ならまだ良かった。、どうして三郎なんかと……。

「まぁ、確かに大学生と中学生のカップルって犯罪の臭いしかしないけど」
「だろ?!三郎だってあんなの本気じゃない!をからかっているんだ!」
「でも、本気じゃないかどうかなんて、誰にもわからないよ?」
「うっ……」

そう言われると迷う。三郎が例え本気じゃなくても、は本気かもしれない。下手にを三郎と引き離したら、が悲しむしオレも嫌われる。
気持ちが少しだけ落ち着き、三郎たちの方を見ると、何とこっちを見ているじゃねぇか。確実にバレてる。オレが慌てて噴水の陰に隠れると、オレに気付いていないの肩に手を回した。

「さ、三郎さん?!」
「気にしない気にしない。さ、行こうぜ」
「はい……」

べったりと肩を抱き寄せたまま、どこかに向かって歩き出した。そして三郎はオレの方に振り向くと、ニヤリと悪人顔で笑う。
ブツン、と何かが切れた気がした。

「うおおおおおおあの野郎ーー!!絶対にを弄んでいやがる!」
「ハチ落ち着いてよ?!」
「これが落ち着いていられるかあああーーー!!見ただろ?あの極悪人顔を!」
「……僕と同じ顔なんだけど」

雷蔵が何か言ったみたいだが、今のオレは妹の危機で頭がいっぱいだ。
オレは妹を救う手立てを考えながら2人の後を追いかけた。
















2人が入ったのは喧しい音で頭が割れそうになるゲーセンだった。特に今日は日曜日という事もあって人がすごく多い。お陰でかなり2人に近づいても尾行が気付かれ難いだろう。つか、三郎にはもう気付かれているけど。

「で、何で雷蔵はオレについて来たんだ?」
「キミがおかしなことをしないように、見張りに来たんだよ」

大きな溜息を吐いて雷蔵がオレの肩を叩く。別にオレ変な事なんかしてねぇのに。
それよりもだ。はまずゲーセンになんて普段は絶対に行かない。『あの場所はうるさくて苦手』と言っていたし、間違いない。つまり、ここに来たのは三郎の誘いがあったからだろう。

……三郎に影響されてこんな不良の溜まり場に……!」
「ハチもここに良く来るじゃないか」
「オレの事は良いの!」

三郎は馴れ馴れしくの肩を抱いたまま、迷わず人混みの中を進んで行く。オレと雷蔵もカップルや走り回っている子供を避けながらついて行った。

「何か目的があるみたいだね」

確かに雷蔵の言う通り、2人は特に他のゲームを気にしていない様子だ。
一際女の子の姿が多いクレーンゲームコーナーで2人は足をようやく止めた。このクレーンゲームは、中でも一際目立つ赤い塗装がされている。景品は、パステルカラーのクマのキーホルダー。女子高生が鞄につけているような、オレの掌くらいもあるサイズだ。ほとんどぬいぐるみに近い。
は通学鞄に何もつけていない。年頃の女の子だっていうのに、鞄や携帯を飾りつけたりしない。今時珍しいタイプだ。急にオシャレとやらに目覚めたんだろうか?

「あのクレーンゲームって今人気あるみたいだよ。大学のカフェで女の子たちが騒いでた」
「何で?他にも同じようなのあるじゃん」
「えっと、確か好きな人とずっと一緒にいられるとか、願いを叶えてくれるんだってさ」
「へぇ、好きなヤツとねぇ……ふーん……………、はぁああああ?!」

雷蔵の言っている事を飲み込んで、オレは雷に打たれたような衝撃を受けた。叫んだオレの口を雷蔵が慌てて塞ぐ。

「ちょっと、声大きいよ!」
「もが?!」

自分でもしまったと思った。チラリとを見ると、きょろきょろ周りを見回している。

「三郎さん、今兄の声が聞こえませんでしたか?」
「え?そう?ここは元々うるせぇし、聞き違いじゃないか?それより、早くやってみろよ」
「は、はい」

何を言っているのかは周りの音でわからなかったけれど、どうやらオレは見つからずに済んだようだ。ホッと一安心。

「気をつけろって。見つかったらちゃん怒ると思うよ」
「わ、わかってる。でもなぁ、好きなヤツと一緒にいられるっていうキーホルダーを欲しがってるんだぜ?それってつまり、三郎と一緒に……って事だろ?!」





