竹谷の声に反応して全員が動き出す。
竹谷が主犯の男に苦無で斬りかかると、同じように男も応戦した。キィン!という金属音と同時に火花が散って畳へ落ちる。その横では部下の忍者が三郎に手裏剣を連続で投げ、これを三郎は横に飛んで避けた。入れ替わるように雷蔵が部下の男の懐へ飛び込み、疾風のような一閃を振る。部下は雷蔵の苦無を鉄鋼で受け止めて薙ぎ払った。

「っ!」
「雷蔵!オレと代われ!まだ無理するな」
「わかった!」

雷蔵はまだ肩の傷が治っていない。この状態で戦い続けると傷が開いてしまうかもしれないし、痛みで戦いに集中できないだろう。
短く返事をした雷蔵は、いまだに状況を把握できていないの元へ後転して移動する。それを追いかけようとする部下の背中を、後ろから三郎が殴りつけた。痛みを感じているだろうが、流石はプロと言ったところで悲鳴を上げない。

「姫様、僕から離れないでくださいっ!」
「雷蔵くん……!」

雷蔵がの小さな手を握ったのを見届け、久々知は部下の忍者に突進した。久々知が寸鉄を構えたのを見て、はようやく我に返った。

「止めて!殺さないで!!」
「!」

久々知はの言葉に振るおうとした手を止め、隙が出来てしまった。久々知の攻撃の威力が弱まった事に気付いた部下は、寸前のところで鉄鋼を盾に受け止める。男の目が細められた。

「ガキ、血祀殺法がなってないな」

空いている左手には棒手裏剣が握られていた。男は久々知の黒目をめがけて突き出す。久々知は至近距離であるため、避け切ることが出来ない。目を閉じる時間も許されなかった。

「兵助ぇ!!」
「あぁ?!」

雷蔵が悲鳴に近い叫びを上げた。の喉が引き攣って熟れたように赤い口腔が晒される。
だが、部下の男の八方手裏剣は久々知の目に届かなかった。後ろから三郎の強烈な回し蹴りが男の脇腹に直撃し、そのまま吹き飛ぶ。襖に激突し、受け止めきれなかった襖が部下と一緒に隣の部屋まで飛んだ。隣の部屋に積んであった寝具がバラバラと崩れ、男は気を失ったようでピクリとも動かなくなった。
一方の竹谷は空き部屋から廊下、中庭へと移動していた。主犯の男は竹谷よりも一回りほど大きく体格も良い。けれども竹谷は構えを解こうとはしない。

「そこをどけ」
「断る」
「そうかよ。じゃ……、殺るか」

主犯の忍者は、背中に背負っていた刀を素早く引き抜くと竹谷に詰め寄った。竹谷は瞬時に反応すると苦無で刀を受け止める。至近距離で男と視線が交わった。それから後ろへ飛び退くと、男と距離を取りながら微塵を手に構えた。

「微塵、か……」

微塵は鉄の鞭にもなるし、飛び道具にもなる武器だ。近距離遠距離でも強力な攻撃が出来る。ぐっと竹谷が手首に力を入れようとしたところで、主犯の男は刀を引き突きを繰り出そうとした。だが、構えた瞬間に横から手裏剣が投げられ、後ろへ身軽に飛んだ。
手裏剣を投げたのは久々知だった。廊下に出て、竹谷の援護をしようと再び手裏剣を構える。三郎はその隣で標刀を両手に2本ずつ持って同じように構え、右手の2本を主犯の男に向けて放った。的確に飛んだ標刀は男の右肩に突き刺さり、『ちッ!』という舌打ちが聞こえてきた。

「もらったぁ!!」

竹谷は、よろけた主犯の男に渾身の力で微塵を投げ打った。微塵は高速回転しながら男の腹に直撃し、男は『ぐ……っ』と鈍い声を上げるとそのまま前のめりに倒れた。
土埃が舞い、夕暮れの太陽が霞む。
竹谷は倒した主犯の男を荒縄で縛り上げると、三郎と協力して空き部屋の中に転がした。久々知、は隣の部屋で伸びている部下の男を同じようにしっかりと縛った。
静かになった城内。ようやく事が終わったこと理解したはハッとした。

「彦兵衛さんは?!彦兵衛さんと月光が、私を護ろうとして……」
「それなら大丈夫。僕たちは先に姫様の部屋へ向かったんです。忍者と戦ってる彦兵衛さんを見つけたので助けました。怪我をした月光はハチが手当てをしましたし、日光も一緒にいますよ」

