答えの在り処


いつものようにくの一教室は10代前半の少女たちがお喋りに花を咲かせている。その様子は村娘たちと何ら変わりない光景だった。

「ねぇ、昨日あの子が忍たまの人と手を繋いでいるのを見たのよ!」
「きゃー?!ホント!?」

恋の話になると女の子は元気になる、とは思いながら机に突っ伏していた。昨日の授業後、担任である山本シナの表情が忘れられない。





明日の授業はいつもと違ってちょっと面白いわよ。





シナは若い女性の姿と老女の姿を使い分けている。性格が穏やかな老女姿のシナは優しくて、他の生徒たちも若くて厳しいシナよりも人気がある。
昨日の授業で明日の授業予告をしていくシナは老女姿だった。けれどもは老女姿のシナの方が怖いと感じていた。穏やかな笑顔の下で、いったい何を考えているのかが読めないからである。

「そういえば、昨日シナ先生がおっしゃったこと覚えてる?」
「あ、何か今日の授業は違っておもしろいとかおっしゃってたわよね」
「いったいどんな授業なのかしら?」

だけでなく、他のくのたまたちも今日の授業について考え出した。とはいっても、その授業は間もなく始まるのだが。
次の瞬間、くのたまたちのお喋りがピタッと止まる。足音が廊下に響いていないのに、誰かの気配を感じたからだ。身軽に少女たちは自分の席へと戻って静かに座った。しんと静まり返った教室の扉が開き、背の高い美しいくのいちが入って来た。シナである。も机から頬を離して顔を上げた。

「皆さんおはようございます」
「「「おはようございます!!」」」

くのたまたちは一斉に朝の挨拶をした。元気の良さにシナは紅の引いた唇を弧にして微笑む。

「今日は昨日予告した通り、いつもと違った授業をしますよ」
「どんな授業ですか?」

1人のくのたまがそう訪ねると、シナは笑顔のまま黒板にチョークを走らせた。達筆な字で書かれたのは『究極の選択』であった。その文字にくのたまたちは首を傾げる。

「究極の選択、という授業です。くの一とて立派な忍者です。いつかは必ず非常な選択しか無かったとしても、選ばなくてはならないときが出てきます」

そう、彼女たちはいくらお喋りと恋が好きな少女とはいえ忍者なのだ。村娘とはわけが違う。
忍務のためなら人を傷つけることも殺すこともあるだろう。そして男を色で惑わせ、情報を引き出し、騙す。月の無い闇夜こそ、彼女たちが生きる世界なのだ。そのことをも良くわかっている。
シナは忍装束の懐から幾つかの紙束を取り出した。恐らくくのたまたちの人数分あるだろう。

「この紙には、そうした究極の選択を迫る内容の質問が書かれています。今日1日良く考えて、私に質問の答えを教えてください。今の自分なりの答えを、ね」
「先生」
「何ですか?」

の隣に座っているくのたまが手を挙げた。

その質問の答えを本で調べたりしても大丈夫ですか?」
「ええ、良いわよ。本でも良いし、人に聞いても良いですし、自分だけでじっくり考えても構わないですよ。でも、くのたま同士での相談は無しにしてね。質問内容を教え合ったり答えを教え合ったりしたら授業にならないでしょう?それから、今日中には答えを教えてください。私は学園内にいますから」
「「「はーい」」」

返事は良いものの、少女たちの表情は複雑そうだった。究極の選択と言われてしまえば、簡単に答えは出せないだろう。
シナは1番前に座っている子の机を借りて、その机の上に紙を折った状態で並べた。書かれている内容は見えない。

「名前を呼ばれたらここまで取りに来てください。この紙は自分で選んでね」

シナは出席簿を手に取り、『あ』と呟いた。そしてくのたまたちの方に振り返り、笑顔でこう言った。

「ちなみに、質問の内容はバラバラですけど、答えは共通して1つしかありませんから」
「「「ええ?!」」」

は一瞬シナの言っていることが良く理解できなかった。
質問の内容はそれぞれ違っているのに、答えはみんな同じだという。何か矛盾を感じてならなかった。
それからさらにシナはくのたまたちを困惑させる発言をした。

