
は月の隠れた空の下を懸命に走っていた。5年生がタマゴテングダケと交戦したという森に辿り着くと、迷わず黒い闇の中へ赴く。
走りっ放しで息が苦しいが、なるべく呼吸を静かにして前へ前へと枝を掻き分けて進んだ。
暗闇の中で赤い糸だけが頼りだ。左手の小指から伸びている糸に導かれ、は迷わずその方へと足を動かした。
(お願い……切れないで……っ!!)
のときのように糸が切れてしまったらと思うと、頭がズキズキ痛んだ。この糸が切れてしまえば、消えてしまった久々知を探し出す事は困難だ。
強く願いながら、が自分の背丈ほどある茂みを掻き分けようとしたときだ。茂みの向こうで強い風を感じ取った。
「疾っ!!」
「くっ!?」
茂み大きく揺らし突き抜けてきたのは人の足。鋭い蹴りだった。は、間一髪のところを腰を捻る。くるりと回転しながら後ろへ下がった。
は蹴りを意識して避けたわけではなかった。ただの攻撃から圧倒されるほどの殺気を感じて、身体が反応してしまったのだ。まぐれの様なものである。元々は体術は得意ではないのだから。
(次は無い……)
回避したに追い打ちをかけようと、1つの影が飛び出してくる。も応戦しようと両手を構えたが、影の後ろから叫び声がした。
「待って三郎!その人はちゃんだよ!!」
「?」
「えっ?あ、鉢屋に不破……」
顔の半分を覆い隠していた雷蔵が影―――三郎に待ったをかけた。三郎もまた、自分が攻撃をしている相手がだとわかると、口元を外気に晒した。そして、怪訝そうにを見つめる。
「おい、何でお前がここにいるんだ?危なくお前の顔面を潰すところだっただろうが」
(そんなにえげつない事をされるところだったのか……)
「ちゃん1人だけ……!?そんなの無茶だよ」
2人が驚くのは無理も無い。くのたまは何か問題が発生したとしても、救護に回されるなど、極力戦闘には加わったりしない。もちろん、今のような相手の目的もわからない夜の森の中へ派遣される事はまず無いと考えて良い。それだけでも驚きだというのに、は誰も引き連れておらず1人きりだ。
は一瞬説明をしようと口を開いた。だが、学園を自主退学してここへ飛び込んだと言えば、益々2人は混乱するだろう。
(説明するのは止めておこう)
はそう決めると、退学したことを避けて言いくるめる。
「学園長先生から許可は頂いているわ。それより、状況はどうなっているの?久々知が行方不明だって聞いて……」
「なるほど、それで来たのか」
「勘ちゃん、無事に学園に辿り着いたみたいだね」
雷蔵は、とりあえず勘右衛門の無事を知ってホッと胸を撫で下ろす。
三郎は大きく溜め息を吐いた。
「オレと雷蔵は、勘右衛門を学園に送り届けるために囮をしていたんだよ。これでお役ごめんだな。お前はさっさと学園に戻れ」
「久々知が見つかってないのに、戻れるわけないじゃない」
久々知を見つけ出すためにはここにいるのだ。それに、学園とは縁を切った。今更戻ることなど出来ない。
「お前、実技のテストの点数いくつだ?」
の実技の評価を知っているくせに、三郎は意地悪く聞いてくる。本人が知らないはず無いというのに。
「ちゃん、後は僕たちに任せておいた方が良いよ。怪我をした他の5年生も、今集まって学園に戻るところなんだ。兵助の事は……僕たちだって探したい。でも、僕たちまでいなくなったらもっと大変な事になる。木下先生も兵助の事を探していらっしゃるし、今は和を乱す事が命取りになると思うよ」
に諭すように語る雷蔵だったが、雷蔵も久々知のことを探しに行きたいに違いない。彼もまた久々知と親しい間柄なのだから。こうして我慢しているのは、何よりも久々知のため。もそれはわかっている。
だが、の糸は、何度も久々知の居場所を示しているのだ。
は首を横に振って拒否する。
「あたしは―――」
が口を開いたとき、雷蔵と三郎の目が鋭くなった。三郎は隠し持っていた棒状手裏剣を振り向き様に投げつけ、雷蔵はの手を取って駈け出した。いきなり引っ張られたは、肩に鈍い痛みを感じて顔を顰める。
「雷蔵っ?!」
「黙って!まだ追手を振り切っていなかったみたいだ!」
後ろを振り返れば、遠ざかっていく三郎の背中。その向こうには、2人の別の忍者が刀を握って立ちはだかっている。一目で相手が誰なのかがわかった。
(タマゴテングダケの忍?!)
