十六夜が目覚めると、そこはいつもの天井。薄っすらと明るいことから早朝であることがわかる。
全身が熱り、汗でぐっしょりと全身が濡れてしまっている。息苦しくて十六夜は思いきり息を吸おうと口を大きく開いた。けれども上手く酸素を取り込むことができず、咳込んでしまう。喉が焼けつくように痛んだ。
汗で張り付く黒髪。額には生ぬるい濡れた手拭いが乗せられていた。それにそっと手を伸ばして触れたとき、襖が音もなく開いた。そこには彦兵衛が氷の入った桶を持って立っていた。
「ひこ……べ、ぇ……」
「十六夜様!お目覚めになったのですね。お加減はいかがですか?」
十六夜はもう1週間熱を出したまま意識が混濁していた。ようやく今目覚めることができたらしい。彦兵衛は皺が深く刻まれた目尻に涙を溜めて十六夜の傍に座った。
「わたくし、ずっと……?」
「左様でございます。お熱が下がらず、今の今まで眠っていらっしゃったのです」
「そう……ですか……」
彦兵衛は弱々しく返事をする十六夜の額から手拭いを取ると、桶の氷水に浸けて絞る。水の心地よい音が聞こえて十六夜は瞳を閉じた。苦しそうではあるが、十六夜はどこか嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「姫様?」
額に冷たい手拭いを乗せながら、彦兵衛は十六夜の頬や額に滲む汗を別の手拭いで拭き取った。
「彦兵衛……、わたくしは、もうダメです」
「な、何をおっしゃいますか?!そのようなこと―――」
「自分のことですから、わかるのです。少し……予定は違いますが、間もなくわたくしは……」
赤眼病によって命を落とすものとばかり思っていた十六夜だったが、予想外にも全く別の病気に感染。一ヶ月前から体調が崩れ、食事も喉を通さなくなって細い腕がさらに細く痩せてしまった。顔色も白く血の気が無い。頭や胴体は燃えるような熱さだが、手足は氷のように冷たい。
「なりません!姫様、もっと気をしっかりお持ちくだされ……!!」
彦兵衛は十六夜の小さな手を握り絞めた。
2人の間には主人と家来以上の深い絆が結ばれていた。まるで孫とその祖父のような、温かい絆である。
「彦兵衛……、聞いてください」
小さな声で必死に言葉を紡ぐ十六夜に彦兵衛はさらに手を添えて声に耳を傾ける。
「わたくしは……、ある御方と約束を交わしました。それが、何であるかは言えませんが……とても大切な約束なのです。わたくしは……それを果たすため、なら……何でもしようと、思っておりました」
「はい……」
「……ですが、この状態では………もうそれさえ叶わない……でしょう」
酷い高熱で身体の自由が奪われ、同時に約束という希望も打ち砕かれた。
十六夜は苦しそうに、でも笑う。
「でも、見つけたのです……」
「見つけた……とは?」
「夢を……視ました」
「!?」
十六夜が言う夢とは、予知夢のことだと直ぐに彦兵衛にはわかった。
「それはいつもと違う夢で……。だけど、わたくしにはわかります。アレは、わたくしの……魂の、欠片………」
「魂の欠片……?」
十六夜は今度こそにっこりと微笑む。苦しみや辛さを感じさせない優しく穏やかな微笑みだった。
「見つけたのです」
あの御方ならきっと、2つの国を結ぶ階となってくださるでしょう。
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