乙女の秘密


彼女と初めて出会ったのは戦場だった。その日も僕は、保健委員長として兵士たちの怪我を手当していた。
激しい戦だったせいで、怪我人をいくら手当してもきりがない。手持ちの包帯も薬もあっという間になくなってしまった。だが、苦しむ怪我人は後を絶たない。
使えそうな薬草が生えていないか探しているとき、人の気配を感じた。なぜだかわからないけれど、猛獣がそこにいるかのように膝が震えた。自分よりも大きな脅威をひしひしと肌で感じる。こんな事は今までの戦場実習でだって無かった事だ。
恐る恐る火薬の臭いが染み付いた草木をそっと掻き分け、様子を遠くから窺う。意外な事に、そこには猛獣などいなかった。いたのは僕に背を向けて怪我人を励ましている女性。彼女の傍には薬箱が置かれている。

「大丈夫ですよ、きっと家に帰れますからね」
「あ……、ありがとう……うぐ!」

兵士の苦しそうな呻き声を聞いて、僕は咄嗟に茂みから飛び出した。
女性は兵士が僅かに開けた口から竹筒の水を飲ませて落ち着かせている。

「あの!」
「……あなたは?」

振り返った女性はこんな状況だというのに、ただ不思議そうに僕を見つめた。
凛とした印象の、僕より大人な女性。黒い綺麗な瞳に、僕の恐怖はいつの間にか吹っ飛んでいた。

「あのッ、こんなところで女性が1人でいるのは危険ですよ!」
「え?……あぁ、私は連れがいますので大丈夫ですよ。今は水汲みに少々出掛けておりまして」
「だったら、その間僕が一緒にいます!」

か弱い女性を、こんな戦場に残すなんて酷い連れだ。もしもの事があったらどうするんだ。
けれども女性は首を傾げているだけ。

「あの……、そんなお構いなく」
「それから、僕に手当をさせてください。薬には詳しいですから」

怪我人のためにも、時間を掛けるわけにはいかない。僕はさっさと薬箱の中を拝見した。火傷、擦り傷、切り傷、腹痛、発熱など、一通りの症状に効く薬が揃えらている。薬箱の蓋の内側には、見た事がある紋様が描かれていた。

「あれ……?もしかして、忍術学園御用達の薬屋さん……ですか?」
「あ、はい。そうですけど」

にっこりと微笑んだ女性は、と名乗った。
名前と同じ、綺麗な人だった。
















「―――はいはい、じゃあな」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってよーー!」

呆れ顔で部屋を出て行こうとする留三郎を、僕は全力で引き止めた。袖を掴まれた留三郎は、まるで文次郎に会ったみたいに眉間に皺を寄せている。

「離せ!オレはこれから修理するもんが山のようにあるんだ。お前の惚気話になんか付き合ってる暇ねーんだよ!」
「惚気だなんて酷いよ!僕は純粋にあの人の事を……」
「何度お前と女の出会いを聞かされたと思ってるんだ?!」
「52回目」
「そうそう、52回目―――って数えてたのかよ?!

人に話さずにいられなかった。さんと僕の出会いは、きっと運命だったと信じているから。
留三郎は出て行く事を諦めたのか。再びその場に胡坐を掻いた。顔は今も不機嫌そうだけど、とりあえず眉間の皺は消えていた。

「僕は彼女と運命を感じたんだ。戦場で偶然出会った人が、忍術学園御用達の薬屋なんて普通有り得ないだろ?」
「忍術学園御用達の薬屋なんだろ?それがもし本当に運命だとしたら、忍術学園中のヤツも同じ運命感じて良いはずだが
「はっ?!まさか留三郎もさんを狙って……?!」
「会った事も無い女に興味も何も無いだろ」

何だかんだ文句を言いながらも話を聞いてくれる留三郎は良いヤツだ。この前仙蔵に話したら、震天雷を投げつけられたっけ。そんなに怒らなくたって良いのにさ。

「それで、いったい何が言いたいんだ?」
「実はね、その後薬屋に通うようになってから、ご近所の人が物騒な事を言っていたんだ」
「つか、毎度本題の前に出会いの話すんの止めてくんね?」
「僕は話したい事だけ話す」
「じゃあ、オレは聞きたい事だけ聞くから帰るわ」
「酷いよ留三郎!どうして僕の話を聞いてくれないんだ?!」
「お前こそ人の話を聞けよ!!」

結局、予算会議のときに文次郎をなんやかんやする薬を渡す事で合意した。色々研究しておいて本当に良かった。
僕は、さんが働く薬屋の近所で起きている出来事を留三郎に説明した。留三郎は釣り上った眉毛を更に吊り上げて、神妙な顔付きに変わる。