三郎が苦無を取り出したのを見届けた瞬間、視界が突如草で覆われてしまった。は雷蔵によって地面に伏せさせられたのだ。
「ごめんね。僕は三郎を助けに行って来る。ちゃんは隙を見て逃げてね」
『雷蔵!』と言いかけたところで雷蔵に口を手で覆われる。もう片方の手で人差し指を立てる仕草を見せると、雷蔵は三郎の元へ走って行ってしまった。
雷蔵の足音が遠ざかり、森に怖いほどの静けさが戻る。1人残されたはそっと立ち上がり、小指の赤い糸と雷蔵が走って行った方を交互に見つめる。
(どうする?引き返すべきなの……?あたしは足手纏いだから、何の力にもなれないの……?!)
先ほどは敵の存在に気が付くのが遅れた。そのせいで、三郎を危険な目に合わせ、雷蔵にも手間をかけさせてしまう結果になった。
このまま久々知を探し続けても、途中で敵に見つかり捕えられてしまうかもしれない。
久々知を例え見つけ出せても、自分では助ける事が出来ないかもしれない。
数々の不安がを押し潰してしまいそうになる。
(いったいどうしたら……)
「ほお、この実習にはくの一も混じっていたのか」
「?!」
低い中年の男の声がの背後から聞こえてきた。は勢い良く振り向くと距離を取った。の警戒振りとは逆に、男は何の構えも取らず余裕な態度だ。男は全身真っ黒な忍装束を纏うタマゴテングダケの忍だった。
「逃げ遅れたのか?くくっ、やっぱり男よりも女を痛めつける方が良い。特に……年若い女はなぁ?」
悪意に満ちた目での全身を舐めるように見つめてくる忍者に、はぞわりと背筋が寒くなった。
(相手はプロの忍者……。どうする?)
男の背は小柄なよりもずっと大きく、筋肉もケタ違いだ。は女で、しかもくの一の卵である。正攻法では太刀打ち出来る様な相手ではない。
男の握っている苦無は、間違いなく自分の柔らかな肉を引き裂く事が出来るだろう。くの一の実習でも、こんなに死が迫った事は無かった。
背を向けて逃げようにも、男の方が足も速いだろう。歩幅も違う。何より、浴びせられる強烈な殺気のせいで、足が縫い止められ動けないのだ。
(どうする……?!)
が浅く呼吸をして迷いながら相手を観察していると、雲間から月明かりが漏れた。金色の淡い光が、苦無以外の男の手元を輝かせた。
男の手甲に無理やり荒縄と一緒に結びつけられているのは―――
「翡翠の、腕輪……」
は息を飲んだ。再び雲が月明かりを遮るが、アレは間違いない。忍者の手甲に巻き付いていたのは、久々知がに贈った翡翠の腕輪だったのだ。
ドクドクと心臓が強く脈打っては手が震わせる。
なぜ久々知の腕輪を男が持っているのか?
