護衛として入城した雷蔵との対面式は、重々しい空気に満ちていた。
御簾の向こうに座っているが、昨日人攫いに捕らえられたことは彦兵衛にも直ぐ伝えられた。護衛の責務を果たせなかった4人の行動に、彦兵衛は激怒した。しかし、ぐったりと青ざめた顔で雷蔵に支えられたを前に、そんな気は失せてしまった。
昨日の夜は4人に状況説明を任せて、は先に眠りについた。その後眠るの手を4人は無言で握りしめた。
しかし、そのときは眠ってなどいなかった。瞳を閉じ、ずっと考えていたのだ。
雷蔵が他の3人と共にに頭を深く下げた。

「初めまして。忍術学園から馳せ参じました、姫様の護衛をさせていただく不破雷蔵と申します。この鉢屋三郎と同じ姿をしていますが、三郎は変装で僕の顔を借りているんです」
(『姫様』か…)
「城下でお会いしたときは姫様とは気付かず、無礼な真似をしてしまい申し訳ありませんでした…」

城下で雷蔵と出会ったとき、咄嗟には自分の名前を名乗った。それはこの世界にいる誰にも教えていなかった、本当の名前だ。
自分の名前など、向こうの世界では何度も呼ばれていたはずだったのに、雷蔵に呼ばれて嬉しい気持ちになった。

(何をがっかりしてるんだ私。……だって、仕方のないことじゃない)

十六夜が本当は死んでいることも、自分が十六夜とは別人であることも、察してくれと言う方が間違いなのだから。
は香を焚き染めた扇子を広げて口元を覆う。

「気にしないでください、雷蔵くん。私も怪我をさせてしまったこと、本当にごめんなさい。それから……昨日言い忘れてしまっていたけれど、皆助けてくれてありがとう。私が勝手に外に出て行ったからあんなことになったのに……」

誰もを責めなかった。が十六夜として狙われているにも関わらず外へ飛び出したことを、誰も口に出そうとはしない。
竹谷は気にしている様子のに笑いかけた。

「姫を襲った野郎が悪いに決まってるだろ!姫が悪いわけじゃない。だからもう、あんな無茶しないでくれ」
「姫様、僕たちはあなたを護るために来ました。この程度の怪我は何てことありません」
「オレたちはまだ半人前とはいえ、忍の端くれです。だからそのようなお気遣いは無用です」
「…………」

はただ助けてもらったお礼を言っただけだ。それなのに、なぜか彼らに拒絶されているように思えてならない。

(私は忍者としての皆にお礼を言ったわけじゃないのに……)

いつもズレを感じてしまう。言葉を交えても、どこか擦れ違っている。
相変わらず三郎は黙ったままで、の行動を許したわけではなさそうだ。
雷蔵はムスッとしている三郎のことを肘で突いた。

「三郎、姫様の御前でその態度は失礼だよ」

三郎が雷蔵の肩をチラッと見る。紺の上着で隠れているが、その下には包帯が巻かれている。掠めた程度とはいえ、痛くないはずがない。しかも三郎が自分の意志では無いとは言え、斬ったことには違いない。

「……私は、もうこんなこと2度とごめんだね。姫サンがもっと自分の立場を理解する必要があるんじゃないのか?」
「三郎?!」

雷蔵が慌てたように声を荒げた。久々知も竹谷も彼の発言に硬直している。

「な?!なんという物言いを……!!」

彦兵衛が正座の姿勢から立ち上がろうとすると、が無言で視線を向けた。

「ごめんなさい、私が良いと言うまで黙って聞いていてくださいませんか?」
「……承知致しました」

彦兵衛は眉間に深い皺を作ったが、またその場に座り直した。
は御簾を隔てた4人を見つめ、溜め息を1つ吐くとこう言った。それはいつも通りの声色だったが、誰も想像していない言葉だった。

「奇遇だね、三郎くん。私もこんなことはもう2度とごめんだと思っていたところなんだ」
「十六夜姫……?」

が言わんとしていることが理解できず、久々知が声を洩らす。

「皆に1つお願いがあるの」
「何だ、姫?」
「僕たちに出来る事だったら何でもおっしゃってください」

は扇子に隠された口元を弧にする。





「帰ってください」





しん、と辺りが静まりかえる。がいったい何を言ったのかわからず、4人は目を見開くだけ。彦兵衛も同じような状態になった。
言葉を発した張本人のだけが普段と同じで、『えっと……』と困ったように言った。