「今日中に答えが出せなかった子や間違った答えを言った子には、学園内のお手洗いを全て掃除してもらうから、そのつもりでね」
「そんなー?!」
「先生厳しいですよぉ……」

くのたまたちから非難の声が上がるが、シナは笑顔で吹き飛ばす。

「さ、名前を呼びますよ。呼ばれた人はこの紙を取りに来て」

シナに名前を呼ばれたくのたまたちが次々に並べられた紙の中から1つ選んでいく。紙を開いたくのたまたちは、顔を強張らせたり唸ったりと、それぞれ質問の内容を考えているようだ。
そして、

さん、あなたの番よ」

の名前が呼ばれた。
は折られた紙が並んでいる机の前に座った。質問の紙は残り3枚である。
そして、が選んだ紙。それに書かれた課題はこうだ。





敵に囲まれてしまい、敵に抱かれなければ死が待っている。
抱かれるか?それとも死を選ぶか?






はこの問いかけを読んで溜め息を吐いた。それは課題に対する迷いなどではなく、呆れているからだ。
にとって、この問題は簡単過ぎる。

(答えは『抱かれる』に決まっているが、バラバラの課題に答えが1つだけというのが怪しい…)

課題の内容は全て違うはずなのだから、この選択肢しか用意されていないとは限らない。課題によって選択肢は変わってくるはずだ。
はくの一教室でも優秀なくのたまで、教科も実技も常にトップの成績を誇っている。
忍者は生きてこそ意味がある。好いてもいない相手だとしても抱かれれば生存率が上がるのなら、は迷わず身体を差し出すだろう。くのたまの優等生らしい回答だ。生娘のように恥らったりためらうようなことはしない。
教室には幾人かのくのたまが課題の紙とにらめっこをしている。と同じように何か引っかかりを感じる問いかけなのだろう。

(シナ先生のことだから、またトンチの効いた課題なんだろう)

自分の中の回答は既に決まっていたが、は身を翻して教室を後にした。
廊下を歩いていると、見なれた金髪が揺れているのが見えた。

「斉藤」
「あ、ちゃん!」

声をかけるとダダッと駆けてくる。まるでその姿は飼い主を見つけた犬のようだ。

「斉藤、あまり走るな。騒がしい」
「ごめんなさい。でも、ちゃんに会えて嬉しい」

ヘラっと締まりのない笑顔をに向ける。

(こんなにヘラヘラしたヤツなのに、良く忍術学園でやっていけるな)

タカ丸は編入前からカリスマ髪結いの息子として、くのたまの間で人気があった。は当然のごと興味が無かった。がいつも気に留めていたのは髪ではなく忍術だ。
けれどもタカ丸が編入してきて直ぐの頃、先ほどのように声をかけられた。タカ丸は体力がまだまだ他の生徒と比べても追いついていないので、忍たまではなくくのたま程度の体力と判断し、に鍛練の付き合いを願い出たのである。
タカ丸はがいかに優秀なくのたまであるかを知らなかった。優秀なは、もちろんタカ丸と同等な体力であるはずがない。のペースに追いつけず、酸欠になって目を回した。その後タカ丸の方が年上だったことを知っては珍しく驚いた。

(まぁ、今では私の後ろをずっとついてこられるようになったがな)

この出会いがきっかけとなり、はタカ丸に体力だけでなく授業の内容も教えるようになっていった。くのたまの授業と多少違うところはあるが、基礎は同じなのででもタカ丸に十分指導することができた。
タカ丸はニコニコしながら言った。

「そうだちゃん、これから時間ある?」
「(課題……。いや、今日中だから問題ないか)ああ、別に構わない」
「そうですか!だったら、僕の部屋で髪結わせてください」
「また髪を結いたいのか……?」
「うんっ!」

タカ丸は良くに髪を結わせて欲しいと頼む。普通は髪結いに頼むものだが、なぜかが頼まれる側だった。
るんるんと鼻歌を歌いながらの前を歩くタカ丸。は自分の少し長くなった前髪に触れた。黒髪で癖があり、自身はあまり良い髪質だとは思えなかった。

(私の髪はそんなに酷いのか……)