「―――ストーカー疑惑?」
「そうなんだよ。ご近所の人が、最近さんと見知らぬ男が言い争っているのを見たって」
「お前じゃなくて?」
「キミの中で僕はそういう位置か」

僕は留三郎に効きそうな毒薬を探し始めると、引き攣った顔の留三郎に腕を掴まれた。

「そっ、それで?話を続けろよ、な?」
「……その見知らぬ男っていうのが、すごく怖い感じの人らしくてね。さんの事が心配になったから、直接ストーカーに遭っていないかを聞いてみたんだ。だけど、さんは困ったように笑って『気のせいです』って言うだけで……」
そりゃあ本人には言えないよな
へい!毒団子一丁!!
「ぎゃああああーーー!!!!ぺっぺっぺっ……!!何食わせてんだよお前は!?」
「毒団子だ」

懐に持っていた包みの中身を、留三郎の口目掛けて捻じ込んでやった。僕自身は中身を確認していなかったのだが、予想通りの毒団子だったらしい。綺麗な三色の中には、きっとこの世のものとは思えない毒が混入されているのだろう。現にこうして、留三郎の顔色はあっという間に錆色に変わっていく。

「うおおえええええっ!!不味い!!いったいどんな毒物を入れたんだ……!?」
「僕にもわからない。さっきくの一の子から貰ったんだ」
「本っ当に伊作はくの一から好かれてるな」

毒盛り易いって意味で。

「しかし、どうやら毒じゃないみたいだから安心して良いよ」
「どうしてだ?」
「本物の毒だったらきっと味なんてわからない」
「……確かに」
「それはきっとただの不味い団子だよ。きっと失敗作が勿体無いから、僕にくれたんだと思う」
「くの一恐るべし……げほっ」

留三郎は用意しておいたお茶を一気に飲み下した。苦いお茶だったのだけれど、団子の味はちっとも消えないらしく吐きそうな顔をしている。口の端についたお茶を拭いながら、留三郎はうんざりした様子だった。

さんは明日、隣の村まで薬を調達しに出掛けるそうなんだ。僕はその手伝いをしながら、ストーカーの正体を突き止めようと思う!そして、僕は彼女と恋仲になる!」
「……何でそれをオレに話す?」
「明日の掃除当番変わって」
「……もう2度とやらねぇからな」
「ありがとう留三郎」
















次の日の朝、僕はさんのいる薬屋へ向かった。来る途中で、犬に追いかけられたり何も無いところで転んだりしてしまったけれど、そのくらいの不運はどうって事も無かった。今日は初めての逢引き―――じゃなかった。お手伝いでさんと一日中一緒にいられるんだから。汚れた服もバッチリ着替えを持ってきたし。
手早く着替えてさんが働いている薬屋へ到着すると、空っぽの籠を背負ったさんが待っていた。普段は下している髪を高いところで束ねている。太陽の下に晒された項が、僕には眩しすぎた。

「おはようございます、善法寺さん」
「あっ、おはよう……ございます!」
「今日はお手伝いしてくださるそうで、本当にありがとうございます」

にっこりと笑顔のさんの事は、今も直視出来ないくらいだ。胸の中がじわっと熱くなってくる。

「どうしたんですか?何だか緊張されているみたいですけれど……」
「いえ……、あの、気にしないでください。それより、随分と大きな籠ですね」

話題を変えようと、さんの背中にある籠を指さした。普通籠は背中と同じくらいの大きさなのにも関わらず、さんのは背中からはみ出してしまっている。自分で指摘したくせに、今更その大きさに驚いた。

「あ、えーっと……、この籠しか店に無かったんですよ。いつもはもっと小さな籠なんですけれどね。だから、半分くらい薬草を採って帰ろうと思っています」
「そうなんですか?だったら僕がいっぱいまで入れて籠をお持ちしますよ」
「え?でも、良いのですか……?」
「もちろんです!僕はそのために来たんですから!」

好きな人の荷物くらい持てなくてどうする!僕は気合を入れてそう返事をすると、少し驚いた顔をしたさんがふっと優しく笑った。

「ありがとうございます、善法寺さん。……そんなに私に対して気を使ってくださるのはあなただけですよ」
「え?」
「さ、そろそろ行きましょう。日が暮れてしまいますから」
「あ、はい―――あれ?さん、腕のところ」
「えっ?あ……!?」

さんの右手の甲は少しだけ土で汚れている。どこかで擦ってしまったのかもしれない。けれども、さんは異常なくらいその汚れに反応し、ごしごしと左手で汚れを拭った。さんは右手の甲を隠して、さっきとは違う笑顔を見せる。