「聞こえなかった?『帰ってください』と言ったんだけど」
「そ、それはいったいどういう意味なんだよ?!」

竹谷の声が思わず大声で聞き返した。他の3人も同じ想いのようで、困惑した様子である。

「姫様、帰って欲しいというのは……?」
「言葉通りで、キミたちは学園に帰って。もうこの国には来ないで、今日までの事は忘れて欲しい、という意味」
「どうしてそんな……っ」

丁寧に説明されたところで雷蔵も納得いくはずがなかった。このまま帰ってしまえば、は敵国である月陰国に暗殺されてしまう可能性が高い。少なくても、今の状況よりもっと悪くなるのは間違いない。
久々知が眉を寄せる。

「それはオレたちが頼りないからですか?」
「違う」
「僕たちが弱いから……?」
「違う」
「何か余計なことを言ったからか?!」
「違う」
「だ……だったら何で―――」
「私たちの事を思って、か?」
「「「?!」」」

三郎の予想もしない発言に護衛の3人は驚いた。けれども、言われてみればそうかもしれないと思う。
彼らの知るこの姫は心優しい。相手を気遣い、例え相手が敵だとしても思いやる気持ちを忘れない。
そんな彼女なら、護衛として派遣されてきたプロでもない自分たちの事を心配しているはず。昨日の出来事が益々心配の種を大きくしてしまったのだろう。

「姫様……、三郎の言っていることは本当ですか?」

答えようとしないに雷蔵が静かに尋ねた。





「違う」





私が、十六夜姫じゃないから。





「キミたちは、知らなくても良いことだよ」





私が、だから。






「納得出来ません」

久々知が厳しい表情で言った。ぎゅっと拳が握られる。

「納得なんてしなくても良いから、帰って。それが、私からキミたちへのお願い」
「忍務を遂行するまでは帰れません。授業の一環でもありますから」
「依頼主である私が帰って欲しいと言っているのに?」
「それは……っ」

護衛を依頼した側から一方的な解約。普通ならここで忍者は相手側に従うべきだ。けれども彼らはそれを不服と思ってしまう。
それは、まだ彼らが未熟な忍者だから?
それとも?
否。

(それとも、なんて無い)

彦兵衛が大人しくしていることを良いことに、竹谷が声を荒げた。

「姫!アンタはいつ暗殺されてもおかしくない状況にいるんだぜ?殺されたらどうするんだよ?」
「だから、私を大義名分にキミたちは人を殺す」

はっきりと通る声では言い切った。はそういう話題を意図的に避けているんだとばかり思っていたので驚いてしまう。
忍者という世界は遊びではない。命のやり取りも十分にあり得る話だ。
でも、の世界ではあり得ない。

「そんなの、私は嫌。キミたちが良くても、私は絶対に嫌」
「…………姫サン、オレたちはもう人を殺している」

『だからそんな心配は無用だ』と言わんばかりの答えに、は沈黙した。しかし、その沈黙も長くは続かない。

「だとしたら何なの?人をもう殺してるから、後何人、何十人、何百人殺しても同じだって事?」
「「「ッ!?」」」

4人の顔色が変わった。それは怒りを現している。
は笑った。笑っているが、その表情に感情は読み取れない。

「人殺しと言われて、怒れるんだ。だったら尚のこと、キミたちには帰ってもらわなきゃ。そうじゃなければ、これから先、もっとたくさんの人から人殺しと言われてしまうよ?」
「そうじゃないよ!あなたの口から聞くのが嫌なんだ!」

雷蔵は敬語を使うことも忘れた。ただ感情をそのままにぶつける。

「姫サン、アンタが死ぬとこの国は潰れる。潰れた後、どれだけの民が路頭に迷うと思う?姫という立場にあるなら民を護る義務がある」
「……帰って。私はその後月陰国と話し合いをするから」
「―――ッ!?綺麗事を言うな!!話し合いで解決できるほど甘くないんだよ!!毎日どこかで戦が起きている、明日生きられるかもわからない、この荒んだ世の中ではな!!」