勉学に励むあまり、は髪の手入れを気にしない。それが髪結い師でもあるタカ丸のプライドに火をつけたのかもしれない。

(斉藤は、私のことを好いている)

はさばさばした少年のような性格で同性にもモテるのだが、容姿端麗ということもあり異性からの支持も大きい。告白に呼び出されることもあるくらいだ。そのときに相手が見せる仕草とタカ丸は同じ。頬を赤らめたり近づくと大袈裟に驚いたり、想い人に接する行為と似た行動を取る。自惚れではなく、にはそういった自覚があった。
しかし、は相手が行動で示さない限り自分からは何も言い出すことはない。むしろ知らないふりをして面倒事にならないようにしているくらいだ。そう、にとって色恋は面倒事に過ぎない。
タカ丸の部屋に入ると、机の引き出しから髪結いの道具一式を取り出した。

「さ、ここに座って」
「わかった」

はタカ丸の前に正座すると、頭巾を外した。そして髪を括っている結い紐も解くと、背中に癖のある黒髪が広がった。
タカ丸が背後に回り、の髪に触れる。

ちゃん、けっこう髪伸びたよね」
「そうかもしれない。斉藤にしか切ってもらっていないから」
「えっ……?!そうなの?!」
「ああ」

そう返事をすると、タカ丸は『えへへ、そうなんだぁ』と嬉しそうに呟いた。からは表情が見えないが、頬が緩んでいるに違いないと思った。

(何が嬉しいんだ……?)

の言葉でタカ丸が喜んだことは理解できた。しかし、なぜ嬉しいのかまではわからない。
鋏を入れるシャキシャキという音が部屋に響く。その度にの黒髪が散った。

「軽くするくらいにしておくね」
「別にバッサリ切っても良いぞ?」

鍛練のときに長い髪が邪魔になることもしばしばある。しかしくの一を目指す以上、色の授業は避けて通れない。そのとき女性らしい長い髪が必要になってくる。ただそれだけのためには髪を伸ばしているのだ。

「そんなのダメ!絶対にダメっ!ちゃんの髪、綺麗なんだから切るなんてもったいないよ!!」
「そこまで強く否定するとは……」
「とにかくダメだからね!!」

背後からタカ丸がプンプン怒りながら言った。髪結いとして髪の毛に関することはついつい反応してしまうらしい。
はクスっと微笑んだ。

「あ、今もしかして笑った?」
「あまりにもお前が面白くて」
「そ、それってどういう意味?はぁ……ちゃんが笑ったところ見たかったな」
「別にそこまで珍しいものじゃないぞ?」

表情豊かとまではいかないものの、だって笑うことがある。けれどもタカ丸は満足しないらしく、髪を弄る手が止まった。

「珍しいとかじゃなくて、僕が見たいの」

照れたような困ったような、複雑な声が聞こえてくる。

(本当に斉藤は忍者になれるのか心配になってくる)

自分に素直で純粋。感情表現も豊かで、酷な忍務も多い忍者の世界で生きていけるのかも心配になってきた。
それに、タカ丸は忍者以外にも髪結いという職業でやっていける。

(まぁ、斉藤のことだからきっと何か考えはあるんだろうけど)

これだけだとタカ丸はただの能天気な人間になってしまうが、勉強を教えたりと接触する内にもタカ丸のことを理解するようになった。
一通り切り終えたタカ丸が今度はの正面に座った。

「今度は前髪を整えるからね」
「頼む」

切った髪が目に入らないように、は目を閉じた。しかし、いつまで経ってもタカ丸は髪に鋏を入れようとしない。
痺れを切らしたがそっと瞳を開ければ、そこには至近距離で赤くなるタカ丸がポカンと口を開けていた。頬はまるでリンゴのようだ。鋏を持ったままで硬直している。

「斉藤?」
「はっ?!」
「どうかしたのか?」
「うぇっ?!何でもないよ、うんっ」
「?」

タカ丸は頬が緩んでなぜかとても嬉しそうにしている。が首を傾げると、タカ丸はさっそく鋏での少し長くなった前髪を切り始めた。はスッととまた瞳を閉じる。

「そういえば、ちゃんはさっきまで授業だったんでしょ?」
「そうだ。シナ先生から課題を出されてな、今その課題の答えを探しているところだ」
「え?そうだったの?こんなところにいても大丈夫?」
「別に構わない。もう答えは出ているから」
「それってどんな課題?」

興味津々に聞いてくるタカ丸は、忍者のことなら何でも知りたいといった雰囲気だ。編入生ということもあり、勉強熱心で向上心があるタカ丸の態度はいつもを関心させる。
ここではタカ丸に対して沸々と興味が湧いてきた。

(斉藤は、さっきの課題についてどう思うだろうか……?)