お兄ちゃん、私三郎さんと付き合っているの。





あっはっはっは!宜しくな、オニーサン★






猛烈に恐ろしい映像が頭を過った。

「このロリコンがあああああーーー!!オレの妹に手を出すんじゃねええええッ!!!」
そろそろ黙ろうね?
「ごめんなさい許してください助けてください」

首を正面から掴まれて、オレは必死に命乞いをした。

「ハチ、三郎が腐った産業廃棄物だとしても、キミの友達じゃないか。もっと信用してあげなよ」
お前が信用してやれよ

しかし、雷蔵の言う通りだ。三郎は好き勝手やっている掴みどころの無い男だが、面倒見の良い一面も持っている。
視線を2人に戻すと、が必死になってUFOを操っている。その隣で三郎は何かアドバイスをして、不器用なの隣で笑っていた。人をおちょくるようなものではなく、本当に楽しそうにだけ見せる、そんな顔。
そして、何よりが満面の笑顔だ。花が咲いているみたいに、見ている方まで温かくなる。人見知りをするが、オレや家族以外に見せるのは珍しい事だ。そこまで三郎は心を許せる相手だったのだろう。だからこんなに慣れない場所で、慣れないクレーンゲームもしているに違いない。

「ハチが心配なのはわかるけれど、歳の差も性格も、今の2人を見ていれば納得出来るんじゃないかな」
「……」

はついに目的の青いクマをUFOで攫う事に成功した。ころんと取り出し口から落ちたキーホルダーを手に取る。目を輝かせて喜んでいた。クマをぎゅっと胸に抱くは、三郎と喜びを分かち合う。
オレはこの光景を見て喜ぶべきなんだろうか。複雑な気持ちになった。

「三郎さん、どうしたんですか?」

ある一点を見つめている三郎に、は首を傾げて訊ねた。

「……いや、アイツも幸せ者だと思ってさ」
「?」















に気付かれる前に、オレは雷蔵と別れてとぼとぼ家に戻った。庭で愛犬の花子が遊んでくれとせがんできたが、『ごめんな』と呟いて中へ入る。
足がとても重い。鉛で出来ているみたいだ。それにすごく疲れている。部活を終えたときよりも身体がダルい。いや、身体じゃないなこれは。
はオレと一緒に遊ぶより、三郎とゲーセンにいる方が楽しいんだろうか?
これからは彼氏である三郎と手を繋いでいくんだ。昔みたいにオレの後を一生懸命ついてきてくれなくなるんだ。
そう考えるだけで胸に大きな穴が開きそうだ。
だけど、妹が帰ってきたら、いつも通り明るく振舞わなくちゃならない。それが兄貴の意地であり、役目だとオレは思うから。
適当にテレビのチャンネルを回していると、『ただいま』という妹の声がリビングに響いた。オレは軽く頬を叩いて口元をぐっと上げた。

「おかえり、!」
「あの、あの、お兄ちゃん……」
「何だよ、どうかしたのか?」

何でもないような素振りで、オレはもじもじとしているの頭にポンと手を乗せた。
きっとこの顔は、三郎と今までデートをしていた事を打ち明けようとしているんだろう。それから三郎が自分の彼氏である事も。
いざこうして向き合うと、何だか緊張してくる。
はすっとオレに手を差し出した。

「あのね……、コレ、お兄ちゃんにあげようと思って……」
「はッ?!」

オレの予想とは全く違う展開になってきた。どういう事なんだ?え?は?オレにが差し出してきたのは、三郎と一緒に取ったあの青いクマのキーホルダーだったのだ。

「お前コレ……、三郎と一緒に―――」
「え!?お兄ちゃん、もしかして見てたの?!」
「あ……!……うん、まぁ、な」
「!?」

は瞬時に顔を真っ赤に染めて唇を噛み締めた。内緒でデートしていたのがバレたんだから当然だろうな。赤くなったも可愛い―――って、そうじゃない。

「な、何で声掛けてくれなかったの?!」

これまた予想外の怒り方だった。そんなにデートの邪魔をして欲しかったのか……?

