「―――あっ?!」
は勢い良く飛び起きた。呼吸が乱れ、額には汗が滲んでいる。心臓の音が激しく、ぎゅっと掛け布団を握りしめた。またしてもあの夢を見たのだ。
「はぁ……はぁ……、また夢だ……」
自分の無事を確かめるようには胸の辺りに手をやる。貫かれた刀はどこにも刺さっていない。
けれども、今回の夢はいつもと違うところが一ヶ所だけあった。それは、胸を貫通した刀の感触があったことだ。異物が自分の内部へと侵入していく、深い極まりない感覚だった。冷たい刀が熱い体内に突き刺さったとき、痛みこそ感じないもののは苦々しく顔を歪めた。
ただでさえ現実と間違えてしまうほどだというのに、今度は刀が体内を突き抜ける感触まで伝わってきた。
(冷たくて、酷く嫌な感じだった……。まるで本当に刀が私を貫通したみたいに)
汗で張り付いた前髪を払いながら思う。
(少しずつ、予知夢がリアルになってきている?)
ふと、は自分が布団に入っていることを疑問に感じた。昨晩は布団に入った記憶が無いからだ。そして昨夜の出来事をようやく思い出す。
(鉢屋三郎くん……だっけ。私を何度も夢の中で殺してきた男に似ている)
いや、似ているというよりも同じと考えるべきだろう。あの顔を見たときの衝撃は忘れられない。人生で最も驚いたのではないかと思うった。
彦兵衛に言われた通り、今まで視てきた夢の内容は全て予知となり現実になった。十六夜が持つ百発百中の予知は嘘じゃないらしい。
「……そうなると、あの三郎って子が……」
予知夢が命の危機を知らせている、と考えるのが自然だろう。
「あーわけわかんないっ!!」
はスパン!と音を立てて襖を開けた。朝日が眩しく輝いている。新鮮な空気を肺に思いきり吸い込み、ごちゃごちゃした頭をすっきり冴えさせる。吹く風が、恐怖で火照った身体を心地良く冷やしてくれた。
三郎は竹谷と久々知とは親しい仲のようだ。三郎のことは良く知らないが、あの2人のことはほんの少しだけわかる。照れた笑顔が可愛らしい子供たちということである。その2人と仲が良い三郎なら、自分に危害を加えないと少しは信じたい。
(本当に十六夜姫の命を狙っているんだとしても、予知能力があることはきっと知らないはず)
予知能力は遣いようによっては驚異にもなる。彦兵衛もそう簡単には外部に秘密を漏らしたりしないだろう。
(あれ?そういえば、私……十六夜姫は生きてるじゃない。それこそ変な話なんじゃないの?)
三郎が十六夜を殺そうとしているのならば、昨夜の倒れたときが好機だったはず。あの場にいたのは三郎と同じ学園の2人だけだ。暗殺するにはもってこいのタイミングにも関わらず、こうして今も十六夜としては生きている。
(今直ぐに殺そうと考えているわけじゃないみたい。もしかすると、三郎くんだけに暗殺指令が来ていたから、他の2人の前じゃ殺せなかった……?)