ただでさえ『女の子には優しく!』がモットーのタカ丸だ。くの一が色を得意としていても、敵に囲まれたところを色を使ってその場を切り抜けるなどあまり想像していないだろう。

(斉藤の意見を聞いてみるのも悪くない)

は髪を切っているタカ丸に目を閉じたままで話を続けた。

「くの一だけじゃなく、これは普通の忍者にも言えることだが、いつか選ばなければならない日が来る」
「……、どういうこと?」
「2つに1つしか無い選択を迫られたとき、より正しい方を選ぶ必要がある、という課題だ」

そう言いながらは懐に仕舞っておいた課題の紙を差し出した。タカ丸は1度手を止めて鋏を置くと、紙を開いて読む。

「えっと、『敵に囲まれてしまい、敵に抱かれなければ死が待っている。抱かれるか?死を選ぶか?』……って、えぇ?!何これ?!」

くのたま独自の選択肢にタカ丸は驚いて声を大きくした。

「いちいち大きな声を出すな」
「だって……こんなの……っ」

年頃の少年には些か刺激が強い内容だったため、タカ丸は変な汗を滲ませている。

「髪を切ってくれ。手を休めるなよ」
「…うん」

タカ丸はそう促されての前髪にまた鋏を入れた。
少しの間沈黙が続いたが、さっきとは違いもじもじとした声が降ってくる。

ちゃんはさっきの選択肢、どう答えるの?どっちを……選ぶの?」
「無論、抱かれる方を選ぶ。忍者は生き抜いてこそ価値があるというものだ。くの一である最大の利点を活用するに越したことはない」

の言葉はくの一を目指す者として正しい選択だった。どんなに辛く険しい道だったとしても、生き伸びなければいけない。
の予想では、タカ丸は泣き出してしまうかもしれないと思った。好きな異性が自分以外の誰かのものになってしまう、しかも望んでいない状況で。普段のタカ丸ならばきっと猛烈に反対するところだ。けれども、タカ丸はの答えを聞いている間、ずっと黙って鋏を動かしていた。

(特に何も変化はない、か)

複雑そうに眉を寄せてはいるものの、が予想していたような大きな行動は見せなかった。
ここでは疑問が浮かんできた。

(私は、斉藤に何を言って欲しいんだ……?)

タカ丸が騒いでどうにかなる話でもない。そもそもの答えに文句を言うようでは忍者としてこの先やっていけない。タカ丸の無言というのは正しい行動の1つだ。

(それなのに―――)



不満という感情が抑えられない。



(どうして私がイライラしなくてはならない?)

はぐっと唇を噛んで湧き上がる気持ちを抑えようとした。けれどもいくら願ってもの感情は消えない。むしろ黙って髪を切り続けるタカ丸に憎悪さえ感じてしまう。
イライラついでには口を開いた。

「今は戦乱の世。くの一が色を使わずとも、この荒れた世界では女が男に乱暴されることだって普通のことだ」
「!?」

そうだ。この世は生きるか死ぬかですっかり血で濡れている。今生きている人間が明日は屍に変わっている、そんな時代。治安が悪化し、女性が男性に乱暴されてしまっても珍しいことじゃない。
吐き捨てるように言ってみせれば、タカ丸の手が止まった。いくら待ってもタカ丸は手を動かそうとしない。

