君以外に興味無し


授業が終わってから、裏山で2人の人間が作業をしていた。1人はくのたまの。彼女は不得意であるからくり罠の試験に悩んでいた。そしてもう1人は忍たまの笹山兵太夫。彼は無類のからくり好きで、からくり罠のスペシャリストである。つまり、兵太夫がのからくり罠の試験を教えているのだ。
兵太夫のからくりスペシャルの中でも、特にポピュラーな【吹っ飛び床】の制作に取り掛かっている。からくりの設計図を地面に広げながら、兵太夫は指差して注意点を告げているところだ。

「―――っていうわけだから、特にこの部分は重要……ちょっと、……?」
「……」
!」
「ひゃい?!」

耳元で叫ぶように名前を呼ばれ、はビクッと面白いくらい肩を振るわせた。慌てて兵太夫の方を見るだったが、時すでに遅し。兵太夫は不機嫌そうに眉を寄せて睨んでいる。

、僕の話聞いてた?」
「……ごめんなさい」
「何をそんなにぼーっとしてたの?僕に教えて欲しいって頼んでおきながら、僕の話を無視するなんて良い度胸だね。また池に落とされたい?」
「それは遠慮します!!ごめんなさい!!」

先日の一件を思い出しては木槌を握り締め、再び作業を開始した。
この間もぼけっとしていたところを、兵太夫の仕掛けたからくりで吹っ飛ばされ、池にボチャンと落ちたのだ。はからくり罠が苦手なだけあって、兵太夫のからくりには何度も落とされている。罠を避ける事は出来ないが、受け身を取るのは得意になっていた。兵太夫もその事をわかっているからを罠に引っ掛けている。ところが、先日池に落ちた時は全く反応せず、はぼけっとしたままの状態で池に落ちたのだ。全身ずぶ濡れになったは、その後風邪を引いてしまい喉を痛めた。
競合地域での罠の設置は禁止されていない。むしろ修行になるからと推奨されている。だから兵太夫は咎められたりしない。だが、それでもあまりにが無防備だったため、兵太夫は結局非難の目線でくのたまたちに睨まれてしまった。本人は至って気にしていない。しかし兵太夫を通じて忍たまとくのたまの対立が深まってしまう結果に。

「6年にもなって、あんな単純なからくり引っかかるとは思わなかった。良くもまぁくの一教室でやっていけるね」
「あたしもそう思ったけど……苦手なんだから、引っかかってもおかしくないでしょ!」
「それ、大きな声で言える事じゃないよ」
「ですよねー」
「お前、ここ最近ぼーっとしてたりぼけーっとしてない?何やるにもやる気が感じられないんだけど」
「そ、そう……?兵ちゃんの気のせいだってば……!あははははっ!」

ははぐらかそうとしているようだが、バレバレの態度である。ここまでくる兵太夫は呆れて追及する気も無いらしい。と一緒にバネと板を繋ぐため、木槌を取った。暫くの間、校庭にトントンカンカンという木槌を振るう音が響く。

(あ〜〜〜、兵ちゃんに絶対変なヤツって思われた。……あ、でもそれはいつもの事か。……何か悲しい)

はチラッと兵太夫を盗み見る。いつ見ても兵太夫には心を躍らせた。だが、それと同時に今は悲しみが満ちてくる。その悲しみの訳に辿り着くためには、1ヶ月前に遡らなくてはならない。
















「小松田さん、こんにちは!」
「やぁ、ちゃんこんにちは」

休み時間中のは、大量の資料や文を運んでいる小松田に元気良く挨拶をした。
小松田と言えば、へっぽこ事務員で有名だ。このままだと運んでいる物を落として紛失しかねない。は、手が空いているときに小松田を見かけたら手伝うように心がけている。それが学園内の平和にも繋がるからだ。

「小松田さんそれ重そうですね。あたしも手伝いますよ?」
「え?大丈夫大丈夫!これくらい何でもないよ」
「そうですか……?」

明らかにぐらぐらしている資料の塔は、1人で持つには危ない。特に小松田なら、確実にこの後ぶち撒けるだろうと簡単に予想出来た。

「そうそう、大丈夫―――あー?!そこの人!入門表にサインしないと中には入れませんよ!」
「え?!曲者?!」

驚いて小松田の睨む先に視線を移動させれば、そこにはどこかの城にでも所属していそうな忍者がいた。忍者は小松田に見つかり、風のように姿を消してしまう。いや、ただ消えたわけじゃない。この学園に潜入しているのだ。その瞬間、小松田の目が赤く鋭く輝いた。

