が身支度を整えて学園の外へと通じる門の前に行くと、既に久々知が同じく私服で立っていた。は小走りで彼に近づき、まず謝罪した。

「ごめん、待った?」
「いや。それにオレが言い出したんだから、が気にするな」
「まぁそうなんだけど」

傍から見れば、ごく一般的なカップルの会話に見えるだろう。けれども、2人は決してそんな甘い関係ではない。
外出届けを出して、2人は門を潜り外の世界へ一歩踏み出す。今日は良く晴れており、出かけるには最適な天気だ。

「まさか、久々知が『許婚の贈り物を一緒に選んでくれ』、と言うとは……」

そう、久々知がに頼んだことというのは、久々知の許婚に贈る物を選んで欲しいというものだった。
は、久々知が贈り物をしていること自体については驚いていない。真面目な久々知ならば、毎回許婚が学園に来る度に贈り物を何か渡していることだろう。1番驚いているのは、自分が大切な許婚への贈り物を選ぶ者として選抜されたことだ。
久々知は眉間に皺を寄せ、顎に手を当て、深く考え込んでしまう。

「実は、毎回姉さんには簪を贈っているんだよ」
「今年もそれで良いじゃない」
「いや、毎度毎度簪……っていうのも芸が無いと思ってな……」
「もう10回も贈ったんでしょ?手遅れだと思うけど」

既に10回も簪を贈り物として手渡している。ワンパターンだと愛想をつかされているのならば、とっくの昔にそうなっているだろう。
『やっぱりそうだよな……』と落ち込んでいる久々知には苦笑した。

「バカだね、アンタ。好きな相手から貰えるものだったら、何でも良いもんじゃないの?」
「好きだから、もっと良いものを贈りたい、というオレの気持ちもあることを忘れないでくれよ」
「はいはい。それじゃ、簪以外の物を選びましょうね」

このままだと、久々知に永遠との素晴らしさについて語られてしまうことになる。はこの話題を終結に導いた。そうとは知らず、久々知はにこりと人の良い笑みを浮かべた。

「ああ、よろしく頼む」
「ところでさ……」
「何だ?」
「どうしてあたしを選んだの?くの一教室の子だったら、もっとオシャレでセンスが良い子が他にいるのに」

は自分を着飾ったり町で流行っている物を知ろうとしない。本当に許婚に良い物を贈りたいと考えているのなら、流行に敏感だったり普段から身だしなみに気を使っている子を誘うべきなのでは?
久々知は突然足を止めて、青い空を見上げた。

「へ?何……?」
「空を見てたらさ……」
「空?」
「そうだ」

予想もしない反応に驚きながらも、は空を見上げた。澄んだ空はどこまでも青く、手を伸ばしたら吸い込まれてしまいそうだ。

「空を見ていたら、のことが浮かんだんだ。いつも図書室に籠りっ放しだろ?こんな空の色も知らないんじゃないかと思ってさ。一生懸命何かに打ち込むのは良いかもしれないけれど、たまには外に出て散歩するのも必要だと思うんだ」
「へぇ……。誰の受け売り?」
「……やっぱりわかるか。八左ヱ門だよ。何で受け売りだってわかったんだ?」

受け売りであることを言い当てられ、久々知は少し恥ずかしそうに言う。は空から視線を久々知に戻し、珍しく得意げに言った。

「久々知らしくないなぁって思ったから。久々知って真面目だし、目の前にあることを片づけるまでは梃子でも動かない、あたしと同じタイプでしょ?」
「確かにそうだな。八左ヱ門は目の前にある壁を丸投げするタイプだ」
「あー……そうかもしれない。この前図書室で調べものをしに来てたけれど、本を開くなり『あーもうダメだ!』って言って出て行ったわ。まぁともかく、良い友達を持ったね、久々知」
「お前も良い友達だよ、。オレのことを良く理解している」
「それはどういたしまして。あはははっ!」
「…………」
「ん?何よ、人のことじろじろ見て……」