そう雷蔵が言って竹谷を見ると、背中に背負っていた風呂敷を降ろした。その中には月光と良く似た日光が大人しく入っていた。
はホッと息を吐く。

「姫サン、それより頬の傷を手当てするぞ」

三郎がの血で濡れた頬に触れようとしたとき、肩が震えた。そして伸ばされた手をパン!と叩き落して立ち上がる。

「姫サン……?」
「……助けてくれた事には、感謝してる。ありがとう。だけど、どうして戻って来たの?私はもうここに2度と来ないでって言ったはずだよ」

視線を逸らしては顔を苦しげに歪めた。
一瞬三郎たちは言葉を失ってしまう。城での異変に気付き、ここまで無我夢中で走ってきてしまった。その後のことは全く考えておらず、にそう責められてしまっても無理はない。
危機から救ってもらいながら苦言を述べるのはも嫌だった。けれどここは譲れない。ぎゅっと拳を握り締める。

「もう良いから、帰って」
「何が良いんだよ!姫は敵に襲撃されて、それでもまだオレたちを拒むのか?」
「だって―――」
「十六夜姫はオレたちが信じられないんですか?」
「!?」

竹谷とは違って静かな口調で久々知が問えば、の喉が詰まる。奥歯を噛みしめて、今度は視線を逸らさなかった。

「何を信じろって言うの?!今はこうして私を助けてくれたかもしれない。でも、雇い主が変われば刃を向けるキミたちのいったい何を信じれば良い?!」

忍者は主人のため、忍務のために行動する。使えている相手が変われば、達成する目的が変われば以前仕えていた主人でも手にかける。それが忍者であり、修羅の道なのだ。そのことは、忍者の卵でもわかっていることだろう。
雷蔵はの震えている手を見た。そして上から順に見ていく。真珠のように白い肌を赤い血が痛々しく伝い、袖には無残な穴が空いてしまっている。自分たちよりもずっと小さくて華奢な肩を震わせ、ボサボサになってしまった髪をそのままに訴えてくる。そして、ようやくの口元から覗く牙に気付いたのだ。

「姫様……その口……」
「私は……鬼なんだって。今は人間でも、もう直ぐ私は鬼になってしまう……。気持ち悪いでしょう?私は人を食べる鬼になるんだって、あははは……」

徐々に変わっていく自分の身体を抱きしめながら、は自虐めいた笑みを浮かべた。

「この秘密を狙って、私を襲いに何度も何度も敵が来る。兵助くんだって、さっき目を潰されてしまうところだったじゃない」
「十六夜姫……」
「私は我が儘だから、キミたちには誰も殺して欲しくない。誰も傷つけて欲しくない」

は力無くその場に膝をついた。ふわっと黒髪が揺れて畳に落ちる。同時に赤い瞳から涙が零れ出た。畳に小さな染みを作っていく。

「私と一緒にいたら……ダメなんだよ。お願いだから、帰って……。私に、キミたちの命を背負わせないで……っ!」

自分のせいで大切な人が目の前で倒れる。失ってしまえば、今のように立ち上がることが出来なくなってしまう。
自分を護るために、彼らが誰かの命を奪うこともまた許せない。
結局は足を引っ張っているだけで何も出来ていない。
彼らの覚悟も受け止めることが出来ない。
彼らが護ろうとしている十六夜でさえない自分が許せない。
ようやくの本音を聞けたような気がした。

「姫サン」

三郎は泣いているに声をかけ、今度こそ傷口を自分の頭巾で押さえた。真っ赤なの目が充血してさらに色を深くしてしまっているのを見て、三郎は少し笑った。

「アンタは、バカだ」
「な……!?」

人が真剣に気持ちをぶつけたというのに、返事があまりにも酷いではないか。
はキッと三郎を睨んだが相変わらずを見て笑っている。しかもそれは後ろにいる3人も同じだった。

「姫サンがバカだという理由、その1。とにかく1人で何とかしようとしてるとこ!世の中に、1人で何でもできる人間はいない」
「う?!ま、まぁ、そうかもしれないけど……でも―――」
「十六夜姫がバカだという理由、その2。今のオレたちは解雇された身なので、あなたの言うことは聞けません。断固拒否します」
「それだったら別に戻って来て護らなくなくても良いじゃない!」
「姫がバカだという理由、その3!どんな姿になっても、例え鬼だとしても姫は姫だ」
「え……?」

雷蔵がふんわりと微笑み、に近づくと手をぎゅっと握った。





「姫様がバカだという理由、その4。大切な人を護りたい。その気持ちは僕たちも同じだっていう事、です」





の目から止まりかけていた涙がぶわっと溢れてきてた。止めようにも止めることができず、は雷蔵に握られた手を強く握り、涙でその手を濡らしてしまう。言葉を口から出そうとしても、出てくるのは嗚咽で言葉という形にならない。





私に、護衛なんていうひとくくりで言い表せるような人はいない。





「きい……て、たんだね……っ、わ、わたしが、いったこと……っ」





私と一緒にいたのは、私の大切な友達なんだから!!