の視線に気づいて忍者は、ニヤリと腕輪を巻き付けた手甲を見せつける。
「この腕輪の持ち主の知り合いか?女」
「それを……いったいどこで?!」
「くくく……、黒髪の忍たまのガキから頂いたのよ。結構質の良い翡翠だったしなぁ。谷底に落ちたし、今頃は仏にでもなっているだろうよ」
男の言葉にはざわりと身体中が滾った。
から不安や迷いの表情が消えて、感情が読めなくなった。を取り巻く空気が全く違う。
「―――せ」
「ああ?何、だ……!?」
長い前髪の隙間から覗くの目に、男はひくっと喉を震わせた。まだ幼さを残す少女の瞳が、鬼神のような目に変わっていたのだ。
今度はハッキリと聞こえる声では言った。
「
それを返せ」
は懐から苦無を取り出して構えると、男から視線を外さずに真っ直ぐ眼光をぶつけた。の頭には後退の二文字はもはや存在しない。
今度は男が冷汗を流す番である。
「ガキが!さっさとくたばれ!!」
男が地を蹴ったのと同時に、もまた地を蹴り上げた。
(オレ………、生きて、る……?)
久々知は暗闇の谷底で目を覚ました。全身が打撲のせいでズキズキと痛んだ。
竹谷と一緒にタマゴテングダケの忍者と遭遇した後、二手に別れた。
プロの忍者は、いくら久々知が優秀だとしても手強い相手だった。一時は追いつめたものの、潜んでいた敵に隙を突かれて動きを封じられてしまった。それを振り払ったとき、懐へ忍ばせていた翡翠の腕輪を奪われてしまった。カッとなって冷静さを失い、その隙に苦無で斬り付けられ、現在に至る。
谷は深かったが、崖の壁から逞しく生える木々に何度かぶつかって落下の衝撃が抑えられ、奇跡的に一命を取り留めた。
けれども、酷い熱が久々知を襲う。まるで火の中にでも放り込まれたかのように全身が熱い。特に斬り付けられた左手の甲は、痺れてまともに動かす事が出来ない。
(毒……か……っ)
流血しているものの、今はほどんど瘡蓋になっている。だが、この全身のだるさや息苦しさは毒によるものなので治るわけもない。恐らく遅行性のものだろう。知識があっても、解毒剤が無ければどうしようもない。
息を吐く度に肺が痛んで苦しい。喉奥が詰まる様だ。
久々知は大の字になったまま、苦痛に顔を歪めて瞳を細めた。
(こんなところでオレは死ぬのか)
ふとそう思った時、の笑顔が浮かんだ。笑った顔などほとんど見たことが無かったというのに。
最期に浮かんだ顔がではなく、であることに驚きつつも、久々知は薄く笑った。
(……オレが、に苛立っていたのは……、さんの事で嘘をついていたからじゃない。がオレを好きだと嘘ついていたことは……まぁ少し関係しているけれど、それも違う)
唯一自由が利く右腕で、自分の目を覆い隠した。
「ここで死ぬなんて本当にどうしようもないな……、オレは」
「ちょっと、勝手に諦めないでよ」
「?!」
聞こえてきた声に驚いて、久々知は身体が痛む事も忘れて右腕を素早く退かす。目の前に広がっているのは闇ではなく、少々怒った顔だった。の長い赤毛が久々知の頬に触れてくすぐったいが、今はそんな事どうでも良い。
「……っ、どうしてここに―――うっ!?」
「動かないで。熱が酷い……。久々知、アンタ毒にやられているわね……」
が診察をするかのように、久々知の熱い額に触れたり斬られた左手を持ち上げてくる。荒く呼吸をする久々知頬は燃える様に熱く、の手の温度が冷たくて心地良い。
「何でここにいるんだよ……?」
「まぁ、それは聞かないで。説明すると長いのよ」
は、滅多に見せる事の無い笑顔を見せた。思い出し笑いのように目を細めるその表情を見て、久々知はこんなときでもドキリと心臓を高鳴らせる。
「丸一日久々知が行方不明だって、皆心配していたわ。ここで応急処置をするから、少し痛むだろうけど我慢してよ」
