嘘から出た真


学園長のお使い命令により、5年生たちは裏々山に出没するという山賊退治を済ませた。実力は雑魚同然だったものの、山賊たちの数が多過ぎた。そのせいで、朝出発したのにもう太陽が高々と登っている。
勘右衛門に蹴り飛ばされて気絶している山賊を、久々知がぎゅっと荒縄で縛り上げた。

「これで最後みたいだな。勘右衛門、遠くに蹴り飛ばし過ぎだぞ」
「ごめんごめん!朝の準備運動には丁度良さそうだったからさー」
「だけど流石に疲れたね」

雷蔵は振るって疲れた肩をぐるぐると回した。
竹谷と三郎は、気絶してその辺りに転がっている山賊たちを一ヶ所に集めた。とは言っても、担ぐには人数が多すぎたため、引き摺る様な形で森の開けた場所に集めたのだが。引き摺られた山賊たちは土に塗れて無残な姿を晒している。

「武器はどうするよ?」
「それは学園に持ち帰るしかないだろう。近くに集めて置いていたら、目を覚ました山賊が武器を手にする可能性もある」
「じゃあ持ち帰るしかなさそうだな。面倒臭っ!」
「八左ヱ門、三郎、そろそろ帰るぞ。武器の始末はオレたちも手伝う」
「早く昼ご飯食べたいな〜。もうすっかり腹ペコだよ」

勘右衛門でなくても昼食無しでは腹が空くというものだ。
ぞろぞろと学園に戻ろうとする5人。しかし、ここで雷蔵が一度足を止めた。注意深く周辺を見回している。

「雷蔵?どうかしたのか?」

不思議そうに竹谷が声を掛けると、他の3人も足を止めて雷蔵の方に振り返った。
雷蔵は眉を寄せる。

「今、女の子の悲鳴が聞こえた気がしたんだ」

雷蔵の証言を元に全員が耳を澄ませた。だが、風のそよぐ静かな木の葉の揺れる音がするだけである。

「悲鳴……?私には全然聞こえなかったが―――」
きゃああーーッ?!
「「「?!」」」

雷蔵の気のせいに思えた瞬間、確かに少女の悲鳴が遠くで聞こえてきた。切羽詰まったような声色で、危機が差し迫っていると窺える。
最初に地面を蹴ったのは雷蔵だった。

「まだ山賊が残っていたんだ!!」

風のように走って悲鳴が聞こえた方に向かう雷蔵。その素早さに一瞬反応が遅れたが、久々知が『オレたちも行くぞ!』号令を出す。
















突然茂みから現れた武骨そうな男に腕を掴まれ、は悲鳴を上げた。強い力で引っ張られてバランスを崩してしまう。

「突然何するんですか?!」

気丈にも男を睨みつける。けれども所詮は可弱い娘という事もあって、無精髭を伸び放題にしているこの男には怯まなかった。更に強く腕を掴まれ、痛みに可愛らしい顔を顰めた。

「お前のその背中に背負っている物をよこしな!」
「山賊?!ダメ!コレは大事な刀なんだから……!」

は、布袋に入れて背負っている刀を庇う。抵抗するが勘に触ったのか、男は益々声を荒げた。

「小娘!さっさとそれを寄越せっ!!」
「嫌!止めて……!離してッ!」
「暴れるな!」
「きゃああーーッ?!」
「それ以上抵抗するんだったら、お前の腕を圧し折ってやるぞ?!」
「……ッ」

腕に太く硬い指を喰い込ませてくる山賊。ジワジワと伝わってくる痛み。血眼になって殺気立つ男に対し、は本格的に命の危機を感じて青ざめた。先ほどのように声を出して助けを呼ぼうとしたが、恐怖のあまり喉が閊えてしまう。それでも必死に刀だけは渡すまいと、健気に背中をもう片方の手で庇い続けた。

「寄越せと言っているだろうが!!」
「?!」

再び強く腕を掴まれて山賊に引き寄せられる。そして、の白い頬に向かい拳を容赦なく振るってきた。これに当たれば、華奢なが無事で済むはずがない。

(だっ……誰か……!)