「だってそりゃ、三郎とデートしてたんだから邪魔しちゃ悪いと思って……」
「え……?デート……って?待って、お兄ちゃんの言ってる事、良く分からないよ」

はきょとんとしてオレを見上げる。

「だって今日、三郎とゲーセンでデートしてただろ?」
「ち、違うよ!私が三郎さんにお願いして来てもらってただけ!」
「じゃあ、何でそんな事になってたんだよ?」
「私、このクマのキーホルダーをどうしてもお兄ちゃんにあげたくて、クレーンゲームを眺めてたんだよ」

そう言いながらはオレの掌にころんとキーホルダーを乗せた。キーホルダーにしてはやけに大きいクマは、愛くるしい目でオレに訴えてくる。

「そしたら三郎さんに会って……。最初は雷蔵さんかと思ったんだけどね。三郎さんはクレーンゲーム得意だって言うから、私に教えて欲しいって頼んだんだよ」
「何でクレーンゲームなんか……?だいたい三郎に取ってもらえば良いじゃんか」
「だって、自分で取らなくちゃご利益無いと思ったんだもの……」
「ご利益?このクマ、好きな人と一緒にいられるっていうやつじゃないのか?」
「違うよ!それはピンクのクマの方。この青いクマは、必勝祈願。色で通じるお願い事が違うの。お兄ちゃん、今度部活の大会に出るでしょ?だから……、絶対に勝てるようにって……。内緒にしててごめんね」

照れたように俯いてしまったと、クマのキーホルダーを交互に見つめる。
色々な誤解が全て解かれ、オレは呆けてしまった。
何だ、そういう事だったのか。は、オレのためにこのクマを取ろうとしていたのか。
あんなに必死で慣れない事をやって、人見知りをするくせに三郎に教えて貰っていたのか。

「うおおおおーーー!!!」
「お兄ちゃん?!」
「兄ちゃんは今、猛烈に感動しているぞ!!!オレのために……!」
「お兄ちゃん、潰れちゃうよーー?!」

オレはにガバッと抱きついてぎゅぎゅうとオレの胸に押しつけた。

「兄ちゃんはてっきりお前が三郎と付き合っているんだとばかり……」
「ええ?!そっ、そんなわけないよ!そんなの、三郎さんに失礼じゃない……」

オレの腕の中で必死にもがいているいる妹は、オレから逃げられないと諦めたようで、急に大人しくなった。

「……私、小さい頃から具合が直ぐ悪くなって、お兄ちゃんに迷惑ばかりかけてたでしょう?部活の応援に一度も行った事無かったし……、だからせめてこの子を連れて行って欲しかったんだ。お兄ちゃんが絶対に勝てるように、いつも応援してるよ」

ひしっとはオレに細い腕を回して抱きつく。顔を上げたは照れたように頬を染めて笑っていた。

「大丈夫だ、きっと勝てる!が一生懸命オレのために取ってくれたんだからな!」
「うん。……お兄ちゃん、いつもありがとう」

それからオレはいつも使っているエナメルのスポーツバッグに、が必死で取ったキーホルダーをつけた。随分と乙女チックで、キーホルダーにしてはあまりにも存在感が大きいが、それはオレにとって優勝メダルみたいなもんだった。
そして、三郎に妹を取られていなかったという事実にホッと胸を撫で下ろした。
絶対に他の男には妹は紹介しない。絶対にだ。
まだまだオレはだけの兄ちゃんでいたいし、を独占していたい。
出来ればこれから先も、ずっと。
とりあえず、明日大学行ったら三郎を殴ってやろうと心に決めた。


更新日時不明