「絶対にサインさせますよっ!ちゃん、この資料と文をお願いね!!」
「あっ、ちょっとっ?!」
「待ちなさーい!!」
「早っ?!もういなくなってるし……」

小松田は入門表のバインダーを片手に、曲者同様かそれ以上の速さで追いかけて行った。へっぽこでさえなければ、きっと歴史に残る忍者になれていただろう。

(いや、忍者は歴史に残っちゃダメだろう……)

資料を任されたのは良いが、この量だと小松田じゃなくても転んでしまいそうだった。は2回に分けて運ぶため、半分の資料と文を持ち、教職員がいる長屋へ向かった。
途中で一際強い風が突然吹いてきた。は咄嗟に資料を抱きしめるように庇ったのだが、文だけは庇いきれずに飛ばしてしまう。風に流された文は一度地面に落ちた。

「あーもうっ」

は文が汚れるのを想像してうんざりした。資料を一旦草の上に置き、文を拾おうと手を伸ばした。すると、またしても風が吹いて文を転がす。転がった文は汚れはほとんどついていないものの、
転がったせいで中が開いてしまった。
墨の香りと当時に書かれた達筆な内容が見えてしまう。いけないと思い、は顔を背けたが、『え?』と思って再び文に目を落とした。

「この文、兵ちゃん宛てだ……」

中身が出てしまった文は、兵太夫に宛てたものだったのである。しかも、飛び込んできた単語がかなり衝撃的で、悪いと思いつつもの視線は文に釘付けになってしまう。

(『許婚のについてですが―――』許婚?!兵ちゃんに許婚が……?!え?!嘘……っ』)

兵太夫に許婚がいる。雷に打たれたような衝撃を受け、はフラフラと文を手に取った。ざっと内容に目を通しただけだが、許婚がいる事に間違いなさそうである。名前はといい、気立てのよい真面目なお嬢さんのようだ。

(そんな……。でも、兵ちゃんは武士の家の子だし、いても確かにおかしくはないけれど…………)

兵太夫に想いを寄せる者として、耐えがたい苦痛だった。見るんじゃなかったと後悔ばかりが浮かんで頭を埋め尽くす。いくら考えても事実は変わらないというのに。
本心を言うのなら、届けたくない。しかし、そういうわけにもいかない。は絶望しながら、文をそっと丁寧に畳んで資料と一緒に運んだ。心が折れてボロボロの状態で、直接兵太夫には直接渡したくない。部屋の戸に挟むしか出来なかった。
















―――それからというもの、何をしていても兵太夫の事と兵太夫の許婚の件が頭を離れない。

(許婚がいたのは、あのときからじゃない。もっと前からいたみたいだし……。それなのに、兵太夫はいつもと同じように過ごしている)

別に許婚がいる事を言い触らす必要は無い。けれども、許婚がいる以上、他の異性との外出や過度な接触は控えるべきだ。それなのに、兵太夫はに2人きりでの外出に誘ったりする事が多い。別に授業で組むわけでもないし、お使いを頼まれたわけでもないのに、必要以上に一緒にいたら誤解されてしまうではないか。

(兵ちゃんはそれで良いのかな?あたしは兵ちゃんが好きだから嬉しいんだけど……、兵ちゃんのためにはならないよね……)

いくら好きでも、だってくの一になる。結婚するにしても、それは許婚のいる兵太夫じゃない。
ぎゅうっと胸が苦しくてどうしようもなくなる。この苦しみから逃れる方法もわからない。

(それにしたって、どうして許婚がいる事を話してくれないの?あたしって、兵ちゃんとは結構仲が良い部類に入るはずなんだけどなぁ。くのたまの中では1番だと思うし……。夢前とは同室だし親友だから、夢前にだけ話をしてあるのかな?)

兵太夫は自分の事を多く話すタイプじゃない。けれども、許婚がいるというのは大きな出来事のはず。特に知れた相手には話をしていてもおかしくないのだが、は文を読むまでは全く知らなかった。三治郎辺りは知っているかもしれない事を、が知らないのは妬けてしまう。
板とバネを繋げた後、兵太夫はついでのようにに話しかけてきた。

「ねぇ、新しいうどん屋が出来たってしんべヱから聞いたんだけどさ、一緒に今度行かない?」
「え……?」

さっそく次の約束が飛び込んできた。は許婚の件がチラついて返事が上手く出来ない。兵太夫はいつも直ぐに即答で『行くよ!』と言うはずのではないので、首を傾げて問う。

「何?用事でもあるわけ?」
「用事は無いけど……」
「だったらどうして口籠ったりしたの?」
「それは……」

イライラし始めた兵太夫に、は内心かなり焦っていた。だが、ここで黙っていても始まらない。

(もう……ここはハッキリとさせるべきよね)