久々知がじっと自分のことを見ていることに気づき、眉間に皺を寄せる。可愛らしい顔が台無しになってしまった。
心底久々知は驚いたように呟いた。

「や……、が無邪気に笑ったところを初めて見た気がしたから」
「え……?そ、そう?あたし、そんなにいつも酷い顔してた?」
「してたしてた」
「即答ですか……」

ムッとしただったが、確かに最近笑顔になれるような話題は無かった。
毎日毎日図書室に籠って、赤い糸を視えなくする方法を探している。殆ど収穫が無い日々。赤い糸が視えない学園の生徒たちを見て、羨ましいという気持ちを募らせていた。

「そうね……。確かに笑ってなかったわ。だって、全然笑えるようなことが無かったんだもの。でも、今は何でもない会話だったのに、思わず笑っちゃってた」
「やっぱり疲れているな。、今日は色々見て回ろう。姉さんの贈り物選びっていう名目があるけれど……」
「気にしないで。あたしはあたしで今日という日をなるべく楽しむことにするから」

は長い前髪を掻き上げて久々知を見る。そして、上空に広がる無限の青を見上げて微笑みを浮かべた。
今日は、不思議と赤い糸を視ても気分が沈まない気がした。















町に到着すると、良い天気ということもあって人々が道に溢れていた。同時に赤い糸を小指に付けた人も通りを歩いている。は人とぶつからないように、また糸に足を引っ掻けたりしないように注意深く歩いた。

「そんなに足元を見ても、何も無ければ転ばないだろう?」
「……何も無ければ、ね」
「?」

意味を良く理解できていない久々知は首を傾げたが、通りに茶店を見つけて声を上げた。

「とりあえず何か食べないか?ここまで歩き続きだったし」
「賛成」

2人は割と繁盛している様子の茶店に入った。ここでもカップル同士が多く見られ、色々な雰囲気を纏う赤い糸が床を這っている。はそれを器用に除けながら竹ので出来た椅子に腰かけた。隣に久々知が座ると、店員が注文を取りに直ぐやって来た。

「いらっしゃいませ。何になさいますか?」
「この店のお勧めはありますか?」
「ええ、ございますよ。餡団子と黄粉団子です」
「じゃあ、それを1本ずつ彼女にも」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」

愛想の良い店員はお辞儀をすると、店の奥へ戻って行った。

「久々知、あたし払うよ?」
「今日はオレが出す。オレの用事に付き合ってもらっているんだから、気にするなよ」
「そう?ありがと……」

がお礼を言ったとき、向かい席にいたダブルデート中らしい4人組の男女の声が耳に飛び込んできた。たちよりも少しばかり年上のようである。女はを見て、きゃっきゃと楽しそうに隣に座っている男に言った。

「見て見て、可愛い!まだ恋仲になって少し……って感じの子たちね」
「お互い緊張しているみたいだな。オレたちも、昔はああいう時期があったよなー」
「あーそうだったね!!前はもっとアンタ優しかったし〜」
「何だとー?!」

この会話を聞いて困惑したのはだった。

(え?そんな風に見えてるの……?!久々知には許婚もいるのに、何だか悪いな……)

このまま楽しそうに久々知と話をしてしまえば、周りからはと恋人同士に見えてしまうのかもしれない。いくら男女関係に鈍い久々知でも、許婚がいる立場上、あまり良い気分にはなれないはず。かと言って、このまま何も話さずにいるのはかえって不自然だ。

、どうかしたのか?」
「えっ?あ、別に……。そういえば、さ……」
「何だ?」
「久々知とさんって、親が決めた許婚同士なんでしょう?それにしては随分と仲が良いよね」

咄嗟には普段避けている話題である恋愛について口にしていた。赤い糸が視える分、恋愛の話題は苦手だ。その自分から話題を振るとは、自分でも驚いてしまう。そして久々知も驚いていた。