とりあえず直ぐに殺されるという可能性は低いと見た。
はブンブンと首を振った。
(いやいやいや、私は忍者というものに詳しくない。どんなことをしている集団なのか、もっと知るべきだよね。むやみに人を疑うのも良くない。考えるのは色々話を聞いてから!それからにしよう)
この時代の常識はもちろんのこと、は忍者について殆ど知らない。考えをまとめるには、もっと情報が必要だった。
は十六夜の身体に入っているが、この時代よりもずっと平和な世界に生きる現代人である。ここで姫の暗殺などという事件に巻き込まれれば、さらに元の世界へ帰る方法などわからなくなってしまう。
「姫様、お目覚めですか?」
「え、あ、はい。おはようございます」
襖の向こうから彦兵衛の声が聞こえてきた。すっかり考え事をしていたので、彦兵衛の声に軽く驚いてしまった。
昨日は倒れたの様子に顔を青くし、護衛である忍たまたちを叱りつけた。そして三郎を見るなり『曲者ーー!!』と予想通りの展開になったことをは知らない。
「姫様にまた新たな護衛が加わりましたので、顔合わせを行います。朝食後に大広間へお越しくださいませ」
「わかりました」
短く返事をすると、彦兵衛の気配は消えていた。
は深く溜め息を吐く。今まで生きてきた中で、こんなに丁寧に扱われたのは生まれて初めてだ。それに、まだ自分が命を狙われていると実感できない。殺される、などという物騒な経験は掠りもしていないのだから当然である。
「やっぱり慣れないなぁ……」
が黒髪の頭を掻くと、侍女たちが着替えの手伝いにやって来た。キツく絞められる帯も、は慣れることがなかった。
(体調はもう大丈夫。だから落ち着かないとね)
朝食後、大広間で彦兵衛も交えて三郎との顔合わせが行われた。しかし、御簾の向こうにいるは竹谷と久々知のときとは違って緊張する。
それもそのはずだ。恐らく予知夢と思われる夢の中で、何度も自分を刀で刺殺してきた男と三郎は同じ顔をしているのだから。
「私は鉢屋三郎と申します。久々知、竹谷と同じく忍術学園より馳せ参じました。十六夜姫様の警護をこれからさせていただきます」
三郎が昨日とは全く別人の態度でに向い、頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
御簾の隙間から僅かに見える紺色の忍装束に、疑問の視線を投げかける。2人の同級生の中央で正座している三郎の姿は、やはりあの夢の男と同じ姿をしていた。まるで、夢の中から抜け出してきたかのように。
(うわぁ、本当に同じ顔してる)
昨夜は三郎を見るなり、は思わず逃げ出してしまいそうになった。酷く動揺している顔を三郎にも見せてしまっただろう。『人殺し!』と叫ばなかっただけマシなのかもしれない。
(一緒に夕食を食べられなかったな……)
密かに楽しみにしていた大勢での食事を思うと、胸の真ん中がきゅうっと傷む。
(……今はそれより、話を聞いてみよう)
は御簾の傍で控えて座っている彦兵衛に声をかけた。
「彦兵衛さん、3人と話がしたいので席を外していただけませんか?」
「姫様……。承知しました」
少し間があったものの、彦兵衛はの言う通り大広間を後にした。しかし、出る直前で3人の護衛を睨みつける。も気づいているが、彦兵衛には何かしろ忍者という立場の人間に憎悪を抱いているようだ。
大広間に残された3人の前にバサッと御簾を越え、は姿を現した。三郎を含め、彼らがのことを昼間に見るには初めてである。
月の光りだけを浴びているかのように白い肌と、真紅の瞳。夜空を連想させる黒髪は濡れたように艶やかだ。朱の打ち掛けから見える手は白魚のよう。浮世離れした十六夜の身体は、3人の目を釘付けにしてしまう。
(気持はわかるけど、視線が痛いな……)
けれども、同性のだって見惚れてしまうような姿を十六夜はしているのだ。他人の身体なので照れたりせず冷静に対応できる。困ったようにが微笑みかけると、3人はハッと我に返った。
「申し訳ありませ―――」
「久々知くん」
「あ、はい」
謝ろうと土下座しかかった久々知の傍には近づいた。
「久々知くんのこと、兵助くんって呼んでも大丈夫?」
「はい、もちろんです」
「竹谷くんも鉢屋くんも、名前で呼んでも良いかな?」
「もちろん!」
「良いぜ」
竹谷も三郎もニカッと明るい笑顔を返してくれる。も一安心だ。
「じゃあさっそくだけど兵助くん、八左ヱ門くん、三郎くん、忍者のこととかいろいろ教えて欲しいんだけど」
すると3人は口を閉ざしてしまった。直球過ぎただろうかとは困惑する。久々知がが『うーん』と唸った。
「え?あの、私もしかして聞いてはいけないことを聞いた?」
「いや……その、一応忍術学園のことはあまり公言しないことになっているんです」
(なかなか本格的なんだ)
忍者とは文字通り【忍ぶ者】。居場所が知れ渡ってしまうのは避けたいようだ。
(でも、公言していないんだったらどうやって護衛の依頼をしたんだろう?)