は背負っていた小さな風呂敷を広げ、蝋燭に火を灯すと応急処置のための包帯や薬を選別し出した。
自分に対して普段通りに接してくるに対して久々知はわけがわからなかった。がここにいること以上にそれが理解出来なかった。
首だけを動かし、薬と睨めっこをするに久々知は言った。
「何で……、そんなに普通にしてるんだよ?オレは……お前に酷い事……言っただろう?」
は一瞬だけ手を止めたが、再び手を動かして薬の包みを開く。
「酷い事って何?あたしは久々知に酷い事なんて言われてない。酷い事を久々知にしてしまった覚えならあるけどね」
は久々知の瘡蓋になっている傷口へ水筒の水で濡らした布で汚れを拭い、綺麗にした傷口に軟膏を塗って、包帯を蝋燭の灯りを頼りに器用に巻いていく。身体のいたる所に出来た擦り傷も、同じように拭っては軟膏を塗る。右足首が腫れ上がっているのを見つけ、手頃な枝を使い幹部に添える。動かないように注意しながら包帯を丁寧に巻いていった。手際の良さは流石は保健委員会所属といったところである。
続いて2つの粉薬の包みを合わせると、久々知の上半身を支えて抱き起こす。
「さ、飲んで。解毒剤と痛み止めよ」
「ん……っ」
僅かに開けた久々知の口元から粉薬を流し入れ、水を飲ませると久々知は喉を上下させる。それを見届けたは安堵したように一息吐いた。久々知の口腔に苦みが広がり顔を顰めた。
「ま……ずいな、この薬」
「伊作先輩のお手製だから、不味くても良く効くわよ」
「……、わざわざオレを助けに来たのか……。こんな森の中を……。敵に襲われたりしなかったか?」
「大丈夫よ。あたしが女だと思って油断してたみたいだから、強力な痺れ薬をお見舞いしてやったわ!」
は余裕の笑みを浮かべて、久々知の心配を吹き飛ばす。良く見ればの格好は、土で汚れていたり着物が破けていたりしている。久々知は僅かに口元を上げて笑った。
「そうか。お前、結構強いんだな……」
「そうよ。久々知が思っているよりもずっとね」
「ああ、そうみたい……だ……」
次第に久々知の意識が森の闇と混じっていく。瞼がなぜだかとてつもなく重くて開けていられない。の輪郭がぼやけていってしまう。
まだ、言いたい事があるっていうのに。
「……、オレ……目が覚めたら、お前に言いたい事……が、ある、んだ……」
「うん」
「本当に……たくさん、たくさん……あるんだ。……きいて、くれるか……?」
「うん。だから今は眠って、久々知。後はあたしに任せて、ね?」
「ああ……。……」
「うん?」
「ありが……とう……………………」
そう言って、久々知は完全に意識を手放した。久々知の前髪をそっとどけながら寝顔を見つめる。いつもの表情よりずっと幼い少年がそこにいた。実は先ほどの粉薬に、痛み止めと他、久々知が熱で魘されない様に睡眠薬を混ぜていたのだ。これで朝まで目覚めないだろう。しかし、安心するのは早い。ここにも敵の忍者がやって来る可能性は十分ある。抜け道を通り、忍術学園で適切な治療をしてもらう必要がある。
熱で滲み出た久々知の額の汗を撫でる様に拭いながら、は瞳に涙をいっぱいに溜めた。
「久々知が無事で、本当に良かった……!!」
の赤い糸は、途切れることなく久々知の元へと導いてくれた。今はこの赤い糸が救世主のようにさえ思えた。
(感激している場合じゃないわね)
はそっと自分の自分の脇腹に触れる。
苦しそうに息をしている久々知を小さな背中に背負い、襷で固定するとゆっくり地に足を踏ん張って立ち上がった。意識の無い人間はずっしりと岩のように重いが、は手が痺れても久々知を背負う力を緩めない。
(今は早くこの森を抜けて、久々知を忍術学園へ送り届けなくちゃ……!)