「珍しいな、がそんなこと言うのは」
「そ……そうだけど、どうしてかなぁ……って思ってさ」

は自分で言ったことを良く考えてみたが、確かに久々知とは親が決めた許婚同士である。親が勝手に決めた相手となれば、上手くいかない場合も当然ある。現には縁結び神社で暮らしていた頃、そういった許婚同士を何人も見てきている。赤い糸が全く無い、赤い糸が全然違う方へ伸びている、重苦しい雰囲気を持っているなど、赤い糸の形状もさまざまだった。だが、どれもこれも視ていて良いと感じた試しが無い。いくら楽しそうに会話をしているように見えても、は赤い糸で真実を知るのだ。
ところが、久々知との赤い糸は他の許婚たちとは違っていた。きちんと小指同士が結び付けられ、キラキラと眩しい輝きを放っていた。そしてが糸を視ても気分が悪くなることはなかったのである。つまり、親同士が決めた許婚同士でも上手くいっているということなのだ。
久々知は昔のことを思い出すように言った。

姉さんに会ったのは……いつだろうなぁ?ハッキリとはわからないけれど、物心ついたときには姉さんと会っていたと思う」
「そんなに小さい頃から?」
「ああ。姉さんは父上の恩人の娘さんで、オレが生まれる前から許婚として約束を交わしていたっていう話だ。当時のオレは、【許婚】がいったい何なのかはわかっていなかった。けど、姉さんと一緒にずっと暮らせるなら、それで良いと思ったんだよ。姉さんがいない生活なんて、オレには考えられないことだし、これからもきっとそうだろう」
「そうか……」

久々知にとっては掛け替えのない存在だ。あまり自分のことを話すことが無い久々知が、ここまで言うのだからそれは間違い無い。





しかし、にはある違和感を感じていた。





(ああ……、だからこんなにも眩しいのね)

キラキラと光り輝いている赤い糸を見ながら、は言った。

「……久々知は、さんのことを『姉さん』って呼ぶよね」
「ああ、そうだけど?」
「許婚同士なのに何で?年上だから?」
「小さい頃からそう呼んでいるから、かな。それに、まだオレは忍者としても男としても半人前だから。いつか、姉さんに釣り合うような男なったら呼び捨てにしようと思ってる」

そう言った久々知は目を輝かせていた。世界で1番大切に想っている人のことを考えているのだろう。14歳という年齢に相応しい無邪気な笑顔だった。
まるで、小指に結ばれた赤い糸と同じ。

「きっと、久々知ならさんに似合う男の人になれるよ」

は赤い糸の輝きが眩しくて、目を細めた。
心にもないことを、呟いて。















と久々知は茶屋を出てからしばらく町を散策した。もちろん目的はへの贈り物を選ぶことである。
の好みを聞きながら、簪以外で自分たちよりも年上の女性に喜んでもらえるような物を探して歩く。何件目かの雑貨屋で足が止まった。
小さな店だったが、色鮮やかで綺麗な石が皿に入れられて並んでいた。透明な光を通すものや、淡い色で何色も混じっている石など様々だった。

「わぁ……綺麗な石」
「いらっしゃいませ」

店主の老人はにこにこと優しい笑みを浮かべている。久々知は店主に問いかけた。

「ここは何を売っているんですか?」
「御覧の通り、石ですよ。いくつか選んでいただいた石に、糸を通して腕輪にしたり根付けに加工しています。いかがですか?贈り物にもぴったりだと思いますよ」
「久々知、すごく良いと思わない?自分で選んだ石で作って貰えるんだったら、世界で唯一の贈り物が贈れるわよ?」
「そうだな……。良し、ここで姉さんの贈り物を作るぞ」

久々知も許婚に自分で選んだ石の腕輪を作ることが出来ることに感激したのか、うんうんと深く頷いた。

「おじいさん、あたしよりも5歳くらい年上で落ちついた雰囲気の女性に合うような石を探しているのですが…」
「かしこまりました。では、こちらはいかがでしょう?」

店主は棚の下から古びた箱を取り出して開く。すると中には薄い緑色で半透明な丸い石がいくつも入っていた。新芽の色ほどハッキリとはしていないもの、柔らかな色合いで心が和むような気がした。