「えっと……その、何でもないんです。井戸の水を汲んだときにでもついてしまったんだと思います」
「?」
「気を取り直して、行きましょう!」
「は、はい!」

さんの珍しい大声につられて、僕の声も大きくなってしまった。
それにしてもさんの様子はおかしい。いつもは陽だまりみたいにほんわかしているのに、今日は少し挙動不審のように思える。
やっぱり何か悩みを抱えているに違いない……。そうなれば、考えられるのはご近所の人が言っていたストーカーの話だ。
まさかストーカーが早朝に現れて……?!ありえる……ありえるぞ、その話。もしかすると、さっきの土汚れはそのときについたものなのかもしれない。
か弱いさんに言い寄る男は、皆僕が調合したえぐい毒薬の餌食にしてやる……!いや、人体実験でも良いかもしれない。きっと仙蔵も喜んで参加してくれるだろう。

「善法寺さん?何だかとても怖い顔をしていますが、どうかなさいましたか?」
「いえ!気にしないでください!」
「は、はぁ……?」

僕とさんは隣の村までの道を歩き出した。村に到着するまでの間、僕はずっと辺りを警戒した。さんの事は僕が護ると心に決めたのだから。
突然道端から草の揺れる音が聞こえて、僕はさんを背後に隠した。

「下がってください!さん!」
「えっ?!」

さんは何だか良くわかっていないらしく、僕の背後で驚きの声を上げた。
ついにストーカーが僕の目の前に現れる……!っていうか、そこまで時間はかからなかったな。むしろアッサリだったな。
僕は懐から苦無を取り出そうと手を伸ばした。例え相手がガチムチ筋肉だるまだろうと背中にお花畑背負ったヤーさんだろうと、今の僕ならきっと勝てる!さんが僕を見ているのだから!
でも、草むらから出て来たのは……

「まぁ、可愛い狸ですね」
「た、狸……」

くりっとした大きな黒目の狸だった。しかも子狸……。取り越し苦労でガクッと僕はその場で肩を落とした。
一方のさんはというと、パッと花咲くような笑顔で膝をつき、そっと優しく子狸を抱き上げた。子狸とさんのセット……何て愛らしい。ハッピーセットだ。ここは天国か。
あまりにもさんと子狸の組み合わせが可愛らしくて、僕は周囲の異変に気付いていなかった。僕の頭上から、恐ろしい爆弾が降り注いでいたというのに。

「善法寺さん!」
「へっ?」

パッと僕が我に返ったとき、さんはかなり至近距離まで近づいていた。僕が一歩でも前へ出たら、その紅の引かれた艶やかな唇が触れ合ってしまうほどに。白い肌に長い睫毛が影を作っているその様子までがわかる。
……ん?影?
僕がふと顔を上げると、いつの間にか僕の上に笠が掲げられていた。そして、笠を被っていたはずのさんは笠を被っていない。つまり、この笠はさんの笠という事になる。さんの腕に抱かれた子狸が、キュウっと不思議そうに鳴く。子狸もこの状況が良くわかっていないらしい。

「危なかったですね。善法寺さん、どこも汚れていませんか?」

そう言って、さんは僕の上から笠を退けた。すると、その笠には鳥の糞と思われる白い汚れが点々とついていいるではないか。さんは、見惚れてぼんやりしていた僕を笠で庇ってくれたんだ……。

「あ、ありがとうございます!でも、さんの笠が……っ」
「あ……!?」
「え?」
「えっと、あの、そ、そんな事……っ気にしないでください!私が勝手にしただけですし、善法寺さんが汚れなくてホッとしました……。善法寺さんは、不運で着物を良く汚してしまうと嘆いていたでしょう?」
さん……、本当にありがとうございます」

何て素晴らしい人なんだろう。僕は今ものすごく感動している。
けれどもやっぱり気になるのは、さっきの態度だ。さんは一瞬戸惑った様子だった。というか、『やってしまった!』っていう感じの顔。

「善法寺さん、本当に気にしないでくださいね。笠なんて洗えば大丈夫ですから」
「はい……」

『気にしないでくださいね』という彼女の言葉が、別の事を指しているように思えた。でも僕は、さんが聞いて欲しくないと訴えているみたいで、それ以上は何も聞けなかった。
















さん……、はぁはぁ……っ、いつもこんなに重いの持っているんですかあぁ……っ?!」

薬草を摘み終わり、僕たちは夕日に背を向けて村を後にした。
僕は今朝言った通り、さんの籠を代わりに背負っている。籠にはたっぷりと薬草が詰め込まれているわけなんだけど、ハッキリ言って死ぬほど重い……!肩にずっしりと圧し掛かる、いや、食い込むと言った方が良いだろうね……。とにかくこの重い籠を背負って歩いているんだ。