三郎がついに沸点を超えてしまったようだ。元々三郎はこの4人の中で1番冷めた感情を持つ人間だった。けれども綺麗事が大嫌いだからこそ、誰よりも先に怒りを露わにしてみせた。吐き捨てるほど、人間の闇を見てきた彼だからこそ言える言葉なのかもしれない。
その場から立ち上がって声を荒げる三郎を、護衛の3人は誰も止めなかった。三郎の言う言葉を肯定するかのように。
はそんな三郎に初めて大声を出した。

「綺麗事を言って何が悪いの?!」

斬りつけるようなの反応は予想できないものだった。御簾と扇子に遮られて表情は見えないが、鬼姫の名に相応しい顔をしていることだろう。

「どんなに貧しくても、どんなに戦が激しくなっても、どんな時代でも、人の心は変わらない。同じだよ。言葉が存在する限り……話は出来る」

城下で見た人々の顔をは思い浮かべていた。三郎の言うように世の中は血で汚れてしまったかもしれないけれど、まだ活気が路溢れて人々には笑顔さえあった。

「綺麗事言ってるのは、自分でもわかっているよ」




覚悟を、決めた。




「私を仮に護るとしても、いつまで護り続けるの?私を護れても、また別の理由をつけられて戦争になるかもしれない。そんな事をずっとずっと繰り返すの?」
「それは……!」

竹谷は二の句を告げられず、ぐっと声を押し込めた。
戦の理由など、人質を暗殺する以外にも方法はあるだろう。例え姫を護れたとしても、また戦を仕掛ける大義名分が生み出されるのも時間の問題だ。

「命を懸けて戦う勇気があるなら、命を懸けて話し合う勇気を私は選びたい」
「長年いがみ合っている国同士だろう?今更相手が話し合いに応じると思うのか?私は、そうは思えない!」
「わかってもらえなくても、構わない。私は綺麗事でも、自分の考え方をを最後まで貫きたい。諦めたくないよ!私1人だけでも、そう考える人がいなくちゃ、この先も戦争はきっと起き続ける。そんなの、止めさせないとダメだよ!」
「どうしてそこまで背負うんだ?姫サンは、この光陽国の事だけを考えていれば良いじゃないか。月陰国の事まで太平に導きたいのか?争う2つの国があれば、どちらかがしか生き残れないのが当然だ」
「……誰も傷つかないで、争わない日々がきっと来る。少なくても、今より平和な時間がこの国に訪れる……。私はその世界を―――」





知っている。





「私は信じない。そんな世界なんて、私は―――」
「三郎、もう落ち着いて……!」
「三郎、それ以上は……」

この以上言い争っているのは、傍から見ていて辛い。そう判断した3人は、三郎を無理やり抑えこんで座らせた。三郎はを見ようともしない。
竹谷が三郎が落ち着くのを見届けてに言った。

「オレたちは忍者になろうと決めてここまできた。人の命を奪うことは修羅の道とわかっている。殺した人間の命を、オレたちは一生背負って生きいく覚悟はできているんだ」
「十六夜姫……、どうかわかってください」
「綺麗事を言っているのはキミたちの方じゃない」

ぴしゃりとは訴えを撥ね退けた。

「人の命を背負う?いったいどうやったらそんな事出来るの?」





ちゃん……、だ……いじょう、ぶ……?





「誰も他人の命を背負うことなんてできない。押し潰されてしまう。どれだけ命が重いのか、キミたちはわかっていないよ……」

の言葉は、まるで誰かの命を背負ったことがあるかのように聞こえた。

(姫様は……誰か大切な方の命を失ってしまったのだろうか)

雷蔵たちは姫を侮っていたことを反省した。世のことを何も知らされずに育った姫だとばかり思っていたが、そういうわけでもないらしい。

「ともかく、私の気持ちは変わらないから。学園に帰って」
「しかし……!」

食い下がる久々知には赤い瞳を向ける。

「ねぇ……だったら教えてよ」
「「「!」」」
「キミたちは、人を殺すとき……何を考えているの?」
















「―――何も……考えていない?」
「そうじゃ」

土井の言葉に、学園長はお茶を啜りながら答えた。カコン、という獅子落としの音が静かな庭園に響く。

「ときどき、そういった生徒が出るんじゃよ。怖いとも、悲しいとも、楽しいとさえも答えられない生徒がな」
「それが……、今回護衛の忍務を与えた4人、というわけですね」

