「うぅ……ッ」
夢から覚めたの視界はぼんやりとしており、数回瞬きを繰り返す。
徐々に鮮明になっていく意識。目の前には紺色の装束を纏った少年たちが4人並んで立っていた。
「皆……」
「姫サン!」
はハッとなって駆け寄ろうとするが、身動きが取れない。背中に温かいものの存在を感じて後ろに首を回せば、血のように赤い目が自分をギラつかせてて見下ろしている。
「ようやく目覚めたのですね」
「や……、離して!離してよ!」
は身体は鬼化して強い力を持っているが、鬼の男と女では男の方が強い。ガッチリとした腕が腰に回されているため、全く動くことができない。
「私が気絶している間に人質にするなんて……」
「姫様!!」
雷蔵が構えている刀を強く握り締めて前に出ると、新月丸は乱暴にの長い白髪を掴んで引っ張る。晒された白い項に新月丸は腰に回していた腕を解いて、鋭く尖った爪を突き立てる。皮膚が裂け、血が僅かに滲んだ。
「痛っ?!」
「姫!?畜生っ!てめぇ、何しやがる!?」
「動かないでくれます?十六夜の白い首が地面に落ちるかもしれませんよ?あははははははははは!!!」
大口を開けて笑う新月丸は、先ほどのような優雅さは無い。言葉遣いこそは丁寧だが、酷く乱雑な印象を受ける。完全覚醒した影響が確実に出てきているのだ。
は腕から解放されているものの、髪と首を掴まれてまた身動きできない。
ざわっと闇の森が風で揺れる。
「姫サンをどうするつもりだ?姫サンはもう鬼化しないのに、なぜ執着する?」
と同じく彼らもまた身動きが取れない状況だ。歯痒さでイラついてしまう。
新月丸は緋色を大きく見開いて楽しそうに笑った。
「十六夜の表情は私を満たしてくれる。忍者は戦闘向きではないでしょう?直に私の僕たちがここへやって来ます。そうしたらお友達を引き裂いてもらいましょうね、十六夜」
「何をバカなことを!!」
「バカ……?ふふふはははははは!!こんなに楽しいことはないというのに!!」
「あぁ……!」
新月丸は鋭い爪を少し押しつける。の薄い皮膚がさらに傷つき、首筋を赤い一筋が伝う。それを見せつけられても、4人にはどうすることもできない。得物を握る指が白く変色した。
「目の前でお友達が刺されたら、嬲られたら、抉られたら、十六夜……あなたはどんな声で泣きますか?!どんな顔で苦しみますか?!私はそれが楽しみで楽しみで仕方ないのです!!」
笑い続ける狂乱者にはもう声も出なかった。
自分をただ殺すのではなく人質にして、友人たちが殺されるとろこを見せるつもりでいる。しかも、苦痛に歪む自分の顔を見ることが楽しみだと言うのだ。
は自分が傷つくことよりも、相手が傷つく方が辛い。鬼にならないとしても、別の意味で頭がおかしくなりそうだった。
「このままだと十六夜姫が……!」
残り僅かな理性にすがりついているようだが、それも崩壊してしまえばの首を握り潰すなど造作もないだろう。
さらに急がなければならないことがある。先ほど新月丸が言っていたように、城からさらなる追手がここへやって来るのだ。そうなれば、数の暴力でこちらが確実に不利。
「くそ……っ!あともう一息だっていうのに!」
の鬼化を阻止する目的は良い意味で必要無くなった。後は目の前にいるを救うだけだというのに、八方塞がりである。
深夜から明け方近くへとなり、空が僅かだが菫色になっていく。の目がようやく慣れ、4人の姿がくっきりと映る。
(……?!コレって……!!)
の瞳が大きく見開かれた。
4人は手にそれぞれの武器を持って構えている。
森の中、一歩大きく前に出た雷蔵の刀と、鳥肌が立つような殺気。
強い怒りを感じる。
それは、ある光景と重なって見えた。
(予知夢と同じ……!!)
自分に苦痛と絶望を与え何度も苦しめてきた、予言の夢。その光景とまるで同じなのである。
(ずっと私に刀を向けているんだとばかり……。だけど、本当は私じゃなくて―――)
背後にいる、鬼。
月陰国の当首、新月丸。
(この人に向けられているものだったんだ)
見つからなかったパズルのピースを手にした気分になり、の心臓は大きく脈打った。
だが、まだこのピースをはめることはできない。なぜなら、予言は避けられないからだ。
(どうして、私は殺されるの……?)
雷蔵の様子を見る限り、自分を殺そうとはしていない。むしろそれは選択肢の中に無いようだ。
新月丸は手も足も出せない4人を嘲笑う。ただ刃を向けるだけに留まるしかない。
「あははははははは!!!十六夜!!私はずっと待っていたのです!!あなたを!!あなたが私の元へ戻って来ることを!!再び再会できるそのときを!!」
「っ!?」
再び爪が項に食い込み、は苦痛に顔を歪ませる。
新月丸はの返答など待っていないようだ。
「そして、あなたは私の元へ戻って来た!!!約束を果たす、そのために!!!!」
約束。
その単語を再び耳にしたことで、の脳裏にすさまじい記憶の波が襲ってきた。これをフラッシュバックと呼ぶのだろうか?真っ白な光が見えた気がして、は瞬きを繰り返す。
記憶は、自分のものではない。
十六夜の、記憶。
そして、目の前で揺れる刃の色。
「姫様……?」
間近での表情を見ていた雷蔵が呟く。
は雷蔵の声が届いていないらしく、ただ赤い目をこれでもかというほど大きく見開いて、ぽつりと呟いた。
「そうか……。そういう、こと……だったんだ」
だから、キミは目を閉じていたんだね。
はふっと目を閉じると、再び目を開けた。
蒼いとぐろを巻いたような痣が頬まで埋め尽くし、尖った爪はまるで獣のよう。
だが、真っ赤な瞳には優しさが宿り、思わず4人は見惚れてしまう。
そう、は今最高の笑顔を見せているのだ。
(うん……これは回避出来ない、か。出来るはずがないよね)
は最後のピースをはめることに成功し、全てを理解した。
『目を閉じて』
声には出さず、新月丸に気づかれぬようはそっと桃色の唇を動かした。
その指示に疑問を持ちながらも何か考えがあるのだと思い、4人はさっと目を閉じた。完全なる闇が彼らを支配する。そして、も同じように瞳を閉じた。
(自分の手で、終わらせたかったんだよね)
小さな姫の姿を思い浮かべる。
そして―――
だいじょうぶ。
だって、このこたちがみているのはわたしじゃない。
わたしじゃない。
だから、なにもこわくないよ。
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