「今のオレたちは、姫の言ってたのと同じで、ただの友達だ。だから勝手に駆け付けるし、嫌だって言っても助ける」

護衛でも忍者でもない。それは、友である。

(私たちは同じだったんだ。同じ事を思っていたんだ)

はいつの間にか4人に抱きしめられるかのように囲まれ、その温かさを感じながら涙を流した。
が顔を上げ、改めてお礼を言おうとしたときだった。ずっと大人しくしていた日光が、翼を震わせて警戒態勢に入ったのである。日光の視線を辿ると、いつの間にか廊下に人影があった。
黒い忍装束を纏っているが、女性特有の丸みがある。口元は隠されているものの、妖艶な雰囲気は隠しきれない。薄い色素の髪を束ね、風にそれがなびいていた。
招かれざる客の登場に4人はをを背に前へ出た。

「全く、随分と手間取っていると思えば……こんな子供にやられてしまうなんて、うちの配下もまだまだのようですね」
「誰だお前は?」

短刀を構える久々知の質問にくの一はクスクスと笑う。けれども先ほどの忍者たちよりずっと強い威圧感を感じた。

「ふふ、申し遅れました。私は月陰国の忍組頭です。初めまして、鬼姫様。そして護衛の皆さん」
「忍組頭……?ってことは、お前がコイツらの頭か?!」

竹谷が驚くと、くの一は目を細めて言う。

「女を舐めていらっしゃるようですけど、くの一の方が男の忍者よりも一癖ありましてよ?」
「「「確かに……」」」
(皆、女の人に何かトラウマでもあるのかな……?)

口を揃えてうんざりとした声を漏らした4人に、は首を傾げた。

「鬼姫様、私と一緒に参りましょう。月陰国の当主が、あなた様がお越しになることを心より願っています」

は涙を拭って立ち上がる。口調は穏やかな女性だったが、彼女が忍者であり敵側の人間であるということを頭に叩き込む。

「私はこの城の主、十六夜です。あなたの部下たちはもう動けません。大人しく引いてください。私は無益な争いを望んでいません!」
「無益?いいえ、それは違います鬼姫様。あなた様は、我ら月陰に大変多くの利益をもたらしてくださるはずです」

くの一が言っている利益が何なのかをは知っていた。けれどもそれを肯定するわけにはいかない。

「私は、あなたたちに協力するつもりなんてありません」
「見たところだいぶ鬼化が進んでいらっしゃいますね。それでも、あなた様はここに残るとおっしゃるのですか?」
「それは……」

鬼化が完全に進行すれば、正気を保てず本当の鬼のように気が狂ってしまう。そうなればの友人である彼らを傷つけることになるだろう。
言葉に詰まったに竹谷がくの一を睨みながら言った。

「何だか話が読めねぇけど、姫は渡さない。姫は嫌だって言ってるだろーが!」
「オレたち姫サンのことすっげぇ好きになっちゃったから、アンタらにはやらないよ」

三郎は茶化した口調であるが、彼が放つ殺気は凄まじい。しかし、くの一は余裕の笑みを浮かべたままだ。

「何がおかしい?お前1人でどうこうできると思っているのか?」
「私も争いは好みません。なので、ちょっとしたモノを用意してきました」

くの一がそう言った瞬間、部屋の天井がガタっと揺れた。

「姫様!」

雷蔵がを咄嗟に突き飛ばし、落ちてくる何かから助ける。は転倒しながらも4人を目で追った。
上から降って来た新手の忍者たち6人は、あっという間に4人を取り押さえてしまった。背中を抑えこまれ、両腕は背中の後ろで拘束されたあげく、首にはそれぞれ凶器を突き付けられる。まるでに見せつけるかのように。
4人を拘束した忍者たちは、どこか他の月陰国の忍者とは雰囲気が違う。良く見ればまだ子供だ。黒の忍装束ではなく、新緑の装束を着ている。
4人は、自分たちを拘束しているのが誰かを確認して驚愕した。畳に顔を押し付けられたまま、雷蔵が目を大きく開く。

「な、中在家先輩……!?」

そう、雷蔵を畳に押さえつけているのは委員会の先輩である中在家長次だったのだ。雷蔵が三郎を見れば、両腕を潮江文次郎と食満留三郎が捩じ上げている。竹谷は七松小平太、久々知は善法寺伊作が拘束している。

「先輩たち……、どうして何でこんなことを……ッ?!」
「七松先輩、離してください!いったいどういうつもりですか?!」

久々知と竹谷が必至でもがくが、完全に後ろを取られて身動き出来ない。声をかけても誰1人として答えようとしない。表情はどれも無表情ばかりで、生気を全く感じさせない。それなのに、腕を掴むその力は信じられないくらいに強かった。

「無駄ですよ。何を言っても、あなた方の声は届かない」





無駄ですよ。何を言ってもあなた方の声は届かない。





(予知夢で見たことがある光景だ……。『先輩』って……、この人たちが前に話してくれた皆の先輩たち……?)