「えーっと……、いつもはもう1人いて、その方が持ってくれています」
「そうなんですか……」

何て事だ。つまりさんの隣には誰かが既にもういるって事じゃないか……!しかも僕より力持ちなんだから、きっと頼りになりそうな人だ。そう考えると僕は両足に力を込める。けれども既に膝はガクガクと笑いっぱなし。小平太みたいなクソ力があれば良かったのに……。

「善法寺さん、無理しないでください。少し休みましょう」
「でも、このままだと夜になってしまいますよ……は…っ……!僕は大丈夫です……から……!」
「無理をしては―――!」
さん……?」

僕の肩に手を伸ばしていたさんが、険しい表情に変わる。そのとき、草がガサガサ大きな音を立てたのだ。今度は子狸なんていう可愛い生き物じゃなく、ガチムチ筋肉だるまだ。しかも複数。見えるだけで10人以上はいる。それぞれの得物を構えている。

さんって、モテるんですね
「え……?」

まさかこんなにライバルがいるとは……?!いや、さんならありえるだろう。本当に素敵な人なんだから。
ストーカー団体の代表と思われる、最も背が高くてガチムチの筋肉だるまが声を荒げた。

「もう逃げられないぞ!!」
さん、逃げてください!」

僕はその男に負けないくらいの大きな声で叫んだ。相手は僕より遙かに強そうだった。そもそも僕は体術はそこまで強く無いけれど、さんを逃がすだけの時間稼ぎくらいは出来るはず!

「善法寺さん……!」
「僕の心配は良いですから、早く逃げて!」
「でも……、善法寺さん!!」
「いいから!」
その籠背負ったままですよ!?
「あ?!」

言われてみれば、僕は今とっても重い籠を背負っている。肩に食い込んでいる籠を下している時間なんて無かった。それより、籠のせいで身動きがまともに取れない。岩にでも縛られているみたいだ。

「ははははは!この弱そうな優男がお前の護衛のつもりか?!」
「ぐあっ?!」

ろくに動けないまま、僕の腹部に衝撃が走った。とても重い鈍器で殴られたみたいに思えた。けれども実際は男の蹴りだった。ものすごく強い……。僕は籠を背負ったままその場に蹲ってしまった。呼吸がまともに出来なくなるほどで、僕はただ必死にさんの事を目で追った。

「……」

さんは僕の言葉を無視して、僕と男の間に立った。僕に背を向けて、男と真正面から向き合っている。とても恐ろしい事だと思う。けれども、さんの背中は震えてなんかいなかった。

「何だ?やっとやる気が―――」
あまり私を怒らせない方がいい

普段のさんとは比べ物にならないくらい覇気のある、でも静かな声だった。次の瞬間、目の前に壁のように立ち塞がっていた男は空へ吹き飛んでいた。何が起きたのか、良くわからない。
さんはただ拳を思い切り振るっていた。その、細腕で。
吹っ飛んだ男は背中から倒れ、土埃が辺りに舞う。たった一瞬の出来事で、他の男たちもまた僕と同じように理解出来ていない―――と思いきや、得物を手にさんへ向かって行く。

さ―――」
おりゃああああああああーーーーー!!!!
「あべし!?」
どりゃあああああああああーーーー!!!!
「ひでぶ!?」

さんは向かってくる男たちをフルボッコにしていた。相手の得物をへし折り、ぶん取って投げる。そのまま利用して相手の急所を的確に突いていく。拳や足を筋肉だるまであるはずの男たちにめり込ませ、猛然と戦い続けた。まるで鬼神のごとき圧倒的な力で。相手は雑魚山賊とはわけが違うというのに、この強さは信じられなかった。
男たちの悲鳴が聞こえなくなった頃、この辺りには男たちの屍の山は出来ていた。その数、30体。さらに驚くべきなのは、さんが息を乱していないところである。

「善法寺さん、大丈夫ですか?さっき蹴られてしまいましたけど……!」
「え?あっ、はい!全然大丈夫です!全然痛くありません!」
「良かった……」

心底安心したようにさんは息を吐いた。

さんってすごく強かったんですね……」

僕の言葉にさんはビクンと肩を震わせて、それから笑顔とも悲しみとも取れない微妙な顔をした。これは初めて見る表情だ。

「実は……、実は私、無差別格闘家の娘なんです」
「格闘家の……?!」
「はい。本当は兄が継ぐはずだったんですが、熊との勝負中に怪我をしてしまって……。生活する上で支障はありませんが、格闘家としてはやっいけなくなってしまったのです。そこで父が私を道場の跡取りにようとして、稽古をつけるようになったのです」
「いや、でも、そこまで強くなれるとは思えませんが?」
「それは自分でも驚いています……」

そりゃそうだろうな。というか、熊と勝負って……?!