いくら応急処置をしたとはいえ、まだ危険が完全に去ったわけではないと肝に銘じる。
濡れた目元を拭うと、一歩ずつゆっくりだが確実に忍術学園へと足を進ませる。
「頑張ってね、久々知。あたしも……頑張るから」
森の草木が眠る時間に、だけが意識を持っていた。
後数時間で朝になるというとき、忍術学園は篝火を焚いて外からの侵入者に警戒していた。その警戒に当たっている竹谷、三郎、雷蔵はこちらにに真っ直ぐ向かってくる影に気づいた。目を良く凝らして見れば、それは三郎と雷蔵と逸れてしまっていただった。しかも、その華奢な背中には、ぐったりと意識の無い久々知を背負っている。
「!!兵助!!」
「無事だったんだね!」
「っていうかお前、兵助をずっと背負ってここまで来たのかよ?」
「はぁ……っ、はぁ……っ、まぁ……ね」
は息を切らして久々知を背負い直した。
久々知は眠っているだけのようで、息も穏やかである。左手には綺麗に包帯が巻かれていて、直ぐに3人は保健委員のが巻いたものだとわかった。
の足元は草や土で汚れ、もう散々な姿である。
「ここまでって……すごい」
森の中は暗くて足場も悪い。しかも、敵がいつ飛び出してくるかわからない状況だ。雷蔵はの小さく華奢な身体のどこにそんな力があるのかと感心した。
「兵助を良く見付けることが出来たね」
「まぁ、ね……」
「兵助の具合はどうなんだ?」
「心配……ない、わ。毒にやられてる……けど、薬も飲ませたし……っ、手の怪我以外に……目立った、怪我は無い……から。処置も、してある」
「お前酷い汗だぞ?大丈夫なのか?」
はここまで久々知を背負ってきた反動なのか、酷く汗をかいていた。
「オレが背負うの代わってやるよ」
「大丈夫よ…。あたしが……最後まで運びたいの」
はにこりと微笑みを浮かべる。あまり感情を表す事の無いの笑顔に、3人は黙った。
「……わかった。じゃあ門を開けるな」
竹谷の申し出を断って、は門が開かれると、久々知を背負って学園の中へ入った。学園内はこんな時間だというのに、まだ灯りが点いている。昼間のように、というわけにはいかないが、それでも十分明るかった。
途中で小松田と土井に見つかり、土井は報告のため学園長の庵へ、小松田は久々知を背負ったと保健室へ向かった。
「失礼します!さんと久々知くんです!」
「本当ですか?!無事で良かったです」
保健室の戸を小松田が勢い良く開けると、薬草の独特の匂いが肺に入ってくる。保健室の床には、他の生徒数人が治療を終えて横になっていた。薬棚も全て引っ張り出されているようで、足の踏み場も無い状態だ。
新野は無理やり薬箱や包帯を退かせると一緒に治療をしていた伊作に指示を出した。
「伊作くん、そこの薬箱と薬を棚に仕舞ってください。後は全て端に寄せて」
「わかりました!キミは久々知をそこに下ろしてくれ」
「はい……」
伊作に言われた通り、はぎこちない動きで汚れた襷を外し、眠っている久々知の事をなるべく揺り動かさないよう慎重に下ろした。新野は出来上がった1人分の収容スペースに久々知を寝かせると、さっそく診察を開始した。
「敵が毒を刃物に仕込んでいました……。久々知は……、その毒が回っています。でも……私が解毒剤を飲ませました。応急手当も、全て処置完了しています……」
「そうか、わかった。はどこか怪我をしているかい?」
「あたしは……大丈夫、です。私より、久々知をお願いします」
「そうか。悪いけれどここはもう一杯だから、廊下で待っていてくれ。久々知をここまで運んでくれて本当に良くやったね」
「はい」
は役目を終えて安堵したのか、戸を静かに閉めて廊下の壁に身をもたれさせた。
小松田は小松田で用事があるようで、保健室に久々知が運ばれたのを見届けるとさっさと立ち去っていた。
今廊下にいるのは1人だけ。目だけを動かし、空を見上げればまだ夜は深かった。けれども、いつの間にか雲が晴れて、今はほんの少し欠けた月が学園を照らし出している。
はホッと息を吐いて力をようやく抜いた。
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