「翡翠ですね」
「はい。形はまちまちですが、この淡い緑色は女性の柔らかい優しさを表していると思います」
姉さんもこれなら気に入ってくれそうだ」
「久々知、翡翠の腕輪にするなら1つこの水晶はどう?」

は、他の皿から清水のような透明度の高い水晶を1つ差し出した。翡翠だけよりも、1つ違った色見を入れてアクセントにするのである。久々知は水晶を受け取って空に翳した。太陽の光を受けた水晶は、光を反射させて輝いている。

「これも綺麗だな」
「1つこれを付け加えたら良いかと思って……」
「お目が高いですな。この水晶は一回り小さいものの、良い品ですよ」
「じゃあ、翡翠とこの水晶で腕輪を作ってもらえますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」

店主が店の奥へと入り、しばらくすると先ほど久々知が選んだ翡翠と水晶に糸を通して腕輪に加工してくれた。腕のサイズはの手首を参考にしたものである。
丁寧にそれを包むと久々知に手渡した。代金を支払うと、店主は『ありがとうございました』と深く頭を下げた。
学園への帰り道は既に夕方になっていた。茜色の空の下、久々知とは影を背負い歩いた。

「良かったわね、久々知。これできっとさんも喜んでくれるはずよ」
「ああ。付き合ってもらって悪かったな、

世界で唯一の腕輪。それと同じく、恋もまたただ1つしかない点は同じなのかもしれないとは思う。

(そうじゃない人もいるけれど、久々知は真っ直ぐで1つしかない恋の気持ちをあたしに教えてくれているんだ)

今まで恋愛に暗い部分しか見出すことができなかったにとって、今日は一歩前進できたような気がした。心が前よりもすっと軽くなり、足取りもまた軽い。

「あたしも楽しかったから大丈夫。久しぶりに外に出たし……って、あれは……?」

久々知の糸が伸びている先に、同じ赤い糸が結び付けられた女性が道端にある木の下にいた。笠を被り、手甲をつけているその女性はどう見ても久々知の許婚であるその人だった。久々知は驚いて悲鳴のような声での名前を呼んだ。

姉さんっ?!どうしてここに……?!」

久々知が急いで駆けよると、笠の下から白い頬の美しい女性が顔を出す。久々知を見るなりは立ち上がって目を丸くした。足元は土で茶色く汚れており、ここまで随分歩いてきたことがわかる。

「まぁ兵助、あなたこそどうしてここに?あなたを驚かそうと思って予定より少し早めに来たのですよ」

は黒曜石のような瞳を細めて微笑みかける。久々知は満面の笑顔でそれに応えた。2人が並んで立つと、美男美女の姉弟のようにも見える。とても他人が入り込めるような雰囲気ではなかった。
の突然の登場に驚いたは少し呆然と見ていたのだが、と視線が合うと胸が跳ねた。

「あら……?あちらの方は?」
と言います。くの一教室の生徒で、4年生から入った編入生です。、こっちに来いよ!」
「あ、はい!」

は久々知に手招きされ、小走りで2人の元へ向かった。
近くで見るは、大和撫子を代表するような黒髪の良く映える女性だった。線が細く、男なら10人中10人が護ってあげたいと答えるだろう。そして、同性から見ても思わず見惚れてしまうような姿をしている。
は内心焦っていた。

(どうしよう……、久々知と2人きりで出かけていたなんて言えないし、贈り物のことはまだ伏せておきたいよね……)

とりあえずに頭を下げた。

「初めまして、です」
「こちらこそ初めまして。ご存じかとは思いますが、久々知兵助の許婚のと申します」

『いつも兵助がお世話になっています』と言い、お辞儀をしたは優しい微笑みを浮かべていた。微塵も嫉妬や不快感を感じさせない顔だ。
けれども、の糸から寂しさや痛みを感じ取っていた。





失恋





それと同じ痛みである。


05唯一