そう決意し、は口を開く。口の中はカラカラに乾いていた。

「あのさ、兵ちゃん」
「何だよ?」
「……もう、2人っきりで遊んだりしちゃいけないと思うんだけど」
「は?」
「だから、もう2人で外に出掛けたりしちゃダメだよ。それから……兵ちゃんの事も、『兵ちゃん』って呼ぶの止めるから」

呼び方もこれからは変えた方が良いだろう。そう判断したは、兵太夫の顔をまともに見る事が出来ず俯いたままで言い切った。

「それってどういう意味?突然過ぎて意味わかんないんだけど」
(お、怒ってる……!!)

兵太夫は怒りを滲ませた目でじっとを睨んでいる。それがわかるからこそ、は兵太夫と視線を合わせないのだ。

「僕と遊ぶのが面白くないとか?」
「ちっ違うよ!違くて……」
「だったら何だって言うんだ?理由もわからないで、『はい』なんて返事出来るわけないだろう?」
「それもそうですね……」
「さっさと言いな。それとも、やっぱり池に―――」
「わーーーッ?!言います!言いますッ!!」

また池に落とされるのは簡便したい。
は俯き加減にだが、怒りで静かに燃える兵太夫を見た。チラリと見るだけでも恐ろしい。ここは耐えるときだ。

「兵ちゃん、さんっていう許婚がいるんでしょ……?許婚がいる人が、あたしみたいな女の子と一緒に2人きりで出掛けたりしちゃダメって言ってるの。……あたしだって、兵ちゃんとは遊びたいけど―――って、兵ちゃん?」

兵太夫の怒りはスっと消えていた。代わりに兵太夫は何が何だかわからないという顔をしている。そして、





』って言うんだ?僕の許婚は





衝撃の一言を口にした。

「え?あの、何言ってるの?兵ちゃんの許婚でしょ?」

『どうして名前を知らないの?』と訴える目に、兵太夫はようやく状況を理解したのか、ニヤーっと悪戯5秒前の表情に変わった。
今度はがわからなくなる番だった。混乱して『え?』を繰り返し呟いている。壊れたラジオ状態だ。

「僕に許婚がいる事をどうして知っているのか知りたいところだけど、大方文を読んだってところでしょ?僕、誰にも言ってないし」
「そうです……」
「ふーん、なるほどね」

手紙を盗み見た事に関しては咎めるつもりは無いらしい。

「ずっと様子が挙動不審だった理由がわかったよ。本当にバカだね、は」
「バカって……!そんな言い方無いでしょ?!それより、どうして兵ちゃんは許婚の事名前も知らないの?」


この調子だと、名前どころかその他の事も一切知らなさそうだ。

「許婚の話は前から文で知らされてたけど、名前も読まずに捨ててるから知るわけないよ」
「ええええ?!文を捨ててるの?!
「そう。許婚なんて勝手過ぎて冗談じゃないし」
「それって酷くない……?兵ちゃんらしいと言えばそうなるけど……」
、僕が酷いヤツって言いたいわけ?」
「滅相もありません!兵太夫さんは、すごく優しくて素敵な人です!」

言わされている感があるのはこの際気にしないでおこうと思うだった。
兵太夫は妖しく艶やかに微笑みながらの頬に触れた。触れられたところから、は熱さを感じて頬が染まっていく。それを気に入った兵太夫は益々面白くなって微笑みを強した。

「僕はね、押し付けがましい事は大嫌いだよ。誰が何と言おうとね」
「そ、そうですか……。でも、すごく良い子みたいだったよ、許婚の人は……」

文を読んだ限りでは、が勝てそうにないくらいの器量良し美人だった。実物を見るまではわかるはずもないだろうけど、兵太夫の両親が選んだ相手だ。悪い人間であるはずがない。これから兵太夫が許婚の事を知っていったら、自分よりも気に入るかもしれない。そう考えると、は再び胸が痛んで苦しくなる。
兵太夫はそれを見越していたらしい。

「良い子でも悪い子でも、お前じゃないなら興味なんて無いよ」
「…………ん?今、すごい事言われた気がするけど気のせい?」
「じゃあ、実感して」
「兵ちゃんそれって―――んっ?!」

塞がれた唇の熱に、は全てが現実である事をしっかり自分に刻みつけた。


更新日時不明