以前見た夢の光景と重なり、は動揺した。虚ろな目をしている深緑の忍装束を着た少年たちは、確かに見たことがあった。
必死で訴える後輩である彼らの声はその耳には届いていないようだ。
後輩である4人に加勢するどころか拘束してしまう。まるでそれは月陰国側の忍者にでもなったかのような態度だ。
三郎は皮肉めいた笑みを浮かべてくの一を見た。

「……かなり強力な暗示をかけたな、アンタ」
「ふふふ……。忍術学園に少し寄り道しましたの」
「忍術学園に?まさか……」

雷蔵の顔色がみるみる真っ青になっていく。その表情をくの一は楽しんでいるようだ。

「6年生の皆様は、後輩の子たちがよほど大切なのですね。自分から私たちに協力してくださったんですから」
「後輩たちに何をしたッ?!」
「それは、お帰りになって確認なさったらどうです?」

竹谷が今にも飛びかかりそうになるが、それを小平太が許さない。爪が肉に食い込んで血が流れても、竹谷は抵抗をしようとする。

「さぁ鬼姫様、あなた様ならこの状況を見て賢明なご判断をしてくださると信じていますよ。いかがですか?」
(この人ずっと笑ってるけど、怖い。皆の先輩を道具みたいに操って、先輩たちを人質にするのと同時に戦力に加えるなんて……!!)

月陰国の忍者を撃退した5年生を、いとも簡単に抑えこんでしまう6年生が相当強いだろう。さらに本人たちに自分の意識は残っていないというところが厄介だ。これでは打開策が見いだせない。

「卑怯者ッ!仲間同士を戦わせるつもり?」
「それはあなた様次第です、鬼姫様」
「!」
「私は彼らに、後輩の首を切り落とさせることも簡単なのですよ?」

ギラリと鈍い光を放つ冷たい刃が視界に入る。こんなものが刺されば、命は無い。がくの一の要求を拒否すれば、一瞬でこの部屋は真っ赤に染まるのだろう。それはが1番望んでいないことだ。

「姫様、行ってはなりません!」
「姫!オレたちのことは良いから、お前は逃げろ!」
「コイツらの言うことなんて聞いたらダメだ!」
「姫サン、アンタは姫君らしく国のことだけ考えたら良い」

のことを想い、4人はくの一を睨みつける。

(皆、自分のこと考えないんだなぁ……)

だが、それは自分も当てはまる事だった。
は、降参したようにくの一に首の後に手を当てながら苦笑してみせた。

「私がこの状況で抵抗すると思います?」
「いいえ」

意外なことにくの一は即答した。その表情は笑ってなどいなかった。真剣そのものといった表情でを見つめている。
くの一がピクリと組んだ腕を僅かに動かした。

「我が主の言っていた事が真であれば、あなた様はとてもお優しい方ですので」
「……そう、ですか」
「十六夜姫……?」

はにこりと4人に優しい微笑みを見せると、くの一に強い視線を向けて良く通る声で言った。

「私、月陰国に行きます。だから、皆を助けてください」
「「「?!」」」

の申し出に4人の表情が曇った。

(さっきのことといい、十六夜姫の予知夢は決して回避できない。でも、逆に言えば三郎くんか雷蔵くんに刺されない限り死なないってことになる。十六夜姫の力を信じよう。信じて、機会を待った方が良い……)

が見た予知夢は、三郎もしくは雷蔵によって殺されるというものだった。これが本当で予言を回避できないということなら、はまだここで死んだりはしない。まだ逆転の機会があると希望を持てる。この予知夢を見ていることだけが、今のにとって大きな支えになっていた。

(同時に、三郎くんか雷蔵くんのどちらかは、確実に私が死ぬそのときまで生きていることにもなる。まだ諦めるのは早いよね)

が一歩前に出ると、くの一はパチンと指を鳴らした。

「良いでしょう。どの道、先輩である6年生を前に彼らは手を出せませんし。では、参りましょうか鬼姫様」

合図と同時に6年生の立花仙蔵が天井から姿を現す。生気のない無表情のまま、の華奢で小さな体を横抱きにした。はじっと抵抗せずに大人しく仙蔵の腕に収まった。

「姫様!」
「姫サン!」
「姫!」
「十六夜姫!」

彼らの呼びかけに、はにこりと笑みを浮かべる。それは、まるで彼らを安心させるかのようだった。
以前のならば今度こそ『帰って』と頼んだだろう。しかし、はこう言った。





「きっと、また会えるよ」





同時に、その再会はの死を意味していることを彼らは知らない。





第十夜 姿を現した最強の敵