竹谷は明るく切り返す。
「別に良いんじゃないか?喋っても」
「オレもそう思う。しばらく一緒にいるんだったら、知っておくべきこともあるだろ?」
「……まぁそうかもな」
どうやら久々知も納得したらしく、こくんと頷いた。
「オレたち忍たまは忍者の卵で、忍術学園に通っている。最下級生が10歳、最上級生が15歳なんだ」
「つまり6年間学ぶってことなんだね」
「そうです。忍者は主に間者として城や戦の偵察、または暗殺を仕事としています」
「あ、あんさつ?暗殺って……、人を殺すってこと?」
「?そうですけど」
久々知は大したこと無いというような顔で言った。他の2人もがなぜ驚いているのかわかっていない様子である。
からすれば大問題だ。確かに忍者は暗殺などを請け負うという話を聞いたことがある。けれどもこんなにあっさりと口にできるだろうか?
(今の会話はすっごくおかしくない?『暗殺を仕事にしています』なんて、まるで『人殺しを自分は平気でします』って言っているようなものじゃない……?!)
の世界にこんな物騒なことを口にする14歳は見たことがない。
「話続けてもいいか?」
「え?あ、うん……どうぞ」
三郎がの返事を待って話を続けた。もとりあえずその話題を流すことにした。
「学園に入学したら、6年間忍者としてのさまざまな知識と技術を叩きこむ。忍具の扱いや敵と遭遇したときの対処方法、兵法とかな」
「後は人との話し方なんていうのも入ってるぜ」
「へぇ。やっぱり話上手の方が偵察しやすいから?」
「まぁそんなところ」
「他にもくのたまっていう女の忍者、くの一がいます」
「女の子も忍者になる子がいるんだ」
「くの一は男の忍者よりもずっと怖いぜ〜」
「うーん、それはなんとなくわかるかも」
竹谷がニヤニヤしながら言うと、も苦笑しながら首の後ろに手をやる。女というのはどこの世界でも男を尻に敷くものらしい。
「オレたちは5年生に当たります」
「ってことは、上級生がいるんだね。どんな人?」
「「「…………」」」
「……あれ?」
何かまずいことでも聞いてしまったのか、5年生の彼らは黙ってしまう。とても14歳とは思えない哀愁が漂ってきた。
「すごい人たちばっかりですよ、ホントに」
「委員会予算を削りまくったりしてさぁ……。オレ代理で委員長やってるから全然口答えできねぇし」
「た、大変なんだね……」
「私もちょっと悪戯しただけなのに、焙烙火矢を投げつけられたしよー」
「「それはお前が悪い」」
竹谷と久々知の息が合ったツッコミに思わず笑みが零れた。
「でも、実戦なら頼りになる人ばっかりですよ。尊敬しています」
「怒らせると怖い人たちばっかりだけどな」
「何だかんだで、な。あの人たち、下級生には甘いし」
「良い先輩たちなんだね」
「いろんな意味で当てはまりますけど」
『あ、そうだ』と三郎が唐突に手を叩く。そして、他の3人の頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。
城の中庭でバシン、バシンという重い音が響いた。竹谷と久々知が組み手をしているのである。流れるように拳や足がぶつかり合い、それは演舞のようである。
『見た方が早い』という三郎の提案で、は忍者の鍛練を見せてもらうことになったのだ。
は2人の華麗で力強い動きに思わず拍手をした。
「すごいね!良くそんなに身体が動くなぁ」
「訓練していますからね。そんなにすごいものじゃないです」
「いや、私からすれば充分すごいよ」
「姫にこんな動きができるんだったら、護衛なんていらねぇな」
竹谷が爽やかに笑った。
