城の裏手に、鷹狩りに使われている鷹の飼育小屋があると聞いたので、竹谷はさっそく小屋の前に行ってみた。
広い小屋の中で2羽の鷹が息を潜めてじっとしていた。一目で竹谷はオオタカという種類であることに気付いた。黒と灰色の美しい羽を持ち、朱色の瞳は鋭い。どっしりとした、空の王者に相応しい体格をしている。健康状態もかなり良好らしい。
「左が月光で、右が日光か?」
飼育している係りの者に話を聞いたところ、2匹は兄弟らしい。少し体格が小さい方が月光という名前だと聞いた。2匹は特に警戒する様子もなく、じっと竹谷のことを見つめていた。
鷹を絶対に逃がさないことを条件に鍵を借りていたので、動物大好きな竹谷は小屋の鍵を開けた。扉を開けると、2匹は自然と竹谷の傍に寄って来た。ちょこちょこ歩く仕草はその姿に比べて愛らしい。
「よしよし、良い子だ」
かなり訓練されているようで、月光も日光も人間に対して敵意を持っていない。少なくても竹谷のことは危険だと思っていないようだ。
バサバサと羽ばたく動作を繰り返している。それに応えて竹谷は革の手袋をはめ、その手を差し出す。すると日光が竹谷の手に飛び乗った。ガッチリと鋭い鍵爪が竹谷の手を掴んだ。
「結構重いな、お前」
緩やかなカーブを描く頭を指で撫でてやると、気持ち良さそうに瞳を閉じた。自然と竹谷の表情が笑顔に変わっていく。
小屋で待機していた月光がピクッと顔を上げた。目つきが鋭くなり、竹谷が来た道を睨んでいる。それは日光も同じだった。首を傾げながら2匹が睨みつける方向に視線を移すと、美しい黒髪の少女が現れた。この城の主である姫だった。
「おはよう、八左ヱ門くん」
「姫、おはよう!あ、これはちゃんと許可をもらっているから誤解しないで」
「え?違うよ、怒ったりしないから」
「良かったぁ」
は打ち掛けの裾を汚さないように持ち上げながら言った。
「こんなところに鷹を飼っているなんて知らなかったから、ちょっとびっくりした」
「え?姫の父上の鷹だって聞いていたんだけど、違うのか?」
元々2匹の鷹は、亡くなった十六夜の養父が好んで飼っていたものだ。いわば十六夜にとって形見の品。十六夜は『自分の許可を取らなくても大切に扱ってくれれば構わない』と言っていた。とはいえ、父親の形見を本人の認知が無いまま扱うのは良くないことだ。
しかし、は竹谷が鷹の飼育小屋にいることをあまり驚いていない様子である。当然だ。は十六夜ではないのだから。
(うわ、マズい……、それじゃあ十六夜姫が知らないはず無いじゃない……!)
思わぬ失言では内心焦っていた。
「あ……えっと、私も触って良い?」
「もちろん!!」
は誤魔化すように日光に触れた。日光は抵抗することなくに撫でられていた。
今は可愛らしいが、このオオタカにも鋭い鉤爪がある。
(……この前の話でわかったように、八左ヱ門くんたちは一般市民じゃない。少なくても、私の知っている常識は通じないんだから……気を付けないと)
忍者がどのようなものであるかを聞いたとき、実際に手裏剣や苦無を使っているところを見せてもらった。磨き抜かれた刃は的に鈍い音を立てて突き刺さり、全て真ん中に命中していた。
あの的が人間だたったらどうだろう?鋭利な刃物が刺されば血が吹き出るし、目に当たれば失明してしまう。
(あの道具は全て人を傷つけるため、もしくは殺すために作られた……)
が生きる現代の日本には、人を殺傷する目的で作られる刃物は見かけない。
今がいるのは戦国時代。死は常に近い場所に存在しているのだ。
しかし、にはそれ以上に怖いことがあった。
(あの子たちは、武器を持っていてもずっと笑っていた)
の世界にも殺人事件は起きる。けれども公平に裁かれる機関がちゃんと存在している。だが、この世界は誰も裁かないし共通のルールを作ろうとしない。自分の考えだけで手を赤く染めていくのだ。
被害者がもしも加害者に復讐できるのだとしたら、世界は混沌としてしまうだろう。被害者が加害者を殺し、被害者が加害者になる。この連鎖が永遠に続いてしまう。各地で戦争だって起きてしまうはずだ。
(誰もこの不毛な連鎖を止めようとはしないのか……。いえ、あの子たちが悪いわけじゃない。誰も悪くないんだ……)
まだ14歳の彼らが、好き好んで相手を傷つけるようには思えない。命の奪い合いが近いところで行われている世界では、生きていくために必要な手段の1つなのかもしれない。
どの道、今はまだ味方だ。
ずっと黙っているに、竹谷が気遣うように言った。
「姫、どうしたんだ?眉間に皺が寄っているぞ」
「あ……、ううん。気にしないで。八左ヱ門くんは鳥が好きなの?」
「鳥っていうか、動物が好きだな。みんな可愛くて!」