「お陰で兄はすっかり自信を失くして引き籠りになり、道場の収入だけでは食べていけないので親戚の薬屋さんで働く事になったのです。でも、私があそこにいるのは店員というより用心棒ですけれどね」
「用心棒……」

薬屋には高価な薬を置いている事もあるし、お金目当てという線もある。泥棒が入るのは良くある話だ。

「それじゃあ、戦場に1人でいたのは……」
「ええ。私は別に戦場で1人でいたとしても、自分の身を護れますし」

『連れがいる』と言っていたのは、むしろ彼女の護衛対象の人だったのか……。

「僕が近づいても気付かなかったのでは……?」
「えーっと、気付いていましたが、弱そうだなぁと思って無視していました

ですよねー……。

「籠も、1人でいつも担いでいます」

さんは僕が背負っていた岩みたいに重い籠を目の前でひょいと担いでみせた。本当に軽々と担いでしまっている……。自信を失くしてしまったお兄さんの気持ちがわかるなぁ。

「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした……!今朝から私を付け回している道場破りの人たちがいたのはわかっていたのですが……」

今朝見た土汚れは、ストーカー団体ならぬ道場破りの相手をしてきた後だったのか……?!
僕を笠で庇ってくれたときも、一般人にしては素早い動きだった。用心棒としての護衛の心得があるのだと思う。僕が護るどころの話じゃない。
さんは悲しそうに俯いてしまう。

「私、善法寺さんとお知り合いになれて楽しかったです」
「突然何を……?」
「私と関わり合いにならない方が良いです。さっきみたいに巻き込まれてしまいますし、私……女なのにこんなに強くて、呆れてしまったでしょう?ずっと……、あなたにだけは隠しておきたかった……。知られたくなかったです……」

さんはそう言い残してさっさと1人で歩き出してしまう。
何だそれ?それじゃあ別れの言葉みたいじゃないか……!?

「待ってください!さん!!」

僕は、さんの腕を掴んだ。やっぱりこの人の腕は細かった。いくら屈強な男たちを倒せるとしても、今のさんはとても弱い。
振り返ったさんは、僕が追い掛けて来た事に酷く驚いていた。

「な、なぜ追い掛けてきたのですか?」
「それは僕が聞きたい。なぜ追い掛けないと思ったんですか?僕は、こんなにもあなたが好きなのに」
「何を言っているんですか……?!私は、素手で薪割が出来る女ですよ?!

す、素手で薪割……。
いや、負けない。負けないぞ!今こそ僕が男を見せるときだ!

「良いじゃないですか!素手で薪割出来る方が!斧が必要無いなんて便利です!」
「でも、熊だって右腕一本で倒せます!!

熊を……右腕一本……。
いやっ、ま……、負けない……!

「熊鍋が直ぐに作れて良いじゃないですか!僕はさんの作った熊鍋が食べたいです!僕は、さんの事が大好きなんです!!」
「善法寺さん……」

なぜだろう……もっと告白って甘いはずなのに何か変な感じがする……。
いや、それよりもさんだ。僕はさんが好きで、ずっと見て来たじゃないか。ずっと、どんなときも……って、やっぱり僕かストーカーは
さんは僕にぎゅっと抱きついてきた。デッカい籠を背負ったままだけど

「私、善法寺さんの事……好きです。本当は今日も、闘いに巻き込んでしまいそうで迷いましたが、それでもやっぱりあなたに会いたくて……!」
さん……嬉しいです。さんも僕と同じ気持ちだったなんて……」
「善法寺さん、もう少しこのままでいさせてください……」
「はい、あなたの気が済むまでこうしていますよ」

僕は、彼女の肩を抱き返した。重い籠は背負えても、彼女は道場主としての重すぎる期待を背負っている。僕の力は微力かもしれないけれど、彼女のこの細い肩を支えられるようになりたい。
















「―――というわけで、素手で薪割をするにはどうしたら良いか考えてくれないか?」
オレはお前をどうにかしてぇよ!!本当に最近は輪を掛けて変だぞ!?」

僕と同室の留三郎はそう呆れてしまったけれど、僕は諦めない!さんに追い付くため、日々巻き割を素手でする特訓をするようになった。
全ては僕の愛する人のために。


2011.07.30 更新