「でも、忍者は基本的に『戦わずして勝つ』なので、鍛練よりも情報収集に力を入れている部分がありますよ」
「じゃあ、さ……、刀も使うの?」
の脳裏に、夢の中で何度も貫かれた光景が浮かんできた。その感触もやけにリアルだったことを思うと、自然と声が低くなる。
「使うぜ」
三郎はどこからかサッと刀を取り出すと、慣れた手付きで鞘から抜いた。
「!?」
鈍色に光る刀を持つ三郎の姿が、予知夢の男と重なる。はビクッと肩を震わせた。
「これでちょっと今やってみても―――」
「や、止めてっ!」
の大声に3人が今度はビクッとした。視線が集まる。はハッとなって口元を手で押さえ、誤魔化すように笑ってみせた。
「ごめんね、大声出して……。でも、刀は城内で基本的に抜いちゃいけないことになってるから……。えっと……、そうだ!手裏剣をやって見せてよ。そっちの方が忍者っぽいし」
「姫サン、大丈夫だ」
「え……?」
気づくと、は3人に見つめられていた。それは優しくて、を安心させるような眼差しだった。
「そんなに怯えなくても、私たちが姫サンのことを護ってやる。姫サンを狙っているヤツらなんて全部私たちに任せて、ドーンと構えていろよ。な?」
「三郎くん……」
「そうだって!オレたちはまだプロじゃないけど、それなりに実力があるから護衛として命を受けたんだしな」
「どんな手段を使っても、忍務を遂行する。それが忍者であり、オレたちの仕事ですから」
「八左ヱ門くん、兵助くんも……」
どうやら彼らは昨日、が三郎に怯えていたのを見て、外から狙ってくる暗殺者と三郎を勘違いしたんだと思っているようだ。
まだ15歳の姫にとって、敵国から命を狙われるというのはとても恐ろしいはず。しかも、派遣された護衛は忍者としてはまだ未熟な忍たまだ。自分をちゃんと護ってもらえるか不安なんじゃないかと3人は考えた。だからこそ、こうやってに自分たちの実力を見てもらって安心させようとしているのだ。恐らくの瞳が赤いことも、口には出さないだけで本当は気になっていることだろう。でも口に出さないのだ。そして態度にも表さない。
その心遣いはにも伝わってきた。
「ありがとう……、嬉しいよ」
嬉しい。こんな風に気遣ってもらえて、嬉しく感じないはずがない。
けれども、が本当に不安に感じているところはそこではなかった。
「兵助くん、どんな手段も使うっていうのは……私を殺そうとしている人を、躊躇わずに斬るって事?」
「そうです。十六夜姫を護ることがオレたちの役目ですので」
「忍者は生き残ることが使命だからな。姫の危険はオレたちの危険だ。斬る前に斬る。これが最大の防御ってわけ」
まだ実感は無いが、恐らく彼らの言っていることは本気だ。そして、そういった経験も既にしているとわかる。
(もしも姫を殺す相手が三郎くんだとしたら、この子たちはどうするんだろう?それでも、斬るって答えるのかな……?)
その質問は口に出すことは出来なかった。
目の前で笑っている3人は知らない。
彼らが手を血を染めても護りたいと思っている相手が、本当の十六夜ではないことを。
(私が姫とは全くの別人だと知られたら……)
国の最重要機密である予知夢の力を知ったを、関係者が生かしておくとは思えない。護衛である彼らもまた、にとっては敵と呼べる位置にいる。
(誰も、私を護ってくれる人はいないんだ)
は恐ろしかった。十六夜ではないと知られてしまったら、彼らはどんな顔をするのか、想像すると背筋が冷たくなった。自分という別人ために人を殺し、護るためにに殺される。そんな状況にいる少年たちに、は胸が張り裂けそうになる。
そして、優しく温かさを分けてくれる少年たちが、自分を殺すかもしれないなんて絶対に考えたくなかった。