「斉藤?」



スッと目を開けた瞬間、の左頬に熱が走った。



パン!という乾いた音が部屋に響き、は叩かれた衝撃で強制的に右に首が動いてしまう。切った黒髪がほんの少し宙を舞った。
普段のならば不意打ちとはいえ避けることができた。けれどもタカ丸がまさか自分を叩くなど想像もしていなかったのだ。
は頬を押さえることもせず、顔を正面に戻す。タカ丸は叩いた右手を握っていた。これまた予想外の、真剣な表情でを真っ直ぐに見つめていた。

「僕ね、ちゃんが好きだよ。大好き」

いつかそう言われるとは思っていた。けれども、それは想像していたより冷たく耳を打つ。

「だから……くの一として男の人に抱かれても良いっていう考え方は、僕も忍者の道を目指す者として理解しようと思う」

は目を大きく見開いたままでタカ丸の話を黙って聞いていた。いや、驚きのあまり目を逸らせないのだ。

「でもね……弱い立場にある女の人が、今みたいな戦乱の時代だからって、乱暴されても良いなんて理由にならない」

よりも年上の、初めてに見せる顔。





ちゃんの口からそんな雑な言葉、聞きたくなかった」





じわり、との視界が歪んだ。タカ丸の真摯な目がぼやけてしまう。目頭が熱くなり、はようやく自分が泣いていることに気付いた。

ちゃん……!」

涙を滲ませるに、先ほどの静かに怒りを露わにしたタカ丸が焦った声を出す。
それは普段通り、女の子を大切にしているタカ丸の声。その声色に安心してか、今度こそは大粒の涙を零した。熱い雫がポロポロと伝い落ちていく。タカ丸は眉をハの字にしてをあやすように髪や頬に触れてくる。

「ごめんね、ちゃん。痛かったよね?」

は黙って首を振った。
タカ丸の平手打ちが痛かったわけじゃない。このくらいの痛みは演習での怪我と同じかそれ以下だ。
が本当に痛めたのは頬ではなく、胸の中だった。

(苦しい……。斉藤の言葉が、響いて頭から離れない)

優秀なくのたま故に、他のくのたまから陰口を叩かれることもあった。けれどもは特に気にすることなどなかった。

(さっきイライラした気持ちと、同じ。だけど、それ以上の痛み……)



ようやくは、自分のタカ丸に対する本当の気持ちを理解した。



ちゃん」

タカ丸はの頭を優しく撫でながら言った。

「僕、ちゃんのことを叩いたのは謝るよ。ごめんね。でも、さっき言ったことは取り消さないから。ごめんね」

結局謝っているのだが、それがまたタカ丸らしい。

(好いている相手に嫌われるかもしれないというのに、お前というヤツは……まったく)

は顔を上げてタカ丸に微笑みかけた。そしてタカ丸の大きな手を取って、叩かれた頬に押し付けた。タカ丸の肩がビクッと震え、の頬には熱い体温が伝わってきた。

「謝らなくても良い。私が悪かったのだ。すまない、斉藤」
ちゃん……」

呟くタカ丸の声は寂しいような、痛みを伴うものだった。
はタカ丸の手頬に押し付けたままで目を閉じた。

(課題の答えは、『今の自分なりの答え』だったはず。それなら……私の答えは―――)

はタカ丸の手を離すと、静かに立ち上がった。

「斉藤、私は課題の答えを伝えにシナ先生を探してくる」
「あ……、うん」

課題の答え、それは先ほどが言ったもの。タカ丸は残念そうに俯いてしまった。
はニッと、優等生の余裕な笑みではなく、いたずらっ子のような表情に変わる。そして顔を上げて何かを言いかけたタカ丸に向かって屈んだ。その瞬間、タカ丸の頬には柔らかな感触が掠めた。

「わ!?ちゃ……っ」
「これが斉藤に対する私の答えだ」
「え……?え?えぇっ!?」

どうやらタカ丸はどさくさに紛れて愛の告白をしたことを忘れていたらしい。一瞬の言っていることがわからなくて混乱したようだが、意味を理解して赤くなった。
は不敵な笑みを浮かべてタカ丸の自室を出た。
その後、は1番乗りで課題である究極の選択に対する答えをシナに伝えた。



の答え、それは『究極の選択を迫られたりしないように、今からしっかり精進すること』。



シナの太鼓判が貰えたことは言うまでもない。


2009.02.02 更新