学園長は湯呑を置いて頷く。
5年生から人を殺める実習が開始される。場数を少しずつ増やしていった頃が1番危ない。命を絶つことに慣れ始めた頃こそ、人としてずれていく時期なのだ。そのときを見計らって、生徒たちの担任は精神的な面を視るのである。
土井は疑問に感じていた。月陰国と光陽国の問題はプロの忍者でも簡単にはこなせないような内容。それをわざわざ5年生に与えるのは不自然だった。

「土井先生、わしは現役の頃に殺しを何とも感じていない、殺す時に何も考えていない忍に出会ったことがある。彼らは皆悲惨な末路を辿り、無益な争いを生んでいった」
「アイツらも、そうなってしまうと?」
「恐らくな」
「学園長……」
「手紙を寄こした知人は、光陰国の鬼姫を仕事で少し拝見したことがあるという。話を聞く限り、姫は大変心優しい御方で、常に民のことをお考えだと聞く」
「けれど……」

土井は言い難そうに言葉を濁した。
鬼姫と呼ばれる十六夜。彼女の評判は、彼女の想いとは別に悪いものばかりだった。鬼の城からやって来たと民からは恐れられていたのだから。

「民に好かれずとも、自分を叱咤し国を支えようとしてきた。そんな御方ならば、きっと生徒たちにも良い影響を与えてくださるじゃろうて」
「そうでしたか……」

学園長の言葉に頷くと、土井は自分が担任を務めている1年は組の生徒たちの事を思い浮かべた。

「忍という文字は、心に刃を持つと書くじゃろう?心を失えば、刃しか残らぬ。それはもはや忍ではなく、ただの血に飢えた獣じゃよ。わしは……、自分の教え子がそうなってしまうのを見たくはないのじゃ」

忍道は修羅。情けは無用。
けれども……。

「忍びを育てる学園の長としては、甘い考えかもしれぬがな」
「いえ、そんなことはありませんよ」

目を細める土井に学園長もまた老いた目を細めた。

「しかし……」
「何です?」
「もしこの忍務に失敗したそのときは、あの子たちを退学させるつもりじゃよ」
「ほ、本気ですか?!」

学園長は驚く土井に深く頷いてみせた。

「将来、鬼と化してしまうかもしれない者に忍術を教えることは出来ぬ」
「そう、ですか……」

かなり強い気持ちでこの忍務を与えたらしい。けれども与えられた側はそんな事になっているとは全く知らないだろう。

(それを悟られないようにしたんだろうけど)

土井は学園長の不器用なやり方に溜め息を漏らした。しかし、目の前にいる老人の瞳が、先ほどと違っていることに気が付き顔を引き締めた。
氷のような冷たい瞳。まるで現役時代だった頃を思い浮かべるような、そんな目をしている。
僅かに遅れて土井も異変に気付いた。鼻腔を僅かに擽る火薬の臭いに。

「土井先生、わしらものんびり茶を飲んでいる場合じゃなくなったようじゃの」
「そのようです、ね!!」

土井はそう叫ぶと畳を蹴り、庵から風のように消えていった。
それと同時に、学園内から真っ黒な煙が立ち上ったのである。
















旅支度をした少年4人が山の小道を登って行く。日が高く登っている。時折風が吹き、彼らの長い髪を揺らした。

「ったくよー、結局オレたちは帰されたわけだが、姫は護衛も無しにどうするつもりなんだ……」

竹谷が焦ったように呟いた。

「んなこと知るか。姫サンが決めたことだし、私たちが口を出すところでもないだろ?もう解雇されちまったんだからな。だいたい話し合いなんかで解決できるんだったら、とっくの昔に解決してるだろーが」

イライラしたように三郎が呟くと、竹谷は唸った。

「けどさ、本当に話し合ったりしたのか……?って思うんだ」
「どういうことだ?」
「お前が言うように、話し合いで解決できるなら解決出来てるって……。2つの国の因縁はずっと昔から続いているらしいから、話し合ったかどうかはわかんねぇだろ?もし話し合ったとしても昔のことだ。昔の人間の恨みを今の人間が全部引き継いでいくなんて……おかしな話だ」
「八左ヱ門……、お前まで甘いことを言うのか?」