祈るような気持ちでは瞳をぎゅっと閉じた。
が予想していた衝撃は、いつまで経ってもやって来ない。恐る恐る瞳を開くと、山賊の拳を受け止めている少年の姿があった。

「なッ、何だお前は?!」

突然少年が現れた事で、山賊は混乱している。少年は受け止めた拳を振り払う。山賊は少年と距離を取り、はただ唖然としてしまった。少年の背中に庇われ、山賊の姿はからは見えない。それでも酷くうろたえているのがわかる。

「あの、あなたは……?」
「大丈夫だから、僕の後に隠れていて」

柔らかく安心出来る笑みを浮かべて、少年はを落ち着かせた。そして直ぐに山賊へと向き直ると構えた。先ほどの笑みは消え、相手を鋭く睨みつけている。

「ガキが調子に乗るなよ!」
「「お前がな!」」
「ぶッ?!」

山賊は後ろから両肩を2人に掴まれ、前のめりになって地面に顔面を強打した。衝撃のあまり、山賊はすっかり伸びてしまったらしく、ピクリとも動かない。勝ち誇ったように、2人―――竹谷と勘右衛門がハイタッチをする。

「ふー……、終わったみたいだね」

を庇った少年―――雷蔵も安堵して息を吐く。
雷蔵を追いかけた久々知と三郎も追い付き合流する。山賊が既に伸びている事と、状況が読みこめないの様子を見て、全てが終わったと理解した。

「終わってたか。やっぱりまだ山賊の残党が残っていたんだな」
(この人、私を助けてくれた人とそっくり!双子かな……?)
「オレはこの山賊を縛って、さっきのところまで連れていく。その子の事は雷蔵、頼んだぞ」
「うん、わかった」

久々知は慣れた手つきで男を縛り上げると、ずるずる引き摺りながらさっきまでいた場所に戻って行く。

「キミ大丈夫、怪我してない?」
「えっ?あ、大丈夫です。腕をちょっと掴まれただけなので……。助けていただいて、本当にありがとうございました!」
「気にしないで良いよ」

心底安心したのか、雷蔵はまたあの柔らかい笑みをに見せる。はその瞬間、ドキッと胸が高鳴るのを感じた。それは恐怖や驚きから来るものではなく、とても温かい何かで……。

「この辺りは、最近山賊が通りかかった人を襲っているんだよ。町で噂になっていると思ったけど、知らなかった?」
「私は町から離れたところにある鍛冶屋の娘。だから町の情報はあまり入ってこないんだ。今回は父上が足を怪我しちゃったから、代わりにこの刀をこの先にある城へ届けるところだったの。刀を奪われそうになっていたところへ、あなたたちが助けに来てくれて……。本当に助かりました」
「そうだったんだ。あの山賊は武器を欲しがっていたんだな。キミみたいな女の子を襲うなんて……。キミが無事で良かったよ」
「大丈夫ですよ!いざとなったら、この刀で戦いますから」
「あははは、結構勇ましいんだね」

少し離れたところで2人の様子を窺っていた勘右衛門は、隣の竹谷に耳打ちをする。

「ねえ、あの2人何か良い雰囲気じゃん?」
「オレもそう思ってたところだ」
「これは雷蔵に春が来るかもしれないよ!」
「何?!そうなのか?」
「ならば、私に考えがある」
「え?何だよ三郎」

三郎はニヤッと笑って、雷蔵との方へわざとらしく近づいて行く。そして企み顔で話しけ掛けた。

「その子を送って行けば良いじゃないか」
「えっ?」
「そんな!良いですよ、私だけで」
「遠慮しなくても良いんだぜ、お譲さん。雷蔵は腕っ節が強いし、また山賊が襲ってきても大丈夫だ」
「そんなにしょっちゅう山賊に襲われるとは思えないけど……」
「うん、そうした方が良いな」
「え?」
「山賊じゃなくても、女の子だけで道中を行くのは何かと大変だからさ。僕はもう用事が無いし、キミさえ良かったら……だけど」

思わぬ申し出に、は少々戸惑った。だが、このまま雷蔵と離れてしまうのは嫌だった。

「良いんですか?」
「もちろんだよ」
「それじゃ……お言葉に甘えます」
「「「良し!」」」
「何でお前たちが喜ぶんだ?」

の返事に、他の3人がガッツポーズを取る。

「それじゃあ雷蔵、お邪魔虫であるオレたちは退散するぜ!」
「私の分までしっかりと楽しんでこいよ」
「えっ?!一緒に彼女を護衛するんじゃ―――」
「そんな野暮な事しないよ〜。それじゃあね!兵助にはオレが言っておくからさ!」
「あ、ちょっと!?」
「……行ってしまいましたね……」

さっさと姿を晦ましてしまった3人に、雷蔵はようやく自分がどういう状況に置かれたのかを理解したらしい。頬を赤く染め、眉をハの字にしてしまう。まさかと2人きりにさせられるとは思っていなかったのだ。

(どうしようどうしよう?女の子と2人きりなんて、何だかドキドキしてきた……!どうすればこの胸の高鳴りは止まるんだ……?!)