「そっか、生物委員だもんね。育てるのが得意だったり?」
「ああ。それにだいたいの動物はわかるぞ」
「へぇ。学園ではどんな動物を飼っているの?」
も動物は好きな方だ。自宅では犬と猫を飼っている。
忍者は暗殺業もしているということで気が引けていたが、動物好き同士ならば会話も弾むだろう。自然との顔に笑みが浮かぶ―――
「毒虫や毒を持った爬虫類を飼っているよ」
はずだった。
「毒虫……?っていうと、サソリとか蛇とか……そういう?」
「そうそう、姫はサソリを知っているんだな。博識!」
「いや……、あんまり嬉しくないんですけど。何で毒虫を飼ってるの?」
「それはもちろん―――」
「あ〜〜〜〜、言わなくても良い。もうわかったから」
何に使用するのかがもうわかったらしく、は苦笑するしかなかった。
「こんなところにいたのか」
「おお、皆来たか」
「おはようございます、十六夜姫」
「おはよう兵助くん。三郎くんもおはよう」
「おはよう、姫サン。で、いったい何してるんだ?」
護衛のメンバーがここで揃った。
三郎は竹谷とを交互に見ると、ニヤニヤ笑い出した。竹谷は自分との距離がとても近い事に気づいて頬を赤くした。そして日光を庇うようにしながら直ぐに離れた。
「三郎が思うなことは何もねぇよっ!ただ、得意なことについて話をしていただけだ。そうだよな、姫?」
「あ、うん。そうだよ」
微妙に内容が違うのだが、竹谷に助け舟を出した方が良いと判断し、は首を縦に振った。
「得意なこと?」
「そうそう。八左ヱ門くんはこんな風に、動物の世話をするのが得意だとか」
竹谷は日光を小屋に戻して鍵を閉めた。日光は月光の隣に行くと目を細める。
「私は変装が得意だ」
「変装?」
「ああ、誰にでもそっくりに化けることが出来る。もちろん姫君、あなた様になることだって容易いですよ?」
(私……?に、って事?)
はその瞬間ブッと吹き出して笑ってしまった。口元を覆って笑いを堪えるが、どうにも止まらないらしく、今度は腹を抱えて笑い出してしまった。
今のは十六夜の身体に入っている。勿論本人の身体ではないのだから、三郎がいくら頑張ってもの姿になることは当然できない。
この様子には得意げに話していた三郎もムッとなる。
「姫サン、信じてないな?」
「だって、そんなこと出来ないはずだよ」
『だったら』と呟いて三郎はくるくるっと高速で回転した。そして次に三郎が足を止めたとき、そこには三郎ではなく十六夜の姿があった。サラッと長い黒髪も、陶磁器のように白い肌も、色はさすがに黒いが大きな瞳も、十六夜にそっくりな顔をしているではないか。
は目を丸くして三郎の変装術に驚いている。自然と拍手してしまうほどに。
「おーっ。何だか手品みたいだね」
「そっくりだろ?」
「身体は男だがな」
「うるせぇな兵助!」
顔は変装できても女の身体になることはできないらしく、久々知に指摘されて三郎は口を尖がらせた。
は困ったような笑顔で口を開き、首の後ろに手をやった。
「すごく似ているけど、すごく似ていないね」
学園長からの命を受けて、先に光陽国を目指した三郎。その後を今度は雷蔵が追いかける。
支度をして学園長の庵に入ると、学園長とヘムヘムが囲碁をしているところだった。一瞬足を止めてしまった雷蔵だったが、学園長が囲碁盤から目を離して『そこに座りなさい』と言う。雷蔵はその指示に従って畳の上に膝を折った。持ってきた小さな荷物と刀を横に置く。
「本日、光陽国へ行くのだったな」
「はい。委員会の都合で遅れてしまいましたが……」
本来ならば委員会よりも忍務を優先するべきだったのだが、図書委員会所属の雷蔵は新刊本の陳列と古本の整理におわれていたのだ。結局、竹谷と久々知を追った三郎よりも、3日遅れて出発することになってしまった。
「三郎はもう到着しているかもしれませんね」
「もう到着しておるよ」
「え?!それは早いですね―――って、なぜご存じなのですか?」
学園長は懐から折り畳まれた文を取り出した。
「雷蔵」
「はい」
「わしの知人の弟子からまた連絡が入った。どうやら、月陰国の動きが止まったようなのじゃ」
「え……?」
「戦の準備をあれほど活発に行っていたにも関わらず、じゃ」
「それは……妙な話ですね」
戦とは事前にさまざまな打ち合わせがある。最終手段として戦という選択を取ったのであれば、そう簡単に動きが止まるはずがない。
学園長は眉間の皺を更に深くした。
「三郎から、月陰国側の者と思われる忍者につけられたと文が届いた」
「三郎が……!?それで、大丈夫だったんですか?」
「変装して撒いたと書いてある」
「そうですか、良かった」