口を尖らせる三郎が竹谷に迫る。
世の中はそんなに甘くない。それは、忍者を目指す彼らならば身に染みてわかっているはずだ。
の言葉が何かを動かしている。暗殺されるかもしれないという立場でありながら、自分を狙う相手の命さえ無碍にできないの言葉が。

「だいたい、姫サンが外に出なければこんな事にはならなかったんだ。何でまた団子を買いに出たんだよ?頼めばいくらでも私たちが買ってくるっていうのに」

三郎の言う通りで、姫としての立場で命令すれば団子をいくらでも城下町から運んでくることが出来る。わざわざ危険を冒してまで外へ出る必要性が思いつかなかった。
雷蔵はハッとなって言った。

「僕は姫様と知らずに団子屋に案内したんだけど、姫様は『いつも傍にいて助けてくれる人にお礼がしたい』っておっしゃっていたんだ……」

雷蔵の言葉に沈黙が訪れる。傍にいて助けてくれるという人物……、直ぐに自分たちを指していると気づいたから。

「何だよそれ……。そんなことのために……」

いや、それじゃあまるで―――

「三郎、姫の性格を考えてみろよ?姫にとっては『そんなこと』じゃないんだろ」

お礼は、自分の手でしたい。あの姫ならば言いそうなことだった。
地面に落ち、泥まみれで黒く汚れた団子を思い出すと、4人の胸にちくりと痛みが走る。それを振り払うように久々知が呟いた。

「しかし……、あの質問にも答えられなかったんだから、こうなって当然なのかもな」

彼が言う『あの質問』とは、の言っていた言葉だ。

「……ねぇ、どうして答えられなかったの?」

俯いたままの雷蔵の言葉に、3人は黙った。
そう、3人とも答えられなかったのだ。『人を殺すときに何を考えているのか?』という質問に。面白いくらいに言葉が出てこなかった。

「もしかして、僕たちは同じことを考えていたんじゃないかな……?」
「……!?それって―――」

竹谷が何かを言おうとしたとき、ふいに顔を上げた。空は晴天で雲1つ無い。突然の行動に3人が疑問に思って空を見上げた。けれども、何も見えない。ただの青空が広がっているだけである。

「八左ヱ門、どうした?」
「今、羽音が聞こえたような……」

そう呟いたとき、青空の中に大きな鳥の姿が現れた。それは遠目からでもわかる、立派な鷹の姿だった。
竹谷が2本指を揃えて口に咥えると、口笛を吹いた。するとその口笛に反応した鷹が竹谷に向かって真っすぐに急降下してくる。3人は慌てて竹谷から少し離れた。
鷹は竹谷の肩に留まると、ゆっくりと大きな翼を畳んだ。柔らかな羽毛に包まれた頭を竹谷は『よしよし』と撫でる。

「やっぱりお前か、日光」
「この鷹、八左ヱ門と知り合いなの?」
「ああ。光陽国で飼われている鷹で日光という名前なんだ」
「お前見分けがつくんだな。しかし、またどうしてこんなところに……?」

三郎は大人しくしている月光を見つめた。この鷹は、十六夜の養父の形見でもあると聞いている。そんな大切な鷹がこの場所を飛んでいるはずがない。

「おい八左ヱ門!この鷹、羽に血が……」
「何?!」

久々知が心配そうに声をかけると、竹谷は眼の色が変わった。流石は生物委員といったところである。人間の拳ほどの面積に血が付着している。完全に固まりきっていない状態だ。
日光を自分の手甲に移動させ、片手で翼を調べる。血のついた部分を調べたが、特に外傷は見当たらない。先ほどまで元気に飛んでいたのだから問題はなさそうだ。

「この血は、日光のものじゃないな」

城で大切に飼われているはずのオオタカが、ここまで飛んできた。しかも、この鷹のものではない血をつけている。





この血は、誰のもの?





日光を見たことがない雷蔵にも、今がどんな状況なのか理解出来、弾かれたように叫んだ。

「城が……、姫様が危ない!!」






第八夜 彷徨う心の刃