一方のも2人きりになって緊張してしまう。

「えっと……、私はと言います。『雷蔵さん』と呼んでも良いですか?」
「あ、ああうん。僕は不破雷蔵。少しの間だけど、宜しくね、ちゃん……」

少しギクシャクしてしまったのがおかしくて、2人は顔を見合わせて笑った。

「さっきから気になっていたんだけど、もしかして雷蔵さんは忍術学園の人?」
「え?どうして?」
「やっぱり!ときどき忍術学園に頼まれて刀を父上が造っているいるから、それでもしかしたらと思ったの。忍者の卵ってあんなに強いんだね」
「皆それなりに鍛えているから。山賊退治を任される事もあるよ」
「そうなんですか。あの……えっと、さっきは護ってくれて、恰好良かったです……」
「!」

恥ずかしそうにがそんな事を言うもんだから、雷蔵はカアッと顔を赤くして照れた。

「あっ、ありがとう……!」
「ど、どういたしまして……!……そろそろ行こう?」
「うん……。ちゃん、刀は僕が背負うよ」
「重くないから大丈夫」
「何かあったときに、直ぐ逃げられるようにしなくちゃ。僕だったら刀の扱い方もわかるし」
「じゃあ、お願いします」

は雷蔵に刀を渡した。刀は一本ならばまだ軽い。しかし、山道をずっと背負ったままで歩くのは大変だった。

(雷蔵さんって良く気がつく人なんだな……)
ちゃん、行こう。日が暮れちゃうよ」
「うん!」

2人は山一つ向こうにある城を目指し、山道を歩き出した。
歩いている途中で2人は色々な話に花を咲かせ、途中の険しい場所も快調に進む事が出来た。
















雷蔵とは山の上にある城へついに到着した。どんと構えた立派な門の前に、槍を持った門番が2人立っている。
は雷蔵から刀を受け取ると、門番に話しかけた。

「御免ください、私は御贔屓にして頂いている刀鍛冶屋の娘です。お殿様に頼まれていた刀を献上しに参りました」
「何?鍛冶屋の娘だと?普段は鍛冶屋の親父が持ってきているではないか」
「実は、父が怪我をしてしまったので、娘の私が代わりに持ってきたのです」

すると、門番たちは顔を険しくさせた。

「娘よ、お前は本当に鍛冶屋の娘か?」
「そんな……、私はあの鍛冶屋の娘です」

門番は妙に硬くなっている。に容赦なく疑惑の視線が向けられた。
様子がおかしいと感じ、雷蔵はだけ聞こえるように言った。

「何だか物々しいけれど、いつもこんな感じなのかい?」
「そんなはずはないんだけど……私、疑われているみたい」

雷蔵とが疑問を持っているのを察して、門番が険しい表情のまま2人の疑問に答えた。

「先日コソ泥に入られたのでな。怪しい者は入れてはならんと殿から命じられているのだ」
(もしかして、さっきの山賊の事?)

どうやらに襲いかかってきた山賊たちが、この城を狙って入り込んだ後のようである。

「あの鍛冶屋に娘がいるのは知っているが、仮に本物の娘だとして、だったらそこの男は何だ?鍛冶屋の子供は1人だけと聞いているぞ」
「そうだそうだ」

確かに、父親が怪我をして動けないのであれば、兄や弟など息子に頼むだろう。しかし子供は1人だ。それなら、雷蔵はいったい誰だ?という事になる。
雷蔵は成り行きでの共をする事になっただけで、傍から見れば十分怪しい立ち位置にいる。説明をしても嘘っぽく聞こえてしまうかもしれない。

「そんな事言われても……。雷蔵さんは怪しい人じゃありません」
「言い訳をするとは、益々怪しいな。……まさか、殿の命を狙う暗殺者か!?」
「昼間っから暗殺するわけないでしょ!普通、暗殺者っていうのは夜にこっそりと侵入してするものじゃありませんか?」
「ええいうるさい!とにかく、ここを通すわけにはいかん。痛い目に合う前に帰れ!」