雷蔵はホッ胸を撫で下ろす。しかし直ぐ厳しい表情に変わった。
「戦の準備は止まっているのに、忍者には尾行される……。これは明らかに矛盾していますよね」
「その通り。戦は直ぐに起きずとも、何か向こうに考えがあるのじゃろう。くれぐれも油断せぬよう、気を付けて行くんじゃぞ」
「御意に」
頭を下げ、短い返事を残した雷蔵の姿は瞬きをしている間に消えてしまった。
相変わらず許可が出ないので、はまた独りきりの夕食だった。
どの料理も、薄味でありながら食材そのものの旨味を引き出している。現代とは違って調味料が豊富ではない分、いろいろと味付けに工夫しているのだろう。
夕食の後は護衛の3人を呼んでゲームをすることにした。だが、何をするのか決まらない。
そこで、は囲碁の白駒と黒駒を使いオセロを提案した。専用のボードが無いため、紙に書いて手作りした。
もちろん3人はオセロを知らない。久々知が『南蛮の遊びですか?』と尋ねるた。は『日本で生まれた遊びだよ』と返せば、当然驚きの声が上がった。
ルールはごく簡単なため、初心者の3人も直ぐに慣れてしまう。4人は楽しい時間を過ごすことができた。
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「ふあ……」
「十六夜姫、もうお休みになりますか?」
ドキッと心臓が跳ねた。
「……あ……、うん。夢中だったから時間を忘れてたね」
「ちくしょー!今度は三郎に勝ってやるからな!!」
「わははは!受けて立つぞ!!」
睨み合っている2人を余所に久々知は黙々と片付けをしている。慌てて手伝おうとすると、『大丈夫です』という返事があった。
「ごめん、私が言い出したのに」
「いえ、楽しい遊びを教えてもらいましたから」
「……兵助くんは良い子だね」
が微笑むと久々知はカッと顔を赤くした。
「あ!もしかして怒った?」
の年齢が元々18歳ということもあり、つい彼らを子供扱いしてしまう。久々知は顔を赤くしたままそっぽを向いて、『何でもありませんので、あまり見ないでください』と小さく呟いた。
ギャイギャイとケンカをしている2人の耳を引っ掴んで久々知は黙らせた。
「ここで騒がしくするな」
「いでででででわかったから離せよ兵助!」
「いででででで姫サン、それじゃ良い夢見ろよ」
『良い夢』という言葉にの心臓が再び脈打った。
そして気づくと、
「……姫サン?」
部屋から立ち去ろうとする三郎の装束を掴んでいた。
「…………あ」
数秒間目が合い、我に返ったが三郎から手をパッと離した。誤魔化すように笑いながら、掴んでいた右手をブンブン振る。
「ごめんなさい、私ったら何してるんだろ……あははは」
「姫どうしたんだ?何かオレたちに用事があるなら遠慮なく言ってくれよ」
「ううん、本当に大丈夫だから。だから―――」
ぎゅっと右手を握りしめた。
「忘れて、ね」
しんとなる部屋にの声が響いた。
「わかりました。何かあれば直ぐに呼んでください」
3人は様子がおかしいと思いながらも、の言うとおりそれ以上追及しなかった。そしてを残して部屋を出た。
行灯の小さな明かりだけとなったの部屋に、大きな溜め息が零れる。陶磁器のような肌が、今は羞恥にまみれて真っ赤である。熱い頬に両手を当てて俯いた。
(うわ〜〜〜恥ずかしい!小さい子供じゃあるまいし、何してるの自分!)
自分が彼らよりも年上である事、自分らしくない態度に自己嫌悪の嵐が吹き荒れた。穴があったら入りたいとはまさにこのことである。
(『一緒にいて欲しい』とか口走らなかったのがせめてもの救いだ……)
が見ている夢は普通の夢とは違う。毎晩毎晩刀で刺し貫かれて殺される、何とも残酷な夢だ。しかも痛みこそは感じないが、刀が自分の身体を通る感触がリアルに伝わってくる。何度体験しても慣れるはずがない不快感に目が覚めてしまう。
誰かに救いを求めてしまってもおかしくない、そんな夢だ。
(夢なんだし、誰かに頼ったって解決できるわけないのに……)
繰り返される悪夢。
予知夢。
近い将来、それは現実になる夢。
「よりによって三郎くんのを掴むなんて、ね」
は行灯に手をかけ、そっと火を吹き消した。部屋に暗闇が満ちる。
夜着に着替えたは柔らかな布団の中へ入った。ひんやりとした冷たさが足からのぼってくる。
何かに耐えるように、はぎゅっと瞳を閉じた。
誰も私を護ってくれる人はいない。
独りでどうにかしなくちゃいけない。
わかっている。
私は独りきりだと。
だから、
せめて夢では、
優しくあって欲しい。
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