図星だったらしく、指摘されて門番は顔を赤くして怒鳴った。
すると、黙っていた雷蔵が意を決したように『門番さんたち!』と声を張り上げた。これにはも驚いて雷蔵を見る。雷蔵はほんの少し顔を赤くしてこう言った。

「この人は……、僕の許婚なんです」
「えっ!?」

突然の発言に、は思わず声を漏らした。だが、雷蔵がそっと袖を引っ張って合図した。『自分に合わせろ』、と。は喉から出そうな疑問を押し込んで黙る。

「許婚のお父上が怪我をして、許婚である彼女の手伝いをするのは至極当然だと思いませんか?」
「そう、そうなんです!彼は私の……許婚、なんです……!」

も恥ずかしそうに、それでも雷蔵に話を合わせようと必死だ。

「うむ……、そうだったのか。まぁ、言われてみればわからなくない」
「しかし、最初からそう言えば良いではないか?なぜ口籠ったりしたのだ?」
「そ……それは……」

答えに困っていると、雷蔵が直ぐさま助け船を出す。

「許婚と名乗るが恥ずかしかっただけです。そうだよね、ちゃん?」
「あっ、はい!そうなんです。雷蔵さんが私の事を他の人に許婚と紹介してくれたのが初めてだったものですから……」

雷蔵はの手をぎゅっと握り、恥ずかしそうに頬を染めながら優しい笑みを浮かべた。今度はが赤くなり、見ているこっちが恥ずかしくなってくるほど初々しい光景だった。
門番たちはめいいっぱい幸せを見せつけられて顔を顰める。

「許婚というのは本当のようだな」
「それならまぁ良いだろう。門を開けてやる。通るが良い」

門の向こうにいる者に合図を送り、樫で出来た閂がゆっくりと外された。重たい音を立てて門が開く。それを見てはホッと胸を撫で下ろした。

「ありがとうございます!」
「ありがとうございます。行こう、ちゃん」
「うん」

手を握ったまま、2人は許婚同士として入城した。
女中に案内されて廊下を歩いていると、すれ違った女中たちに『可愛らしい』とか『初々しいわね』と呟かれる。だが、雷蔵はいつ手を離せば良いのかがわからず、俯いて恥ずかしさをやり過ごしていた。

(うう……いつ手を離せば良いんだ?今?それとも殿様に会うとき?いや、それとも……)

オーバーヒートしそうな頭を何とか動かし、あれやこれやと悩み続ける。
一方のも、雷蔵の一回り大きな手に包まれた自分の手に全神経を集中させていた。

(許婚の振りをしているだけなんだから……!でも、雷蔵くんの手、安心するな……)

父親以外の異性の手に緊張してしまっているというのもある。だが、それ以外にも自分を護ってくれている雷蔵に惹かれているのも事実。
流石に殿に拝謁したときは手を離したが、その後も自然と2人の手は重なった。ずっと前からそうしているのが当たり前のような雰囲気である。
門を出て、2人は手を繋いだまま歩き出した。夕日が世界を赤く染め上げる中、鳥たちが自分の住処へと帰って行く。

「雷蔵さん、今日は本当にありがとうございました。今日は大変な一日だったけれど、雷蔵さんがいてくれたお陰で、とても楽しかったよ」
「僕も……ちゃんと一緒にここまで来て良かった。キミと一緒だったから、僕も楽しかったんだと思う」
「…………」
「…………」

手を離さなくてはならない時だという事は、2人共わかっていた。だが、いざその時になると躊躇してしまう。

「「あの」」

2人の声が重なった。ハッとして少し困ったように笑い合う。
先に口を開いたのは雷蔵だった。

「僕たち、もしかして同じ事を考えていないかな?」
「そう、だね……」

雷蔵がぎゅっと手に力を込めると、それに応えるようにも手に力を込める。

「私……雷蔵さんの事、もっと良く知りたいな」
「うん。僕の事をこれからもちゃんに知って欲しい。ちゃんの事も、僕は沢山知りたいんだ」
「手を、まだ繋いでいても良い?」
「嬉しいな。僕もそう思っていたところだよ」
「!」

雷蔵がふんわりと笑う。はいつの間にかその笑顔が大好きになっていた。
門番たちには、許婚と嘘をついた2人。しかし、この出会いが後に『嘘から出た真』になる事を、2人はまだ知らずにいた。


2012.02.08 更新